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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 稲妻の歌を聴け ~
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第2話(後)

 並んだテーブルの間を歩き、例の「無敗のディーラー」というのはどこにいるのかと探し――ものの数秒で見つけた。明らかに人だかりがしているテーブルが一つ。静かな部屋の中で、そこだけが奇妙な熱気に包まれている。私とボルゴは顔を見合わせ、同時にそのテーブルに向かって歩き出した。


 テーブルを取り囲む人垣は厚かったが、実際に卓についているのは2人だけだった。正装はしているもののどことなく崩れた雰囲気のある男と、卓を挟んで向かい合う、小柄な影――ディーラーらしい黒のベストスタイルで、袖に物を仕込めないよう細いシルエットのシャツ。胸元のボタンは外され、ぐっと突き出た胸も露わだ。プラチナブロンドの髪は後ろでまとめられ、緑色の石が嵌まった金の髪留めで耳にかからないよう押さえられている。瞳は怖くなるほどのブルーで、どこを見ているのか分からないようでありながら、誰もが自分を見つめているのではないかと錯覚するような表情をたたえていた。

 私は思わず口笛を吹いた。


「無敗のディーラーってのは……女か」


「なかなかのもんだろう」


 ボルゴはあくまで無表情に答えた。とは言え、声音の奥には純粋な称賛があった。


「大した上玉だ。あれだから、余計に噂になる」


 確かに、そうは見当たらないほどの美人だ。顔立ちが整っていると言うだけではない。何か謎めいたムードと、薄皮一枚の下に潜む強大なエネルギーが見える。うかつに近寄れば人生を狂わされる、夜の我を誘い焼き尽くす灯火(ともしび)のような女だ。


「相手は、一人だけか……他の連中は賭けないんですか? 」


 私が聞くと、ボルゴは顎をひねりながら答えた。


「ああ、この卓は基本的に、ディーラーとプレイヤーが1対1で勝負をする形式だ。他の客は普通、その勝敗や、どういう目が出るかに賭けて楽しむ。だが……何度も言うように、あのディーラーは勝ちすぎた。結果の見えてる賭けなんぞ成り立たん。いつしか客は勝負に加わらず、プレイヤーが散々に負かされる様を眺めるだけになっていった」


 ボルゴは、プレイヤーとしてディーラーと対峙している男の方へ顎をしゃくった。ドラゴン革で作られた黒いポットに2つのサイコロを入れ、祈るように両手を合わせて掻き混ぜる。その目には焦りがありありと浮かんでいた。


「見てみろ。また一人、根こそぎにされかかってやがる」


「あのディーラーに挑むのはよっぽどのバカか酔狂、という話でしたが、彼はなんだか必死な様子ですね」


 私が呟くと、ボルゴは声をひそめて言った。


「あいつの、襟のところを見てみろ――一点だけ、生地がくたびれた感じになってるだろう。ありゃあ、バッジを付けた跡だ。組合(フッド)の代紋をな。どこかの組合(フッド)の飼い犬だろう。俺の所じゃ見ない顔だが、「無敗のディーラー」のことで相談を受けたのは何も俺だけじゃないしな。どこぞの組合(フッド)が、お義理程度のつもりで送り込んだと見える」


 つまり、私のお仲間か――俄然親近感の湧いて来た私は、心中で男を応援しながら勝負を見守った。折しも、長い「お祈り」を終えて男がポットをテーブルに叩きつけたところだった。黒いポットがゆっくりと上がり、2つ並んだサイコロが現れる――


「うん? 」


 私は思わず声を上げた。ボルゴが怪訝そうな顔でこちらを向く。


「どうかしたか? 」


「いや、何でもありません。気のせいかも……しかし……」


 この鬱陶しいヴェールのせいで、はっきり見えたわけではない。耳だって覆われているから、音もちゃんと聞こえたかどうか怪しい。それでも……私はあのサイコロに、少々違和感を覚えていた。


 テーブルの方はと言うと、誰も何も言おうとしない。ただ静かに、ダイスとポットがディーラーに手渡されただけだ。美しき女ディーラーも、眉ひとつ動かさずに謎めいた微笑を浮かべたままダイスを受け取った。してみると、私の勘違いだったのだろうか。そう考え始めた時だった。


「ひでえよな、ありゃあ……今どきオーソドキシーかよ」


 忌々しげな声が、すぐ隣から聞こえた。フードをかき分けてそちらを見ると、焦げ茶色の髪の天辺を平らに刈り込んだ、小柄な男が腕を組んで立っていた。鼻筋は刃のようにまっすぐ通り、細い顔に傲慢そうな表情を加えていた。男は私の方を向き、からかうように声をかけて来た。


「あんたも、分かったんだろ? あの野郎の今の投げ方、ありゃあイカサマだって」


 あまりに屈託なく、どぎつい言葉を投げかけられたので、私は戸惑った。どもりながら、小声で答える。


「いや、まあ……気のせいかも知れんが、サイコロ2つの転がり方がおかしい気がしたんだ。見えたわけじゃないが、音がそんな具合だった。軌道がよれていると言うか……」


 私の要領を得ない説明に、男は我が意を得たりと言う風に頷いた。


「そう、そういうことさ。あの野郎……しょうのない手を使いやがる。あんな古臭いイカサマで、リライアの腕にかなう訳ァねえ」


「リライア? 」


 私が思わず聞き返すと、男は驚いたような顔をした。


「知らねえで見てたのか? あれがリライア・ロレン。噂の、『負けないディーラー』ってやつだ。……そういやあんた、変わった格好してるな。深層から上がってきたばっかり、ってとこか? 」


「……まあ、そういうことだ」


 渋々ながら私は認めておいた。


「だったら、よく見てなよ。次のリライアの一投を……今やってるのは『バッグラム』ってゲームなんだが、それは知ってるか? 大昔の冒険者が作ったサイコロゲームなんだけどよ」


 私は曖昧に頷いた。深層の冒険者が使うサイコロは、文字ではなく色で分けられている。1と6の代わりに白と黒――これはそれぞれ、「外界」と「深層の底」を表す。あとは2,3,4,5と順番に、大地の黄、水の青、風の緑、炎の赤。4面それぞれに魔術の4大元素が割り振られているのだ。


「やったことはないが、ぼんやりとは知っている……確か、親と子が交互にダイスを振って、面の色を揃えると強いんだったと思うが」


 男は頷き、意味深に唇を曲げて笑った。


「まあ、その通りなんだが……もう1つルールがある。黒――穴の底を揃えちまったら、無条件で負けだ。ディーラーが揃えても、客が揃えても同じだ。大竪穴の底に堕ちちまうってイメージなんだろうな。逆に白のペアは最強の役ってことになってる。

 さて……そこで、あの女はどういう目を出すかな? 」


 男は親指で女ディーラー――リライアを示した。手首のスナップを使い、流麗に彼女はポットを振った。白い指の残像がまるで稲妻だ。淀みなく、素早く、それでいて音も立てずにリライアはポットを置き、ゆっくりと持ち上げた。


 相手の男が、声にならない声を上げた。


 露わになった2つのダイスは――白のペア。


 たちまちギャラリーから歓声が上がった。テーブルづきの給仕が進み出て、チップをディーラーの元へ掻き集める。男は呆然自失といった表情で、何やらぼそぼそと呟いていた。


「そんな……そんなことってあるか……何度も何度も、こんなことばかり」


 立ち尽くす男に、リライアは微笑みかけながら、テーブルの上に転がった2つのダイスをつまみ上げ、男に向かって放った。

 男は思わずダイスを手のひらで受け取った。その手のひらの上で、ダイスは転がり、止まった――と思った瞬間、2つのダイスはカチリと音を立ててくっつき合った。男の顔がみるみる青ざめる。湧いていた観客が、一瞬で静まり返った。


「こ、これは……」


「そういうことですね、お客様」


 鈴を転がすような声が、耳をくすぐった。リライアは嘲るような笑みを浮かべながら、色を失った男の顔を覗きこんでいた。


「それでは……お願いします」


 リライアの声と共に、壁際に控えていた屈強な男たちが進み出て、男を両脇から挟み込んだ。音お離すすべもなく首を垂れ、奥の部屋へと連れられて行った。気まずい沈黙が、場を支配した。そんな重苦しい雰囲気など意に介する様子も無く、1人リライアはディーラー席に戻り、無邪気な笑顔を浮かべた。


「さあ、次はどなたです? 」


 私は何が起こったのか分からず、呆然と立ち尽くしていた。と、背中を肘でつつかれ、振り返る。


「何を呆けたようなツラしてるんだ。イカサマがバレた、それだけのことだろう? 」


 先ほど話しかけてきた、小柄な男だった。


「イカサマ? やっぱり何かやってたのか……サイコロが磁石みたいにくっついたのは分かったんだが」


「そう、まさに磁石だ。オーソドキシー……バッグラムの、最も古いイカサマさ。秘密はサイコロの黒い面にある。あそこに黒鉛か何か、とにかく黒いものを塗っておくんだ。黒い無機物なら何でもいいが、相手の手に付くとバレるから、乾きやすいインクが一番よく使われるな。

 そこへ魔力を、ほんのわずかに込める。大地の魔術だ。袖口に、針くらいの大きさの魔導杖を仕込んどくんだよ。そうしてインクに磁力を帯びさせれば、黒い面どうしはポットの中でくっつく。無論、掻き混ぜる力に耐えられるほど強い磁力じゃないから、ポットの中でついたり離れたりはするが、それで十分だ」


「黒い面どうしがくっつき合う……と、どういう得がある? 」


 私が聞くと、男は「ニブい奴だな」とでも言いたげに大袈裟に肩をすくめた。


「考えてもみろ。黒の面がくっつき合って重なっているということは、どう転がしても黒の面が上を向くことはないってことだぞ。つまり、バッグラムで一番避けたい「黒のペア」が決して出ないってことだ。魔力を込めなければダイスは単なるダイスだから、相手が投げる時にはその効果は表れない。自分だけ、ちょっと有利な条件で賭けが出来るんだよ」


 なるほど。私は頷いたが、ちょっと考えるとまた新たな疑問が出て来た。


「しかし、そんな消極的な戦法が本当に役立つのか? 無条件で負けになる目が無くなったからといって、その勝負に勝てるわけでもないだろうに……」


「そりゃ、もちろんそうだ。現にあいつは負けっぱなしだっただろ」


 男はそっけなく答える。


「だが、勝つ確率がわずかに高くなるんだ。厚く張るタイミングを間違わない限り、長く続ければ続けるほど勝ちが積み重なっていくことになる。理屈で言ったらな。

 そもそもこの仕組みを考えた奴ってのがシドン・バッグラム――『バッグラム』の生みの親なんだ。バッグラムは娯楽の少なかった大竪穴でこの遊びを流行らせて、巨万の富を築いた。最後にはイカサマがバレて、サイコロにちなんで体を6つにバラされた後、大竪穴に放り捨てられたらしいがね。その功績をたたえて、未だにこのゲームは『バッグラム』と呼ばれ、バッグラムの使ったイカサマは『正統(オーソドキシー)』って呼ばれるのさ」


「フーム……」


 私は思わず声を漏らした。色々な世界があるものだ。


「勉強になったよ、ありがとう。あー……名前を聞いていなかったな」


「レフ・ワーグゼン。とるに足らねえチンピラだよ。今日のところはな」


 レフと名乗る小柄な男は、不敵な笑みを浮かべながら私に手を差し伸べた。私は一瞬ためらった後、手袋をはめた手でレフの握手に応じた。

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