39 長男
ランスレッド王は死を目前に今までを振り返る。
幼い頃から身体が弱く、学問の教師には枕元に来てもらっていた。
10歳を過ぎたころが一番身体の調子が良かったのだと思う。隣国出身の友人が来てくれたり、街に下りたりと色々なことができていた。
また調子が悪くなったのは18歳の頃だ。友人も隣国に帰り、先代国主の治世が怪しくなり始めたころ、母親のベゼラが暗殺されかけたり、リオルドの存在が明らかになったりと様々なことが起きていた。
やがて東の大洪水の後先代国主が倒れ、自らが国主に就くと、家臣が王家に全く期待していないことを肌で感じた。
資源不足で東の災害対策もままならないというのに、自らの娘をお披露目したいと夜会を開きたがる貴族たちに嫌悪しか生まれなかった。
ランスレット王と側近たちは1年間に渡る構想を経て、「計画」を練った。
この時ランスレッド王は自らの寿命を感じていた。オニキス公爵家にも体内の生命エネルギーである魔力が持って2年だと、就任時に言われていたのである。
ランスレッド王が22歳で逝った場合、公式に認められている王位継承者は未成年のローズリッタだけある。後見人をつける必要があり、ここで勢力争いが生まれることが容易に想像できた。
この事態を避けるため、ランスレッド王はどうしてもリオルドかアリスを公の人間にする必要があった。
なぜなら、王家の血を持たない人間が王座にあるべきではないからだ。
世界がそれを認めない。
ランスレッド王は退位し、速やかに血統を継ぐ王が就くべきなのである。
それがこの世界に求められたランスレッド王の役割であり、イレリア王家が世界に果たすべき義務の形だった。
呼吸が浅くなってきた。もうそろそろなのだろう。
こんな時に思い浮かべるのは、たった一人の女性だけだ。
先代正妃であったあのひとは実家に下がった後荒れていたが、しばらくしてから孤児院への支援として織物工房を作り指導も行っていた。元々織物、特に絨毯作りに関して優れた人だったのだ。ランスレッドが即位する前、東の大洪水と同時期に発生した流行り病により亡くなっている。
ランスレッドがベゼラに連れられ王宮に来た時も、同じ城の中ですれ違う時も、夜会の時も、いつもいつもあのひとの視線はランスレッドを射抜いていた。
ランスレッドと先代国主に血の繋がりが無いことなど、あのひとはすぐに見抜いたのだ。
ただ、あの人は王族になりきれない、臣下の鏡のような人間だっただけ。
正面から夫である国主を非難しランスレッドを糾弾し、周囲の重鎮から白い眼で見られ、女の嫉妬と片付けられ、実家からの世継ぎの催促を受け、夫から寵愛は得られず、かといって勝気な性格も直すことなどできず。
結局ぼろぼろになって剣を手に取ってしまった。
そんなあのひとに対して恐怖やら恨みやらが何も沸かないことが幼心に不思議だった。
ただ、確かに俺は実の父親に嫉妬していたのだろう。
正妃がいるにも関わらず20近く年下の女性を迎えるなど頭がおかしいとずっと思っていた。
なぜあのひとを大事にできないのだろうか俺なら大事にできたはずなんだそう俺なら忌まわしいあの男は知っているのに新しい妻を娶るなど愚かしい俺が遅く産まれたというたったそれだけの理由なのだろう?
俺を御側に置いてくださるだろうか。
最後に会ったあの瞬間まで、薄っぺらな誇りにしがみついていたあのひと。
ああ、あのひとをばかにする資格など無いんだ。
俺には誇りにするべき血も通っていないのだから。
視界が狭くなり、徐々に暗転する世界の中で、俺は確かに懇願していた。
フォルトークさま。
それが最後だった。
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