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冷血探偵  作者: 曲瀬 湧泥
~ 稲妻の歌を聴け ~
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第2話(前)

「あんまり動き回るな。羽根が取れるぞ」


「取れるような作りにしとく方が悪いんですよ。大体、Ⅰ本くらい取れたところでどうなるもんでもない……これ以上、みっともなくなるとでも言うんですか? 」


 私は思わず喧嘩腰になって答えた。鳥力車の中、向かい側の席に座るボルゴは、面白くもなさそうに口だけで笑んだ。


 私は『火竜の巣』を出て、ボルゴが用意した三頭立て鳥力車に乗っていた。用意された車は黒塗りの屋根付きで、横原には上底のくびれた台形が小さく金泥で刻まれている。ひっくり返った杯のマーク。ボルゴの組合(フッド)の紋章だ。


 私は、ビロード張りの座席に身じろぎひとつせずむっつりと腰かけていた。動かないのもむっつりとしているのも、同じ理由――私の服装にある。『火竜の巣』で黒服たちに奥へ連れていかれた私は、奥に用意されていた服に着替えさせられたのだ。その着替えと言うのが、なんと言ったらいいか……一言で言うなら、「ひどい」だ。砂色のローブを着た上から、イミテーションの深層風紋様が刺繍された肩掛けをグルグルと巻き付け、ところどころに趣味の悪い金メッキのアクセサリーを留める。頭にはつばの巨大な帽子をかぶり、ご丁寧にその上からヴェールまでかけて顔を隠している。帽子の上には、色の違う三枚の羽根が突っ立ててあり、馬車の天井に擦りそうだ。


「なんでまた、こんな仮装をしなきゃならないんです? 」


 うっとうしいヴェールを手でかき分けて言うと、ボルゴは額を掻きながら答えた。


「いくら別の階層から来たとは言え、お前は第5でも仕事をしてるからな。正体がバレないよう、一応気を使う必要はある。向こうのボスにゃ話は通してあるが、下の連中にまでは言ってねえんだ。シマの内の厄介ごとにヨソの手を借りたなんて、おおっぴらに出来やしないだろう」


「だからと言って、なにもわざわざこんな……」


「気に入らなかったか? お前に合わせて深層の『うちびと』風に仕立て上げたつもりだったんだがな」


 からかっているのか真面目なのか、ボルゴの仏頂面からは何とも判別のしようがなかった。


「いや、こんな格好の『うちびと』は居ないでしょうに」


「分かりゃあしないさ。裏カジノの客は大抵が純粋人類だ。『うちびと』の、それも深層の文化なんて詳しくは知りゃしねえ。大体イメージはそんなもんだ。深層から来た古美術成金だとでも言っておけば、それ以上の詮索はされねえだろう」


 こともなげに言ったきり、ボルゴは口をつぐんでしまった。それ以上文句を言うことも出来ず、私はただだまってヴェールの下から車の内壁を睨んでいることしか出来なかった。

 そうこうしているうちに、車は『笑う狼』に着いた。降りてみると、名前の通りに歯を剥きだして笑う漫画調の狼の看板が、魔導灯で形作られている。光は通り一杯に届くほどだ。中からは絶えることのないざわめきや歓声がぼんやりと聞こえてくる。確かに、大々的にやっているカジノのようだ。


「さて、入るぞ……余計なことはしなくていい。ただ、黙ってついてくりゃいいんだ」


 ボルゴは咎めるような目で私の方を一瞥すると、大股にドアへ向かった。ドアマンはひと目見て顔色を変え、ドアを一杯に開けて脇へ下がる。流石に翡翠通りのボスともなると、顔が知れ渡っているようだ。私は内心少々ビクビクしながらボルゴの後に続いた。幸い、別にと咎められもしなかった。ドアマンは気のおかしい者でも見るような目でこちらを見ていたが、まあそれは仕方ない。私のセンスじゃあないのだ。


 カジノの中は光と音響のるつぼだった。壁の一面にずらりと並んだ魔導スロットが、魔力の光を間断なく放っている。大地の魔術によって発生させた磁力でリールを回し、止める仕組みだ。魔力の副産物として出る光で、勝負の興奮も演出する。

 スロットに向かう客の背中を眺めながら歩いていると、不意に部屋の向こう側でけたたましいベルの音が鳴り響いた。思わず飛び上がりそうになりながら顔をめぐらすと、何やら大きな秤を据え付けたカウンターがあり、人が群がっている。


「あれは? 」


 ボルゴに尋ねると、低い声で説明してくれた。


「ありゃ、チップの交換所だ。カジノではまず現金をチップに換えて、そのチップで各種の賭けをする。勝負が終わったら、チップは交換所で再び現金に換える。チップの計数には秤を使うんだが、その時に、ある程度以上の額のチップを乗せるとベルが鳴る仕掛けにしてあるんだ。「大勝ちした」ってことをカジノ中の客に報せて、買った客の虚栄心を満たすとともに、他の客の対抗心も煽っていくって寸法だな」


「色々と、やってるもんですねえ……怖い、怖い」


 呟きながら奥へと進んでいく。部屋の中央には札遊びやサイコロ賭博のテーブルが不規則に配置されていて、その周りをぐるりと客が取り巻いている。勝負にのめり込んだ必死の形相、時間つぶしに入ってきた者に特有なぐったりした傍観者の目、大勝ちした隣の客を忌々しげに横目で見る顔――年齢も職業も様々な人間たちの、さまざまな顔が一望できる。


「……どうも、むき出しの人間性って奴が見えるようで、そら恐ろしいくらいですね」


 先を歩くボルゴにそう囁くと、ボルゴもこちらを振り返って頷いた。


「心理学を学びたいなら、アカデミーに行く必要はない。カジノでひと月も暮らせばいい。もっとも、その前に破産しなかったらの話だが――第5でよく言われる地口だ。だが、ここらはまだ表の世界だ。それなりに明るさがある。これから行く『裏』は、もっと淀んでいるぞ。覚悟しといた方がいい」


 言いながら、ボルゴは各種ギャンブルのテーブルを素通りし、奥の壁際にしつらえられたバーカウンターまで進んで行った。何人かの客が、勝利の美酒に酔いしれ、あるいはふてくされてヤケ酒を食らっている。ボルゴは席に座ろうともせず、カウンターを挟んでバーテンをさし招いた。シェーカーを置いてすっ飛んできたバーテンに、ボルゴはそっけなくカウンターの奥を指さし、言った。


「俺だ。入るぞ。1人、連れてな」


「はい、どうも……どうぞ、こちらへ」


 バーテンは深々と辞儀をし、カウンターの戸を開けて私たちを中に通すと、素早く身をひるがえして「従業員専用」と書かれた戸を開けた。ボルゴは軽く頷いて、開いた戸の中へ躊躇もなく入っていく。私も慌ててその後を追った。扉の向こうには、薄暗い通路が奥へと続いていた。


「この奥が、その、裏カジノだと? 」


「入口は、ここだけじゃないがな」


 ボルゴは振り向きもせずに答えた。


「外に出れば、もう少し人目に触れない場所にも入口があるんだが……今回は、お前にカジノの雰囲気を掴んでもらいたかったんでな。おっと、このあたりが段差になってるんだ。気を付けろ」


 言いながらボルゴは、肥満体にも似合わぬ軽快な足取りで段差を降りた。私はと言えば、ローブの裾と段差の両方に足を取られ、2、3歩ごとに転びかけながら無様に段差を下っていった。

 何度か階段から滑り落ちそうになりながら、やっとのことまで下の階に辿り着く。のっぺりした黒い壁と、やはり黒いドアが一枚。それ以外は何もない。ボルゴは特に気負った様子も無く、そのドアを開けた。


 『表』のカジノのような光と音の洪水を予期し、目を細めていた私は――意表を突かれ、ヴェールの下で目を見開いた。射幸心を煽る魔導灯の派手なきらめきも無ければ、計数器のベルが鳴り響く音もない。どころか、客の声もかすかな囁きでしかない。さっきの喧騒とは雲泥の差だ。

 よくよく見ると、客層も違うようだ――みな正装である。流行のファッションで完全武装している者から、明らかに一張羅と分かるほころびだらけのものを何とか見られる形にごまかして着ている者まで、種類は違うがみなきちんと上着を着ている。中には、仮面で顔を隠している者もいる。ボルゴの言っていた、お忍びで来る金持ちとやらだろうか。


「これが、裏カジノ……何だか、話に聞いていたよりは落ち着いていますね」


 私が感想を漏らすと、ボルゴはフンと鼻で息をついた。


「そう見えるか? まあ、表向きはそうかもな……だが、内実は上のカジノが無害なお遊びに見えるほど苛烈だぞ。

 お前は、チカチカ光る魔導スロットやらがなり立てる計数機やらがないから「落ち着いてる」と思ったんだろうがな。計数機がないのは、ここのバクチがハイレート過ぎるからだ。ここで「大勝ちした」となると、人ひとりの人生を軽く変えちまうような金額を勝ったってことになる。それをカジノ中に宣伝なんてしてみろ。何が起こるか……予想もつかねえ。

 それと実のところ、魔導スロットにゃ本当のバクチ狂いは見向きもしねえんだ。人と人との勝負じゃない、なんて言ってな」


 ボルゴはたるんだ顎をしゃくり、部屋に並んだテーブルを示した。上のカジノに並んでいたサイコロや札遊びのテーブルと似ているが、客の集まり方は上よりもまばらだ。流石にハイレートともなると、有象無象が群がるというわけにもいかないのだろう。


「ギャンブルジャンキーが言う「本当の勝負」ってのは、ああいうのだ――札やサイコロ、それも特にディーラーとの勝負形式になってる奴を好む。カジノに一騎打ちを挑むって構図がいいんだろうな。俺にはよく分からん心理だが。

 とにかく、俺たちの戦場はあっちだ。まずは、敵情視察と行くぞ」


 ボルゴは再び先に立ち、テーブル群に向かって歩き出した。私も後に続こうとして、何か柔らかいものにけつまづく。私はヴェールをちょいとずらしてそれを見て――はっと息を呑んだ。

 私がつまづいたものは――いや、「もの」ではない。人だ。白髪交じりの頭をした男が、床にうずくまり、静かに泣いていた。齢は50がらみと見えたが、まるで小さな子供のように、喉からひいひいと声を上げて泣いている。あまりのことに声を失って立ち尽くしていると、ボルゴがこちらへ戻ってきた。


「何してる。さっさと行くぞ」


「ああ、いや、すみません。ちょっと驚いたもので……」


 私が言うと、ボルゴは泣いている男の方をちらっと見、一瞬だけ蔑むような表情を目元に浮かべた後、くるりと踵を返した。


「そんなものに構うな。下じゃあ珍しくもない。見たけりゃ、これから先いくらでも見つかるさ」


「……願わくば、あんまり多くないといいんですがね」


 私は何とかそれだけ答えると、ボルゴの後に続いた。やれやれ、改めて、とんでもないところに来てしまったものだ。

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