第2話(後)
「……なるほどな。連中が関わっているのなら、アーキソンがこうまで臆病に秘密を保ち違った訳も分かる」
頷く私を、マフィは疑わしげな目で見上げた。
「本当に、連中がらみの一件だって言えるか? 何もイユル=ゲマフに関わるとこ全てにどっからともなく湧いてくるってわけでもないだろうに。それに、そのアーキソンって奴がそれに気づいてたかどうかも怪しいもんだぜ。案外、自費出版でもしてもらいたくて原稿をあんたに預けたとかじゃねえの? 」
水を差すようなことを言うマフィに1本指を突きつけて黙らせ、私はアーキソンの論文をめくり始めた。大部分は、綿密な資料の考証や引用だ。素早くめくり飛ばして、論文の骨子を探る。内容は、『うちびと』文学に見られる「イユル=ゲマフの神殿」という言葉の意味についてのものだった。読み進むうち、原稿を握る手が震えるのが分かった。
「……おい、どうした? 」
流石に心配そうな声をかけてくるマフィに、私は論文の一部を見せながら言った。
「こいつは……かなり、センセーショナルな内容だ。古代『うちびと』語における、「イユル=ゲマフの神殿」という言い回しを、そのままの意味でとらえようというんだ。
イユル=ゲマフは伝承の失われた神であり、その神殿も現存するものはまだ見つかっていない。しかし、叙事詩や物語といった古代文学には、この言い回しがしょっちゅう出てくる……具体的な神殿そのものを指すのではなく、広大な場所や世界を指した慣用句としてだ。
その言い回しを、アーキソンは字義どおりに受け取ろうとした――確かに後世にはそういう慣用句にしか使われなくなった言葉かもしれないが、古い時代にはそれが本当に「神殿」を表す言葉として使われたこともあったはずだ。その仮定の下、彼は古い年代のとある歴史書を今までにない文脈で読み解いたんだ」
私は、原稿の間に挟まれていた古文書の複写を取り出し、マフィに示した。炎の魔神、ゲメト=ジアマーンに関する一節だ。ゲメト=ジアマーンは炎を司る魔神の中でも最高位に位置するとされ、4属性を象徴する4大魔神の一角だ。
「ここだ……『ゲメト=ジアマーン深きより出でて憩いを求めぬ。96の眼うごめきて、イユル=ゲマフの神殿を閲しつくしぬ。静かなる沢を越えた地に、ゲメト=ジアマーン右足を定めぬ』。
内容は、魔神が神殿を造る場所を選んだという伝承だ。ここでの『イユル=ゲマフの神殿』は、大竪穴中を探し回ったという意味を表すというのが、今までの学会での統一見解だった。しかしアーキソンは、これを言葉のままに受け取った――イユル=ゲマフの神殿の中に、副殿としてゲメト=ジアマーンの神殿が建設された、と解釈したわけだ」
「……おいおいおい。ちょっと、待てよおい」
マフィが真顔で口を挟む。
「冗談だろ? あたしだって仕事柄、あんたほどじゃないが歴史は知ってる。「副殿」ってのは、力の強い神の神殿の中に、その眷属や手下に当たる神の神殿が、まあ言ってみりゃ間借りしてる状態だ。だが、ゲメト=ジアマーンって言や、4大魔神だろ? それを手下扱いする神って、いったい……」
私は肩をすくめて答える。
「そう、狂気の沙汰だ。普通に考えたらな。だが、それを信じた者もいた、ということだ」
「『いた』? いるかも知れない、じゃなく? ……そう言えば、アーキソンが死んだ神殿ってのは……」
ハッカ水のビンを置いて青ざめた顔をこちらに向けるマフィに、私は静かに頷いた。
「そう、炎の神殿――ゲメト=ジアマーンを祀った場所だ。
それだけじゃない……この論文の中では、ゲメト=ジアマーンが右足を定めたとされる神殿がどこなのかまで推測されている。本文中に出てくる『静かなる沢』という言葉に合致する地形、年代的整合性、そういったことを全て勘案すると……まさにあの、アーキソンのパーティが全滅した遺跡こそが、イユル=ゲマフ神殿の副殿である可能性が高い。この論文には、そこまでハッキリと書いてある」
「偶然……で、あるハズはねぇよな、そういう場合」
苦りきった顔で呟くマフィに、私は帽子のつばを少し下げることで肯定の意を示した。
「むしろ、因果関係があると考えるべきだろうな。アーキソンは冒険者パーティで鑑定士を務める傍ら、独自に研究を続けてこの論文をしたためた。その内容を知った何者かが、真偽を確かめさせるためにパーティをゲメト=ジアマーン神殿へ向かわせた。
今のところ、その「何者か」の正体候補として最有力なのはメイユレグ――イユル=ゲマフを崇拝し、その失われた伝承を掻き集めようとしている宗教結社だ。イユル=ゲマフの謎に迫るためだったら、人殺しだって厭わない。そのあたりはお前さんもよく知ってるだろう。
アーキソンは何らかの方法でその踏査の裏にキナ臭いものがあることに気付き、自分が無事に帰れなかった時のため、自らの解き明かした秘密を私に託した……面白おかしくなるように説明をつけると、こんな具合になる。」
「誰が面白い話をしろッつったよ、ったく……」
忌々しげにマフィは言い、ビンを引っつかんでハッカ水の残りを一気に飲み干した。
「何つーかさァ……あんたの厄介ごとを引き込む能力は、もう神がかりの域だよな。呆れるより先に感心するわ」
「頼りがいのある男ってのは、そういうもんさ……」
私は肩をすくめ、居ずまいを正してマフィと真正面から向き合った。
「さて、最初の頼み事は完璧に果たしてくれたようで、恩に着る。そこで、ついでと言っちゃあ何だが、乗り掛かった舟ってことでもう1つ頼みたい。実は冒険者ギルドもアーキソンたちのパーティが全滅した件について疑いを抱いていてね。近々、調査隊を出すことになった。それに私も合流しないかと言われているんだが……」
「そら、ご苦労様だこと。いってらっしゃい。その気になったら、そのままくたばって来ても構わねえよ」
何かを察知したのかそっけない態度になるマフィに、私は躍起になって食い下がった。
「その調子じゃ、分かってるんだろ、マフィ。私が次になんと言いだすか……お前さんに協力を頼みたい。深層行きのパーティに加わっちゃくれないか? 当然、報酬は出す……というか、出させる。バザールに」
「お前なァ……あたしは、冒険者じゃねえんだぞ」
「私だって、冒険者じゃなくて探偵だ。それでも同行するんだ。まあ、考えてみろ。『深み』とは言え、つい最近アーキソンたちのパーティが踏破した道だ。さらにもう1度、パーティの全滅を確認するためにギルドの救助隊も通っている。それでいて、遺跡はまだ手つかずのまま……未踏査の遺跡に、こうも簡単に入れるチャンスなんて、そうそうないぞ? 」
「まァたお前は、そういう無責任な誘い文句を……」
口では不審げだが、内心かなり心動かされている様子だ。目の色で分かる。こと儲け話となったら、乗らずにはいられないのだ、マフィは。
「だが、そうさな……途中のルートづくりなしで、一本道を通って『深み』の遺跡へ行けるってのは、リスクもデカいがチャンスでもある。しかも、ギルドの冒険者どもを差し置いて抜け駆けってとこも悪くない。
でも、やっぱり危険の方が大きいかな……魔物やら、罠やらの情報は? 」
渋っているような言葉を履いておきながら、口ぶりはきびきびと事務的だ。仕事モードに入っている。何だかんだ言いながら、かなり乗り気になっている証拠だ。私は諾々と説明した。
「サラマンドラの群れがいるらしい。アーキソンは、毒にやられていた。それから、炎の大魔神の神殿だけあって、相当に強力な炎の魔術トラップが仕掛けられているようだ。十数人のパーティを全滅させるほどだからな……とは言え、ギルドだってバカじゃない。その点は考慮して、腕利きの炎魔術師を連れていくことになるだろうな」
「ふゥん……何にしろ、楽な旅じゃあなさそうだ」
マフィは腕を組み、まだ考えている様子だったが、やおら顔を上げて小声で言った。
「それでだ……例えばの話だが、調査に行った先で、偶然にも古代の貴重な遺産を見つけてしまったとするわな。そいつをこっそり懐にしまった奴がいたとして……」
みなまで言わせず、私は手を振って答えた。
「今さらそんなこと確認するようなタマでもないだろう、マフィ・エメネス。どうせ持ってきたいもんがあったら意地でも持ってくんだし、ギルドの連中だってお前さんのそういう癖は承知の上だろうさ。普通じゃまず、お前さんのような泥棒猫をパーティに加えやしない。そこをこの私が、メンバーの枠にねじ込んでやろうっていうんだ」
「だから、感謝しろとでも言うのかよ? ツラの皮がウロコ張りになってる方は違うね、まったく」
言いながらも、マフィの頬は緩んでいた。この小旅行で得られる利益を計算している顔だ。無理もない。行き先は4大魔神の神殿、しかもほぼ未踏査なのだ。空中市場の経済をひっくり返すようなシロモノがその辺に落ちていないとも限らない。
「言っとくが、まだお前さんを雇うと決まったわけじゃないからな。ギルドに伝えてはみるが、あっちがお前さんの悪名に恐れをなしたらそれまでだ」
「アイ、アイ。分かってるさ……あっ、そうだ。雇うって言葉で思い出したけど、冒険に付き合ってやる手間賃の方は別で貰えるんだろうね? どんな仕事だってタダでやるつもりはないよ、あたしは」
私は答えず、帽子を深く深くかぶり直した。
マフィとの交渉の疲れももちろんあったが……それ以上に、私には懸念があった。アーキソンの論文は、どこまで正しいのだろうか? イユル=ゲマフというのが、4大魔神さえ格下に扱えるほど強大な魔神だったとしたら、その伝承は何故消えてしまったのか? そして、イユル=ゲマフを信奉するメイユレグとはいったい何なのか?
かつて第7大隧道で出会った鳥人族の長老・ジャル=ジャ=クは、元々のメイユレグは古代『うちびと』社会における調停者の役割を果たしていたと言った。イユル=ゲマフは、何にも属さない神であるから、と(『子らを悼む歌』参照)。では、今のメイユレグは? 彼ら自身、イユル=ゲマフの全てを理解しているわけではないらしい。彼らが秘密を手にした時、いったい何が起こるというのか?
答えの出ない問いを頭の中で転がしながら、私は魔導泉に腰かけ直し、視界に深くかかった帽子のつばを見つめた。




