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十年越しの恋が叶ったのに、意地悪公爵は今日も私を揶揄ってくる  作者: かめ
建国祭の話

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家族の中で

 イリヤの涙が溢れる前に、ウィスターが立ち上がって指で目元をぬぐった。


「……いつ…?」


 主語の抜けた問いも、ウィスターには意味が分かったようだった。


「昨日陛下からお許しをいただきました。誘っていただいたのに驚かせたかったもので、すみません」

「驚かせるって、ウィスターってそんなところ気にするんだ…。雑談の合間にしれっと言いそうなのに」

「さすがにそこまで乙女心が分からない男じゃありませんよ。…手を」


 自分でも涙を拭って左手を差し出すと、大きな手が柔らかく包む。そのままするりと、抵抗なく薬指に指輪が嵌った。


「…すごい、綺麗」


 手を花火にかざすと、光に照らされた宝石が見えた。

 はっきりとは分からないけれど、きっとアズライトだろう。

 貴族たちの間では、こういう場では自分の家名にちなんだものを贈ることが多いという。ベタといえばベタなのだが、もらう方はやはり嬉しい。


 その家の人間に、迎え入れられるという証に見えた。


「……やけにサイズぴったりね。なんで分かったの?」

「そりゃあ、私が贔屓している店の店主ですから。場数が違います」

「あぁ、あの!見ただけで分かるの?」

「そうらしいですよ。特殊能力です」


 その言い方に思わず吹き出してーー、笑った声に、カイルが気づいた。


「お姉様!どうしたの?」


 走って駆け寄ってくるカイルが、イリヤの足にまとわりつく。


「えへへ、いいでしょう。もらっちゃった」

「へーー、綺麗!」


 屈んで左手の甲を見せてやると、カイルはまじまじと指輪を見ていた。その様子にニコラスも気づいて、……さすがに十二歳ともなれば、その意味が分かるらしい。


「えっ!!!!お姉様結婚するの!!??」

「ケッコン!!??また結婚するの!!??」

「またって何よ。私はまだ一回もしてないのよ」


 はしゃぎ出すニコラスとカイルの声に、背後に立っていた執事も思わずといった様子で吹き出す。

 ウィスターがため息をついて、カイルの肩に手を置いた。


「はいはいカイル殿下。花火を見せてくれるのではないんですか。……じゃ、姫様はまたあとで」

「…うん」


 ウィスターが慣れた手つきでカイルを回収して、元の最前列に引き戻していく。

 あとで、と言った約束はきちんと果たすらしい。「あんまり大声出さないでください」と言いながらカイルの相手をしているウィスターを見ると、イリヤが小さい頃の兄様を思い出してしまう。

 シーラがしれっと隣に戻ってきた。


「お姉様、よかったね」

「うん、ありがとう。うれしい」

「家族の前でプロポーズするのもどうかと思うけど。ねね、見せて!」


 確かに少し照れくさい。熱くなった頬はまだ冷えていない。

 シーラに左手を差し出すと、シーラはまじまじと指輪を見て、にこりと笑った。


「高そ」

「何その感想!」

「さすが公爵、急いで用意しても一級品ね」

「カイルの方がもっとマシな感想言ってたわよ!」


 一気に賑やかになった観覧台。国王はやれやれ、といったように息を吐きながら、最前列で騒いでいる弟二人とウィスターを見守っていた。



 家族の前は恥ずかしい。

 それはそうだけど、一番最初に知ることになるならやっぱり家族が良かった、と思った。

 花火が次々に打ち上がる。そろそろ終わりが近づいている。



 *



「あとはゆっくりね」


 王妃が弟妹たちを連れて観覧台を降りて行ったのは、花火が終わってしばらくしてからだった。

 最後に特大の花火が上がると、屋上から拍手が起こった。

 その後、観覧台ではカイルやニコラスが「お兄様になるの!?」とウィスターを質問攻めにしていたので、王妃が上手に回収して王宮の中に戻って行った。


 残った国王に、ウィスターとイリヤは二人揃って頭を下げた。


「父上……ありがとうございます」

「お前たちの覚悟は分かったからな。もう良い。その代わり、国民を後悔させるな。しっかり果たせ。私から言えるのはそのくらいだ」

「はい」

「ありがとうございます。このあと、少しこの場を借りてもよろしいですか。二人で話がしたいので」

「好きにしろ。あんまり遅くなるなよ」


 ウィスターにそう返事をして、国王も執事を連れて観覧台の階段を降りていった。

 先程まで賑やかだった観覧台から一気に人が減って、静寂に包まれる。


「…ウィスター、ありがと」


 ありがとう、と最後まで言い切る前に、胸に衝撃が走った。

 ウィスターが両手を背中に回して、ぎゅっと強く抱きしめている。少し痛いくらいの力にイリヤも驚く。慣れないながら、おずおずとウィスターの広い背中に手を回した。


「……うれしかった」

「ならよかったです」

「でも無理に驚かせる必要もないし、二人の時でよかったじゃない」

「でも皆の前の方が手っ取り早いでしょう」


 プロポーズを手っ取り早い、と表現する男がかつていただろうか。イリヤはウィスターの胸に顔をうずめて、くすくすと笑った。


「陛下の最後の宿題だったんです。シーラ殿下はいいにしても、弟殿下二人…特にニコラス殿下は多感な時期です。この二人にも、俺か姫様からさっさと伝えろ、変に話が進んでから言うのはやめてくれ、とね」

「へぇ、そんなこと言ってたの」

「全く、抜け目のない方です」


 ぎゅうぎゅうと抱きしめられると少し苦しい。けどそれすらもなんだか気持ちいい。

 花火が終わった後の独特の静けさの中に、火薬の匂いが漂ってきた。


「…もしかして、昨日から緊張してた?」

「昨日は緊張というより、今日どうしようかずっと考えてました」

「…昨日、何考えてたの?」

「ん?明日朝一で店に行って、指輪が調達できるか確認して、できなかったらどうしようとか。あ、それ気に入りました?」

「うん。アズライトの指輪、気に入った」

「……結婚指輪は、改めてあなたの好きなデザインを仕立てましょう。店主も待ってるそうです」

「ふふ、ありがとう」


 背中に回された力が緩んで、顔を上げるとウィスターと目が合った。

 大きくて骨張った手が、イリヤの頬をそっと包む。まるで壊れ物を扱うかのような優しさだった。


「……許可、いらないんでしたっけ」

「えっ………!」


 親指で頬をなでられた。

 そういえば、王宮の廊下で「キスしていいですか」と聞かれて、許可はいらないと答えた。

 それをニヤリと笑って持ち出してくるあたり、いつの間にかいつもの意地悪さが戻ってきている。


「いや、心の準備とかがやっぱり…」

「許可、いらないんでしたっけ」

「恥ずかしい恥ずかしい!ちょっと待っ」


 最後まで言い終わる前に、頬を包まれたまま、唇が重なった。

 二回目のキス。軽く、押し当てられたウィスターの唇は温かい。そこからゆっくりと喰むようなキスをされて、一旦冷えていた頬がまた熱くなった。

 逃げたくても、頬を包んだ手はしっかりと頭を支えていて、逃げられない。


「っ……!!〜〜〜〜!」


 目を閉じて恥ずかしさに耐えていると、やがてウィスターの顔が離れた。

 イリヤの表情を見て、思わずと言った様子で横を見てぷはっと吹き出して、また頭の上にキスが落ちた。


「初めての時より緊張してません?」

「だ、だって…」


 イリヤは両手で顔を覆った。顔を見られるのは恥ずかしい。耳まで赤くなっているのが自分でも分かる。


「早く慣れてくださいね。まだ手加減してますから」

「これで!?」


 その驚きに顔を上げて聞き返すと、ウィスターは大真面目な顔をしていた。

 余裕なその顔が腹立たしいけれど、真っ直ぐ自分を見るその群青色の瞳が心地いい。


「これからまた忙しくなりますよ」

「うん」


 婚約発表、結婚式の準備、一緒に住む準備。やることはたくさんあるだろう。

 でも今だけは、これからのことは考えず、このゆったりと流れる時間を楽しみたい。

 イリヤは顔を隠すように、もう一度ウィスターの胸に入り込んだ。ゆっくりと髪を撫でられる手つきは、いつものように優しい。


「……すき」


 そう呟くと、またウィスターが楽しそうに笑う。


「降りましょうか。部屋の近くまで送ります」


 そうか、もう隠れることもないんだ。王宮の中だから何も危ないことはないけれど、イリヤはその言葉に甘えてウィスターの手を取った。

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