第2話(前)
「あんたもいろんな面倒事を持ち込んできたけどさあ……今度ばっかりは、本気で嫌がらせだと思ったよ」
マフィ・エメネスは言い、椅子にそっくり返って小瓶からハッカ水を飲んだ。私は中古魔導泉の上に腰かけ、硬い水受け皿の上に少しでも楽に座ろうと身をよじった。マフィの古道具屋にはいつも売り物のガラクタが溢れているが、来客用の椅子だけは用意されていたためしがない。
「まあ、そう言うなよ。いつものことじゃないか。今回は本業での依頼なんだし、情報屋まがいの頼み事よりはまだマシだろう? 」
「そうは言ってもよォ……相手がバザールじゃあな。いくらマフィさんが敏腕商人だからってよ。あたしが連中に睨まれてること、知ってんだろ? 」
ぼさぼさ頭を掻きむしりながらなおも恨み言を続けそうなマフィを、私は手のひらを向けて制した。
「分かった分かった。その分手間賃を乗せといてくれ。こっちは経費で落とせるんだから――それより、ブツだ。手に入ったんだろう? 」
「そりゃまあ、それらしきもんはあったけどさ……」
マフィはぶつぶつ言いながら、テーブルの下を手探りし、油紙に包まれたものを取り出した。テーブルに放り出されたそれは、ちょうど赤ん坊くらいの大きさの塊で、下端の平らな面でテーブルに直立していた。音から察するに、かなりの重さがあるらしい。金属ではなさそうだ。石か、粘土か……まあ、開けてみれば分かることか。
マフィ・エメネスは故買屋だ。「古道具屋」の看板を掲げながら、裏ではありとあらゆるいかがわしい品を取り引きしている。そのせいでバザールには睨まれており、ギルドに所属することも許されてはいない。だが、人目につかずに何かを手に入れたいという時には役に立つ。何しろ取引の幅も量も並はずれているので、どれが怪しくてどれが怪しくないまともな取引なのか、弁別するのが難しいのだ。
「とにかく、中身を見せてくれ。ちゃんと言った通りのものを探してくれたんだろうな? 」
言いながら身を乗り出した私を、マフィは鬱陶しそうに睨んだ。
「だいたい、あんたの指定した条件が緩いんだよ。アーキソン・ボリソフって冒険者がここ最近で持ち込んだ、炎の魔術に関する品だろ? これが面倒くせえのなんの……冒険者がバザールに持ち込む財宝ってのはさ、市場に出回るころには「誰が見つけたか」なんてどうでもよくなってるわけ。値札に名前が書いてある、なんてわけにはいかねェんだよ。それをわざわざ、魔導具商人どもから白い目を向けられながら聞きまわったあたしの苦労たるや……」
「分かった、分かったって! いいから、開けるぞ」
苦労話をとうとうとまくし立てるマフィに私は叫び返し、勝手にテーブルの上の包みを開いた。仲から出てきたのは、ずんぐりとした鳥をかたどった石像だ。白っぽくきめの細かい石でできており、ところどころに赤の塗料が残っている。巨大な目と小さなクチバシは、どことなくフクロウを思わせる。よくよく見ると、羽根に彫り込まれた模様は炎の魔神の契約印だ。
「炎の魔神、ゲム=ジドラゲムの彫像だ。第7の遺跡から出た品で、製作年代は恐らく『そとびと』入植以前。『うちびと』の使った、祈祷用の品だって話だ」
「フーム……」
私は唸り、手袋をはめた手で彫像を抱え上げ、つくづくと眺めた。丸っこく、なかなか抱き心地はいい。相当に古いものなのだろうが、粗削りな感触からは鑿の調子がありありと感じられ、太古の職人の息遣いまでが聞こえてきそうだった。
「ま、珍しい品ではあるけど、そこまで高値がつくもんでもないね。実用性はゼロだし、塗装も剥げちまってるし……それになんかそいつ、ブサイクだろ? あんまり『そとびと』の成金好みのインテリアじゃあないわな」
つまらなそうに解説するマフィに、私は指を振り、舌を鳴らした。
「ひとを見た目で判断するもんじゃないぞ。
さっき何と言ったっけ? 祈祷用の品、か……まあ、そうだったのかもしれんがね。それ以上に大事なことがある。ゲム=ゼクゲメトは炎の魔神の中でも、光と灯火を司る魔神だった。そしてこの形……機能性を感じないか? 単なる祈祷用のご神体にしちゃ、ずんぐりむっくり過ぎるだろ? 」
「それがどうしたよ? 」
訝しげにこちらを見守るマフィの前で、私は彫像をテーブルの上に置き、胴の辺りを調べ始めた。私の予想が正しければ、この辺りにとっかかりがあるはずだ――これだけ大見得を切っておいて何もなかったらいい恥さらしだ。幸いにも、私の努力はほどなくして報われた。羽根の付けねあたりに、細い溝が走っている。ちょっと見ると何らかの意匠のようにも見えるが、その気になって観察すれば他の模様よりも刻み目が深く入っているのに気づくだろう。
私は溝に沿って力をこめ、彫像の「頭」にあたる上半分を揺すぶった。しばらくすると、溝に詰まっていた埃や塗料のカスが落ち、頭がぐらぐらと揺れるようになってきた。私は息を深く吸い込んだ後、力を込めて一気に彫像の「頭」を引っぱった。メリメリとかすかな音がして、溝を分割線に頭と体が引き離される。
「……! 」
マフィは息を呑み、椅子から身を乗り出した。開いた彫像の中は、空洞だった。言わば「蓋」の役割をしていた頭部分を見ると、巨大な目に同心円状のスリットが見える。土か何かが詰まっていたせいで、外からは見えなかったのだろう。私は独り大きく頷いた。
「大当たりだ。こいつは、単なる彫像じゃない――ランプなんだ。魔力を込めると、刻まれた契約印の力によって、光を放出する。投射された光はこの目の所の隙間から漏れ出て、何らかの模様を描くんだろう。
で、この空洞には恐らく、色水か何かを入れていたんだ。ほら、底にまだ塗料のカスが残っているだろう。ここに色水を入れておくと、放出される光にまで色がつくって仕組みだ。第5大隧道なんかで使われる宣伝用魔導灯と、理屈としては同じだな」
「はぁー……あんたのしょうもない趣味が役に立つところ、初めて見たかもしんない」
マフィは感心しながらも憎まれ口を叩いた。彼女は私の考古学趣味をあまり良く思ってはいない。彼女の店で買った本のツケが相当な額になっている、という事実が、その原因だと思われる。
「けどよォ、何だってこの彫像に目を付けたんだ? あんた、こういう仕掛けがあるって最初から分かってたわけ? 」
マフィの問いに、私は首を振った。
「アーキソンが何を残したかまでは分からなかった。だが、ヒントはあった……手紙の中で、明らかに私に対する指示が示されている箇所があった。最後の、酒のくだりだ。私は、これは彼が暗号を使って私にやってほしいことを示唆しているのだと考えた。
私と彼だけしか知らないことだが、ここで言及されている「酒」はファイア・スターター。ポピュラーな酒だし、「珍しいラベル」なんて形容はどう考えても当たらない。大竪穴でしばらく暮らした人間なら、ファイア・スターターのラベルなんて誰でも知ってる」
「炎の魔導士、か……」
マフィは唸った。
「確かに、描かれてたなァ。杖なんか持った、典型的なやつが。それで、炎の魔術にゆかりの品物を探せってわけか」
「ま、そういうことだ……さて、タネ明かしはともかくとして、大事なのは中身の方だ。いったい何が入っているのか……? 」
私は彫像の胴体部分を覗きこんだ。ポッカリと開いた空洞の中には、無造作に丸められた分厚い紙包みがひとつ。取り出そうとしたが、底に貼りついている。どうやら音を立てないよう、接着剤か何かで固定してあるらしい。苦心の末、私はぼろぼろに破れた封筒をなんとか取り出すことが出来た。白手袋は埃や塗料カスで真っ黒だ。作業の前に外しておけばよかった――いや、それは話が逆か? 手袋ってのは、本来手を汚さないために着けるものか。
「何ボヤボヤしてんだよ! さっさと、中を開けてみろ。あたしだって一応は興味あンだからさ」
マフィが野次馬根性丸出しでがなる。私は肩をすくめ、ほとんどまっぷたつに破けかけている封筒を開け、中の紙束を取り出した。
アーキソン教授の整った筆跡が、目に飛び込んできた。論文か何かの草稿のようだ。かなりの枚数があるうえ、文字自体も小さくぎちぎちに詰め込まれている。これは、読み切るのに相当骨が折れそうだ……そう思いながらふとタイトルに目を落とした私は、息を呑んだ。
「おい、これ……! 」
小声でマフィを差し招き、指でタイトルを指し示す。覗きこんだマフィも、眉間に皺をよせ、黙り込んだ。
タイトルは……『失われたイユル=ゲマフの神殿に関する考察』。
「イユル=ゲマフ……! 」
マフィの口から言葉が漏れた。決して愉快そうな響きではない。当然だ。忘れられた太古の魔神、イユル=ゲマフ。こいつが絡んできた以上、もう一つの名前も自然に浮かび上がってくる。私とマフィが同時に思いつきながら、口にすることを憚ったいわく付きの名だ。
メイユレグ。真なる世界を創ると標榜する、『うちびと』の宗教集団だ。私は幾たびも彼らとぶつかり、その度に命の危険を味わってきた。今回も、事件の裏には奴らがいるというのか……?
背骨を這いずり昇ってくる嫌な予感に、私は首筋の鱗を逆立てて身震いした。




