バチェラー・パーティ
アズライト公爵邸は慌ただしかった。
それもそのはず、主人の結婚式を明日に控えているので当然だろう。
執事ハロルドも朝からひっきりなしに来客の対応に追われており、マーヤもイリヤの荷物整理やら明日の調整で忙しい。
ウィスターも今日は王宮で執務をするということで出かけている。
冬が近づいたこの時期は、政務的にも冬の準備で忙しい。
そうしてイリヤは一人で公爵邸でお茶を飲んでいた。
決してイリヤも暇なわけではない。
新調する家具の納品が店の都合で遅れてしまい、やっと今日納品されるというので立会いをウィスターに任されている。
さすがに家具はいつもの店ではなく専門の家具屋に頼んだが、今年はなかなか材料が手に入らず苦労していると聞くとウィスターは大きなため息をついていた。
ついでに明日のドレスの最終調整までそのまま公爵邸で行う予定であり、その慌ただしさの前の一息だった。
ここのところは公務もやっと落ち着いてきていたが、式の準備というのは忙しかった。
それも今日まで……いや、本番は明日なのだから明日までと考えると、やっと過ぎ去った気がする。
「イリヤ様、家具が到着いたしました」
「ありがとう」
使用人に呼ばれたので立ち上がって、公爵邸の玄関まで出迎える。
そろそろ風も冷たくなってきた頃だというのに、玄関に立っている家具屋は汗をかいていた。
「殿下……!!!遅くなりまして申し訳ございません。家具はどちらへお運びしましょうか」
まさかイリヤ本人が出てくるとは思わなかったのか焦ったようである。
背後には作業をするのであろうがっしりとした体格の男性たちが、同じように暑そうな格好で立っていた。
「2階にお願い」
微笑んで奥の階段を促す。
家具は重たいだろうが、屈強な男性たちが重たそうな布包を軽々と抱えて、次々と中へ入ってきた。
主寝室は廊下から入る扉が3箇所ついていた。
夫用と妻用の衣装室、それから侍女や使用人が控えられる待機室にそれぞれ繋がっている。
待機室から小さな洗面所を挟んだ奥が、なかなかに広い公爵邸の主寝室だった。
寝室の奥には浴室も備えられており、イリヤなどはここで普通に一日過ごせそうなほどには広い。
絨毯が敷かれている寝室は、今日のために公爵邸の使用人が熱心に掃除をして磨かれていた。
お互いの衣装室には既に貴重品なども置いてあるため鍵をかけたまま、イリヤは待機室の入口へと家具屋を案内した。
「大きいものから配置をお伺い……いたします。ベッドはどちらに設置いたしましょう」
配置!!??聞いてない!!
緊張しているのかつっかえながら家具屋が膝をつくが、イリヤもそれどころではない。
ウィスターからは「家具屋がくるので立ち会ってください。せっかく威厳があるんですから」と余計な指示しかもらっていない。
それはそうだ、何もないまっさらな部屋にどう置くかなんて、家具屋には分からないだろう。
もちろんイリヤにも分からないが、それを悟られないようにイリヤは微笑んだ。
「……あなたたちプロから見て、自然に置いてくだされば結構よ」
「しかし……」
困ったような家具屋がぐるりとまた寝室を見回す。
「これだけ広いと、如何様にでも置けてしまいまして……。そ、そうですね。例え、例えば、お二人は左右どちらで寝られますか」
左右どちら!!??
イリヤは笑顔を固めたまま心の中で悲鳴をあげた。
二人で寝たことなんて勿論ないが、家具屋は緊張で顧客が王女ということを忘れていそうである。
(これは何て答えるのが正解なの!?)
今までぼんやりとしかイメージしていなかったのに、急にベッドに寝ているウィスターの想像が膨らんで急いでかき消す。
今はちがう!今はちがう!!
顔に出ないように必死に冷静さを装っていると、イリヤの背後についていた侍女が呆れたように口を出した。
「……そのような私的なことを殿下にお尋ねになるのはおよしいただけますか。何かあればまた申し伝えますので、ひとまず殿下の仰る通り、自然に設置をお願いします」
その言葉に家具屋の表情がまた凍りついた。失礼なことを言ってしまった自覚があるらしい。
「大変申し訳ございませんっ……!!!一旦運ばせていただきます……!!!」
恐らくまだ不慣れななのだろう。
嗜めてくれた侍女に感謝しつつ、イリヤは胸をなでおろした。
青い顔をした家具屋が男衆に指示をする。
それでも跳ねた心臓はまだ暴れている。改めて運ばれてくる大きなベッドを見て、自然と緊張が走った。
*
大きな天蓋付きのベッドは少し凝ったデザインだった。
他にカーテンやソファ、収納家具や軽い食事のできるテーブルセット、衝立などが設置されると、広かった寝室に一気に生活感が出る。
配置は特に口を出さなかったが、家具屋はちゃんといいように置いてくれたと感じる。
家具の配置が終わると、公爵邸の使用人たちが細々としたものを次々と運び込んできた。
それは花瓶だったり、クッションであったり、シーツであったり、入浴するのに必要なもの。
イリヤはぼんやりと眺めながら、時々置く場所を聞かれると悩みながらも自分の使いやすそうなところを指示していく。
なんだか、とても恥ずかしい。
ぼんやりとは考えていた。ウィスターと一緒に暮らす。
今まで帰りたくないなどと我儘を言ったこともある。
しかしそれが急に家具となって目の前に現れると、恥ずかしくて逃げ出したいような気持ちに駆られる。
結婚の準備自体はレオンの時にも経験した。
けれど、こんな生々しい実感を持って目の前に現れたのは初めてだ。
その後はドレスの調整を行い、イリヤが王宮に帰れたのは夜だった。ウィスターは結局王宮から公爵邸には戻らなかった。
「お嬢様、お疲れ様でした」
「マーヤもお疲れ様。色々とありがとう」
「いえ、まだ行き届いてないところがあるかもしれません…不安です」
珍しく悩んだ様子のマーヤにくすりと笑いかける。
「帰ってからは明日のためにお嬢様をぴっかぴかに磨きあげますから!」
「もう、今までも充分してもらってるのに」
「今日と明日は専門の侍女が手伝いにきてくれることになってますから。お嬢様は大変でしょうが…」
結婚式のためにマッサージや肌の手入れを始めてからもう随分と経つ。
普段から肌の手入れは怠らないが、もう既に今までで一番整っていた。
王宮へと到着すると、王宮の外も中も綺麗に整えられていた。心なしかいつもより人数が多い。
表には絨毯が敷かれていて、祝賀行事並みだ。
浮き足だった様子の王宮をきょろきょろと見回しながら私室のある二階へと上がる。
「……なんだか騒がしいわね」
それにしても賑やかな気がして、近くに立っていた兵士に声をかける。
兵士は笑顔で膝をついた。
「殿下とのご結婚を祝して、騎士団の方でちょっとしたパーティになっておりまして」
「パーティ?」
「はい。独身最後の夜を男性のみで祝うという習慣でありまして…」
「えー?何それ」
思わず笑ってしまって、廊下の窓から中庭を見下ろす。
ウィスターは見当たらないが、騎士団の制服を着た青年たちがワインボトルを持って談笑していた。
確かに夜も更けたというのに珍しい光景である。
「ふぅん。楽しそうでいいわね」
「……申し訳ございません。騎士団の恒例のようで」
「あなたが謝ることじゃないじゃない」
しばらく見下ろしていると、ルイの大きな話し声が聞こえてきて、だんだんと大きくなる。
「だぁかぁらぁ!!尻に敷かれてた方がうまくいくんだって!」
「ルイん家だけだろそれ!」
「いーや!絶対みんなそうだぜ言わないだけ!」
何を話しているのか分からないが、思わず吹き出してしまう。
やがてルイとウィスター、その他大勢の騎士たちが中庭にやってくるのが見えた。皆程よく酒が回っていそうである。
「ウィスター〜、やっと俺の気持ちが分かってくれるようになるなぁ。ようこそこちら側へ」
「お前うるさい。くっつくな暑苦しい!」
くっついて肩を組んでくるルイから逃げるウィスターは、口では拒絶しているのに楽しそうだった。
「ルイと一緒にはならねぇよ」
「なんでだよ!絶対俺の気持ち分かるから!このワインを賭けてもいい!」
「グラス一杯しか残ってねぇじゃん!」
そんな騒いでいる風景を見て、イリヤは苦笑いを浮かべた。
気の置ける連中で楽しむのは大いに結構。
しかしイリヤはこれからも明日のための準備がある。
「……男って呑気でいいわね」
「ふふ」
吹き出したマーヤに、側で聞いている兵士はバツが悪そうに身じろぎをした。
イリヤは昼間から色々考えていたのに随分と楽しそうで羨ましい。
それでもその様子が微笑ましくて、イリヤは笑って窓から離れた。男同士で過ごしたい時もあるだろう。
「さ、いきましょうか。私たちは明日の準備をしなくちゃ」
リラックスしてそうなウィスターの様子に少し安心をした。




