祝宴
建国祭二日目の祝宴は、王宮の広間を貸し切って行われる盛大なものだった。
アレキサンド各地から貴族たちが集まり、ただでさえ煌びやかな広間は色鮮やかなドレスので花が咲いたように彩り豊かになった。
イリヤも一際鮮やかな真紅のドレスに身を包んでいる。
豪華な料理が目の前に運ばれてきて、時折つまみながら、隣に座ったマルガレッテと話し、挨拶に来る貴族たちの相手をそつなくこなす。
ウィスターは今日も賓客であるマルガレッテのエスコートに入ってしまったので、今日も全く話せていない。
仕方ない。公爵という立場上、賓客につくのは当然だ。
「イリヤ様、アレキサンドは貴族の皆さんはとても親切で優しいわね」
マルガレッテがにこやかに言ってくるので、イリヤも微笑んで返事をする。
「失礼なことはしていない?レッテ様に気に入っていただけたなら嬉しい」
「ええ、とても。皆さん穏やかで素敵ね」
「ミューリタニアでもそうでしょうに」
「全然よ!」
マルガレッテはワイングラスを傾けて、顔をしかめながら首を横に振った。
美食の国、ミューリタニアではワインを水代わりに飲むらしく、マルガレッテもあっという間にワインを飲み干していってしまう。それでいて少し顔が赤くなる程度で、お酒には強いことが分かる。
イリヤはあまり得意ではないのでちびちびとゆっくり飲んでいるが、それでも身体は熱い。
きっと頬はそれなりに赤いだろう。
「ミューリタニアの貴族は気位ばかり高くてね、私に対しても結構嫌味が飛んでくるのよ。『王女殿下、いいお相手は見つかりましたか〜』なんて言ってくるのよ?失礼しちゃうわ」
「ふふ、心配されているのではなくて?」
「それはないですわ。お国柄、恋愛や結婚というのにオープンということもあるけれど」
そう言ってパンをちぎるマルガレッテは、所作が洗練されていて美しかった。
場慣れしている空気を感じる。
「オープンなの?」
「ええ。アレキサンドの王女様に聞かせたらひっくり返りそうな話もよく聞くわよ」
「例えば?」
「例えば…そうね」
マルガレッテが微笑んで、声をひそめた。
「恋人でもないのに、貴族同士体の関係を定期的に持っている男女がいる、というお話はよく聞くわね」
「……それ、いいの?」
「褒められたことではないでしょうね。でも私たちにはどうしようもない」
「よく分からないけれど、好き同士なら恋人になればいいのに」
「ふふっ、イリヤ様はさすが、お嬢様ね。好きなのがお互いとは限らないでしょう?まぁ大抵は男性側が遊んでいるのでしょうけれど、お互い割り切った関係ということでしょう」
「結婚するときに支障はないの?」
「ないわよ。経験はあること前提よ」
「……まぁ」
驚くイリヤを見て、マルガレッテは微笑んだ。
「それよりイリヤ様、お食事はお済み?ホールの方へ一緒に行かないかしら」
そうマルガレッテが示したのは、広間の奥に広がるホールだった。
広間で食事が済んだ者は、そのまま着席して話す人と、奥のホールでダンスや話をする人に分かれる。イリヤは座ったままでもダンスの誘いが来ることが多かったので、自分から立ち上がったことはほとんどなく、マルガレッテの誘いは新鮮だった。
「ええ、行きましょう」
「嬉しいわ。こんな素敵なパーティーに呼んでいただけて」
マルガレッテがはしゃいだように立ち上がって、イリヤも続いた。給仕がさりげなく寄ってきて椅子を引いてくれる。
「エスコートされずにホールに出るのは初めてだわ」
「そうなの!スンとしてれば大丈夫よ、向こうのほうから寄ってくるわ」
その言い草に思わず笑ってしまう。ホールは明るく、ゆったりとした音楽が流れていた。
マルガレッテの言うことは本当だった。ホールに出ると、待ち構えていたように二人はあっという間に囲まれた。
それぞれダンスに誘われて数曲を踊る。イリヤを最初に誘ってきたのは、北の方の有力貴族、トルマリン侯爵家の子息だった。
北はこのトルマリン侯爵家が大きな力を持っており、国王の政治も届きにくい地域だ。
他にも北から南まで、様々なところからやってきている男性と踊る。
「ごめんなさい、少し休ませていただきます」
次は私も、と行列ができる前に断って、端の方のテーブルに立つ。
ホールの中央を見ると、ちょうどマルガレッテが楽しそうに踊っている様子が見られた。
(楽しそうで、良かった)
安堵して、水の入ったグラスを傾けた。
アルコールと運動でほてった身体に冷たい水が心地いい。そうしていると、突然声をかけられた。
「先程は、息子と踊っていただきありがとう存じます」
国王と同程度の年齢だろうか。身長は低いが、やけに風格のある男性に声をかけられた。
少し白髪の混じった髪は短く、綺麗に整えられている。その左肩にずらりと並んだ勲章、そしてハンカチーフに見える家紋。
かけられた言葉とその身なり、立ち振る舞いから、一瞬で相手が誰だか理解した。
「トルマリン侯爵でいらっしゃいますか。はじめまして」
「あぁ、そんな腰を低くなさらなくていいのですよ。実は初めてではありません。あなたがお生まれになった際に、お祝いに駆けつけましたから」
「まぁ…ありがとうございます」
さすがに大貴族の当主であるため深い礼をしたが、トルマリン侯爵は無表情で首を振った。
言われる言葉は優しげだが、目は笑っていない。
「こちらこそ、息子が失礼は致しませんでしたかな」
「とんでもございません。楽しかったですわ」
「そうですか。北にほとんど引きこもっている私も久しぶりに王都に出てきまして、イリヤ王女殿下が大変お美しくなられていたので驚きました」
「王都にいらっしゃることはほとんどないのですか」
「年をとりましたし、ほとんど隠居しております」
そう言って目を細めるトルマリン侯爵の背後には、落ち着いたドレスを身につけた同年代の女性が立っていた。
侯爵夫人だろうか、視線を向けると目を伏せて礼をされる。
その動きに、イリヤは何となく違和感を覚えた。
「ーー奥様でいらっしゃいますか」
「ええ。私の妻です。あまりこうした場には出ることも少なく……」
「はじめまして、侯爵夫人。失礼ですがあちらに椅子がございますので、おかけください」
壁際には、休憩するために椅子がずらりと並べられている。イリヤが椅子の方を示すと、トルマリン侯爵が片眉だけをぴくりと上げた。
侯爵夫人も恐縮したように眉を下げる。
「…ありがとうございます」
「イリヤ王女殿下。妻のことはご存知なのですか?」
「初めてお目にかかりました。けれど、立っているのが辛そうに見えましたもので」
「殿下…申し訳ありません」
「お気になさらないでください。大丈夫ですか?」
「ええ。お気遣い嬉しゅうございます」
目尻を下げた侯爵夫人は、夫である侯爵と違い柔らかい雰囲気だった。
トルマリン侯爵もやや驚いたようにしながらも、椅子へ案内するイリヤと侯爵夫人に黙ってついてくる。
侯爵夫人は、しばらく座った後に立つと膝が痛いと笑って、恥ずかしそうに壁際の椅子に腰掛けた。イリヤとトルマリン侯爵もその横に座る。
「ーー私でも気付きませんでした。ありがとうございます」
そう言ったトルマリン侯爵は、どこか困惑したような表情になっていた。
国王は「頑固な奴で苦手だ」と言っていた気がする。確かに寡黙ではあるが、イリヤにとって「苦手」という雰囲気は感じない。
「せっかくの機会ですし、ゆっくりお話したかったので」
「そうですな。私も、イリヤ王女殿下とはお話したいと思っておりました」
どこか含んだ言い方のトルマリン侯爵の言いたいことが掴めず、笑顔のまま首を傾げる。
ホールの音楽が切り替わった。マルガレッテは次の相手と踊り始めるようだ。
連続で踊れる体力には感心する。
また久しぶりにウィスターに稽古をつけてもらおうかな、と考えているうちに、トルマリン侯爵が口を開いた。
「イリヤ王女殿下は……何か成し遂げたいことはございますか」
「成し遂げたいことですか?」
トルマリン侯爵の問いは、思っていたよりもずっと抽象的だった。思わず思考する間もなく聞き返してしまう。
「ええ。例えばですが、結婚して別の国へ行っても、この国で暮らすとしても。あなた自身のやりたいこと、国のためにできること、と言ったらいいでしょうか」
「国のためにできることですか…」
昨日の、国王に話した言葉を思い出す。
色々な声に耳を傾けて、王家とその声の架け橋になる。昨日はざっくりとそう言ったが、まさか二日連続でこんな話をするとは思っておらず、しばらく言葉をまとめるように考える。
その間も、トルマリン侯爵はじっとイリヤを見つめていた。
どこか国王の目に似ている、と思う。
「私には、父上やトルマリン侯爵のような判断力も政治力もありません。まだまだ世間知らずなところもありますが、これからも国のことをよく知って…そして、聞くことはできると思ってます」
「聞くことですか」
「はい。例えばトルマリン侯爵も、何か私どもに伝えたいことがあると思います。厳しい冬、もっと援助が欲しいであったりとか、北の方にももう少し目をかけてほしいとか、これは例えばですが」
「……」
「そういった伝えたいことがある場合に、私では何も決められませんが、聞いて伝えることはできます。トルマリン侯爵のお話を父上や、政治の担当者に伝えて、もしかしたら何か改善できる点もあるかもしれません。何も変わらなくても、初めから何も知らないのと、実際に声を聞いて決断するのとでは大きな違いがあるかと」
「なるほど。伝書鳩のようなものですかな」
「ちょっと、あなた」
伝書鳩、というのは嫌味になるのだろうか。
確かにイリヤの言っていることは理想論かもしれない。イリヤよりも、トルマリン侯爵の方がずっと国に詳しい。
「私が直接言っても変わらないであろうことを、殿下ご自身が直接陛下に言えば変わるかもしれない、と?」
「そんな大した話ではありません。ただ私には聞くことしかできないという、それだけでございます」
「聞いてもらえれば、楽になると?」
「楽になる方もいらっしゃると思います。もちろんそれで変革をもたらせれば、それが一番です」
「ふむ」
「…先日、アレキサンド王国の成り立ちについて、王都の子どもたちに読み聞かせをするという公務を行いました。そこで思ったんです。もっと色々な声に耳を傾けたい、そして聞いた声を言葉にして、子どもたちに伝えていきたいんです」
「伝える、ですか」
「はい。私はまだまだ未熟でうまくできませんでした。けれど子どもたちは国の宝です。子どもたちに様々な意見があること、難しいこともあること、それでも国の中で手を取り合っていきたいと話をしていきたい。そのために、まずは皆さんや、国民の声に耳を傾けたいのです」
まとめた言葉からゆっくりと口に出す。トルマリン侯爵は難しい顔をしていたが、イリヤの言葉を聞き終わると腕を組んで「なるほど」と呟いた。
「子どもたちは国の宝、というのは、確かにそうですな」
「私も最近まで子どもだったので、偉そうなことは言えません」
「いえいえ、大変聡明になられましたな、イリヤ王女殿下」
納得してもらえたのだろうか。トルマリン侯爵は表情を崩さなかった。
北の方は気候が厳しく、小さい領地は財政難に陥りやすい。そうならないように取りまとめているのがトルマリン侯爵だ。
どこか厳しく、見定めるような目をするところは国王に似ているな、と思った。
「…よく分かりました。そろそろお迎えですな」
「お迎え?」
首を捻ると、トルマリン侯爵がようやく笑みをこぼした。
目尻が下がると、先ほどまでとは打って変わって優しい雰囲気になる。
「殿下」
視界の端に影が落ちた。
見上げるとウィスターが、いつものような余裕の笑みを浮かべて立っていた。
「トルマリン侯爵、お久しぶりでございます」
「久しぶりですかな、お会いしましたでしょう」
「まさか建国祭においでになるとは思っておりませんでした」
「たまには顔を出そうかと思ってな」
仲がいいのだろうか、悪いのだろうか。意外にも気楽に話をする二人を交互に見る。
やがて立ち上がったトルマリン侯爵に続いて、イリヤも立ち上がる。
「イリヤ王女殿下。お話ありがとうございました」
「いえ、こちらこそ。拙いお話で申し訳ありません」
「とてもよく分かりました。……そうですね」
立ち上がったイリヤの腰にウィスターの手が伸びて、そっと触れた。
そんなウィスターとイリヤを、トルマリン侯爵は交互に見た。
「今度は、イリヤ王女殿下も。トルマリン領にいらしてください。そして、トルマリン領の子どもたちにも、ぜひ話を聞かせてやってください。お待ちしています」
「ーーはい!ぜひ。ありがとうございます」
膝を折って礼をすると、トルマリン侯爵が微笑んだ。
「アズライト公爵、君は来なくてもいいからな」
「酷いですね、またお伺いいたしますよ」
「全く」
首を振ったトルマリン侯爵が立ち去っていく。それを見送ったウィスターが、しばらくしてため息を吐いた。
「……何を話されてたんですか」
すっと腰に触れていた手が外される。なんだか珍しい動きだな、と思って見上げると、ウィスターの顔からはさっきまでの笑みが消えていた。
「……内緒」
「内緒?」
「壮大な夢の話かしら」
「なんですか、それ」
「でもいい方ね、トルマリン侯爵。優しく話を聞いてくださったわ」
「そんなこと言うの殿下だけでしょうよ」
「そうかしら」
イリヤはウィスターの正面に立って、顔を見上げた。
ウィスターの誕生日、イリヤが泣いた日、あれ以来だ。あの時はうまく顔を見れなかったから、こうして普通に見るのはかなり久しぶりな気がした。
「なんだか久しぶりね」
「そうですか?」
今日も正装をきっちり着こなしているウィスターは、高い身長に礼服が映えていた。
「馬車も大丈夫だったわよ」
「それはよかったです。……久しぶりに、いかがですか」
ウィスターが腰を折って、右手を差し出してきた。もちろん断る発想なんてない。
イリヤはその大きな手に、ゆっくりと自分の手を乗せた。
「私酔ってるから、踏まれないように気をつけなさいよ」
「自分で言いますか、それ」
ウィスターが苦笑しながらきゅっと手を握る。そのまま手を引かれて、ホールの中央へ向かう。
人目があるところで手を握るのはすごく久しぶりで、なんだか恥ずかしかった。
お酒は二十歳になってから!
この物語はフィクションです。十七歳が成人の設定です。唐突な言い訳。




