第1話(後)
「わざわざ十数人の冒険者を死ぬに任せたと? 何のために? 」
思わず聞き返した私に、『禿げ』は困ったような顔を向けた。
「それが分かりゃ、苦労はないよ……結局のところ重要なのは、俺がそういう疑いを持ったってことと、その疑いを迂闊にもギルド上層部に意見しちまったってことだ。冒険者ギルドは俺の話を本気に取って、パーティの全滅に不信感を抱きだしたんだ。それが癖みたいなもんなんだよ、連中は。冒険者保険の支払いを少しでも削りたくて、何か口実が見つからないか虎視眈々なんだ。
で当然、実際に遺跡へ行って確かめてこいって話が出る。さて誰を使おうってことになったら……そりゃまあ、俺だわな」
『禿げ』は金属の台に寄りかかり、肩をすくめた。
「と言うと……冒険者ギルドは、第8大隧道の再調査を決めたのか? 」
「だからこそ俺は、あんたを呼んできたんだよ」
『禿げ』は言い、私の顔をもの言いたげに見つめた。私は帽子のつばを下ろし、無遠慮な視線から顔を守った。
「アーキソンは、第8の入口にあるギルド出張所からあんたに手紙を出していた。踏査に出発する直前だ。パーティ全滅を調べる過程で、出張所にあった記録に気付いたんだ。上の階層へ手紙を出していたのはアーキソンだけだった。ちょっと気になったもんで追ってみたら、なんとまあ、評判の探偵さんの住所じゃないか。こいつは話を聞いてみなけりゃ、と思ってさ」
「それはまた、ご苦労様なことで……」
私は軽く肩をすくめた。
アーキソンからの手紙が届いたのは、1週間ほど前だった。変わった手紙だと思い、ずっと気になってはいたのだが、『禿げ』が訪ねてくるまでアーキソンが死んでいたことは知らなかった。胸元まで白い布で覆われたアーキソンの体にもう一度目を落とし、私は物思いにふけった。
「悪いが、さっきも言った通り、彼と私はそこまで親しかったわけじゃない。何だって私なんかに手紙を書いたのかさえ、よく分からないくらいなんだ」
「さあ、そこだ」
『禿げ』はパチンと指を鳴らし、台から降りて私に歩み寄った。
「その、そこまで親しくない相手に、何故手紙を送ったのか? それもあんたの話によれば、まるで意味の通らない内容らしいじゃないか。何か臭うんだよな……あんた、本当に心当たりがないかい? 」
『禿げ』の凝視に、私は思わず目を反らした。言いがかりと言ってしまえばそれまでだが、考えていることは分からなくもない。そして……実を言えば、見事図星を突いている。私は手紙が着いた直後から、ちょっとした調査を進めている。あの手紙には、あからさまに間違った内容が2つ書かれていた。ひとつは「歌」の話、もうひとつは「酒」の話だ。
私はまず「酒」の話に着目した。アーキソン教授が私に酒を渡したのは事実だ。ビンテージもののウィスキー、『ファイア・スターター』。だが、手紙の内容は不自然だ――「珍しいラベルだから、すぐに分かるだろう」とあるが、ファイア・スターターというのは大竪穴で最もポピュラーなブランドであり、そのラベルはありふれている。ビンテージでも古いだけでラベルの柄は変わっていない。
この違和感に気づけるのは、教授がくれた酒がファイア・スターターだと知っている人物――つまり私以外にいない。恐らくこの手紙は、私にだけ分かるようにマーキングの施された暗号なのだ。
目の前の男にそれを相談すべきかどうか、帽子のつばを指でなぞりながら考えていると、向こうはそれを拒絶と取ったようで、諦め顔になりため息をついた。
「ま、いいや。あんたが「今」何も知らないってんなら、それはそれでいいや。手紙の件は、用事の半分だからな」
「半分? 」
意表を突かれて私は帽子に当てていた指を離した。『禿げ』はちょっと眉を顰めながら頷く。
「そう。もう半分の方だが……どうだい、ちょっと旅行に出かける気はないか? 」
「旅ィ? 」
またもや、私は思わず聞き返した。何か言われるたんびにオウム返しというのも芸がないが、シャレたセリフを考える余裕もないのだから仕方ない。
「旅って……いったい、どういう意味だ? 」
「だから、言った通りの意味さ。「本当のところ」を見つけるための旅だよ。
あんたは、自分で言ってる通り、今のところは何も知らないのかもしれない。いいだろう、信じるさ。それはそれとして、「これから」何かを知る手助けをしてくれないか?
俺はギルドから、『深み』を再踏査してパーティ全滅の真相を確かめるため、調査団を結成するよう命令を受けた。あんたには、その一員となってもらいたい。正式な仕事の依頼だ。人員の選別は俺に一任されているし、あんたへの報酬に関しても予算が通してある」
あまりのことに、私は口をぽかんと開けて立ちすくんだ。
「……おいおい、おいおいおい……この私が、『深み』へ? 冗談はよしてくれよ。私は、冒険者じゃないんだぞ」
何とかそれだけ言い返したが、『禿げ』はまるで取り合わず、両手を上げてたしなめるように言った。
「まあ、そう構えるなよ。『深み』と言ったって、第8でもあのあたりは踏査が比較的に進んだ所だ。直近に入ったパーティもいて、道が切り開かれてるし……」
「その『直近のパーティ』は、全滅したんだろう? 」
皮肉をこめて私は『禿げ』の禿げ頭を睨んだ。『禿げ』は視線を上に向け、肩をすくめた。
「とは言ったって、奴らは宝を探しに深入りしたわけだが、こっちにはそういう心配はないからな。パーティの足取りを追って、どこをどう通ったか調べ上げればいいだけのことだ。探偵の仕事と一緒だろ? その手のことならあんただって場数は踏んでるだろうし、事件関係者の1人とも知り合いだ。何かと都合がいいんじゃないかと思ってな」
「フーム……」
私は顎をひねった。こちとら、イチかバチかの大冒険を夢見ず、コツコツ堅実にやることで今まで生き延びて来た男だ。『深み』へ潜るような事態は出来るだけ避けたい。しかし『禿げ』の気安げな態度に接していると、案外深層探査も大したことないんじゃないか――などという気分になってくる。それに、アーキソンの死の真相はやはり気にかかる。あのアーキソンが、死を前にして私にメッセージを残したのだ。何か、責任のような重苦しさを感じずにはいられない。
迷っている私に、『禿げ』は更なるダメ押しをかけてきた。
「なあ、こう言ってるのは、あんたのためでもあるんだぜ。ここらでひとつギルドに、ひいてはバザールに貸しでも作っとかないと、後の祟りが怖いぞ。あんた、いろいろやらかしてるんだろう? 」
私はぐっと言葉に詰まり、『禿げ』のニヤついた顔を睨んだ。空中市場を支配する、巨大なギルド複合体『バザール』。空中市場のみならず大竪穴全土においてその影響力は強く、私のような仕事をする上ではしばしば障害となる。無論私とて事を荒立てないよう常に細心の注意を払っているのだが、軋轢と言うのはどうしたって起こる――バザール内部の勢力争いに巻き込まれたこともあったし、私自身が殺人の濡れ衣を着せられてバザールと裁判で争ったこともあった。それに私は、成り行き上バザール設立時の黒い事情もかなり知ってしまっている(『血と冷血』参照)。バザールからしてみたら、あまり気持ちのいい人物とは言えないだろう。
「……つまり、協力しなかったらバザールは、本格的に私を敵とみなすと、そう脅してるわけか? 」
一歩踏み出して詰め寄ると、『禿げ』はしゃあしゃあとした顔で答える。
「随分とまあ、物騒な考え方をするんだな……そういうんじゃないさ。親心、とでも言ったらいいかね。お互い、面倒はごめんだろう? これからは助け合っていこうじゃないかと、こう言ってるのさ。仲直りのハイキングだとでも、思ってくれたらいい」
「ハイキングか……猛毒の両生類と炎の魔神の罠が待つ、光も差し込まないような『深み』へ行くのが、ハイキング? 詐欺罪で訴えられるぜ」
『禿げ』は私の恨み言を聞き流し、くるりと背を向けて部屋の中央へ向かった。アーキソンが横たわる台の方だ。台の傍らで『禿げ』は、胸元にかけられた白布を引き上げてアーキソンの顔までを覆い、しばし瞑目した後、こちらへ戻ってきた。
「まあ、考えておいてくれよ。今週中なら、俺は冒険者ギルドの詰所に居る。あんたの分の枠は開けとけるからさ」
片目をつぶって見せる『禿げ』に、私は言い返しかけ、やめにした。断る余地はない。バザールの名をタテに取られたら、おおっぴらに逆らうわけにはいかないし、アーキソンに対する責任の問題もある。それに――真実を明らかにしたいというのは探偵の習性だ。厄介だが、付き合っていかねばならない習性。結局のところ、『深み』に行かなければ真相が分からないというのなら、私は行ってしまうのだろう。どうせ行くならば、多少なりとも経験のある人間と一緒に行った方がいい。寄らば大樹の陰だ。
「……こちらで、片づけなきゃならない用事もあるんでね。今日明日中ってわけにはいかないよ」
私が小声で答えると、『禿げ』は明るい顔になり、私の肩を叩いてきた。
「おう、そりゃあ当然、分かってるさ。準備は大事だ。何だったら、あんたの方の仲間を連れて来たっていい。『深み』に潜るんだ、手助けはいくらあっても足りないからな」
やっぱり、危険なんじゃないか――出かけた皮肉を飲みこんで私は頷き、帽子を深くかぶり直すことでそれ以上の話を打ち切る意思表示をした。私はアーキソンに背を向け、一度も振り返らずに部屋を出た。
ギルド病院の薄暗い廊下を歩きながら、私はこれからやるべきことについて思いを馳せた。出発の日までに、アーキソンが私に何を言い残したかったのかを多少なりとも掴んでおきたい。わざわざ暗号で私にメッセージを送ったと言うことは、他人にメッセージが漏れたら困る事情があったということ――もっとはっきり言えば、メッセージを見られたら困るような『誰か』の存在を意識していたということだ。敵は一体何者なのか、アーキソンは何を恐れていたのか。メッセージの正体が分かれば、その疑問にも答えが見つかるかもしれない。
私は病院の外へ出て、大股に通りを歩き始めた。目的と行き先は決まっている。頼んでいた仕事の守備を訪ねるため。向かう場所は、マフィ・エメネスの店。




