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花の名前を呼んで  作者: 漣 榎乃
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20 紅姫


 次の日、厨房にあったパンでサンドイッチを作っていると、フォーラさんがやってきた。

 おはようございます、と挨拶すると、お食事が終わったら外出しましょう、と言ってきた。

 どこに行くのだろうかと思いつつ、多めに作っていたのでサンドイッチを一緒に食べる。

 片付けを終えると、フォーラさんは大きな布を持ってきて、マントのように私に羽織らせた。

 廊下の壁の一部を取り外し、私たちは地下通路へ降りた。


 どこに向かうのかよくわからないまま、薄暗い一本道を進む。

 照明は魔術によって灯されているから、中毒の心配は無いようだ。


 どこかの階段を上り、フォーラさんは壁の前で止まった。

 こつこつと黒い壁を叩く。

「姫、フォラシスが参りました」

 すると、向こう側からかちゃりと音がして壁が開いた。

 急に眩しいほどの光りを浴び、慌ててフードの中に顔を伏せた。


「お待ちしていましたわ、フォーラ秘書官。さ、どうぞお入りになって」

「失礼いたします」

 フォーラさんに続いて私もお邪魔する。

 淡い緑と桃色を基調とした部屋だった。応接セットが部屋の中央にある。

 小汚い布を被っている私としては、かなり居心地の悪い状態だった。

「サラ、ここでは布をとっても平気です」

 そう言いながら、フォーラさんは私に羽織らせていた布を受け取った。

 晴れた視界の中で、私は目の前にいる少女に釘付けになった。


 ぱちくりと瞬かせる深緑色の瞳は大きく、まだあどけない印象を受ける。杏色の長い髪は一部を結んでいるものの肩まで垂らしている。

 華奢な身体からは守ってあげたくなるような可憐な雰囲気を醸し出していた。


 間抜けな顔をしているだろう私に向け、きらきらとした笑顔を向ける。

「お初にお目にかかります。イレリア王家の末、ローズリッタ・レオ・イレリアと申します」


 滑るような物腰。

 鈴の鳴る声とはこのことだろう。


 これが、生粋のお姫様だ、と思った。

 正直大興奮だった。



「お話は伺っておりますわ。わたくしからお話しすることもできるのですが、国主は自ら説明すると申しておりますの。どうぞお許しくださいませ」

 ローズリッタ姫は申し訳なさそうにお茶を淹れる。

 お姫様って人にやらせるものなのではないかと思っていると、姫は得意そうに

「城で一番おいしくお茶を淹れられるのは、私ですもの」

 と胸を張った。

 ……この姫が末というなら、アリスは長女なのだろうか。

 王族の長女が劇団の監督してて良いのだろうか。

 よくわからない王家だと思う。


「イレリアの王宮には必要最低限の手伝いしかおりませんから、基本的に自分のことは自分でするのです。経費削減ですわ」

 ローズリッタ姫はにこにことして言った。


 姫も愛称のほうが好きらしく、ローズと呼ぶことになった。おいしいお茶を飲みながら他愛のない世間話をした。

「ところで、サラお姉さまはお着替えをお持ちではないのでしょう?私がご用意したものですけれど、いくつか試してみませんか?」

 なぜかローズ姫は私のことを「お姉さま」と呼びたがった。年齢の近い人間があまりいないので是非呼ばせて欲しい、とつぶらな瞳をうるうるとさせて言われると、断れない自分がいる。

「でも、悪いんじゃ」

「いいえ!そもそもお招きしているのに着替えも準備しない男共の配慮の無さが問題ですわ。あまりご用意できなかったのですが、お好みのものがあれば持たせましょう」

 ローズ姫は可愛らしい容貌で最大限の怖い顔をしてぷりぷりとしていた。可愛い女の子は怒っていても愛らしい。

 心の中できゅんとしているうちに、ローズ姫がクローゼットらしき扉を開いた。

 私はぽかんと口を開く。

 そこはクローゼットではなく衣装のみが置かれた部屋で、色とりどりのドレスだかワンピースだかが吊られていた。

「……姫、私、スカートはちょっと」

「サラお姉さまは細くていらっしゃるから、きっとこちらがお似合いですわ」

 さっとローズ姫が手に取ったのは、けっこうな胸の開いたデザインのものだった。

「いや、それはちょっと露出が」

「さ、サラお姉さま」

 がしりと腕を掴まれる。助けを求めてフォーラさんを見るが、

「さて、よそ者は退散しましょう」

 とか言って扉の向こうの廊下に消えた。

「お着替え、しましょう?」


 可憐な顔がにやりと笑い、私はなすすべもなく衣裳部屋に連れ込まれた。



 あれこれと着替えさせられてぐったりとしていると、ローズ姫が爆弾を落とした。

「サラお姉さま。午後はお兄様と謁見できるそうですから、何をお召しになるか決めましょうね」

「え、さっきまでのは」

「あれは普段着ですわ。国主にお会いするのだから、もう少ししっかりとした生地のものを選ばなくてはなりませんわね」

 楽しそうにドレスを選ぶお姫様を見て、ああ、ここは貴族らしい発想なんだなと思った。





お読みいただき、ありがとうございます。




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