37 中庭
フォーラさんとともに地下道を抜けると、王宮の正門横に出た。
先ほどまで皆が芸をしていた場所は更なる混乱状態になっていた。
門は外から松明を持った人間が入り込まないよう閉じられているが、外に出ようとする人々が門の前に集まりもみくちゃの状態だ。さらに広場では避難しようとしていた芸人を警備兵が取り押さえてさらに芸人が助けようとしていたり、火を付けたらしい連中が宮廷内に押し入ろうとしているところを軍人が阻んで戦闘状態に陥っていた。
アリスは、と思って周囲を見渡すが、それらしい影は見当たらない。
「なぜ、こんなことに……」
「放火犯が先ほどの男と繋がっています。この混乱に乗じて王家の評判を落としたいのでしょう。宮廷護衛兵との小競り合いの末、放火主犯死亡のままうやむやにしたいようですね」
「そんな!」
「まあ、放火犯は我々の手の内、目論見は筒抜けです。これはあの男が私的に雇ったごろつきでしょう。この騒ぎの後に後見人になっても議会も認めるはずがないのに、よくもまあ大事にしてくれたものだ」
いつも穏やかな表情を浮かべるフォーラさんが忌々しそうに呟く。
「とにかく、外に避難しましょう。皆と合流できれば、」
「王家の犬が!」
突如、横から男が迫ってきた。
「ああもう、この忙しい時に……」
フォーラさんは腰の剣を引き抜いて素早く切り返し、首の後ろを思い切り叩く。男はその場に崩れ落ちた。
「しかし文官服というだけで私に襲い掛かるとはあまりに軽率。何も考えていない烏合の衆ですね。……こんなことをしてただで済むと思っているのか」
フォーラさんは最後の言葉を誰かに向けて投げかける。ふと顔を上げると、
「ウェルさん……」
幻術師のウェルさんが立っていた。
「ふむ。王家も良い犬を飼っているようだ」
「こんなことをしてもイレリア王家は揺らがない。降伏しろ」
「そうかな?先代国主のスキャンダルに続いて今上の治世も安定を欠く。おまえたちも分かっているはずだ、王家に力などありはしない。だからこそ俺が動けるのだから」
「……っ!まさか、」
「ああ、もう気付いてしまったのか?もう遅いがな」
くつくつと笑う男に、フォーラさんは石を投げた。石はウェルさんを通り抜けて向こう側の生垣に落ちる。
「幻術……」
「ああ、お姫様もやっとお気づきか」
にたりと笑う姿は劇団で一緒に食事をした人間と同一人物とは到底思えなかった。
「どうして、」
「もともとそういう契約だったからな。内部報告のみのはずだったが、なんだかんだと悪事を任されて今に至る」
「じゃあ、放火って……」
「そう。“ゼリカ”に合わせて実施されるよう、俺が日程を教えていたのさ」
「そんな……なぜ!」
「何を言っているんだ?そもそも泥棒をしていたのはアリスたちじゃないか。しかも王命、組織ぐるみ。政敵の倉庫しか狙わない。自分たちの散財が原因で国庫の危機になっているくせに、横からくすねてばまいている。そんな話があるかよ?」
ゆらりとウェルさんの姿が揺らぐ。彼の背後にあるはずの生垣が透けて見え始めていた。
「まあ、精々生き残れるよう頑張るんだな。王家が無くなれば真っ先に煽りを受けるのはおまえら側近なんだから」
楽しそうに笑いながら、ウェルさんの姿は掻き消えた。
「……ふう、なんとか成功しましたね」
「成功って……!幻術だったんですよ!?今頃どこにいるか、」
「恐らくランスレッド様の所に向かっているはずです。計画の成功を確信して、誰も居ない王宮に疑問すら抱いていないでしょう」
私は呆然とフォーラさんを見上げた。足元から震えが上ってくる。
「え……じゃあ、ランスレッド王は、あいつに……」
「いえ。ただしあれは主犯格なので現場にはいるでしょうね。所詮足止めの役割、自ら首に手をかけるほどの気概もなさそうですから」
フォーラさんは口元だけを引き上げて笑う。
私はこんなふうに笑う人間を見たことがなかった。
「馬鹿な男です。全て我等が主の掌の上とも気付かずに、勝利への幻想に憑りつかれている」
王宮にちらりと視線を送り、フォーラさんは私に向き直る。
「さて、行きましょう。避難先にはマリア様もいらっしゃいますから」
フォーラさんはいつものように穏やかな表情だったが、私はずっと膝の震えが取れなかった。
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