積み上げたもの
またしばらく不在だったらしいウィスターから合図があったのは、翌日だった。
イリヤの部屋には、建国祭用のお守りがどんどんと積まれて山になってきていた。嫌そうなシーラを無理やり座らせて、その他空いた時間では一人で進めている。
イリヤにとってはそこまで苦ではない作業だったので、一人で作業をするのも楽しかった。
寝る前の作業として黙々と集中していた時。
カツン
と音がしたので、窓を開けてテラスに出る。
昼間は暑いくらいに暖かく、夜も気持ちいいので何も羽織らずに出る。
テラスに落ちていた、いつものハンカチと花を拾い上げた。今日の花は淡いピンク色。大事に胸に抱えて、テラスの下を見下ろした。
「こんばんは」
ウィスターがいつものように、こちらを見上げている。
「今日もお疲れ様」
そういえば今まであまり労ったことないな、と思い口を開くと、ウィスターが一瞬固まった。
「……珍しいこと言いますね。具合でも悪いんですか」
その言い草に、むっとして唇を尖らせる。
「何よ、たまには労ってあげようという優しさじゃない」
「ははっ、これは光栄ですね、明日は雪が降るかもしれませんので、今日は暖かくして寝てください」
「降るわけないじゃない!」
抗議の声をあげると、ウィスターがまた楽しそうに笑った。春の暖かくて強い風が、二人の間をすり抜けていく。
「何をしてたんですか」
「最近はずっと建国祭の準備。お守り作りばっかりよ」
「あぁ、女性陣はそれが大変ですね」
「毎年大変よ。シーラが嫌がって嫌がって」
「シーラ殿下らしいですね」
その声に、あ、と一つ報告しなければならないことを思い出す。
「あの…、ウィスターに言っておかなきゃいけないことがあるんだけど」
「ん?なんですか」
今日は少し長居するつもりなのか、ウィスターが近くの花壇の段差に腰掛けた。
低い段差なので座りにくそうなのだが、最近の定位置になっている。
「……ウィスターのこと、シーラに言っちゃった」
「え、何か問題あります?それ」
「……いいの?」
てっきり二人のことは隠すものだと思っていたので、ウィスターの反応は意外だった。
「遅かれ早かれ言うことになるでしょうから、いいんじゃないですか」
さらっと、何でもないことのように言われたその台詞は少し照れてしまう。
「えっ、そうなの?」
「私は隠せなんて言ってませんよ」
「でもほら、あの子貴族学校に行ってるし、ぽろっと言っちゃうかも。面倒くさがりな子だし口止めしたから、たぶん大丈夫だと思うけど…。あと、ウィスターに会ったりしたら余計なこと言いそうだから」
「別に構いませんよ。元々私の噂は色々ありますし。しかし何でまたシーラ殿下に言うことになったんです?そちらの方が珍しい」
「あぁ、えっとウィスターからもらったハンカチを見られちゃって」
それだけ端的に説明すると、ウィスターが首を傾げた。
「見られた?別に一枚なら不思議に思われないでしょう。どこに置いてたんです?」
ぐ、と思わず言い淀む。
確かにハンカチの置き場所がサイドテーブルだなんて、冷静に考えると絶対変だ。
しかも、今までのハンカチが累積している。
「……どこでもいいでしょ!関係ない!おしまい!」
「へぇ……?顔赤いですよ」
「気のせいよっ」
「どうせ大事に畳んで目に入るところに置いてたんでしょう」
図星をつかれて、頬が赤くなる。
ーーーこんな、恋する乙女みたいな行動。いやそれには違いないけれど、的確に突かれると恥ずかしい。
ウィスターはといえば、新しいおもちゃでも見つけたような顔でニヤニヤとしている。これは遊ばれてしまう流れだ。
「い、いいでしょ別に!悪い?」
「悪かないですけどね」
くつくつと笑うウィスターは実に楽しそうだ。
「見慣れないハンカチが何枚も置いてあったら、そりゃシーラ殿下も気にするでしょう。で、どこに置いてたんですか?」
「………サイドテーブルの上」
「また目立つところに…。面白いからいいですけど」
「面白くない!今日からはちゃんと仕舞い込んでやるもん!」
ははっ、とウィスターの笑い声が響く。イリヤは今度こそ恥ずかしくなって、しゃがみこんだ。
「それはそうと、別に無理して言う必要はありませんが、殿下が言いたければ普通にしてもらっていいんじゃないですか」
「……うん。じゃあ聞かなかったことにして」
「それは無理ですね」
いじわる。
サラッと言われた言葉に拗ねながら、イリヤはしゃがみこんだまま手に持った今日のハンカチを見た。
王都の有名服飾店のブランドだ。品のいい刺繍が施してあり、一目見ただけで高級品というのが分かる。ハンカチも色々な柄があり毎日違うので、今日はどんなハンカチなのか見るのが一種の楽しみになってしまった。
「そういえば、シーラ殿下は何とおっしゃってました?」
ウィスターが何気なく会話を続けたので、ハンカチを観察しながら声だけ返す。
「……いろいろ。心配されたかな。遊ばれてるんじゃないかって言われた」
「わぁ。ずいぶん直球ですね」
「年離れてるし、色んな噂も聞いたみたいだから、心配してくれたんだと思う」
「…それに関しては私が悪いですね。申し訳ありません」
素直に謝られると、逆に調子が狂ってしまいそうだ。
変に殊勝になったウィスターをたまには揶揄ってやろうと、イリヤはまた立ち上がって身を乗り出した。
「ふぅん、あなたの今までの奔放な言動のせいで私に迷惑をかけたという自覚がおありなのかしら。いいのよもっと謝っていただいても。たまには膝でもついたらどう?」
「ははっ、そんな男を何年も好きだったのは殿下でいらっしゃいますよ」
「何笑ってるのよ!」
くそう、と内心言葉が悪くなる。
なんだかんだと言いながら、こうしてテラスで言い合っている時間は悪くない。
「そういえば、もうすぐ誕生日なんだけど」
もう一つシーラに言われたことがあったと、誕生日のことを口にした。
誕生日は王宮にたくさんの使者が贈り物を持ってやってくるし、国民への挨拶もあるし、晩餐会もあるので忙しい。当然そのあたりの調整もウィスターが絡んでいるだろうから、これだけ忙しいウィスターが知らないなんてことはない、………はずだった。
ウィスターは一瞬戸惑ったあと、思い出したようにぽろりと口にした。
「え、あ、そうですね。すっかり忘れてました」
「忘れてた…?」
その途端、昨日のシーラの声が脳内に響く。
〈やっぱり!遊ばれてるんじゃない!?忘れられてない!?〉
〈女遊びが好きだから〜とか、実は他国に愛人がいるんじゃないか〜とか〉
昨日言われた時はそんな噂もあるよね、程度で流せた話が、急に心を刺す。
積み重なったハンカチが、急に償いに見えた。
一輪さしの花が、急に彼の自責の念に見えた。
たくさんくれた安心の言葉が、不安の言葉に。
「………ウィスター、最近忙しそうにしてるけど、いつもどこに出かけてるの」
口から出た声は、イリヤが思った以上に彼をなじっていた。
信じると言った自分はあっという間に心の奥に引っ込んだ。
仕事をしているなら、イリヤの誕生日を忘れるわけがない。それは王宮の公式行事だ。
だから昨日のシーラの言葉は、ある意味冗談だと思っていた。
「え、まぁ色々と…」
何やら不穏な空気になったのを察したのか、ウィスターが戸惑ったように見上げてくる。
「覚えてなかったのはすみません。最近別の仕事で立て込んでまして」
「王宮の行事を覚えてないなんて、そんなに大事なお仕事なのね」
もう止められない。
ここ最近大事に積み重ねてきたものは、どこか我慢して、傷つかないようにいい子でいようとしていただけかもしれない。
忙しいといいつつ、王宮の執務室にもいない、私邸にもいない。どこに行ってるの。
忙しいだけじゃなくてもっと優先してほしい。
本当はもっと話したい。誕生日だって、当日じゃなくても一緒に祝ってほしかった。
信じたい自分と、十年の片想いで何度も裏切られた自分。
本当は、もっと会いたい。
けれど口から出てくるのは、イリヤ自身も驚くほど正反対の言葉だった。
「……忙しいのに悪かったわね。別に無理してこなくていいのよ。誕生日も、別に祝ってほしいわけじゃないし気にしないで。おやすみなさい」
拗ねたくなんてない。そんな自分は嫌いだ。
それでもどうしても止められなかった。
イリヤは身を翻して、部屋に戻った。
呼び止められもしなかった。ただ無言のウィスターを置いて、イリヤは窓を閉めてベッドに潜り込んだ。




