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花の名前を呼んで  作者: 漣 榎乃
30/41

29 当主

大変ご無沙汰しております。


自分の作品で「投稿されない可能性あり」の注意書きを発見し、

なんだか申し訳ない気持ちになりました。


また定期的に更新していきますので、よろしくお願いいたします。


ここからしばらく視点が変わります。


 一瞬の眩しさに反射的に目を閉じ、そろりと瞼を上げると草原が広がっている。


 考え事をする時、決まってこの場所に来る。空間を操作して作り上げたこの場所は、この屋敷の主の訓練場であり、空間全体が薄い靄がかかったような淡い色で構成されている。夢のようにぼやけており、あえて非現実性を残した魔術一門創始者の卓越した発想と技術を物語っている。

「キルダ様」

 しばらくぼんやりと眺めていると、ふいに家令に声を掛けられる。この部屋に入ってこれるのはキルダが許可した者のみだ。それ以外は入口に手を触れただけで廊下の端まで飛ばされる。

「キルダ様、またこのような所で」

「いいじゃないか、休憩していただけだ」

 キルダがこの屋敷に来る前からいる家令は、皺の出はじめた眉間の溝を深くして眉を下げている。

 どうでも良いがどうしてこの家令は気配を殺して背後に立つのか。文句を言ってもどうせまた「惚けた」などと全く取り合わないだろうから、諦めて要件をきくことにした。

「それよりどうしたんだ?」

「お客様がお見えです」

「客?俺に?一体どんな物好きが、」

「リノエスカ様がお来しです」

 キルダは黙った。

「わかった」




 キルダが廊下を進むと、ほっそりとした女性が佇んでいた。女性がそっと腰を落としてスカートを摘む。キルダが慌てたように近づいた。

「オニキス公爵におかれましてはご機嫌麗しく」

「リノエスカ様、どうぞお顔を上げてください」

「それでは、お言葉に甘えて」

 そっと立ち上がったリノエスカはほっそりとしているが、目線はキルダより頭一つ半ほど大きい。

「どうぞ部屋へ……お久しぶりですね」

「ええ、キルダ様がオニキス公家に下がられてから、初めてかもしれません」

「それは、随分と前の話ですね。10歳の時に入ったので……もう2年経ちましたが」

 懐かしそうに笑い合う。



 キルダはイレリア王家11代目国主ハーノルトンの弟であるガリエルの一人息子である。ガリエルは10代で王位継承権を放棄し、全国各地の治水工事に邁進した優秀な技術者だった。キルダがオニキスに入る前に現場の事故で亡くなっている。

 王族で一番幼いキルダは数十年ぶりの黒い瞳ブラック・イズで、生まれた時点でオニキスの当主になることが決まっていた。10歳まで王家で育てられ、オニキスに引き取られてからのこの2年、公爵として役目を果たしている。

 母であるメレイアは国立図書館で司書として働いている。息子の権力には全く興味を示さなかったし、オニキス秘蔵の本を読みたいと息子にねだることもなかった。彼女曰く、本は読まれるためにあるものと守られるためにあるものがあり、それを破るのはお門違いだ、ということだ。

 よって、キルダの生活は相変わらず穏やかなものだった。


 キルダの母は東の出身なので、イーストロジー伯爵家と縁がある。リノエスカとも何度も顔を合わせているし、親族として仲は悪くない。

 オニキスに入る前は母も交えて交流もあったが、この数年はほとんど手紙のやり取り程度だった。



「それで、今日はどうされたのですか?イーストロジーから何か問題のある魔力持ちでも……」

 魔力を持って生まれた人間はオニキスに申請する決まりとなっている。魔力の暴走をいち早く察するためである。

「いえ、そうではないのです。その……」

 リノエスカは言葉を詰まらせた。いつも穏やかに言葉を紡ぐ彼女にしては珍しい。

「あの、キルダ様は家庭のある方から好意を寄せられた場合、どういった対応が望ましいと思いますか?」

「ええ?」

 キルダは思いもよらない話に目を丸くする。しかし、すぐに頭を切り替えた。

 リノエスカは何の意味も無くこういった話をするわけではない。しかも、相手は籍を外したとはいえ王族。かつ王族の中で影響力の無い自分でなければ話せない相手なのだ。つまり、

「ゴーレン従兄あにうえですね」

 キルダは言い切った。リノエスカは目を丸くし、おたおたとしていたがやがてこくりと頷いた。

 なんてことだ。キルダは呻いた。


 先月ハーノルトンが身罷り、一家の長男であるレンガスが12代国主に就いた。キルダより20以上年上の従兄は穏やかな人柄で、キルダが生まれる前に妻を得ている。夫婦は仲睦まじいが、子には恵まれていない。

 次男であるゴーレンは剣の才気に溢れ、実力主義の軍に入って結構な位まで上がっている。国主と軍の大将に王族が揃うとしたら初めてのことになると、もっぱらの噂だ。



 17歳のリノエスカに恋を告げたとしたら、それはゴーレンだろう。

 ゴーレンは数年前に許婚であるフォルトークと結婚したが、この二人の仲の悪さは皆が知っていることだった。フォルトークの実家であるセント・ラ・ルーア公爵家はやたらと国主にこだわる。国主であるレンガスに嫁いだのはノースカーレット出身で、頼みの綱のフォルトークが嫁いだのは国主にはほぼなれないだろう次男なのだ。しかも本人も王位より軍の強化に力を注ぎ、政など興味を示していない。フォルトークは夫を獣くさいと毛嫌いしていたし、そんな鼻ばかり高い女にゴーレンが興味を持つはずもなかった。

 仲の悪い二人の結婚に一番反対していたのは実はハーノルトンだった。しかしハーノルトン自身セント・ラ・ルーアからの縁談を断ったことがある手前、血眼になって王族に嫁がせようとする公爵家を止められなかったのだ。


「実際には、どういったことを」

「……妻と離縁するから、どうか側に居て欲しいと」

「そんな、」

 キルダは言葉を切った。

 イレリアの王族は国内の規範と模範であり続けるべきという精神から、一夫一妻制であり離婚は認められていない。国主だけが後継者の関係で配偶者を複数持つことを許されている。

 妻と離縁するということは、王族から出るということになる。

「ゴーレン従兄はすでに軍の中枢として働いています。王族からの除籍は可能でしょうが、離縁して別の姫を召すなど……セントがなんと言うか。いや、言うだけでは済まない」

「はい。どうぞお止めくださいと申し上げたのですが」

 リノエスカは瞳を潤ませて俯いた。

 困ったことになった、とキルダは溜め息を吐いた。


 確かにリノエスカは美しい。儚そうに見えて芯の通った娘である。

 ゴーレンも、ただ気が強いだけの女よりはよほど良い印象を受けただろう。


 ゴーレンがどれほど本気なのか分からない以上、軽率な行動は控えるべきだった。

 結局キルダはイーストロジーの家に報告するように伝えて帰した。


 しばらくして、リノエスカが大陸の東外れにあるセルダム皇国に留学することになった。

 セルダムは植物の医療活用が盛んな国で、様々な穀物の開発も行われている。穀倉地帯であるイーストロジーとしては是非欲しい技術だった。

 これで数年は稼げると、キルダは息をついた。



 リノエスカが留学して数年後帰ってきてからも、何も起こらなかった。

 時折ゴーレンからイーストロジー宛に手紙が届いたそうだが、リノエスカ本人を示す何かは含まれていなかったらしい。

 ゴーレンは気性の激しい所はあるが真摯で一途、また情に篤い男だ。リノエスカに遊びで声をかけるような人間ではない。そんな男がリノエスカを諦められるはずがないが、音沙汰が無さすぎる。

 キルダにはそれが心配でならなかった。


 そんな心配をしつつ、9年という月日も流れてキルダの悩みは杞憂と思えた。



 そんな折、

 それは始まったのだ。







お読みいただき、ありがとうございます。


※2014/07/16、誤字訂正しました。本編に変更はありません。大変失礼しました。

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