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花の名前を呼んで  作者: 漣 榎乃
31/41

30 無罪

 12代国主ハーノルトンに子ができたようだ、という話が広まった。相手は王妃ではなく王妃付きの侍女だとか。

 王妃は嫁いで20年の間身ごもっておらず、気を病んで臥せっているらしい。その王妃の進言により、年若い侍女が召されたのだとか。

 国民は40歳を越えた王の子に喜んだが、王妃の心労を想う声も多くなった。


 キルダは仲睦まじい二人の様子を知っているだけに王妃の様子が気になった。オニキス家としては次期国主の誕生を望むが、今後正妃の立場を疎かにする判断があった場合は承認しかねると伝えた。


 懐妊が正式に発表されると、弟のゴーレンは手放しで兄を祝った。自らにも子がおらず、イレリア王家の存亡の危機も囁かれていたため安心したようだ。ただ、オニキスの発言について祝いに水を差すような訓示は避けるべきではと苦言があった。


 側妃となった侍女は静養という名目で離宮に移された。王妃は自らの進言にも関わらず国主を避けるようになり、国主もまた距離を測りかねているようだった。


 王宮内には気まずい緊張感が漂っていたが、それは唐突に失われた。


 視察帰りの国主を乗せていた馬車の馬が急に暴れ出し、崖から落ちてハーノルトンは帰らぬ人となったのだ。

 さらに国主の子を身篭っていた侍女が忽然と姿を消し、王宮内は大混乱に陥った。


 宰相は国主の遺体回収と身篭った侍女の捜索の指示を出し、ゴーレンは浮き足立つ軍部を静め、特別警戒態勢を整えた。

 様々な情報が錯綜した一週間後、それは突然訪れた。





 オニキス公爵家の当主キルダは、執務室に突然押し入ってきた多数の騎士に周囲を取り囲まれた。ちらりと入口を見ると、家令が真っ青な顔で騎士に引きずられていた。

 家令は魔力持ちではない。額や口の端から血が滲んでおり、年のわりに苦労させたようで申し訳なくなった。


「キルダ殿、我々と共に来ていただく」

「……なんだと?」


 キルダは立ち上がり、隊長職の腕章を付けた騎士を真正面から見据えた。


「今一度申し上げる。オニキス公爵家当主キルダ殿、12代国主暗殺容疑で連行する」

「断る。謂れの無い罪をオニキスに背負わせるなど言語道断である」


 キルダは正面から騎士の発言を切って捨てた。

「力づくでも、との命です。違えるわけにはいかないのです……御免」

 切りかかってきた騎士たちが、見えない何かに押さえつけられた。

「力づく、ね。承知した。そちらがそのつもりならオニキスにも考えがある」

 床に額を押し付けられて苦しむ騎士たちに、キルダは頭上から声をかける。

「オニキスは次期イレリア国主の方針が決定するまで、国主本家には一切助言せず援助しない。そちらも我々に口出しするな」

「ぐっ……反逆者が偉そうに、っ!」

「おまえこそ偉そうな口をきく。誰の縄張りで話をしているのかわかっていないようだ」

 背中の上から大きな圧力がかかり、騎士たちは喉を詰まらせる。

「不干渉で手を打とうと言っているのにわからないのか?主に伝えろ、オニキスを侮るな。王位継承者たるもの、我々に手を出すとはどういうことか分かっているはずだ。いずれ感謝することになるだろう」

 キルダは静かに部屋を出て行った。見えない力から開放されても、騎士たちはしばらく床に寝転がったままだった。


 キルダはそのまま行方をくらませた。



 その数日後、国主の座を狙ったオニキス公爵家当主キルダによる12代国主暗殺事件が大々的に発表され、キルダは国外追放となった。オニキス公爵家は今までの功績から廃家はせず、暫定的に当主を据えることになる。

 魔術一門であるオニキス公爵家当主の突然の追放に、ガーネット魔術学園関係者は苦言を申し立てたが、国主暗殺という重罪を犯した人間を庇う魔術学園に不信の声も出はじめ、魔術関係者は口を閉ざすしかなかった。



 13代国主にはハーノルトンの弟であるゴーレンが就いた。実直な性格で軍部からは絶対的な支持があったが、子には恵まれていなかった。

 国主に就いてから少しして、サウスラーネ伯爵家からベゼラ妃が輿入れした。ベゼラは未婚のまま男児を生んでいたが、ゴーレンは彼女との隠し子であると国民に発表した。王家の方針から公にできず、ベゼラには苦労をさせてしまい、国民を騙したとして謝罪した。国民は議論に沸いたが素直な人柄に人気が集まった。

 そしてその数ヵ月後、イーストロジー伯爵家からリノエスカが輿入れした。

 ゴーレンは41歳、リノエスカは27歳の年だった。




 翌年リノエスカは娘を産み、精神を病んだ正妃フォルトークに襲われ命を落とした。

 リノエスカの子は“黒眼ブラック・イズ”だったため、オニキス公爵家に預けられることになった。

 王族、しかも希少な“黒眼”を弑しようとした罪により、フォルトークは正妃の座を下ろされ実家に返された。並びに彼女を支援していたセント・ラ・ルーア公爵家は、国主の許可がない限り領地の管理もままならなくなった。






お読みいただき、ありがとうございます。


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