16 探索
「失礼いたします」
穏やかな声だった。思わずドアを振り向き、身をこわばらせた。
扉が開き、無駄の無い身のこなしで、1人の男性が入ってきた。視線を上げ、私が窓の前に佇んでいるのを見つけると、その場で膝を折った。
「お気づきでしたか。ご無礼申し上げました」
何も言えずに黙っていると、彼は床を見つめながら続けた。
「私はイレリア王国14代国主ランスレッド王筆頭秘書官、フォラシス・ノースカーレットと申します。私の仲間が、あなた様をこちらにお運び申し上げました。非礼に重なる無礼、どうかお許しください」
私はぽかんとしてフォラシスと名乗った黄土色の髪に青い瞳を持つ男性を見つめてしまった。
この態度は一体何なのだろう。わけがわからない。こうやって油断させようとしているのだろうか。
「あ……あの……」
「はい」
「ここは王宮、ですか?」
「はい。正確には鐘楼を管理するための施設ですが、国主の離宮となっております」
「はぁ。あの……、伺いたいのですけれど……」
「はい、何なりと」
「私に、何の御用でしょう」
「計画進行に向け、良い機会が巡ってこようとしておりますこと、ご相談とご報告とさせて頂きたく、こちらにお招きしました」
「けいかくって、何ですか」
「何をおっしゃ……えぇ?」
彼は初めて顔を上げた。優しさがにじみ出たような整った顔立ちが、ぽかんと口を開けていた。
「アリス様から、何も伺っていらっしゃらないのですか?」
「やはりアリスを狙っているんですか」
ぱっと険しい顔をすると、フォラシスは人のよさそうな顔の眉間に皴を寄せ、首を振った。
「いいえ。狙うなどとんでもない。しかし……これは想定外でした」
「何か?」
「……私の口からはとても。とりあえず、」
すっと立ち上がり、持ってきていたカートを引いてテーブルの横につけた。
「お食事にしませんか?もう昼です」
「陛下の側近は基本的に2人います。公務補佐の秘書官と警備の護衛官です」
「フォーラさんは公務の補佐をしていらっしゃるんですか。お若いのにすごいですね」
「整理整頓が好きなだけですよ。現陛下は若干20歳で王位に就き、また王を支える我らも年齢がとても低いのです。お恥ずかしい話ですが、国府の重鎮からはなめられっぱなしですね」
へぇ、王国も大変だと思いながらお茶を口に入れた。この国の紅茶は花の香りが強く、後味はさっぱりしている。私はそんなに舌が肥えているわけではないが、このお茶も、今食べていた食事も、質素なわりにかなり上層階級のにおいがした。
この国の人は基本的に本名で呼び合うことを好まないらしい。基本的に愛称で呼び合う。フォラシスさんもフォーラと呼ばれるほうが落ち着くと言ったので、お言葉に甘えさせてもらう。
「サラ様のお世話は、男ばかりで申し訳ありませんが、我々が勤めさせていただきます。何せ極秘ですから。ですので、なるべくこの建物から出ないでいただきたいのです」
「一歩も…ですか?」
「アリス様と瓜二つであるあなたは、この城では危険なのです。この建物は我々の詰め所として利用していまして、基本的にそれ以外の者が近づくことは禁じられていますが、油断はできません」
皿を丁寧に重ねながら、フォーラは穏やかに言った。これから城に戻り、再び王を補佐するのだと言う。
彼らは暇ではないのだ。いつも私をかまってはくれない。
「それではサラ様、申し訳ございませんが……」
「いいえ、おいしいお食事、ありがとうございました」
「お口に合って何よりです」
「あの……お庭に出てはいけませんか?」
「柵の外に出なければ、大丈夫ですよ。ただし、なるべく短い間です」
私はこの建物を歩き回った。自分が寝ていたのはどうやら2階で、その階には寝室と倉庫のようなものしかなかった。浴室は部屋に備え付けらしい。1階は比較的大きな広間、客室があり、それなりの規模の厨房と食堂があった。茶器は揃っていたので、それなりに煮炊きすることもあるのだろう。
3階には書庫と、時計の時刻管理のための道具が山のようにある部屋で占められていた。屋上への扉は鍵が3重にかけられており、諦めざるをえなかった。
1階には、中庭とそれを囲むように屋根のある通路があった。通路を歩きながら中庭を眺めていると、中央に小さな像のようなものがあることに気付いた。
午後の日差しを浴びながら、私は中庭の中心に向かった。
像のようなものは白い石でできた彫刻だった。街の広場にも似たような像があったと思い出す。そういえば、神様の種類は結構多くて、その中に家を守る女神がいると言っていたっけ。きっとこの人なんだろう。
女神さまなのなら、聖歌を捧げたほうが良いかもしれない。この人の敷地に入っているのだし。
私は一番最初に覚えたこの国の聖歌をうたいはじめた。
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