姉妹
あれからウィスターは、五日と空かずにテラスの下に訪れるようになった。
最初にもらった小さな黄色い花を一輪さしにさして、しおれる前には新しい花がやってきた。時には数本飾ってあることもあり、イリヤはベッドの横のサイドテーブルに綺麗に飾っていた。
ハンカチも一緒にくれる理由はイリヤには分からなかったが、くれるというので貰い続けた。
少し汚れてしまっていることもあったが、丁寧に洗って乾かして、畳んで一輪差しの横に積み上げていった。
そうしてハンカチを積み重ねるうちに、初めの頃の不安は徐々にとれてきているのも分かった。
テラスでするのは本当にたわいもない、何の話かと後から聞かれても答えられないような話だった。
ウィスターは顔を見てすぐ帰ることもあれば、しばらく下の段差に座り込んでこちらを見上げていることもあった。
忙しいのかしょっちゅう出かけているようで、たまにはこちらから、と一度だけ執務室に行ったのだが不在と言われてしまった。それ以来、イリヤはウィスターからの合図を大人しく待つようにしている。
初めの頃は寒い夜もあったが、今はもう、完全な春。
イリヤは妹のシーラを自室に呼んで、建国祭で配るお守りを二人で作っていた。
お守りは建国祭の伝統で、侍女たちが大量の小さな布袋を縫ってくれている。その中に、イリヤやシーラなどの王女や、手の空いている令嬢たちの手で宝石の欠片の屑石を入れていく。
もう売れない、加工の過程で出た屑石を国民のために再利用する、そんなささやかなプレゼントだった。
中に何色の宝石が入っているかは、当日開けた人のお楽しみだ。
「お姉様、疲れたぁ〜。毎年のこととはいえ、この準備が大変よね」
シーラはもううんざりした顔をしている。
「もう、ちょっと休憩する?まだまだ布袋来るそうよ」
「もう飽きた〜お姉様やってよ〜」
「こら」
奔放な性格のシーラは15歳。
イリヤとお揃いのはちみつ色の髪の毛は肩の高さに整えてある。イリヤは苦笑しながらシーラを嗜めた。
「一応伝統なんだから、シーラもここにいる間はやらないとダメよ」
「毎年だもん、もう疲れたよ。お姉様結婚しなくてよかったー!これ一人でやるのは絶対無理よ」
「全く、自由なんだから」
シーラが気分転換なのか、椅子から立ち上がってイリヤのベッドに飛び込んだ。あぁ、せっかくベッドメイキングされてるのに、とは思うが仕方ない。
「ちょっと休憩するわ、お茶もらえる?」
マーヤも布袋作りに駆り出されているので、今日はまだ新米の別の侍女がついている。彼女に言うと、不慣れな様子でお茶を作りに向かった。
「あれ、お姉様可愛いお花飾ってる………これ何?男物のハンカチ?」
少しでも続きを進めよう、と屑石を入れた布袋を閉じていたイリヤは、シーラの言葉に一瞬で背筋が凍った。
「あッ……!!!!」
「あっ……あああああぁぁ〜〜〜?」
シーラが一気に面白いものを見つけたという顔をした。
何となく、こういういたずら好きなところはウィスターっぽくもある。
「なになにぃ、どういうことぉ?お姉様新しい男?」
「えっとね…それはね………」
「へええ〜〜、いいじゃんいいじゃん。誰誰、聞かせてよ」
一気に元気になったシーラが目を輝かせてイリヤの隣にやってきた。
そのまま無理やり同じ椅子に押しかけてきて、半分追いやられる。二人で椅子を半分こするのは、昔からこうして話をするときによくやっていた。
「お、男…?っていうのかな…」
「うんうん。誰誰!?」
完全に野次馬なシーラに戸惑いつつ、たっぷり時間が空いて、イリヤはようやく口を開いた。
「……ウィスターと……けっこん、しようかって、話してて…」
恥ずかしくて目が泳いだ。
マーヤには普通に言えたのに、家族に言うのはまた違った照れがある。
えっ!!と超特大の叫び声がシーラからあがった。
「えっ、えっ!?アズライト公爵?何でまた!?」
「何でまたって……何でもよ、何でも!」
「ていうかまたけっこん!!??早くない!?」
「ちょっ、ちょっと声大きいわよッ…!」
「え〜〜そっかぁ公爵かぁ〜。まぁお姉様仲良しだもんね。でも結構年離れてない?」
純粋なシーラの疑問は当然だった。
当然だったが、妙に鋭く刺された気持ちになる。
「だって公爵って…今いくつか知らないけど、十歳くらい離れてない?」
「ちょうど、十違うかな」
「えーーお姉様って年上趣味なの?いやまぁかっこいいしそうは見えないけどさ。今はいいけど、たとえばお姉様が五歳のとき十五歳でしょ?お姉様とカイルくらいかぁ」
シーラが例えとしてあげたのが末の弟の名前だった。
そう言えば、と改めて考える。小さい頃から恋をしていたから、年齢差をあまり気にしたことはなかった。
「……年齢は関係ないもの」
「ふーんそうなんだぁ。え、公爵のこと好きなの?」
シーラはにこにこと、姉と恋バナをするのが楽しそうである。
「じ、実はね、ちっちゃい頃からずっと好きだったの」
「えーっ、いいなぁ年上の公爵とオトナの恋って感じ」
「そんな喜ばしいものじゃなかったわよ」
「……遊ばれてない?お姉様」
シーラの疑問は、今度こそ真っ直ぐ胸を貫いた。
「公爵って何で結婚しないのかなって、こないだ貴族学校で噂になってて」
「えっ、何で結婚してないか知ってるの!?」
急に出てきた新情報に、思わずシーラを見る。貴族学校は貴族の子どもたちが通う学校で、社交デビューを迎える十七歳まで通うことになっている。
「うん、なんか色々言われてたよ。女遊びが好きだから〜とか、実は他国に愛人がいるんじゃないか〜とか。私も聞かれたけど、知らないって言っておいた」
「…それ、私も気になるのよね」
「聞かせて、お姉様」
シーラも身を乗り出して、二人でピッタリ体をくっつけてヒソヒソと話す。
「結婚適齢期といえばギリギリそうだけど、もうはみ出てるじゃない。そりゃあ噂の的にもなるわよね」
「じゃあお姉様も遊ばれてるの?」
「違う、と思ってる……けど…」
「えっ、あのハンカチは?何であるの!?」
「それは…」
もごもごとしながらハンカチが積み重なった経緯を話すと、シーラが頭を抱えた。
「……お姉様、それ」
妙に神妙な顔つきのシーラに、イリヤも何か嫌な予感がした。
ごくり、と固唾を飲んでシーラの言葉を待つ。
「……いい男なのか遊び人なのか、あたしにも分かんない」
「分からないんじゃない!」
「えー分かんないよ、公爵なら普通にしそうだし。…お父様は?結婚許してくれるの?」
「……ウィスターが、何とかするって言ってたわ」
公務の帰り、『あとは俺が何とかしますから』と言ったウィスターの少し不機嫌な顔を思い出す。
ウィスターが遊び人かどうかは分からない。ただ何人か恋人がいたことくらいしか。
けれど、あの時のウィスターは少なくとも、イリヤに対して本気だった気がする。
そして、それを信じないのはそれこそ不誠実だと思った。
「どうするのかは分からないけれど、でもウィスターを信じてみる」
「……」
そう言ったイリヤの横顔を、シーラがじっと見つめた。
「お姉様がそう言うなら、大丈夫だね。公爵と一番仲良いもんね」
「…うん」
「でも何かあったら私にちゃんと言ってね!あ、でも私は何もできないけど」
「ありがとう。あ、くれぐれも学校で言わないでよ」
「言わないよぉ、あれこれ聞かれたら面倒だもん」
そう言って笑ったシーラは、本当に言わないだろう。何より面倒くさがりだ。
イリヤも微笑んで、シーラの頬をつついた。
「頼むわよ」
「分かってるって。そういえばお姉様、もうすぐ誕生日じゃない。公爵に何かしてもらうの?」
「え、あぁ、どうかしら」
そういえば、イリヤの誕生日はもう一週間後に迫っていた。
当日はたくさんの来賓が来るので忙しい予定になっている。顔に手を当てて思い返しても、誕生日のことを何か言われた記憶はなかった。
「……何も予定はないわね」
「やっぱり!遊ばれてるんじゃない!?忘れられてない!?」
「いやいや、きっと忙しいだけよ」
「忘れられてたらちゃんと怒るのよ、お姉様!」
むぎゅ、とシーラが抱きついてきて、イリヤは苦笑しながら抱きしめ返した。
誕生日。十八歳になる。
ウィスターに年が一つ近づく。
結局離されてしまうけれど、少しだけ近くいられる日。
今度来たら聞いてみようかな、と思っていたら、紅茶の香りが漂ってきた。




