第3話(前)
「なあ、あんたのツレ……ありゃあ、ボルゴだろ? バルナバス・ボルゴ。あんな体したヤツ、他に2人といないもんな」
言われて、私はボルゴの方を見た。彼はテーブルを囲む観衆の一番外側に立ち、相変わらず卓の様子を眺めていた。テーブルには新たにいかにも成金らしい初老の男が座り、にたにたと締まりのない笑いを浮かべながらサイコロを取ったところだった。もう一度ボルゴの横顔に目をやると、ボルゴは落ちくぼんだ目を一瞬動かし、こちらを横目で睨んだようだった。無言の圧力を感じる。レフとの会話には気づいているが、あえて何も言わないで置いているようだ。こいつから、色々聞き出せということだろうか。
私はレフの方に向き直り、ほんの少しだけ深層風になまった口調を作りながら話しかけた。
「ボルゴとは、仕事の上で知り合ってね。私は……ああ、古美術商なんだ。深層に死蔵された『うちびと』の美術品を上の階層へ輸出する仕事をしている。第5まで昇ってくる用事があったんで、どこか面白いところはないかと相談して、ここに連れてきてもらったんだ」
私は急ごしらえの設定を思い出し思い出し喋った。レフは一瞬だけ目を細めたが、すぐに嘲るような無表情に戻った。
「そうか……カネを持ってるってわけだ。うらやましいね……俺もここへはよく来て、多少の小銭を稼いでるけど、デカい勝負をするカネがねえんだ」
「というと……それだけで暮らしてるのかね、君は」
私の問いに、レフはバツの悪さと誇らしさを半々で混ぜたような表情で頷いた。
「他の、もっとレートの低いところでもやるがね、ここはレートが高い割に、客層がヌルいからな……大体がカネ持ちの観光客か成金で、プロはほとんどいない。カジノ側もそういう空気に慣れきって緩んだ奴ばかりだった。あいつが、ここへ来るまではな」
レフはテーブルの方へ顎をしゃくった。観衆の間にどよめきが上がる。また、リライアが勝ったらしい。チップの波が、テーブルの奥へと流れて行く。と、人の群れを割って、ボルゴの巨体がこちらに歩み寄ってきた。
「ご歓談中、悪いが……会ってもらいたい人がいるんでな」
言いながら体を横に寄せると、巨体の陰から初老の男が現れた。背が低く猫背の、貧相な男だ。髪はほぼ白くなっており、落ちくぼんだ目には卑屈な表情が浮かんでいる。仕立てのいいスーツに身を包んでいながらも、どことなく野良猫のような雰囲気のある男だ。
「こちら、ベルーニ氏――ここの、オーナーだ」
ベルーニと呼ばれた男は、愛想笑いを浮かべながら丁重に頭を下げた。私も頭の羽を気にしながら礼を返し、ふと傍らのレフを見ると、彼の姿はもう人波に紛れていた。バクチ打ちとしては、カジノを仕切るボスとはあまり顔を合わせたくないのだろう。
「どうも、ベルーニです……深層から来られたそうで? 」
ベルーニは上目づかいに私の顔を仰ぎ見た。その口調には妙な含みが感じられた。私が探偵だという話は、ボルゴから既に通っているのだろう。私はヴェールを直しながら頷いた。
「美術商をしております、ええと……」
そう言えば、偽名は考えていなかった。口ごもった後、私は記憶の中から適当な『うちびと』語を引っぱりだして言葉を継いだ。
「クグナ=クと申します。お見知りおきを」
ベルーニはへつらうような笑みを浮かべながら頷いた。ボルゴが私に近寄り、小声で言う。
「もっと堂々としておけばいい。ベルーニは知ってるんだから、適当に合わせてくれる。おどおどしてたら、他の客にも疑われるぞ。それから、流暢に喋りすぎだ。もう少し訛りを強調していった方が、かえって怪しまれない」
「私は演技派でしてね。ワザとらしい演技は、かえって客がヒいちまうっていうのが信条でして」
皮肉な口調で返すと、ボルゴは仏頂面をさらにしかめた。
「まあ、バレさえしなければなんだっていいが……それにしても、あの名前はどういう意味だ? クグナ=クと言ったか……ちゃんと覚えてられるんだろうな? 名前がコロコロ変わったりしたら問題だぞ」
「単に、『うちびと』語っぽい音を重ねただけですよ。まあ、短いし、忘れることは無いでしょう」
私はそ知らぬ顔で答えておいた。本当のところを言えば、「クグナ=ク」とは古代『うちびと』語で「とてつもなく太った」という意味だ。私が何を見てそんな偽名を思いついたのか、ボルゴに説明する気は毛頭なかった。
「それより、あの女ディーラー……リライアのことですがね」
私の言葉に、ボルゴは軽く眉を上げた。
「名前を教えた覚えはないが……もう聞き出したのか」
「見てたでしょう、私が喋ってたのを。私だって、こんな仮装をするだけで高い報酬を頂く気はありませんよ」
気取ったことを言ってみたものの、頭にバカみたいな羽根を立てた格好ではどうにも決まらない。いい加減うんざりしつつも、私は言葉を続けた。
「しっかり見ていたのは最初のひと勝負だけでしたが、見ていた限りでは特に怪しい動きはありませんでしたね。男の方のイカサマ――オーソドキシーには、私も気づいたんですが」
「そりゃ、当たり前だ。腕自慢のバクチ打ちが何人かかってもかなわなかった相手を、ひと目見ただけで負かせるわけはねえ。俺がお前に期待してるのはそういうことじゃない。もっと、違った角度からのアプローチだ。情報収集、身辺捜査、交渉ごと……探偵なりの手を使ってくれりゃあいいんだよ」
ボルゴの言葉に、横で聞いていたベルーニも同調して頷いた。
「そうだ、それなら試しに、今からひと勝負やって行ったらどうかね? 実際にテーブルを挟んで向き合ったら、何か分かるかも知れない」
私は思わず目を見開いてボルゴを見た。と言っても、フードとヴェールのせいで私の顔はボルゴからは見えなかっただろうが。ボルゴはやや眉をひそめたが、考え直したように首を縦に振った。
「……それも、いいかも知れん。どの道この扮装じゃ、こっちの正体にまでは気づかれないだろうし、やるだけやってみたらいい」
「よし、決まりだ。君もいいかね、クグナ=ク君? 」
ニヤつきながら念押ししてくるベルーニに、私はとりあえず頷いておいた。別に損になる話でもない。軍資金はあちら持ちなのだし、飛びきりの美人ディーラーを間近に見られるとあっては、断る理由がない。
「よし、決まりだ。私はちょっとスタッフと話をつけてくる……ああ、チップも要るな。用意させるよ」
ベルーニは早口に言いながら、忙しげに人ごみの向こうへと消えた。後に残された私たちは、やや当惑気味に顔を見合わせた。
「何と言うか……組合のボスと言っても、思っていたのと随分違いますね。親しみやすいと言うか」
私が言うと、ボルゴは肩をすくめて同意の意を示した。
「言いたいことはよォく分かる」
ボルゴはため息をついた。苛立ちと怒り、それにいくばくかの悲しみが感じられた。
「あの人の代になってから、琥珀通りの組合は落ち目だ。才能がない、と言うのが一番手っ取り早いんだろうな。押しが弱くて、筋が通ってない。そのくせ小利口な知恵を回したがる。自分のことを、まんざら頭が悪くねえと思っているんだな。下につく人間としちゃ、うっとうしいことこの上ない。
だが、何にしろ古株だしな。俺も駆け出しのころは随分世話になったし……何より、根は悪くねえ人なんだ。田舎芝居じみた策略だの、意味のねえところで突っ張る意地だのも、あの人なりに組合のことを考えてのことで……まったく、難儀な話なんだがな」
いつになく煮え切らぬ態度のボルゴを、私は新鮮な心持で眺めた。泣く子も黙る組合のボスと言っても、いつもいつも我儘を通せるわけではない。結局は人と人との間で、時に我慢し、時に迷って右往左往する、どこにでもいる人間に過ぎない――そんな当たり前のことを、今さらながらに実感させられた。
「やあ、お待たせ。話はついたよ」
ベルーニが息を切らして戻ってきた。手には、チップがぎっしりと詰まったケース。10枚の束が10本で、100枚入りだ。
「とりあえず、50万……ディーラーにも歩合が入るとはいえ、うちから出してうちに入るカネだから、損にはならない。まあ、あんまり大金を動かすと騒ぎになっちまうから、最初はこれくらいでいいだろう。君も異存はないね? 」
ベルーニの問いに、私はかろうじて手を挙げて答えた。100枚で50万……すると1枚5千ゾルか。私の報酬の相場では、まる1日分に相当する。他人のカネとは言え、最低でもそれだけの金を賭けて、サイコロゲームをするのか――にわかに手が震えて来た。汗のかける体だったら、手汗で手袋がびしょ濡れになっていたかも知れない。ボルゴが私の顔を見下ろし、顔をしかめる。
「大丈夫か? 心の準備が出来てないなら、今日の所は見るだけにしておくか? 」
「大丈夫、大丈夫です、問題ない」
私は半ば意地になって言い返し、ベルーニの手からチップをひったくった。
「今すぐだって行けますよ……さあ、お手並み拝見と行きましょうか」
私は颯爽と歩き出し――邪魔くさい深層風マントの裾に足をひっかけてつんのめった。眉間の皺をますます深くするボルゴを無視して、私は再び体を起こし、胸を張ってリライアの待つテーブルへと向かった。




