第4話(後)
鬨の声と共に、攻撃班は三方に散った。一歩先んじたのは『禿げ』だ。ブーツの足元から土埃を立てながら、地面の上を滑るようにして走っていく。風の魔術だ。靴底から空気を噴出させ、体を浮かせているのだ。そのまま、空気の階段を上るかのように中空へ駆け上がり、両手のダガーを振り上げる。
巨大サラマンドラは、首を動かしてその動きを追った。どこを見ているのかわからぬ小さな眼だが、首の動きは明らかに『禿げ』の跳躍を捕捉している。と、『禿げ』のダガーが顔の直前まで迫った瞬間、サラマンドラは両腕を高く跳ね上げた。
「とっ……!? 」
『禿げ』はすかさず片足を空中で踏み込み、風の噴射で斜め上へと急上昇して両側から迫る腕を回避した。が、腕の上から黒い影が飛び、空中の『禿げ』に飛びついた。『禿げ』は左足にしがみつかれて体勢を崩し、きりもみながら地面に落ちた。
「こいつ……子分を投げやがった! 」
呻きながら、『禿げ』は地面の上を転がり、小さなサラマンドラが脚に噛みつこうとするのを防いだ。巨大サラマンドラの腕から跳んだのは、周囲を取り囲んでいた小型サラマンドラの一匹だったのだ。よく見ると、デカブツの周りを取り囲むようにして子分どもがひしめいている。あれは護衛であり、武器でもあるのだろう。
「ティルザ! マフィ! 気ィつけろよ! 小さいの単体じゃあそれほど手ごわくないが、デカブツの前でしがみつかれて脚を止められたらヤバい! 」
逆手に握ったダガーでサラマンドラの頭を的確に刺し貫きながら、『禿げ』が吠える。
「お気遣い、ありがたいけどさあ……こっちゃあ飛べねえんだよ! まだ、そんなこと心配するレベルにも到達できてないわけ! 」
怒りの混じった声でマフィが叫び返す。叫ぶ間にも棍棒を投げ、迫りくるサラマンドラの頭を砕いては、絵に結び付けられた革紐で引き戻す。さながら、血みどろのお手玉だ。ティルザも同様の状況らしく、足元を俊敏に這いずりまわるサラマンドラたちを足捌きでかわしながら、片刃剣の一振りで死骸に変えていっている。前に進む余裕はなさそうだ。戦況を見て、『禿げ』は苛立たしげな声を上げた。
「ジュジュ! お前も、炎を放ち続けろ! 奴の両腕を、防御に使わせるんだ! 」
言われてジュジュは再び魔導杖を振り上げた。が、それを見て巨大サラマンドラの動きが変わった。起こしかけていた体を更に伸び上がらせ、のけぞらんばかりに背筋を伸ばすと、ぱっくり開いた口から息を吸い込み、猛烈な勢いで息を噴き出したのだ。
いや……息だけではない。毒々しく赤い肉の見える口の奥から、白っぽい泡が次から次へと噴き出てくる。噴き出された泡は、地面に落ちることなく空中を漂う。わずかに、不自然な輝きを帯びている。
「あれは……! 」
ジュジュの美しい横顔が歪む。右手に握った魔導杖から、光の帯が飛ぶ。様子見らしく、やや弱めの魔術だ。青い光は泡の密集空域まで飛び、そこで強烈な光を放ったかと思うと、音を立てて炸裂し消滅した。ジュジュ自身も魔力の反動と強い光にたじろぎ、2,3歩後ずさる。
「魔力だ……水の魔力! あのデカいの、魔力の泡を吐くのか! 」
右手をさすりながら、苦々しげにジュジュは言った。その足元に、泡に紛れて小さな影がひとつ、ジュジュの足目がけて走り寄ってくる。小型サラマンドラだ。危うくローブの裾から突き出た脚に食いつかれそうになった時、巨大な編み上げ靴が踏み降ろされ、サラマンドラを平たい死骸に変える。
「油断大敵、金城鉄壁、小物はこっちに任しとき」
踏みつけたサラマンドラを念入りにひねり潰しながら、ガウムは凄まじい笑みを浮かべた。流石のジュジュもやや顔を引きつらせながら、黙って頷き返す。
私はというと、泡を観察して独り得心していた。あれはちょうど、私の使う「打ち出す」魔術と似たようなものだ。無機物に魔力を込めて弾丸のように撃ち出す私の魔術に対し、奴は自分の体液に魔力を込めて発射しているのだ。魔力がこもった水は、別種の魔力がこもった物質と反発しあい、魔力の爆発を起こす。
「とすると、私の魔術も阻まれちまうな……しかしあいつ、想像以上に頭がいいじゃないか。こっちが魔術で攻撃してくることを見越して、魔力の防護壁を張ったってわけだ」
「感心してる場合じゃない! 攻撃班の連中も、マズいことになるぞ! 」
ジュジュの言葉に改めて前方を見ると、攻撃に出た3人は泡の散乱に巻き込まれ、視界を奪われて思うように動けずにいた。まだ地面に転がっていた『禿げ』は、両足からの風の噴射で泡を吹き飛ばし、何とか泡の空域外に這い出ることに成功していた。
「この野郎、何でもありかよ……マフィ、ティルザ! そっちはどうだ? 」
ティルザの返答は聞こえなかった。泡のはじける音に混じって、時折剣が風を切る音と、血肉の飛び散る音だけが聞こえる。どうするつもりかは分からないが、とにかく無事ではあるようだ。視覚以外の感覚を頼りに、寄ってくるサラマンドラをひたすら切り伏せ続けているらしい。放っておいても、しばらくは大丈夫だろう。
マフィの方は……光る泡で白く煙った空気の向こうに、ロングコートの裾がひらひらと動くのが見えた。しきりと毒づく声も聞こえてくる。
「こいつら……いい加減にしねえと、優しいあたしも怒るぞ、ホントによォ! 」
叫び声と共に、コートの裾がひときわ大きくはためく。何か取り出す気だ。私は首筋の鱗を震わせた。マフィの外出用コートには、例の棍棒の他にも、ロクでもないものがギッシリと詰まっている。何が出るやら分かったものではない――私は叫びながら、地面に倒れ伏した。
「伏せろ! 何か起きる……何だかは分からないが、何かする気だ! 」
ジュジュと『禿げ』は、頭のおかしい人間を見るような目で私を見た――が、それも長くは続かなかった。
「高ぇんだけどな、これ……いいさ、奮発してやらァ! 食らえ! 」
叫び声と共にマフィはコートの内側から筒状のものを取り出し、泡の密集しているあたりへ適当に向けた。次の瞬間――
耳を聾する爆音が響く。
ほとんど間をおかず、圧力を感じるほどに膨大な光が辺りを覆い尽くした。危うく目を焼かれかけて、私は耳を覆いながら地面にうつ伏せた。ジュジュと『禿げ』、ガウムは、身を守る体勢こそ整っていなかったものの、私の叫び声のせいで後ろを向いていたために、光の直射を受けずに済んだ。
「な、何だァ……? 」
耳を押さえ、首を振りながら、『禿げ』が呟く。あたりには爆発によって巻き起こされた砂埃が満ち、白い幕でも下ろしたかのようだ――と、その幕を潜り抜けて、マフィの影が現れた。こちらに歩いてくる。何か、大きなものを背負っているようだ。
「よぉ、ちょっと騒がしかったろ。悪かったな」
ニヤつきながらマフィは手を振る。その拍子に、背負っているものの正体が見えた。ティルザだ。ぐったりと目を閉じ、気を失っているようだ。
「おい、どうしたんだ? どっかケガでもしてるのか? 」
走り寄る『禿げ』にマフィは手を振り、ティルザの体を目の前に投げ出した。
「落ちてたんで、ついでに拾ってきた。気を失ってるだけだ。爆発の音と光をモロに食らっちまったらしくてな。ま、しばらくすりゃ目を覚ますだろ」
「お前なあ……誰のせいだと思ってる。大体、何をしたんだ? あの爆発は一体? 」
私の問いに、マフィは右手に握った1本の筒を差し出した。大人の腕ほどもあるだろうか、紙を固めて作った筒のようだ。片方の端が花開いたように割れ、黒く焦げている。
「携帯型魔力砲、とでも言おうかね。中に炎の魔力入りの弾丸を込めて、物理火薬の爆発力で吹っ飛ばすハイブリッド式さ。魔力信号弾をちょっと大きくしたもんだが、威力は見ての通り。軽くて持ち運びにも便利だよ」
すると今の爆発は、弾丸に込められた炎の魔力と、泡に込められた水の魔力が反発しあい、炸裂したものだったのか。なまじ泡が密集していたために、弾かれた魔力が他の泡の魔力まで巻き込んで連鎖的に爆発を起こしたというわけだ。一歩間違えば、全員大ケガを負っていたところだ。まったく、無茶をやる。
「それで、デカブツはどうなった? あれで木っ端みじんに吹っ飛んでくれりゃ……」
『禿げ』が期待をこめて振り返った瞬間、それに応えるかのように耳障りな吠え声が砂埃の向こうから聞こえた。巨猪人が10人くらい寄り集まってホルンを吹いているかのような大音声だ。埃を透かして目を凝らすと、巨大サラマンドラはフラつきながらも両前足を上げ、赤い口を開けてこちらを威嚇していた。後ろ脚が上がり、じりじりと前へ進む。『禿げ』は舌打ちをした。
「マズいな……破れかぶれになってやがる。このまま待っててもジリ貧だってんで、一気に襲い掛かってくるつもりだ。奴も弱っちゃいるが、まだ小せえのも残ってることだし、こっちもティルザが欠けてる。今さっきの爆音も、地味に効いてることだしな」
「……で、どうすンのさ? 」
自分に非難が向きそうになったので、マフィは先手を取ってぴしゃりと言った。『禿げ』は少し眉を顰めながらも、私の方へ向き直る。
「ベキム、お前の魔術で、奴に向かって砂埃の塊を打ち出せるか? 範囲は広くなくていいから、なるべく厚くまっすぐに張って欲しいんだが」
私は思案した。魔力はまだ十分にある。先ほどの爆発で砂埃が舞っているのも好都合だ。見ると、泡もほとんど割れて消えてしまっている。私はゆっくりと頷いた。
「出来るとは思う……だが、自慢じゃないが私の魔力は弱いぞ。奴の泡にぶつかったら、押し負けるのはこっちだ。それでもいいか? 」
『禿げ』はニヤリと笑い、拳を私の胸に押し当てた。
「分かってるさ。だが今は、その「弱さ」がいいんだ。別の魔力とぶつかって爆発するようじゃ、危なっかしくてしょうがない……じゃ、やってくれるな。時間がねえんだ。早くしなけりゃ、デカブツの方が先にこっちへ来ちまう。頼むぜ! 」
背中をドンと叩かれ、私はつんのめりながら前へ進み出た。敵の方を、ちらりと一瞥する。たった1人で向き合ってみると、サラマンドラはひときわ巨大に見えた。震えそうになる左手をぐっと握り、開く。怯えていようといまいと、魔力はいつも通りに私の手の中で輝く。契約印は恐れない。ただ自分の仕事を全うするだけだ――そんな言葉を頭の中で呟いて気休めにしつつ、私は目の前の地面を強く叩いた。
叩く瞬間、腹に力を込めて魔力が前へと走るように押し出す。強く打ち出された魔力は、地面の上をまっすぐに走り、サラマンドラの腹の手前で勢いよく砂埃を吹き上げた。虚空に、砂で出来た白いスロープが浮かび上がる。
「上出来だ、行くぜ! 」
風の彼方から『禿げ』の声がし、通り過ぎた。魔術のブーツを吹かし、『禿げ』は砂のスロープへと走り寄り、そして――スロープを蹴り、跳んだ。
異なる種類の魔力が反発しあい、火花を散らす。が、爆発まではしない。魔力の火花は、反発力で『禿げ』の体をさらに押し上げるにとどまった。「弱い方がいい」とは、このためか。納得する私の目の前で『禿げ』はスロープを蹴り、階段を駆け上るかのようにさらなる跳躍を繰り返した。2段、3段……サラマンドラの巨大な頭が上がり、完全に真上を向く。今や『禿げ』は、巨大なサラマンドラの頭を見下ろす位置まで飛び上がっていた。
そこから『禿げ』はブーツをひと吹かしし、空中で1回転して、両手のダガーをサラマンドラの首目がけて振り下ろした。迎撃のためか、防御のためか、サラマンドラは両腕を挙げようとした――が、腕が真上まで上がり切る前に、『禿げ』のダガーはサラマンドラの太い首を両側から刺し貫いていた。
「こいつの名前を付けるのは、俺ってことになりそうだ……地面へ降りるまでに、考えとくかな」
言うが早いか、『禿げ』は今一度ブーツを空中で踏み出し、サラマンドラの体の周りを急旋回した。ダガーがぐるりと回り、首を切り裂く。巨大なサラマンドラの頭が音を立てて地面に転げ落ちた。首を失った体は、暗闇で何かを探すかのようにじたばたと両腕を動かした後、地響きを立ててその場にくずおれた。飛び散る血しぶきの中、『禿げ』はブーツの噴射でゆっくりと着地した。
「……「オオサラマンドラ」か「アーチサラマンドラ」のどっちかにしようと思うんだが、どっちがいいかな? 」
砂埃を払いながら立ち上がり、『禿げ』は冗談めかして言う。私も笑い返して答えた。
「「アーチサラマンドラ」に一票。そっちの方がカッコいいからな。あんたほどじゃあないけど」
『禿げ』は声を立てて笑い、ダガーを腰の鞘にしまった。




