40 戴冠
本編最終話です。よろしくお願いいたします。
「サラお姉さま……!良かった、お会いできて」
その部屋に入ると、ローズ姫が私のもとに駆け寄ってきた。
王宮の皆が避難していたのは、王宮のすぐ隣にある国立アルマカルト軍事学院の校舎内だった。中でも教員棟、最も警備の厳しい建物だそうで、フォーラさんと共に魔術による危険物調査ゲートを通った。
すぐ隣で騒ぎが起きているのだが、学校の門を潜るとその喧騒が嘘のように何事もない。ただし正門にはバリケードが設置されており、併設した寮に学生は全員待機しているそうだ。最高学年と教員の一部は町の治安維持に奔走しているらしい。
教員棟の中でも応接間のような部屋に十数人の王宮の人間がいた。ここにいるのは王宮でも住み込みで働いている、王族居住区に近しい人たちばかりだ。
「ローズ姫もご無事で」
「ええ、昨晩から移動しておりましたから……。それよりお姉さま、傷の手当を致しましょう?腫れています」
左頬のことだろう。確かにじわじわと痛みを感じていたし、おそらく変色してきているだろう。
ローズ姫の言葉を受け、奥から白鬚のおじいさんが出てくる。簡単な治癒魔法を施してくれ、薬草を塗った湿布のようなものを貼ってもらった。
「まったく……お兄様たちは粗すぎます!乙女の顔を何だと思っているのかしら」
ローズ姫はぷりぷりしながら王たちをこき下ろしている。
かわいいなあと思いながら眺める。
室内の皆は身を寄せ合っている。不安そうな表情だが、私にはそれを和らげる術がない。
彼らが求めている声はただひとりで、それは私ではないのだ。
外の様子を見ようとそっと窓際に移動し、ガラス越しにお城を見る。
置いてきてしまったが、大丈夫だろうか。
「よう、無事のようだな」
その声だけで、私の心は満たされた。
「!リード!!アリスお姉さまは」
「すぐに来るさ。皆無事か?」
「もちろん、王宮勤めの皆と一緒に来たんですもの。……万事うまく運んだのでしょうね?」
「ああまあ、」
「おかげさまでなんとかなりそうです」
砂埃にまみれたまま、ジークさんが部屋に入ってきた。文官服には所々黒い血糊が付いている。
「ジーク」
「主犯はセント・ラ・ルーア公爵家三男、次期当主だ。公爵家の現状を打破すべく活動していたが、これを筆頭にイーストロジー出身過激派が謀反、王家断絶を目論む。旅の一座に紛れて王宮内に潜入、14代国主ランスレッドを刺殺し部屋に火を放った。すぐに取り押さえられたが主犯は自害。共犯・加担者は全て捕えられており、そのまま軍に収容。慣例に従いオニキス公爵家が代理筆頭となる。……ということになった」
ジークさんは一息にそこまで言い、部屋の一同を見渡す。
ローズ姫は掌をぎゅっと握りしめたが、真顔でしっかりと頷いた。
周りの侍女たちは声を殺して泣いている。
私は少し離れた窓際でぼんやりと聞いていた。
こんな時にも大して心が動かないのは、やはり人間としてどうかしている。
ローズ姫はそんな中、侍女に手渡された赤いマントを羽織り、左胸に右手を当てた。
「イレリア王家規範第2条に従い、オニキス公爵家代理として王位継承権第2位ローズリッタは新国主の誕生を宣言します」
ローズ姫はジークさんのすぐ後ろに立つ人物に頭を垂れた。
「イレリア王国15代国主、レイズアリア陛下」
ローズ姫の声をきっかけに、部屋にいる全ての人間がアリスに向けて頭を下げる。
アリスは腰に掛けていた剣を鞘ごと抜き、天に掲げた。
「レイズアリア・シャラ・イレリア、確かに拝命する」
それは、この国の歴史が決まった瞬間だった。
私はその光景に参加することもせずにぼうっと眺めていたが、いつの間にか正面にリードさんが来ていた。
「サラ、」
「…………はい」
私はリードさんを見上げた。周囲の静寂を気にせず、相変わらず眠そうな顔でふつうの声の音量で話している。
「これが終わったら、」
こんな状況の中で未来の話をできるなんて、相変わらずよくわからない人だ。
「俺とともに生きてくれないだろうか」
私は限界まで目を見開いた。
世界から音が消えた。
「許さん!!」
声がした方向を見ると、アリスがぶるぶると震えながらリードさんを睨みつけていた。
先ほどまで天に掲げていた剣をリードさんに向けている。いいのだろうか……かっこいい儀式だったのに。
「は?おまえに言われる筋合いねーし」
「アリス、」
「その腰に回した手を離せこの野郎おぁぁあああ」
アリスはリードさんに何かしら許せないところがあるらしい。
「嫌だああぁぁあんな兄弟愛優先にする男にかわいいサラが持っていかれるなんて」
「兄弟愛って素晴らしいことじゃないのか?」
「うるせぇ!黙ってろジーク!!そもそもフォーラ!お前がしっかり見てなかったからだろうが!」
「逆切れかよ……」
「いやぁ、個人の感情まで監視なんてできないからねぇ」
「サラ!!そんなひょろい男のこと気にするな!!そいつのこと嫌いだよな!?」
「え」
アリスに訊かれて、改めてまじまじとリードさんを見上げる。
いつもは眠たそうに半分空いているが、真剣なときは爛々と光り出す切れ長の瞳。容姿はすっきりとしていて、比較的整っているといえるだろう。
腰に回る腕も、肩を抱く掌も、私を助けてくれることもすでに知っている。
ぼんやり見上げていると、ふいにリードさんがこちらを見下ろした。瞳の色は穏やかで、口の端を少し上げた。
途端に、
「…………っ!」
ぎゅんと心拍数があがって顔が真っ赤になったことがわかった。
そんな優しい瞳で見られたらもう、初心者の小娘はいちころであります。
目を逸らした先ではアリスが口を開けて呆然としていて、ジークさんとフォーラさんが引っ張っていく。部屋にいる人間もそれに続いた。
部屋の中から人の気配が消えても、私は顔を赤くしたままずっとジークさんから目を逸らしていた。しばらくすると、リードさんがそっと私の頭を撫でた。
「…………まあ、考えておいてくれ」
温かい重たさはすぐに離れてしまったが、私の前に大きな掌が差し出された。
思わず見上げると、リードさんのいつものような眠たい顔があった。
「忙しくなるぞ。行こう」
私は何も疑問も持たずにリードさんの掌に自分の掌を乗せた。
建物の外に出るとすでに星が出ていた。
「ああ、幸先良いな。双星が出ている」
「そうせい?」
「ふたつぼし、だな。遥か昔、大陸誕生を祝った海の神セイレーンが大地の女神サンドリオンと共に放った矢が双星だと言われている。物事の始まりに空に表れると吉兆だというな」
言われて天を仰ぐと、確かに二つの明るい星がある。
ただ、初めて見た気はしなかった。
ふと、唐突に映像が頭をよぎる。
深夜の街角。
腕の中から父親を見上げていた。
「沙羅、吉兆だ。必ず戻れる日が来る」
柔らかく微笑んだ父親の向こう側に、明るい星があったのだ。
意味はわかっていなかったが、あの時確かにぬくもりを感じていた。
胸の内にこみ上げるものがあったが、そっと掌を温かいものに包まれる。
振り向くと、リードが眠そうな瞳で私を見つめていた。
「リードさん、私、自分の本当の名前に馴染めない。だって20年近く沙羅って呼ばれてきたんだから」
「……ああ」
「だから、これからリードさんがずっと呼んでくれれば馴染めるかなって思うんだけど」
リードさんは瞳を見開いて私を見つめる。
私の顔は真っ赤になっているに違いない。
「…………俺も、そう思う」
「そう、じゃあ、その、お願いします」
大きな掌を握り返すと、リードさんが身をかがめて囁いた。
「ありがとう、ルイクティサラ。俺の花」
ばくばくと鳴る心臓を抱えたまま顔を上げると、眠そうな瞳に戻ったリードさんが私を見つめていた。
「行こう」
「……はい」
私は手を引かれるまま、まだ混乱が収まっていない王宮に足を向ける。
あの時包み込んでくれていた温もりを、今隣にいる人に引き継いでもらったのだろう。
暗闇の中を進みながら、暖かな手をもう一度握り締める。
そして、星は世界をただ照らしていた。
お読みいただき、ありがとうございます。
これにて本編終了です。
完結まで大変長い時間をかけてしまいました。
番外編を投稿予定です。
お付き合いいただければ幸いです。




