物語
子どもの迫力はすごい。
イリヤは圧倒されていた。
いよいよ久しぶりの公務当日、王立公園の丘の上。参加する子どもたちは30人程度だろうか。
そんなに子どもが集まったら、そこはもう戦場だった。
「おらーーッ!!!石ころ投げッ!!!」
「いったい!!!せんせぇー、あいつが石なげたぁ」
「待て待てーー!」
「お花摘もうよ」
「あ、あそこおうちかなぁ!?」
5〜6歳程度の子どもたちが、丘の上を走り回り、寝転び回り、各々楽しく過ごしているのをイリヤはポカンと見ていた。
「す、すごいわね………」
イリヤには二人の弟がいるが、二人も元気とはいえ王族として幼い頃から教育をつけられている。
紙芝居と本を持って馬車から降りたイリヤは困惑した。
「すみません王女様……早目についてお弁当を食べさせたのですが、ご飯を食べたらさらに元気になってしまって…」
そう恐縮しているのは、王都で幼児園の園長をしている女性だった。イリヤは急いで表情を作って微笑む。
「構いませんよ。みんな元気で可愛いです」
「すぐに集めてきますので、あちらで座ってお待ちください」
そう指されたのは、丘に生えている木の陰。大きな敷物が数枚敷かれている。
「それではいってらっしゃいませ、殿下」
当然のように同じ馬車でついてきたウィスターが、少しよそよそしく腰を折った。人前だから当然だろう。最近公務もなく、ずっと距離が近かったのでどこか寂しく思える。
「ええ」
イリヤも精一杯、背筋を伸ばして微笑んだ。靴を脱いで敷物の上に座ると、女の子たちが近寄ってくる。
「王女さま!あのね、私すきなひとがいるんだ!」
「私もわたしもー!」
「へぇ、そうなの?」
「王女さまみたいにきれいになったら、けっこんできるかな?」
さすが女の子はませている。
イリヤはぷはっと笑って、チラリと向こうを見た。ウィスターが馬車の近くで御者と何かを話している。暖かい今日は、シャツを腕まくりしている涼しげな格好だ。
「……きれいになったからといって、結婚はできないのよ」
「えーーそうなの!?」
「王女さまもすきなひといる!?」
「ねぇねぇ聞いて、あそこで走ってる赤いふくのおとこのこが好きなんだぁ。王女さまにはとくべつに教えてあげる!」
きゃあっと色めきたつ女の子たちは、各々の恋路の相手を目で追っていた。
「おけしょうできたら両想いになれる!?」
という明後日に飛んだ発言まで聞かされて、その勢いは実に可愛らしい。
「王女さま、爪きれー」
「これなにかぬってるの?」
「ええ、塗ってるのよ。今度また持ってくるわね、みんなにも塗ってあげようか?」
「うん!ぬってほしい!!」
「やったー!!」
「ほらほらあなたたち、みんな集まってきたわよ。大人しく座りなさい」
またまたはしゃぎだす女の子集団を、園長が回収に来る。
ウィスターは子どもたちの後ろの方で、芝生に足を投げ出して座っている。ちらっと見ると、目が合った。悪戯っぽくニヤリと笑って、彼の唇だけが動く。
(だ・い・に・ん・き)
と、言われたような気がした。
ふん、見てるだけの人は気楽でいいわね、と内心むくれながら紙芝居を取り出す。
*
ここはアレキサンド王国。さて、この王国はどんな王国か、みんなは知っていますか?
ーーしってるよ!ほうせき!
ーーきれいな石がとれる!
そう正解。みんなは宝石、みたことあるかな?
ーーあるー!
じゃあ、今日は何個か宝石を持ってきました。何の宝石か分かるかな…?はい、これ。
ーーわかるわかる!
ーーこれアレキサンドライトだよ!
そう、すごいわね。この国の名前は、この宝石から来てるのよ。とっても珍しい宝石で、この辺りからしか採れないの。
ーー高いんだよね!
ふふっ、そうね、高いわよ。
この国を作った人はね、元々は別の大陸からやってきたの。この地図で見ると、ここね。
ーーここがアレキサンド?
そう、今私たちがいるのは、ここ。初代アレキサンド王がやってきたのは、こっち。
初代アレキサンド国王は戦争に負けて、ここアレキサンドの地にやってきたの。
ここで宝石がたくさん採れることが分かって、戦争に巻き込まれないように、自分の部下に宝石の名前を与えて、バラバラに住ませた、これが始まりよ。
ーー戦争…?
そう、人と人、国と国が戦ってたんですって。それに嫌気がさした初代国王は、戦争をしない平和な国を作ろうとしたのよ。
じゃあ、また宝石クイズね。はい、これは何でしょう。
ーー………何これー!
ーー青いからサファイア!
これはね、アズライトっていうの。綺麗でしょ?
後ろにいるお兄さんは、このアズライト公爵家の当主よ。王都にずっといるから、みんなも知ってるかな?
ーー公爵様しってるー!
ふふ、アズライトも覚えてね。はいじゃあ次ね、これ。何の宝石でしょう。
ーーこれしってる!トパーズだよ!おうちにある!
うわぁすごい、よく知ってるわね。トパーズのお家はね、この王都から一番遠いの。この地図だと、この辺りね………
そこから、貴族の家名やアレキサンドの歴史の話、アレキサンドの国の特徴を紙芝居と一緒に話していく。最初は落ち着きがなかった子供たちも、いつしか皆座ってイリヤの話に耳を傾けていた。
一人一人を見ながら話していると、一人の男の子がどうやら落ち着きなく、立ち上がったり座ったりを繰り返しているのに気がついた。
(……トイレかしら)
「園長先生、お願いしてもよろしいですか」
「あっ、はいはい」
少し離れたところで片付けをしていた園長を呼び、耳打ちをする。
「あの子、もしかしたらお手洗いに行きたいかもしれません。聞いてあげてください」
「ま、まぁ……!これはこれは、ありがとうございます」
園長がそっとその子に話しかけて、やがて手を引いてどこかへ連れて行く。その間にもイリヤは、子供たちの質問に答えながらアレキサンドの話を続けていた。
だから、この辺りはひろーい草原になってるの。でも牛はこの辺りしか飼えないから、大切に守ってるのよ。
ーー牛さんいないとどうなる?
牛がいないと、みんなが飲んでるミルクや、チーズや、お菓子作りなんかもできなくなっちゃうの。アレキサンドは山が多いから、みんなも牛を見たら大切にしてあげるのよ。
ーーはーい!
今話したみたいに、アレキサンドは穏やかで綺麗な国だけど、この国の暮らしを守っていくためには色んな工夫も必要なの。
それを国王陛下や、後ろの公爵様や、たくさんの人たちが守っていってるのよ。
そして、今度あるお祭りはなんでしょう!
ーー建国祭!!
そう、年に一度のお祭りです!市場が巡ってきたり、他の国からお客さんがやってきたりするからね、楽しんでね。
そして、今話したお話はアレキサンドだけじゃないのよ。他の国にも、色んな思いや工夫がいっぱいあるの。
そういうのに気づいて、大切にできるような人間になってくれると嬉しいわ。
ーーはーーい!
「はい!」
子どもたちの元気のいい返事のあと、急に低い声が割り込んできた。
ギョッとして声の方を見ると、いつの間にかウィスターが子どもたちの近くで、一人の男の子を抱きながら手を挙げていた。
眠たいのだろう、男の子がぐずぐずしている。
集中していたイリヤは、ウィスターの動きに気がついていなかった。というか、
「………何かしら」
急に挙手したウィスターにできるだけいつものように微笑んだ。何を考えているか分からないこの男だ、面白がって勝手に質問コーナーでも始める気だろうか。
「王女様は、アレキサンドが好きですか?」
ウィスターは笑っていた。
ぐずぐずとした男の子が、ウィスターの肩で頭の置き所を探すようにもぞもぞとしている。
………子どもといるウィスターって、あんな感じなんだ。
反射的にそんなことを思ってしまって、急いで平常心に戻す。
「……ええ、とっても好きよ。みんなも、好きになってくれると嬉しいわ」
子どもたちの元気な返事が響いた。
「王女さま、ありがとうございます…!!」
結果として、予期していない軽微なことはあったものの、読み聞かせはおおむね成功に終わった。
イリヤは園長からペコペコと頭を下げられて、手を振った。
「私も初めてだったので、不慣れですみません。とてもいい経験になりました」
「そう言っていただけると…。イリヤ姫は子どもの相手もお上手でした、さすがお姉さんですね」
「いえ、普段ほとんどしないので、楽しかったです」
「とてもいいお話で…私感動しました。イリヤ姫さえよければ、また来年も、やっていただけませんか…?
来年。
その言葉に即答ができず、一瞬悩む。
どうしよう。来年自分がどうなっているかなんて分からない。結婚してる?
もしかしたら、国王にはやっぱり許してもらえず、国外に無理矢理嫁がされる未来だってありえる。
「………私が近くにいたら、ぜひ」
悩んだ末、もの凄く曖昧な回答になってしまった。
それでも園長は安心したように微笑んだ。
「そうですよね、どちらかに行かれてるかもしれませんし…来年またお話させてください」
「はい、こちらこそ。ありがとうございます」
「殿下、では行きましょう」
ウィスターが馬車に乗るために手を差し出してくる。
「王女さまー!!またねー!!」
背後から聞こえてくるのは、元気な声。ぶんぶんと手を振る子どもたちに、笑顔で手を振った。




