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十年越しの恋が叶ったのに、意地悪公爵は今日も私を揶揄ってくる  作者: かめ
建国祭の話

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20/43

降り出す雨

「花火?」


 建国祭が無事に終了して一週間。

 夜、テラスの下に現れたウィスターにイリヤがその話をしたのはたまたまだった。


「そう、建国祭の最終日は雨だったでしょう。恒例の花火が延期になったから、明日の夜打ち上げるそうよ」

「へーえ。陛下も粋なことをなさいますね」


 興味がなさそうなウィスターは相変わらずテラスの下に座り込んで、イリヤを見上げていた。

 建国祭が終わると、少しじめっとした雨の季節がやってくる。その夜も少し蒸し暑かった。


「もうあのナイトドレスでテラスに出るのは禁止です」と言われているので、今日は涼しい生地の、別のナイトドレスを着ている。

 汗ばみそうで、髪は一つに束ねて顔の横に下ろしていた。ウィスターもラフな服装で、シャツは腕まくりをして筋張った腕がよく見える。


「王宮の人たちには屋上を開放するんですって。ウィスターも見に来たら?」

「…明日は来ないつもりだったんですがね…」

「面白くない男ね」


 唇を尖らせたが、ウィスターは意に介さない様子で花火の上がる方向を見た。


「この年になると、花火も興味がなくなるんですよ」

「おじさんくさいこと言わないでよ」

「おじさん?」


 思ったことをそのまま口にしたら、さすがのウィスターも不愉快だったようだ。じろりとイリヤを見上げる視線が怖い。


「そんなにつつかなくても。殿下も素直に私に来てほしいとおっしゃったらよろしいのに」

「いっ……言ってたじゃない!」

「え?分かりませんね。見に来たら、しか言われてないので」

「いいわよ別に無理しなくて。どうせ私はニコラスとカイルの面倒を見なきゃいけないし」


 つんとそっぽを向く。

 一緒に見れたらいいな、と思ったのは残念ながらイリヤだけだったようで、ウィスターは花火には本当に興味がなさそうな顔をしていた。

 建国祭のフィナーレを飾る花火はそれなりに規模も大きいが、毎年のことなので珍しくはない。

 何も今年絶対見なきゃいけないわけじゃないし、来年もあるし、とイリヤは自分を納得させた。


「そういえば、マルガレッテ王女とはずいぶん親しくなられたようで」


 マルガレッテは花火を見たがっていたが、雨で中止になったので残念そうにミューリタニアに帰っていった。

 祝宴ではたくさんの男性とダンスを楽しみ、終わった後も囲まれながら夜遅くまでワインを嗜んでいた。

 それなのに翌日、子どもたちの舞台も一緒に見に来てくれており、イリヤは心底バイタリティに感心してしまった。


「立場が似てるし、話も合ったのよ。今度は私がミューリタニアに是非って言ってくれたわ」

「いいですね。何を食べても美味しい国ですよ」

「うん。楽しみ」

「祝宴後のシガールームでも話題をかっさらってましたね」

「そうなの。シガールームってどんな話してるの?」


 純粋な興味で聞いてみた。

 大抵夜会などのあとは、男性陣はシガールームに連れ立っていき、そこでタバコを燻らせながら男性同士の会話やゲームなどを楽しんでいるという。

 そこはイリヤにとって大人の未知な世界だ。


「ほとんどは政治の話ですよ。ミューリタニアはアレキサンドとはまた違う文化の国なので、そのことについて話してましたね」

「そうなんだ」



 沈黙が降りた。

 久しぶりにテラスの下にやってきたウィスターは、今日はどこか大人しい。

 イリヤとの会話に集中しているように見えて、頭の隅では何か別のことを考えているような。


 口を開かなかったらどうなるかな、と黙ってウィスターを見た。

 ウィスターは闇の向こう、王都をぼんやりと見ていた。何に思いを馳せているのかは分からない。分からないけれどそっとしておいた方がいい気がして、イリヤは黙ってウィスターをじっと見つめた。


 長い沈黙だった。

 帰ればいいのに、二人とも帰らない。イリヤは二階のテラスに立って、ウィスターはその下の庭園に腰掛けて、視線や言葉を交わすわけでもなく、ただ黙って夜を共有している。


 そのまま夜が更けていく。



 かなり時間が経って、ぽつ、と腕に水が落ちてきた。

 空を見上げると、暗くて見えないながら、空には分厚い雲がかかっているように見える。


 最初は一滴だった水滴が、二滴、三滴と増えていく。

 ウィスターも流石に気づいたようで、ようやくイリヤを見上げた。


「……雨が降ってきましたね。そろそろ入ってください」

「うん。ウィスターも早く帰ってね」

「はい。花火、明日上がるといいですね。では、おやすみなさい」

「おやすみなさい」


 どこか気の入らない笑顔を浮かべて、ウィスターが手を挙げた。イリヤも小さく手を振る。

 そのまま振り返って歩いていくウィスターを見送って、ーーその背中に声をかけた。


「ウィスター!」


 ぽつ、ぽつと落ちてくる雨の中、ウィスターが振り返ってイリヤを見る。


「大丈夫?」


 その問いかけに、ウィスターが一瞬止まった。真っ直ぐとイリヤを見据えられる。

 どこか心ここに在らずといった空気の彼は珍しい。

 心配から出た言葉だったが、ウィスターはやがてははっ、と笑った。


「え?俺なんかおかしいですか?」

「うん」

「すみません。……大丈夫ですよ。ほら、早く入ってください」

「……はぁい」


 少し湿った髪の毛を撫でて、ウィスターに見送られながらイリヤも部屋の中に戻った。

 ガチャン、と窓に鍵をかけて、今日のハンカチを畳んでサイドテーブルに重ねる。


 どうしたんだろう。どこか元気なかったな。

 ベッドに潜り込む。どうしたらいいか分からなかったけれど、明日無理に来て欲しいとお願いしなくてよかったな、と独り言がするりと出た。

 そのまま目を閉じると、やがて窓の外から雨の音が聞こえてきた。

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