不安の種
一度拗ねると、なかなか調子が上がらないのは昔からである。
その翌日、シーラは貴族学校に行っているため、イリヤ一人で黙々とお守り作りをしていた。
色とりどりの袋を取って、合う屑石を選んで入れていく。ただそれだけの作業。
屑石とはいえ、石たちはキラキラと輝いている。それを何個か、さらりと布袋に入れるだけ。
ただその繰り返し。
シーラが飽きたというのも分かるが、毎年やっていると慣れるものである。
「…お嬢様、ちょっと」
今日はちゃんといるマーヤが恐る恐る声をかけてきたのは、昼前だった。
集中していたので気が付かなかった。顔を上げると、困ったようなマーヤがイリヤを覗き込んでいて、その背後にーーーウィスターの顔が見えた。
「えっ……」
「お話されたいとのことですが、どこがよろしいですか」
予想外の自室の来訪に、少しだけ固まってしまう。
自室はプライベート空間だ。ウィスターといえど入ってきたことはない。
昨夜の気まずさで、まだ目を合わせられない。
「……ここでいいわ」
「では、外しますね」
ウィンクをしたマーヤが、他の侍女や出入りしていた使用人をまとめて部屋の外に追いやっていく。ギィっと重厚な音がして、部屋には完全に二人きりになった。
「殿下」
「……何」
どうしてもつっけんどんな返事にはなってしまう。
一方的に不安になるのはもう長年の片想いで染みついた癖みたいなもので、まだ心は復活していない。
ウィスターは無言でその辺の椅子を持ち上げて、イリヤの座る机の側まで歩いてきた。
そのままイリヤの隣に椅子を置いて、身体の正面はイリヤを向けて座る。
「………今大丈夫ですか」
「え!?聞くの遅くない!?」
反射的に突っ込んでしまったが、ウィスターは声をあげて笑わなかった。顔を見ると、どこか安心したように微笑んでいる。
「昨日はすみませんでした」
ウィスターはイリヤの机に頬杖をついて、イリヤを見下ろしながら口を開く。
「忙しいのは本当。でもどこに行ってるか、今は言えません。殿下の誕生日や諸々、今は側近に任せています。別に遊んでるわけじゃありません」
「……うん」
「それでそんなに不安になってることにも気が付かなかった。それに気が付かなかったのも俺の落ち度です。ごめん」
何よ、急にしおらしく謝っちゃって、と思ってしまうのはまだ捻くれている。
一晩寝たことで昨夜ほど感情は昂っていないが、捻くれたものは捻くれたままだ。
「…………」
「…………」
無言の時が流れる。
たっぷり沈黙を貫いたあと、イリヤは諦めて口を開いた。このまま黙っていてもウィスターは出て行かないだろうし、ただ根気強くイリヤの言葉を待っていた。
「寂しくて不安だったの」
「……」
「一回執務室に行ったけどウィスターはいなくって、私が会いたい時は会えないのに、ウィスターばっかりずるい」
「……うん」
「でも、会いに来てくれるのはすごく嬉しかったの。ハンカチも、花も。ウィスターのこと信じれるって思えた」
ウィスターがちらっと向こうのベッドを見やる気配がした。
昨日ハンカチを飾っていると白状したサイドテーブル。仕舞い込んでやると豪語したが、結局そんな勇気は出なくて、今も積み上がったままだ。
「でも、仕事のはずなら知ってて当然のこと、忘れてたから。誕生日を忘れてたことじゃなくて、あなたを疑ってしまった」
「……」
「あと最近、あまり触ってくれなかったから…」
「触る?」
「うん。なんか距離がある気がして、寂しかった」
そう言った途端、ウィスターが椅子を半歩近づけた。
頭を捕まえられて、胸に引き寄せられる。
「姫様、俺にまだ言ってないこといっぱいあるだろ」
「……」
ウィスターの声が真上からする。
抱きしめられたまま、大きな手がゆっくり頭を撫でた。
「言って、全部言っていいから」
捻くれていた心が、解けていくのが分かる。ウィスターの腕の中のにおいと、真上から落ちてくる声と、髪を撫でられる感触が、イリヤの逃げようとする不貞腐れた想いを全部捉えて離さない。
「ずっと何を考えてたの」
「…………」
「姫様」
こんなときばっかり姫様なんて呼んじゃって。
つくづく狡い。けれど、一度口を開いてみると止まらなかった。
十年ずっと好きだったの。
何回もウィスターに期待して、そして落とされた。
期待したらまた落とされるんじゃないかって怖い。
結婚の話も私が早とちりしたんじゃないかって怖かった。
優しくしてくれても、また落とされるって不安になった。
信じるって思ってるけど、すぐ不安になってしまう。
シーラには年がすごく離れてるから遊ばれてるんじゃないかって言われた。
他国に愛人がいるから今まで結婚しなかったんじゃないかって。
そう言われると不安になったけど、でも会って話すと楽しいしやっぱり好き。
だって、十何年も好きなんだから、私はもうたぶん一生好き。嫌いになんて絶対なれない。
ウィスターは違うでしょ。これからどうなるかなんて分からない。
もしかしたら今だけかもしれない。
本当に愛人がいて、申し訳なさで会いに来てくれてるのかもしれない。
だって誕生日覚えてないのに忙しいって言ってたから、本当は他の人のところに行ってるのかもって。
そう思ったら止まらなかったの。
でも、もう来なくていいって言ったけど、本当は会いに来て欲しい。
一つ年が近づくんだから誕生日だって祝ってほしい。
頭を撫でたりされるのも好き。
普通に二人で会いたい。
二人でどこか行ったりしたい。
面倒くさくてごめんなさい。
一息に言い放つイリヤの言葉を聞きながら、ウィスターはずっとイリヤの髪を撫でていた。その優しさに背中を押されて、思いの丈は最後まで出し切った。
「……以上!」
照れ隠しで宣言すると、軽い力で回されていた腕にぎゅっと力がこもった。一瞬息がつまる。
「……よくわかった」
「……」
「いっぱい不安にさせてごめん。愛人なんかいないし、姫様が不安に思うことは何もないから」
「…本当はそうだって、分かってる」
「これからはこういうの、言っていいから。今不安ってちゃんと言って。極力気付くようにするけど、分かんないときもある。一人で溜め込まれるのが一番きつい」
「……きついって、思ってたの」
「まあね」
いつも余裕で飄々としているウィスターがきついと言うのは新鮮だった。同時に、そう思わせてしまったことに胸がちくりと痛む。
「俺が忙しくて姫様をよく見れてなかったから」
「……いつもだったら大丈夫。色々言われて、関係が変わって、不安の種があったようなものだから」
「じゃあそれも俺に言って。その種は俺にとらせて」
こくりと頷くと、軽いリップ音と共に頭に柔らかい感触がした。前髪の生え際のあたり。キスされた、と分かったのは一拍おいてから。
「………そういう慣れてそうなところも腹立つのよ!」
むくれた言葉に、ウィスターが横を向いて吹き出した。ははっ、といつものような笑い声がする。
「本当に飾ってたな」
そう言うウィスターの視線は、サイドテーブルに向かっている気がした。
「仕舞い込んでやるから。今夜」
「どうせ無理なんだから強がらないの」
また頭に唇が落ちる。
目を閉じた。さっきまでの苛立ちは不思議とない。
ありがとう、と呟くと「当然ですよ」と返された。




