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十年越しの恋が叶ったのに、意地悪公爵は今日も私を揶揄ってくる  作者: かめ
結婚準備の話

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初めての夕食

 差し出された腕に掴まって、公爵邸の上階から順番に案内してもらう。


「姫様は前回うちに来たのはいつ頃ですっけ」

「お父様の弔問の時に。でもこんなに奥の方まで入るのは…それこそ子どもの頃じゃないかしら」

「じゃあ迷子にはなりますね」

「さすがにならないわよ!」


 そんな話をしながらゆっくりと公爵邸を見て回る。

 途中すれ違う使用人たちは、控えめながら笑顔で挨拶をしてくれた。


 公爵邸は六階建てで、上二階は主に使用人たちが使用するフロアのようだ。マーヤの部屋も準備されるという。

 その下は空き部屋が多かった。


「今は俺一人ですからね。無駄に広いです」

「大家族だったのかしら」

「大家族というより、縁戚で住んでた頃もあったようですね。今はもうバラバラですが」

「そういえば、ウィスターの弟は元気?」

「元気ですよ。もうすっかり地方に居着いてますが、また挨拶に来させます」


 ウィスターには二歳下の弟が一人いることを思い出す。

 ウィスターと似た顔だが、もう少し身体が大きく力が強そうな体格だった。

 彼は地方の騎士団に入っている。イリヤも最近は全く姿を見かけないが、ウィスターの口ぶりから、自由にやっているのだろう。


「三階のこの辺りは俺の執務関係で、客人の出入りも多いです」

「今日は?」

「今日は空けさせてます」

「三階まではほとんど私関係ないじゃない」


 そこでウィスターがおかしそうに笑った。


「ははっ…、そうでしょうけど、知っておいた方がいいでしょう」

「…そっか」


 そこからまた階段を降りる。どのフロアも綺麗に清掃されていたが、一番人の行き来があって、生活感が漂っているのは一階と二階のようだった。


「ここは執務室にしています」

「うわすごい、散らかってるわね」

「これでも綺麗な方です」


 執務室は王宮のそれよりも大分広かった。両脇の壁にはびっしりと本が並び、奥の大きな机には書類が山積みである。

 これで綺麗な方とは、汚い時を見てみたい気もする。


「ここは書斎」

「執務室と書斎は使い分けてるの?」

「本読む時が多いですね。仕事はしたくないけど座りたい時とかは使います」

「へえ…」


 書斎にも大量の本が置いてあった。執務室よりはかなり片付いていて、居心地も良さそうな部屋である。

 この頃になると、ウィスターの日常が知れることもあり、緊張よりも楽しくなってきていた。


「今俺が使ってる寝室です」

「え、中見ていいの?」

「今更ですか。別に困るもんもないですし、どうぞ」


 ごく自然に連れて行かれたので一瞬躊躇したが、ウィスターは特に気にしていないようだった。

 さすがに寝室は綺麗だった。イリヤの知らないウィスターの匂いがする。

 五感が、ここは男の暮らしている部屋だと伝えてきていた。


「こっちが主寝室です」

「……ええと、さっきの寝室との違いは」

「さっきの部屋は、俺が子どもの頃から使ってた部屋を、面倒だからそのまま使ってるだけです」

「ウィスターのご両親が前使ってた部屋ってこと?」

「そうなりますね」


 その中はがらんとしていて、何もなかった。家具も一切撤去されている。


「じゃあここが私の部屋ってこと?」

「……寝起きする部屋って感じですかね」


 少し躊躇ったように言ったウィスターが、背後を指差した。


「部屋ならいくらでも余ってますし、好きな部屋を過ごしやすいようにしていいですよ」

「え、いいの!?」

「あなたも自分の部屋はいるでしょう」


 それはかなり心躍る提案だった。イリヤも王宮に自室を持っているが、それこそ子どもの時からずっと同じ部屋だ。

 新しく好きな部屋を選んで、暮らしやすいように整える。要はイリヤの書斎がもらえるということだ。

 そう考えると、結構荷物も持って来れるのかもしれない。


 それから一階に降りて、厨房や食堂、厩舎、居間、水周りなどを見て回る。

 厨房では料理長が挨拶に来た。イリヤの好物や苦手なものを聞いてくる。

 夕食の準備が進んでいるのだろう、香ばしい香りが漂っていた。

 料理人は職人気質な人間が多いが、公爵邸の料理長は話しやすそうな、人懐っこい顔をしていた。


「旦那様、本日のお食事はどうされますか」


 そう聞かれて、ウィスターが少し止まったあと、イリヤを見下ろした。


「……食べてく?」

「えっ?」


 それは思わぬ提案だった。

 少し緊張するけれど、せっかく見せてもらったウィスターの普段の生活に、もう一歩踏み込んでみたい気持ちが勝った。


「……いいの?」

「はい、是非!実はちょっとご準備しておりましたので」

「あの、今日は侍女も連れてきてて」

「大丈夫ですよ、ご準備できますので」


 料理長が嬉しそうに目尻を下げた。

 横ではウィスターが、王宮に連絡する手配を整えてくれている。公爵邸の食事は純粋に楽しみだ。


「じゃ、客間に戻りましょう」

「うん。ありがとう、料理長。楽しみにしてる」


 そう言って笑って、ウィスターの腕に引かれるまま歩き出す。

 ほっとしたように料理長がひらひらと手を振った。



 客間に戻ってしばらく。

「あの書斎の本って私も読んでいい?」だの「家具はどのくらい持ってきていい?」だの、ウィスターを質問責めにしていたら、やがて夕食に呼ばれた。

 食堂に入り、迷いなく奥の席に座るウィスターの左手に、イリヤの分のカトラリーとナプキンが用意されている。

 大きなテーブルの角を挟むような形で、広い食堂の中にしては距離が近かった。


 そうして出てきた夕食は、王宮で食べているものと遜色ない。むしろ少し豪華である。


「…ウィスター、あんまり食べないのね」

「そうですか?まぁ、夜は酒メインのことが多いですね」

「へえ、意外と飲むのね」

「割と」


 ウィスターが口をつけたのは、前菜を少しと、メインの肉だけだった。

 それをゆっくりと口に運びながら、ほとんどはワインでお腹を満たすようだ。

 それがいつものことなのか、他の料理は運ばれてこない。

 料理はどれも味付けが王宮とは少し違う。それでも美味しくいただきながら、イリヤも少しずつワインを飲む。

 ウィスターはイリヤの食事風景を珍しそうに見ていた。


「それじゃ料理長も作り甲斐がないでしょう」

「だから誘ったんですよ、姫様が食べてやってください」

「すっごく美味しいのに!」

「知ってますよ。あんまり食べると太りますよ」

「え」


 確かにこの豪華な料理を毎食食べると、太ってしまうかもしれない。

 スープを口にしたまま固まったイリヤを、ウィスターが揶揄うように笑った。


「女主人として、料理長を喜ばせてやってくださいね」

「りょ、量は調整してもらおうかな…」


 王宮とは違う料理に、少し味が違う気がするワイン。きっとここの主人の、ウィスター好みの味。

 給仕が部屋に控えていることもなく、本当に二人の食事だった。

 食べ終わったタイミングでベルを鳴らせばやってくる。じっと見張られている感覚がなくて、ゆっくりとした雰囲気だ。


「働いている人たちもみんないい人ね。気が合いそう」

「すみません、子どもっぽい使用人が多くて」

「どういう意味よ!?」


 もう褒めないんだから、とそっぽを向くと、またウィスターがおかしそうに笑った。


 イリヤがスープを飲み終わったタイミングで、ウィスターがベルを鳴らした。

 外に控えていた給仕が、ケーキの乗った皿を持って入ってくる。

 そこで、ワイングラスを持ったウィスターが椅子から立ち上がった。


「グラス持ってこっち来て」

「え?」


 ぽかんとしていると、片手でまた手招きをされて、イリヤもグラスを持って後に続く。

 食堂の奥まったところに、窓の方を向いたソファーとテーブルが設置されていた。

 給仕が慣れた手つきでその上に、ケーキと紅茶のカップをカチャリと置く。

 ウィスターがソファーに深く腰掛けたので、イリヤは困惑しつつその隣に座った。ワイングラスを置くと、その奥の窓からは星が見えた。

 公爵邸は見晴らしがいい。イリヤの自室のテラスほどではないけれど、王都の灯りがうっすらと見える。


「……なんで移動するの?」

「ん?あっちはさっさと片付けたほうが楽だろ」


 そう言われて振り返ると、先ほどまで座っていた食事用の大きなテーブルは食器を下げられ、拭きあげられていた。


「食後ゆっくりしたいのと、早く片付けたいのとでこうなってる」

「な、なるほど、合理的」


 すごく納得してしまって、頷いた。何だかウィスターの家らしいシステムだ。

 確かに王宮の食卓では、家族全員がいなくなるまで給仕は片付けるのをじっと待っている。


「ね、星結構見えるのね」

「方角的なもんかな。星座分かるの?」

「ここからじゃそこまでは分からないわよ」


 物珍しい景色を見ながら、目の前のケーキを少し掬って食べると、上品な甘さが口に広がった。


「ん〜〜、美味しい!」

「…俺のも食べていいよ」

「嫌よ、自分で食べなさいよ」

「美味しく食べる人が食べたほうがいいだろ」

「あなたのために用意されたんだから、あなたが食べなさい」


 何でそんなとこ厳しいんだよ、と笑ってウィスターが雑にケーキをすくった。半分ほどが口に一気に消える。


「もっと味わったらいいじゃない、美味しいのに!」

「うるさいなぁ、もう」

「失礼致します、旦那様。また何かございましたらお呼びください」


 美味しいものを味わわないのは勿体無い。きゃんきゃんと言っていると、いきなり背後から声をかけられて心臓が跳ねた。

 執事ハロルドが、お手本のような礼をして立っている。驚いた様子もないウィスターが「ああ」と短い返事をすると、ハロルドは食堂を出て行った。


「…ずっといるわけじゃないのね」

「王宮と違いますからね」


 使用人たちの動きや暗黙の了解が全然違うものだ。

 そうしてハロルドの背中を見送っていると、そっと肩にウィスターの腕が回された。そのまま引き寄せられる。


「ちょっと慣れた?」

「……うん」


 見上げて頷くと、それに満足そうに微笑んだウィスターがイリヤの髪に顔を埋めた。

 イリヤもワインのせいか、知らない所にいるせいか、恥ずかしさはあまりない。

 なんとなく手を伸ばすと、足を広げて座っているウィスターの足に触れた。そのまま遊ぶように膝をそっと撫でる。


「何で膝?」

「ちょうどいい所にあったから…」

「酔っ払いめ」


 ウィスターの右手が伸びてきて、親指が頬を撫でた。。

 屈みこまれるような格好で、そのまま唇が重なった。

 少し離れて、またキス。何度かそれを繰り返して、最後はやっぱり頭にキスをされてウィスターの顔が離れて行った。

 どうよ、慣れたでしょう。

 そう胸を張るのはあまりにも情緒がない気がして、イリヤはウィスターにもたれかかって、窓の向こうの暗い空を見上げた。


「またおいで」

「うん」


 大きくて温かい手でゆっくりと髪を撫でられて、心地いい。

 ものすごく気分が良かった。何とはなしにウィスターの膝をさすりながら、イリヤは星を見た。



 *



 翌日、夜。


「おかえりなさいませ」

「先に食事にする」

「承知いたしました」


 出迎えたハロルドにいつものように返事をして、外したネクタイを渡す。

 そのまま真っ直ぐと食堂に向かって、扉を開けた。大きなテーブルの奥がウィスターの定位置だ。


「……」


 無言で歩き、自分の椅子に座り込んだ。

 すかさず給仕が手拭きとワイン、つまめるものを持ってくる。いつもの味、いつもの風景。


 そのまま軽い食事が始まった。

 帰ってまず食事にするときは、酒を飲むことにしている。何も言わなくとも、いつもの流れで食べるもの、必要なものが目の前に並ぶ。


 前菜と少量のメインを軽く食べる。

 自邸での夕食を軽く済ませるのは習慣だ。だらだらとつまみながら、ふと左側の席に目をやった。

 昨日そこに座っていた彼女は、出てくる料理を目を輝かせて楽しんでいた。

 フォークを持った左手の薬指には、先日贈ったアズライトの指輪。

 酒はあまり飲まないのに、ワインもグラス半分ほど空けていただろうか。それでいい気分になれるのだから、実に楽でいい。

 自分の食べるものだけではなく、ウィスターの食事も興味を持って食べろだの説教をしてくる。

 それは賑やかで、少しうるさい。


 今はその席は静かで、もちろんテーブルにも何も並んでいない。

 自分の発する食器の音だけが大きく響く。

 ウィスターは隣の椅子を見ながら、グラスを傾けた


 やがて軽食を終え、いつものようにソファへ移動する。

 目の前に置かれるのは紅茶だけ。昨日はケーキもあったが、第一王女が来るとあって料理長も張り切っていたのだろう。


 どかりとソファの中央に腰を落ち着けて、ふと気づいた。

 昨日は、イリヤのために半歩奥に詰めて座った。

 別になんのことはない、いつもの習慣で中央に座りそうになったのを、あえて詰めた。


 黙って左隣を見下ろした。

 ケーキはあなたが食べろだの、口やかましい王女様。今日は何も考えず中央に座ったため、申し訳程度にしか空いていないソファの席を見て、ウィスターはグラスを勢いよく煽った。


「……参ったな」


 その呟きは誰にも聞こえない。

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