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十年越しの恋が叶ったのに、意地悪公爵は今日も私を揶揄ってくる  作者: かめ
結婚準備の話

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公爵の肩書き

「ご婚約おめでとうございます」

「ありがとうございます」


 不気味な薔薇が届いてからしばらく経って、ウィスターはイリヤと夜会に出席していた。

 社交シーズンでもあり、現在貴族たちの間で今話題の王女と公爵を夜会に呼ぶのは、争奪戦と化している。

 全てに出席するわけにもいかず、本日は付き合いのある貴族が主催していたため、久しぶりの二人揃っての出席となった。あっという間に挨拶をする貴族に囲まれる。


 あれからも手紙は届いているらしい、イリヤの顔色は優れない。

 しかしそれに気づくのは身近な人間だけのようで、イリヤも表面上は笑顔で貴族たちに応対していた。本当はこの挨拶の輪の中に送り主がいるかもしれないと思うと、気が気ではないだろう。

 欠席するかと聞いても、イリヤは「ウィスターと一緒なら大丈夫」と首を横に振っていた。

 その気丈さが誇らしくもあり、痛々しい。


 ウィスターは笑みを浮かべて挨拶をしながら周囲に気を配った。

 この夜会に差出人が出席しているかは分からないが、イリヤの反応を直接見たければこの会場に来ている可能性もある。

 直接挨拶に来る者、その周りで遠巻きに見ている者、気にせず知り合いと喋っている者。ざっと観察しても怪しい動きをしている人物は見当たらない。



「フェルディナの王太子の婚約は何故破談になられたんです?」


 そう聞いてきたのは、現在目の前でグラスを持って挨拶をしている妙齢の婦人だった。ガーネット男爵令嬢と名乗っていたか。

 嫌がらせをしようという雰囲気は感じられない。ただ単に気になって野次馬のように尋ねているのであろう、しかし現在の婚約者の前で聞く話題でもない気はする。

 やや不愉快でもあるが、社交界ではままあることである。イリヤに聞かれており、自分が口を挟むこともできないため、黙って返答を任せる。


「フェルディナの治安上懸念がありまして、父上の判断ですわ」

「そうなんですのね…破談はどちらから?」

「もちろんアレキサンド側からです。王女が嫁ぐのに不適当だという話になりました」

「でも、一度ご出発なされたんですよね。フェルディナはいかがでしたか?」

「私は外交でフェルディナへ一度行ったきりで、結婚のために出発した時はあちらのご厚意もあって、何かが起こる前に戻ってこれたんです。それより」


 イリヤは顔色が悪いながらも、社交用の全てを隠し通した笑みを浮かべた。


「私の古傷を随分と気にしていただいて、随分とお優しいのですね。今度父上にもお伝えしておきますね、ガーネット家にはお優しい方が多いと」


 一気に令嬢の顔色が悪くなるのが分かる。あぁ、出過ぎたことをとしどろもどろに言い訳をはじめた彼女に、イリヤがとどめをざっくりと刺した。


「冗談ですわ。私にそのようなことをおっしゃる方も珍しいから、とても楽しいお話でしたわ、ありがとう」


 いきましょう、とイリヤに促されて、ウィスターも「では」と一礼をしてその場を立ち去る。令嬢の顔は恥ずかしさと後悔に染まっている。

 イリヤのことを、今話題の公爵と結婚する予定である噂の的ではなく、この国の第一王女ということを思い出したようだった。


「…怖」

「何よ。このくらい普通よ」


 誰にも聞かれないような声で、半ば本気で呟く。あまり女性を敵に回したくないなと思うのはこういうところだ。

 イリヤはこういう正面きって対応するのは強いのにな、と考える。相手が分からない嫌がらせの方が、反撃できない分堪えるのだろう。


「一瞬手紙を出していたのは彼女かなと思ったけれど、あれはただのお茶会の噂のネタ探しね。あんな嫌がらせを思いつくような方には思えなかったわ」

「褒めてますか、馬鹿にしてますか」

「褒めてるのよ、もちろん」


 こういうところは王女然としている。

 ウィスターは感心しながら自分の分の空いたグラスをさりげなくイリヤのものと交換した。


「…飲めるわよ」

「私が飲みたいんです」


 しれっと交換したグラスを傾けて、ワインを流し込む。冷たかったであろうワインはすっかりとぬるい。

 そうこうしていると、本日の夜会の主催者である夫妻がウィスターとイリヤのところへやってきた。



「本日はご出席賜り、誠にありがとうございます」

「いえ。普段会わないような方も多いのでこちらも楽しいですよ」

「お二人が来られるということになって、急遽出席者も増えまして…。いえ、申し訳ない」


 主人が申し訳なさそうに眉を下げて汗を拭いた。

 それぞれ挨拶に回って気を遣ったりと、気苦労が多そうである。


「お二人のご婚約を祝して、お花を用意いたしました」


 そう言って主人が使用人に運ばせたのは、大きな花台だった。


「王女殿下のイメージとして夜の蝋燭の下で赤紫色に咲く花と、アズライト公爵の深く美しい青の花を合わせて作成した花束になります。お気に召すといいのですが」


 わぁっ、と会場が歓声に包まれた。

 大きな花台の上にに、緑の葉と、深い赤と深い青の花が色とりどりに飾られた花束がスタンドに立てられている。隣でイリヤも「綺麗…!!」と声を上げた。

 赤と青という反対の色なのに、それが逆に混ざり合って美しく見える。


「とっても綺麗ですね、素敵なアレンジです。どちらの花屋ですか?」


 イリヤが嬉しそうに夫妻に話しかけている。

 その様子を隣で見ながら、ウィスターはまたこっそり辺りを見回した。怪しい動きをする人物は今も見られない。今日は不発か、と思いつつ、自然にイリヤの会話に混ざる。



「ウィスター、悪い遅くなった」


 しばらく経って、ウィスターは気安く声をかけられて振り返る。

 会場の入り口から、ルイと妻のエレナが腕を組んで入ってきていた。

 今日の夜会は護衛も兼ねて、何が起こったかあらかた説明した上でルイに声をかけていた。自分と同じ、騎士団副団長の友人が便利なのはこういうところである。

 仕事終わりにエレナを連れてくると言っていたので遅くなったようだ。


「ルイ、エレナ。こんばんは」

「イリヤ殿下、ごきげんよう。遅くなりました」


 見知った顔に、イリヤが安心したように笑ったのを確認して、ウィスターはこっそりルイに耳打ちした。


(今のところ不審な動きはないな、来てもらったのにすまない)

(えっ、そうか残念。いいのいいの、エレナもたまには連れ出さないと)


 笑った友人に感謝して片手で拝む。イリヤは最初よりも表情が明るくなって、エレナと話をしている。


「これはこれは、オニキス伯爵ご夫妻ではないですか!」

「こんばんは。本日は久しぶりに妻も連れてきております」

「オニキス伯爵夫妻揃って社交に顔を出していただくなど、アズライト公爵と殿下が参加していただいたおかげで賑やかでいいですなぁ!」

「全くです、若い夫婦が増えるというのは華やかで誠に絵になりますね」

「そうだわ、せっかくですしお二組のダンスも見たいですわ」

「おお、いいですな。ぜひお願いいたします」


 ルイとエレナが来たことで場が一気に盛り上がる。ウィスターは軽く息をついてルイを見た。

「いくか!」とルイが陽気にエレナに話しかけ、エレナは露骨に嫌そうな顔をしている。この夫妻はエレナが手綱を握っているが、なんだかんだエレナもルイには甘いところがあるのをウィスターは知っている。


「…だそうですが、踊りましょうか、姫様」


 そうイリヤに声をかけると、彼女も少し唇を尖らせて不服そうだった。苦笑しながら彼女の正面に立って、仰々しく手を差し出す。


「なんかこんなに注目されてるの恥ずかしいじゃない」

「何を今さら。ずっと注目されてるじゃないですか」


 おずおずと自分の手のひらの上に乗せられた小さな手を握る。

 ひんやりとして柔らかい彼女の手を引いて、中央に出た。彼女と踊るのは、昔から夜会のたびに毎回である。

 イリヤの踊る前に緊張して自分の腕を掴む癖も、苦手なステップも、全て分かっていた。

 分かった上でたまに苦手なステップを入れると、真剣な顔をして転けないようにダンスについてくるところがおもしろい。それでもかなり上手くなったものだ。

 いつしか彼女の苦手なステップもなくなるのだろうか。それはそれで、随分と寂しい気もする。



 *



 ダンスが終わると、一斉に拍手が沸き起こった。

 ウィスターとルイの二組のダンスは、非常に会場の注目を集めたようだった。

 特にルイのダンスは気品があるのに豪快だ。エレナを人形のようにくるくると回す様に笑いを噛み殺しながら「あれ、やってみます?」とイリヤに聞くと、怒った声が飛んできた。

 どこかルイのその豪快さはレオンを思い出してしまう。


「今日は踏まなかったわよ」

「そんな毎回踏まれてたまるもんですか。いい加減それが普通になってください」

「うるさいわね」


 そう小声で軽口を叩きながら、会場の中央から離れた。

 イリヤは少し頬を赤くして、息も上がっている。水でももらおうかと、近くにいる給仕に手をあげて呼ぼうとした、その時だった。


「……!!」


 イリヤの身体が凍り付いたのが分かった。

 反射的に臨戦態勢になり、周囲を見渡す。彼女の周囲に人影はない。


「ウィスター、あれ…」


 イリヤの目は明らかに怯えていた。恐怖に歪んだ目が、真っ直ぐ前を見ている。

 何事かとウィスターも彼女の視線を追いかけて、ようやく意味が分かった。


 先ほど、夜会の主人が運ばせた花台がそこにはあった。

 大きなスタンドに赤と青の花が差してある。先ほどまで美しく咲いていたその花の、赤い花だけが何本も手折られてこうべを垂れていた。


「……」

「ひっ…」


 ウィスターとイリヤの様子に気がついた出席者の何人かが同じように花台に気付き、息を呑むような悲鳴をあげた。そこから、その異質な手折られた花による恐怖が伝染するのは一瞬で。

 女性たちの怯えた声が広がる中、騒然とする喧騒がうるさかった。


 くそが。

 らしくない暴言が心の中を占める。

 踊っていて気が付かなかった。恐らくルイも見ていない。

 周囲の注目が逸れたところで、赤い花だけを狙って手折った。ぽきりと首が折れたように下を向いた赤い花が、先日イリヤのところに贈られた薔薇を思わせる。

 こんなしょうもない嫌がらせをする犯人にも、そして気が付かなかった自分にもーー、反吐が出る。


 イリヤは真っ青だった。

 崩れ落ちそうな体に腕を回して支える。さっき踊ったばかりだというのに、なぜかヒヤリと感じる。


「どうした……」


 ルイの呑気な声が背後からやってきて、周囲と同じように息を呑むのが分かった。


「これか」

「これだ」


 一瞬で状況を察知したルイを見もせずに、ただ周囲を観察する。大方何が起こったか分からないという様子で、花台をまじまじと見ている者が多い。


「殿下、大丈夫ですか」

「……」


 エレナがイリヤに駆け寄って、背中に手を置いているのが分かる。イリヤは返事もできないという様子で、口をつぐんで花台を見つめていた。

 先ほど男爵令嬢を追い払った時とは真逆だ。


「一旦控室に下がりましょう」

「…うん」


 小刻みに震えているのが分かって、イリヤがしゃがみ込まないように強く腰を支える。

 今腰が抜けてしまうのはだめだ、見られている。そのまま彼女をやや強引に引き連れて、控室の方へ足を向けた。

 そして立ち去ろうとして、足が止まる。

 今、この場で花が手折られたということは、犯人が確実に会場にいる。しかも今はイリヤの反応と、ウィスターを見ているだろう。何が目的かなんて知ったことではないが、


「…エレナ、イリヤを頼む」

「分かった」


 エレナが頷いて、すっとイリヤの隣に立って背中をさすり、控室の方へと連れて行く。

 二人の背中を見送って、ウィスターは身を翻した。

 ざわざわと、怯えとも戸惑いともつかないざわめきが一斉に静まり返り、全員の注目がウィスターに集まる。


 きっと、犯人も見ているだろう。

 そう思うと自然と口角が上がった。


「……実は、皆さんにはお伝えしておりませんでしたが。王女殿下には最近嫌がらせが続いております」


 静まり返っていた会場から、また静かにひそひそと話す声が聞こえてくる。


「なに、大したことはございません。どうやら王女殿下が私に色目を使って口説き落としたとか、色仕掛けを行ったとか、そういう殿下の品格を落とす、下品で事実無根なことが書かれているだけのこと」

「そんな…」

「誰が一体」

「これは殿下に対する侮辱に値します。そして、その花の首を折る行為も、どうやら随分好んでされているとお見受けしました。ここが限界のラインです。これ以上は正式な王家に対する侮辱と挑戦として、本格的に検閲や聞き取りを含めた調査を行う可能性もあります」


 皆が一様に不安な顔を見合わせ始めた。

 公爵という肩書きは便利なものだ。

 別に国王に何か許可を取ったりしているわけではないが、そんなものは後からどうにでもなる。

 そして犯人は、この言葉を冗談と笑える相手ではないだろう。


「何度も花の首を折ってもらったお礼は、いつか必ずさせていただきましょう。どうぞ楽しみになさっていてください。……次はございません」


 見回していると、一人の女性と目が合った。

 ウィスターよりもやや年下だろうか、こういう場で挨拶程度は交わしたことがあるかもしれない。かろうじて顔と名前が一致する程度。

 不安げな表情の会場の人々の中で、彼女が明らかに浮いていた。その顔は恐怖のせいか、白いというよりも青い。

 それなのにプライドを傷つけられたのか、表情だけが怒りを浮かべていて実に滑稽だった。


 彼女が犯人かは分からない。

 だがー、覚えた。


 もう用はない。

 青ざめている貴族たちに背を向けて控室の方へ行こうとして、思い出したように顔だけ振り返る。


「そうそう…殿下に結婚を申し込んだのは私の方から、ということは、皆さん、ゆめゆめお忘れなきよう」


 言い含めるようにゆっくりと言葉を会場に放つと、その場の貴族たちがおずおずと首を縦に振った。真っ青な彼女は凝り固まっているように動かない。

 ニヤリと笑って、「では」とそのまま身を翻して、今度こそ控室の方へ向かった。


 ルイが追いついてきて、「お前ってやっぱり怖え奴だな」と呆れたように笑っていた。

 当たり前だ。

 巻き込まれた出席者には申し訳ないが、これで噂も広まるだろう。





 そしてそれ以来、イリヤに対する嫌がらせはすっかり鳴りをひそめることとなった。

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