第3話(後)
「さて、タムゥの調子はどうだ? 魔導泉と食糧を乗せて、大丈夫だったか? 」
『禿げ』の問いに、ガウムは大岩山羊の肩を叩きながら親指を立てる。
「当たりきしゃりきの剛力怪力。倍であっても問題ない、背負ってないのと大差ない」
ガウムはもの凄い笑顔を浮かべながら、大岩山羊の横腹に括り付けられた荷物を指さした。片側には中型も魔導泉、もう片側にはパンパンに膨らんだずだ袋。『禿げ』は頷き、私に向き直って説明してくれた。
「この辺りは、鳥力車や荷車を通せるほど道が良くないからな。基本的には2本の脚でテクテク進んでく他は無いんだが、この大岩山羊だけは、悪路でも問題なく荷物を運べるんだ。深層の巨猪人が細々と飼育してるらしいが、ギルド所属の冒険者で操れるのはこのガウム1人だ。何しろデカくて力が強いうえに岩で覆われてるからな。並大抵の人間じゃ、しつけるのも難しいんだよ。
だから、『深み』への踏査にゃガウムとタムゥのコンビは引っ張りだこでな。契約を確保するのに苦労したぜ、まったく」
妙な形に残った前髪をいじくりながら、『禿げ』はぼやいた。私はもう一度、タムゥという名の大岩山羊をじっくり見た。体はもとより、顔面に至るまで灰色の堅そうな岩石で覆われている。関節の部分には、動かせるようにきちんとヒビが入っている。顔面に走ったヒビから覗く金色の目は、知性さえ窺えるほどに落ち着いて澄んでいた。こいつが、タムゥか――その名を『禿げ』が口にするのを聞いて、私はさっきからおかしくて仕方が無かった。「タムゥ」とは、古代『うちびと』語で「小さな、幼い」という意味なのだ。
笑いをこらえながら、私はタムゥの背負う荷物を指さし、質問した。
「あれが、全員の水と食糧なのか……持ってくる必要が無いと言われたから自分では何も用意していないが、本当にアレで足りるのか? 」
『禿げ』は「これだから素人は」とでも言いたげな顔で1本指を立て、舌を鳴らした。
「堅焼きパンと塩漬け干し肉、後は乾燥させた果実が少々。カサは小さいが、栄養価は抜群だ。6人なら、あれだけあれば10日は生き延びられる。
それにな、こういう冒険の場合、食料や水は一括して用意して、一元管理するのが普通なんだ。個人個人がそれぞれ水や食料を持ち込むと、追い込まれた時に醜い争いが起こる。魔導泉の水だって、際限なしに出せるわけじゃないからな。前もって用意した量をキッチリ割り振って、リーダーが細かく管理していくことが、冒険成功の秘訣さ」
「そんなに細かくやるもんとは、知らなかったな。冒険者と言えばもっとガサツで荒っぽい連中だとばかり……」
私の言葉に、『禿げ』はフンと鼻で笑う音を立てた。
「そういう奴らは駆け出しか、他人の踏みならした後の浅い階層でおこぼれを拾う連中さ。本物のプロは、事前準備を怠らない……知ってるか、深層で命を落とす奴の内、実に1割が味方の冒険者に殺されてるんだぜ。仲間割れや同士討ち、アガリの分配に関わるトラブルといった間接的要因も含めれば、率は5割近くまで上がるだろうな。深層で一番気を点けなきゃならないのは、罠でも魔物でもなく、お仲間の冒険者なのさ」
得々とした顔で話す『禿げ』に、私はやや困惑しながらも頷いてみせた。誰しも、一家権持っている分野はあるものだ。
説明を終えると『禿げ』は周りを見渡し、声を一段高めて言った。
「ところで、俺たちのパーティだが……一応発起人でもあるし、最年長でもあることだから、とりあえずは俺がリーダーってことでいいかな? 」
「上々、重畳、アンタ大将」
真っ先に答えたのはガウムだ。笑顔で突き出された拳に、『禿げ』は苦笑しながら自分の拳をぶつけた。
「ま、経験から言っても妥当なところだろうな」
ティルザも軽く頷き、立ち上がる。ジュジュは無言のままだ。特に異議を示さないと言うことは、肯定したということだろう。続けて『禿げ』はマフィの方を見た。マフィは肩をすくめて言う。
「あたしは、このトカゲ野郎に雇われてついて来ただけだかんね。聞くならコイツに聞いてくれよ」
「私はもちろん賛成だ。元はと言えば、私の雇主はギルドなんだしな」
最後に残った私が頷くのを確認し、『禿げ』は両手を打ち合わせた。
「よし、それじゃあ出発だ。
神殿までは、古代の参道が通じている。岩壁を掘りぬいて造った通り道だが、経年のためにほとんど崩落して、自然の洞窟と大差ない状態になっている。まあ歩いて通れない道じゃないし、先達のお蔭で多少は整っているだろう……さあ、いざ炎の神殿へ! 」
少し照れたような表情で、『禿げ』は片腕を振り上げた。一緒に腕を上げたのはガウムだけで、残るメンバーは口も利かずにそれぞれ歩き始めた。『禿げ』はちょっときまり悪そうに額を掻いていたが、仕方なく腕を下ろしてメンバーの後を追った。
他のメンバーから少し離れて歩いているのを見計らい、私は『禿げ』に近づいて声をかけた。
「そう言えば、確認しておきたいんだが……例の『黒幕』の件を、他のメンバーにはどれだけ話してあるんだ? 」
『禿げ』は真顔になり、唇をほとんど動かさずに答えた。
「誰にも教えていない。他の連中には、冒険者保険給付事務局から回された単なる確認調査だって説明してある。憶測の段階で無暗に脅しつけても仕方ないしな……あんたの方は? 」
「マフィには、一応話してある。あいつはあれで鋭いし、何か隠してたらすぐに見抜いちまうからな……その他には、誰にも言ってないよ」
『禿げ』はむっつりと頷いた。
「とにかく、何事もないならそれでいいんだ。俺の思い過ごしなら、ギルドのカネを無駄遣いしたってことで多少怒られて終わりだ。だが……まあ、着く前からあれこれ心配したって始まらないな。とにかく、道を急ぐとしようか」
私の肩をぽんと叩き、『禿げ』は先へ進んだメンバーを追って歩き出した。荷物のことで、何か打ち合わせをするつもりらしい。『禿げ』がその場を去るのを待ち構えていたかのように、マフィが横合いから現れ、私の肩をつついた。
「よっ、何の悪巧みだい? 」
私は取り合わず、前を見て歩きつづけながら答えた。
「他の連中は、これを単なるハイキングだと思ってるらしい。『禿げ』は自分の懸念を伝えていないんだそうだ。まあ、伝えたところでどうこう出来るもんでもないだろうけどね。漠然としすぎてて、さ」
マフィは頷き、しばし思案したのち、私の顔を見上げて言った。
「そう言やあんた、メイユレグのことは言ったのかい? 」
私はちょっとためらいながらも、やはり前を見たまま答えた。
「いや……迷ったんだが、結局黙っておくことにした」
「はァ? 何でまた……せめて『禿げ』にだけでも話しといた方がいいんじゃないのか? 連中、メイユレグの存在すら知らないんだろう? 」
「今のメンツの中だと、ティルザは既に知ってるな。前の事件の時に出くわしたから。ジュジュとガウム――亜人の2人も、名前くらいは聞いたことがあるかも知れない。元々亜人の秘密結社だからな」
私は言い訳めいた言葉を続けた。が、マフィはなおも追及をやめなかった。
「だからって、この件にメイユレグがからんでるかも知れないって疑いまでは抱いてないだろ? 何だか煮え切らねえな……まだ、何か隠してるってのか? 」
苛立ち始めたマフィに、私は迷いながらも答えを口にした。
「気にかかるんだよな。アーキソンは何故、ああまで手の込んだことをしたのか? 『黒幕』を警戒してのことだと、最初は想像していた。だが、そうだとしても、ギルドにだって荷物の預かり制度はある。私の手に入ればいいだけなら、冒険者ギルドに託して私に届けさせればいい話だ。それをしなかった……いや、出来なかったということは……」
「ギルドの中にまで、『黒幕』の手先が入り込んでるってことかい? 」
流石に目を丸くするマフィに、私は1本指を口の前で立て「静かにしろ」のジェスチャーを作った。
「だから、今回のパーティにだって、連中の手先が紛れ込んでる可能性もある……むやみやたらとこちらの内情を明かせば、ヤブヘビになる恐れがあるんじゃないかと思うんだ」
「けッ、誰も彼も疑わしいってかよ。苦労性だねェ、あんたも」
吐き捨てるように言い、マフィは私の脇腹に肘鉄を食らわせた。
「言っとくがね、あたしの仕事は神殿の奥まで行って、その後生きて帰ってくることだけだからね。そこまでは力を貸すけどさ、その、メイユレグだギルドだなんて話にゃ関わらないよ。あんた1人で何とかしな」
私は軽く咳き込みながら頷いた。咳き込む程度で済んだんだから、マフィにしてはかなり優しいスキンシップだ。本気でやられたら肋骨の2、3本では済まない。
「お優しい言葉を、どうも……やる気が湧いて来るよ」
「あー、よせよせ。あんたがやる気を出すとロクなことが起きねえ……いや、もう手遅れか。ここまで来ちまったら。まったくあたしもヒトが好いよなあ」
恩着せがましくぼやきながら、マフィは宙に向かってひとつ伸びをし、すたすたと先へ歩いて行ってしまった。気づけば私が最後尾だ。私も慌てて足を速める。岩だらけの道につまずきかけながら、私は先を行く一団に追いすがった。




