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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ カーテン・コール ~
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第4話(前)

 私たちはほどなくして、参道の入り口に辿り着いた。


 近くまで来てみると、なるほど外見だけは自然の裂け目とほとんど変わらない。人為の名残は、入口の両脇に崩れかけた石柱が残っているくらいだ。中は薄暗いが、ところどころに太陽苔のコロニーが見え、手探りで歩かなければならないほど暗くはない。

 先を行ったメンバーは、参道の入り口に固まって待っていた。私が到着するのを見て『禿げ』は頷き、手を叩いて注目を集めた。


「さて、これからいよいよ参道に入るわけだが……すでに説明した通り、中には魔物が群生していると考えられる。サラマンドラだ。1体ではそう危険な魔物でもないが、群れに囲まれると厄介なことになる。閉所、それも炎の神殿内ではなおさらだ。入る前に、簡単なフォーメーションを打ち合わせておきたい。まず……」


「……おい、ちょっと静かにしろ」


 口を挟んだのはマフィだ。入口近くまで進み出て、鼻をひくつかせている。と、表情が一変して厳しくなった。


「ひでぇ臭いだ。生臭い中に、刺激臭が混じって……しかも、近づいてきやがる。そろそろ聞こえるんじゃねえか、ベキム? 」


 言われて私も耳を澄ましてみた。猿人の特徴が優れた嗅覚なら、蜥蜴人種の自慢は耳の良さだ。集中すると、確かに湿ったものが地面を滑るような音が聞こえてくる。無数の、小さな足音だ。10や20ではない。床のみならず、壁や天井からも音が聞こえる。ぞくりとして、私は思わず叫んだ。


「……ヤバい。嗅ぎつけたのは多分、あっちの方が先だ。飛び出してくるぞ! 」


 その声が虚空に消えぬうちに、犬ほどの大きさの黒い影が石柱の陰から飛び出し――空中で水っぽい音とともに弾けて散った。地面に落ちた黒い肉片は、十文字に切断され4つの細片になりながらも、まだぴくぴくとうごめいていた。丸っこく大きな頭で、ずんぐりした四肢には小さな水かき。紛れもなくサラマンドラだ。


「どうやら、ちょいと道を切り開く必要がありそうだな……まったく、先達がいるから多少楽になるなんて甘い言葉、信じるもんじゃないな」


 ティルザは忌々しげに呟き、片刃剣を振って体液を払った。一瞬の抜き打ちで、空中のサラマンドラに2回切りつけたのだ。久々に見るが、相変わらず恐ろしいほどの腕の冴えだ。


「まだ来るぞ! 」


 マフィが鋭く声を飛ばす。天井の上から、こんどは2匹だ。私たち目がけて四肢を広げ、飛びかかってくる。飛びつかれる、と思った瞬間、その姿が消し飛んだ。それぞれ反対方向へ一直線に弾き飛ばされた2匹のサラマンドラは、数歩離れた岩壁にぺしゃっと軽い音を立てて叩きつけられた。


「まだまだお代わりはたくさん、ってトコだな。想像した以上に骨が折れそうだぜ、こりゃ」


 マフィが両手の棍棒をクルクルと弄びながら言う。サラマンドラを2匹同時に叩き潰したのは、ロングコートの内側に隠した2本の棍棒だった。持ち手の端に革紐が括り付けてあり、これでコートの内側に吊るしていつでも使えるようにしている。短いが、銀でメッキした上トゲまでついている凶悪な品だ。


「こりゃ多分、死体のせいだな。全滅したパーティの死体は、綺麗なやつだけ持って帰ったものの、後は全部遺跡内に放置しといたんだ。救助隊も、全滅を確認した以上死体まで全部持ち帰るほどの義理はないしな。それを食って奴ら、人間の味を覚えちまったんだろう」


 『禿げ』が顎を捻りながら冷静に分析する。そんなことを言っている間にも、洞窟の奥からは後から後からサラマンドラの黒い影が這い出てくる。うじゃうじゃと密集して、まるで黒い水が噴き出してくるかのようだ。流石にティルザとマフィも気を呑まれ、一歩後ずさる。それと入れ替わりに、深層風ローブをひるがえしてジュジュが進み出た。


「一体ずつ始末していたら、キリがない……まとめて掃除する! 」


 気合とともに振りぬかれた魔導杖の先端から、青い光条がほとばしる。光の帯はサラマンドラの黒い波にぶつかり、弾けた。その部分に強烈な火花が散り、黒い波が千切れた肉片へと変わっていく。燃やすというより、炸裂させることに重きを置いた炎の魔術だ。粘液で熱からは身を守れるサラマンドラにも、衝撃と爆風は効く。

 そのまま旗でも振りまわすかのように魔導杖を振ると、青い光の帯もそれに従って縦横無尽に動き、軌道上のサラマンドラの肉体を散り散りの肉片に変えていく。辺りには肉が焼けただれる異臭がたちこめだした。


「何とまあ、今日の昼飯が旨くなりそうな光景だぜ」


 鼻のいいマフィは、眉間に皺を寄せてぼやいた。私もやや閉口しながら、徐々に弱くなりだしたサラマンドラの波を見つめた。千切れた死骸で洞窟の前は足の踏み場もないありさまだが、このぶんならもうしばらくすれば中へ踏み込めそうだ――そう、思いかけた時だった。


 私の耳が、重たい音を捉えた。


「……違う。何か、違うやつだ……奥から新手が来る! デカいぞ! 」


 私は叫んだが、その叫びにジュジュが気づく前に「それ」は洞窟の奥から姿を現していた。四つ足を突いた、馬ほどもある大きさの黒い影。


「おいおいおい……本格的に聞いてねえぞ、こんなの! 」


 マフィが叫び声を上げる。「それ」は紛れもなくサラマンドラだった。ただし、規格外に大きい。そこらのサラマンドラが子供のようだ。そいつは匙にも似た丸っこい頭を上げ、私たちの方を威嚇的に見据えた。


「ただ大きいだけだ! まとめて一気に……」


 驚きによる硬直を振り払い、ジュジュが魔導杖を構える。青い光がひときわ強く杖の先に凝集する。巨大サラマンドラは、特にたじろぐ様子もなく、襲い掛かってくる気配も見せずにいた。目が退化しているせいで魔力の光が見えないのか、それとも……私はふと、相手の前足を見た。妙に長い。他のサラマンドラの四肢が横に突き出しているのに対し、こいつは前に向かって前足を出している。何か、嫌な予感がする……


「食らえッ! 」


 考えがまとまる前に、ジュジュは魔導杖を振り下ろしていた。太い光の帯がサラマンドラ目がけて飛ぶ。当たる――肉がはじけ飛ぶ姿が脳裏に浮かんだその時、巨大サラマンドラの前足が鋭く動いた。小さな水かきの付いた太い腕が、地面に撒き散らされた死骸をすくい上げ、宙にバラ撒く。


「な……!? 」


 息を呑むジュジュの眼前で、魔導杖から放たれた光はサラマンドラの肉片にぶち当たり、炸裂して散った。泥のように細かい飛沫が辺りに飛び散る。視界が塞がれた一瞬を縫って、巨大サラマンドラの後ろから小型のサラマンドラが数匹這いだし、ジュジュの足元へと迫る。豆のサヤが割れるような形で半分開きかけた口には、小さく鋭いキバが光っていた。


 考えるより先に、体が前へ出ていた。私は左の手袋を外し、倒れ込むような格好で左拳を地面に叩きつけた。左手の甲に刻まれた契約印から魔力がほとばしり、地面に吸い込まれていく。大地の魔神、ゲム=リガゲメトの力だ。光は地面の上を稲妻型に走り、ジュジュの足元まで辿りつくと、そこで弾けた。


 ばうッ。


「く……! 」


 ジュジュは反射的に目を覆った。光に覆われた砂埃が舞い上がり、白金の雲のようにジュジュの周囲を取り巻いた。這い寄ったサラマンドラたちは、砂に込められた魔力に弾かれ、阻まれる。その隙に私はジュジュの腕を掴み、後ろへ退いた。


「ちょいと眩しかったかな、悪かった……でもきっと連中の方が、もっと眩しかったと思うぞ」


 軽く声をかけたが、ジュジュは相変わらず石のような無表情でこちらを睨み返し、皮肉に呟くだけだった。


「随分と埃っぽいやり方だな……」


「泥臭いのも、男の魅力のひとつってことで、ダメかな? 」


 歯を剥きだして微笑んで見せたものの、ジュジュは掴まれた腕を振り払い、無言でそっぽを向いてしまった。今日も今日とて、私の冗談はウケが悪い。

 横を見ると、マフィとティルザも後ろへ下がってきていた。巨大サラマンドラはといえば、体を伸び上がらせ、前足を振り上げて、こちらを威嚇している。ほとんど2本足で立っている状態だ。ティルザが忌々しげに毒づく。


「2本足で立ってやがる……しかもあいつ、今さっき仲間の死体で魔術をかき消しやがった。学習してやがるんだ。くそッ、でけえ上に知能もあるサラマンドラなんて、聞いたことねえぞ」


「深層じゃ、それが普通さ。信じられないことなら何だって起こる」


 『禿げ』が言いながら歩み寄ってきた。2本のダガーを抜き、逆手に持っている。


「奴ら、外まで追ってくる気はないらしい。サラマンドラは群生することで魔力を集めて水場を造りだす生き物だ。「巣」からあまり離れると命綱の水が無くなっちまうって、本能で知ってるんだな。

 だが、こっちは中に用があるんだ。押し通るしかねえ……まだ、フォーメーションの打ち合わせはしてなかったな。この際だ、実戦で確認するとしよう。


 相手は魔物だ、魔力による攻撃は、相手の持つ魔力に弾かれちまって効果が薄い。小さいのならまだ何とかなるが、あの大きさの相手じゃあ命を奪うとこまではいかないだろう。ジュジュ、ベキム、お前さんらには壁役を頼む。魔術を適当にぶつけて、あのデカブツの目を塞いどいてくれ。

 ティルザ、マフィ、お前らは俺と一緒に前へ出て、脇から出てくる小物を掃除しながら大将を叩きに行くんだ。3方向から同時に攻めていって、最初に着いた奴があのデカブツの首を獲るってレースだ。楽しみだろう?

 ガウムは、後ろで魔術を使ってるベキムとジュジュ、それからタムゥを守ってやってくれ。どうしたって小物を取り逃がしちまうことはあるだろう。2人が魔術に集中できるよう、取りこぼしたサラマンドラはお前が片づけろ。

 以上、何か質問は? 」


 異論はなかった。一同、緊張した面持ちで頷く。『禿げ』はにやりと笑い、緊張を打ち払うかのように両手のダガーをこすり合わせた。金属音と共に、軽く火花が散る。


「さァて、デカブツ狩りといこうか……マフィは右、ティルザは左、俺は真っ正面から行く。首を挙げた奴が、あいつを図鑑に乗せる時の名前を付けられるってことで、どうだ? 」


「ごたくはいいから、早くやっちまおうや。ただでさえ予定外の労働でゲンナリしてんだよ、こっちは」


 マフィが両手の棍棒を握り直しながら言う。ティルザも懐紙で刀を軽く拭い、構え直した。


「入口でいつまでもモタついちゃあいられまい。これくらいの相手、どうせ中に入ったらいくらでも出てくるのだろうからな」


「……そりゃどうも、ワクワクするような話だね」


 力なく帽子を被り直す私をよそに、メンバーはきびきびとそれぞれの持ち場につき始めた。真っ向から巨大サラマンドラに向き合った『禿げ』が、右手のダガーを振り上げる。


「よォし、行くぞ! 」

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