第3話(前)
私は――いや、私たちは、荷物を担いで岩だらけのホームの上に降り立った。
ホームとは言ったものの、それは竜列車がそこに着いたことと、申し訳程度に擦り切れた荒縄が張り巡らしてあることからそう推測しただけのことで、実際にパッと見るとそこは「荒野」以外の何物でもなかった。駅舎すらなく、ただ目につく大岩だけをどけて平らにした長方形の一区画。第8大隧道の駅は、率直に言ってそんな有様だった。
「流石に、このあたりまで降りて来たことはねえけど……ま、予想に違わず、ヒデえ景色だな。お前にはかえって懐かしいか? 」
先に降りたマフィが、きょろきょろと辺りを見回しながら言う。いつものツナギの上からロングコートを羽織り、さらに大きなバックパックを背負っている。かなり動きづらそうな格好だが、動きに重さは見えない。マフィは猿人との混血で、怪力を受け継いでいるのだ。
「私も深層生まれではあるが……もう少し深いところだからな。下にはまだ『うちびと』の集落が残っているから、ここよりは開けている――少なくとも、私がガキだった時分にはな」
言いながら、私も荷物を背負って列車を降りる。食料などの物資や消耗品はギルドが一括で準備してくれるということだが、『深み』へ潜るとなったらその他にもいろいろと準備が要る。縄やナイフといった道具や、薬の類といった必需品に加え、私は深層文化に関する参考文献も数冊持ち込んでいた。自慢じゃないが、素人研究家とはいえ私の古代『うちびと』文明に関する知識はちょっとしたものだ。どこかで役に立つこともあるだろう。
私の出で立ちは、いつものジャケットの上から厚手のオーバーコートを羽織っただけの簡素なものだ。コートはドクイバラ繊維を硬く編み上げた機能重視のもので、デザインが私の好みからすると少し地味すぎるほかは申し分のない良品だ。鎧を着ることも考えたが、着慣れないプレートメイルなど着込んだところで疲れるのがオチだと思い直し、やめにした。
私はいつもの帽子を指で押し上げ、合流場所のギルド出張事務所を探した。何の遮蔽物もない場所とあって、見つけるのにそう時間はかからなかった。駅から少し離れた場所にぽつんと建てられた事務所は、切り出したままの岩と木片を組み合わせて造られた、急ごしらえがありありと見える建物だった。造りそのものはなかなか堅固で、屋根の先や柵囲いには尖った先端が付けられている。魔物除けの用心だろうか。
近づいてみると、『禿げ』は既に建物の壁にもたれて待っていた。平服の上に薄手の鎖帷子を着込み、ブーツを履いている。腰には刀身の真っ直ぐなダガーが2丁。
「よぉ、待ってたぜ」
『禿げ』は私たちに気付くと、気安げに手を振って笑いかけた。私を軽く一瞥し、それからマフィの方をじろじろと見る。
「しかし、手助けを頼んでもいいとは言ったが……まさか、マフィ・エメネスとはな。ちょいと驚いたぜ。俺は冒険者ギルドの人間だから大して確執もねえけどよ、商業ギルドの連中にバレたら、かなり面倒なことになるところだ」
「……なんか文句でもあんのかい、このハゲ」
むっとした様子で言い返すマフィに、『禿げ』は大仰な身振りで両手を突き出して見せた。
「あー、待った待った。ケンカを売るつもりはなかったんだ。あんたの名前は知ってるってことを言いたかっただけさ。一緒に仕事が出来て光栄だよ――本当言うと、俺、あんたと前にも一度会ってるんだがな。覚えてない? あ、覚えてないならいいや。あんまりいい出会いじゃなかったしな。
それはそうと、メンバーはあんたらで最後だ。ギルドが揃えた残りの連中は、もう着いてる。一応それなりに手練れを集めたつもりだが……ま、会ってもらった方が早いな。事務所の中に……」
言いながら、『禿げ』が振り返ったまさにその目の前で、事務所のドアが開いた。
「探偵ってのが来たのか、『禿げ』よォ……!? 」
言いかけて、男の顔は驚きに凍った。私も目を見開き、事務所の中から出て来た男の顔をまじまじと見つめる。吊り上がった鋭い目に、刃を思わせる細面と細い鼻。腰には、深層風の紋様を刻んだ鞘に納められた片刃剣。
「……ティルザ=ルガか! 」
私の叫び声に、男――剣士ティルザは眉をひそめた。
「その、後ろについてる野暮ったい言葉は、もう取ってくれ。ベク=ベキム」
ティルザは鬱陶しげに言うと、事務所の出口の階段に足を組んで座った。
「まったく、探偵って言葉で思い出すべきだった。妙なことに首を突っ込みたがる探偵と言えば貴様だ……第7大隧道でのことは忘れていないぞ。まったく、とんでもない目に遭った」
「……それは、私も同じだ。お前らのやったことは、忘れようったって忘れられない」
私は低い声で言い返した。私がティルザと出会ったのは、第7大隧道での教会建設反対運動に関わる事件を調べている時だった。その時の彼はティルザ=ルガと深層風に名乗り、深層文化保護団体のリーダーに雇われてボディガードをしていた(『子らを悼む歌』参照)。
その時は、私は巡りあわせで彼らの目論見を叩き潰し、代わりに彼らの方は私の眼前でひとつの命を奪った。私の依頼人の命を――一筋縄でくくれない確執が、彼と私との間にはあった。
「何だ、お前さんら、知り合いか? 」
何も知らない『禿げ』が呑気な声をかけてくる。私は顔をしかめてそちらを振り向いた。
「何でまたこいつを呼んだんだ? 別に、ギルドの冒険者じゃなかった筈だが……」
「俺は元々こっち側だ。ギルドは抜けたが、まだツテは残ってる」
ティルザが不興げに剣の柄をいじくりながら、横合いから答える。『禿げ』は額を掻きながら、複雑な表情をした。
「ま、類は友を呼ぶってやつでね。俺もティルザも、専業冒険者じゃない……悪い言い方をすりゃ、冒険者崩れだ。俺はギルドの御用聞き、こいつは傭兵。道は違えても、繋がりってのはあるもんでね。腕の立つ奴をと考えると、まずこいつの名が浮かんだんだ。何か、気に食わないところでも? 」
「いや、そういうわけじゃない……剣の腕がいいのは知ってるよ。パーティのメンバーとしちゃあ、申し分ないだろう」
私は渋々そう答えた。過去には色々とあったものの、ティルザが凄腕の剣士であることには間違いがないし、カネで動く傭兵である分、仕事の上ではある程度信用できる。少なくとも、お互いの利害が一致している間は。
「俺の方も、仕事の間だけは、昔のことをとやかく言わない主義でな。一緒にやっていくことに別段不服はない……ただ、厄介なことに首を突っ込むつもりなら、俺は付き合わんからそのつもりでいろ。貴様は要らんお節介を焼きたがる習い性があるようだからな」
吐き捨てるようにそう言ったティルザに、私は帽子をひょいと持ち上げて答えた。こいつめ、私が既に「厄介なこと」に片足突っ込んでいると知ったら、どんな顔をするだろう?
「で、他のメンバーは? まさか剣士だけってことはないだろう。炎の神殿に潜るからには、魔導士だって……」
そう言いかける私の鼻先に、小さな火の粉が漂ってきて――顔の真ん前で、青色の小爆発を咲かせた。思わずのけぞった私は、その拍子に、事務所の入口に佇む新たな人影を見つけた。
長く垂らした深層風のローブから、すらりと伸びた脚がこぼれている。女だ。肌の色は赤みがかった褐色。つややかな桃色の髪はうなじの辺りで白い飾り羽に代わっている。鳥人族の血統を表す特徴だ。美しいがやや吊り上がった目の上には、角質に覆われた短い角が突き出していて、顔立ちのキツい印象を増していた。矮鬼人の血も入っているらしい。手には肘ほどの長さの魔導杖が握られている。
「おい、ジュジュ……あんまりからかうなよ。これから一緒に仕事をしようって仲間なんだからさ」
『禿げ』はたしなめるような口調でその人物に声をかけた。ジュジュと呼ばれた女はわずかに眉を顰め、髪をかき上げた。その拍子に、わずかに尖った指の爪が見える。鳥人のカギ爪の名残を留めているのだろう。
「挨拶代りだ。こちらに気付いていない様子だったからな、注意を促してやったまでのことだ」
ジュジュはそっけなく言うと、階段を一足飛びに飛び降りて荒地に降り立った。音はほとんど立てていない。身軽さは、鳥人由来だろうか。じっと見つめていると、『禿げ』が察して代わりに紹介してくれた。
「こいつはジュジュ=ザズー。矮鬼人と鳥人のハーフで、炎の魔導士だ。元々深層の生まれなんで冒険者ギルドへの登録は最近だが、魔術の能力は折り紙付きだ。ジュジュ、こちらがベク=ベキム、話しておいた探偵だ。それとそっちがマフィ・エメネス。まあ何と言うか……協力者だ」
私は軽く会釈した。が、ジュジュはほんの少しだけ片眉を上げただけで、挨拶を返すつもりもなさそうだった。
「それより、メンツが揃ったのならさっさと出発するぞ。ガウムの方の準備は出来たのか? 」
「ああ、そうだな。忘れてた。裏でごそごそやってたから、そろそろ終わってるだろう……」
『禿げ』は呟き、私たちの方へ手を振って「ついてこい」という合図をした。私たちは黙って、気楽そうな足取りの『禿げ』にのこのこと着いていった。私、マフィ、ティルザ、そして今しがた出て来たジュジュの順番だ。マフィが私に歩み寄り、耳打ちする。
「いけ好かねえ女だな……アレが炎の魔導士か。「揃った」ってことは、これでパーティは全員なのか? 随分と少数精鋭なんだな」
「そのあたりに関しちゃ、向こうが専門家だ。彼の判断を信じよう」
そんなことを言い交わしながら事務所の裏に回ると、そこは板囲いと藁葺屋根の簡素な厩舎になっていた。中には何やら巨大な生物が2体――丸っこいのと、四角いのだ。思わずたじろぐ私をよそに、『禿げ』は口の横を手で囲って、小屋の中へ声をかけた。
「おォい、ガウム! 準備は出来たか? 出発するぞ! 」
その声を聞き、丸っこい方が動き出した。太い腕が伸び、四角い生き物の背中を軽く叩いている……と見るや、四角い生き物は石の軋むような音を立てて動き出した。
やがて屋根の下の暗がりから、2体の生き物が姿を現した。先を行く丸っこい方の生き物は、大柄な巨猪人だ。巨猪人の中でも珍しいくらいの巨体をしている。なめし革のように厚く黒ずんだ肌に、下あごからいかつく突き出た白い牙がくっきりと浮き上がって見える。たてがみのように生えた黒い剛毛を、幾本もの房にまとめて頭に貼り付け、後ろでまとめている。酒場などで会ったら、あまり隣の席には座りたくない顔だ。
後ろに付き従うのは、体中を岩に覆われた巨大な生き物だ。頭からは、頭蓋と同じくらいの大きさを持つ巻き角が生えている。こいつなら、本で読んで知っている。大岩山羊、大地の魔術によって皮膚を岩石化させている巨大な山羊だ。大竪穴の土着種で、深層ではまれに目撃される。大人しい魔物だとは聞いていたが……実物、しかも家畜化されているのは初めて見た。巨猪人の男は、こいつの飼い主だろうか。
そんなことを考えていると、巨猪人のガウムは大きな口をがばりと開けた。
「準備万端、順風満帆。いつ行く今行くすぐに行く。出たい行きたいお好み次第、俺ガウム、アンタら連れる、運ぶ導く深みの底行く潜り道。オゥ、オゥ」
腹に響くような重低音で、巨猪人の男は早口にがなり立て、ニヤリと笑う。呆気にとられている私に、『禿げ』が諦めたような笑顔を浮かべて言った。
「ガウムの部族に伝わる方言みたいなものでな。元々は魔神への祈祷に使われた呪文の節回しだったらしいんだが、いつしか日常の話し言葉までこんな調子になったんだそうだ。まあ実害はないから、慣れてくれ」
私は肩をすくめ、白い牙をむき出して笑いかけてくるガウムに、頼りない笑みで答えた。




