友人
「ようこそいらっしゃいました」
「お招きありがとうございます」
翌日、マルガレッテ王女は予定通り王宮にやってきた。イリヤは努めて冷静に紅茶を勧める。
ウィスターは心配しなくていいと言っていたけれど、マルガレッテは普通通りに見えた。聞くとイリヤと二つしか年が変わらないらしい。
「年も近いし、レッテと呼んでください。家族からはそう呼ばれております。私も、お名前でお呼びしてよろしいですか?」
「ぜひ!嬉しいです」
マルガレッテは気さくで話しやすい女性だった。
最初はお見合いが気になって固くなっていたイリヤだが、徐々に打ち解けて話せるようになった。
ミューリタニアはアレキサンドの西にある、美食の国。
国土はやはり広くはないが、歴史としてはアレキサンドよりずっと古い。食事や歴史の話、国民の話をしていると、やがてマルガレッテが話題を変えて切り出した。
「そういえば、ウィスター様は既にご結婚の予定があるそうで」
ぎくりと心が冷える。どこまで聞いているのか、嫌味なのかは分からない。
イリヤもおずおずとその話題に乗った。
「……聞かれたんですね」
「正確に言いますと、私がこちらに来る前に手紙でお伺いしました。それでもよければ、是非アレキサンドにいらしてくださいと。事前に正直に言ってくださるなんて、誠実な方ですね」
「お相手の方は?」
「お相手が誰なのかは聞きませんでした。…イリヤ様はお相手、ご存知なのですか?」
イリヤは思わず目を伏せた。
ウィスターが言わなかったのなら、イリヤから言うのは過干渉になってしまうだろう。そもそもお見合いは二人の問題だ。少し悩んだその会話の間に、マルガレッテは慌てて手を振った。
「あぁ、言わなくてよろしいのですよ!お気になさらないで。私、本気で彼と結婚しようと思っていたわけではありませんので」
にこりと微笑むマルガレッテに、イリヤは意外な面持ちで顔を上げた。
「そう、なのですか?」
「ええ」
「でも、晩餐会の時に紹介して欲しいとおっしゃって…」
「もちろん結婚はしなければなりませんから、素敵な殿方がいればご紹介をお願いすることはよくあります。男女問わず、顔見知りを広げることは今後も大切だと思ってますから」
マルガレッテは嘘はついていなさそうだった。イリヤはほっと、こっそり息をつく。
「私は第三王女ですから、なかなかいい条件の方が見つからなくて、苦戦しております」
「王女の結婚、難しいですよね…」
「そういえばイリヤ様は最近フェルディナの王太子と婚約が破談になられたんですね」
マルガレッテが、少し意地悪な顔になって微笑んだ。
「レオン王太子、でしたっけ。イリヤ様はどう思っておられたのですか?」
あ、これは女性同士の会話だ、とすぐに分かる。
国を背負った王族の立場は関係のない、ただの一人の女性として、恋の話が気になる乙女。イリヤもそれに乗るように、声をひそめてマルガレッテに近づいた。
「…とても良い方だったんですが。フェルディナへ行く自信がなくなってしまって」
「事件に巻き込まれたと聞きました。お察ししますわ。それで良い方というのは、どんな方ですの?」
「まっすぐで、明るくて、豪快で、……ちょっとマイペースなところもありましたが、きっと彼と結婚しても、幸せになれたと思います」
まぁ、とマルガレッテが口を丸くして、コロコロと笑った。
「素敵な方のようですね、イリヤ様がそう言われるのは」
「そうですね。これから婚活をすると仰ってましたよ。レッテ様もお会いになってみたらいかがですか」
「まぁ。これは狙い目ですね。是非帰国したら手紙を出してみましょう」
そう言うマルガレッテの目は真剣だった。確かに一国の王太子、マルガレッテの相手としても申し分のない。
「レッテ様は自分でお相手を探しているのですか?」
「ええ。もちろん父の元にも縁談は来ますけれど、実際にこうして非公式の場で会ってみないと分からないこともありますし、よくこうしてお話しさせてもらってます」
「……すごいです。行動力がありますね」
「私は第三王女ですし、待ってるだけではなくて自分から動かないといいお相手が見つからなくって。父に任せたら条件だけで、年上のおじ様をあてがわれたりしそうですし」
「な、なるほど…!そういうこともあるのですか!?」
「ありますあります。あまりおじ様すぎるとちょっと私も…。だから自分で探すことにしています」
「でも、国王陛下はレッテ様で決めたお相手で、納得されますか?例えば…国内のお相手だったとしたら」
「もしその方がいいとなれば、父は無理にでも説得しますわ。だって、私の人生ですもの。国のためというのは分かりますから、ミューリタニアの品位を落とすような結婚はそもそも選びません。でもそれを踏まえて私が決めた結婚なら、父も説得します」
イリヤにとっては目から鱗の話だった。
「父上はウィスターが説得してよね」とウィスターに言ってしまって、今はウィスターが全部引き受けてくれている。
でも、イリヤの気持ちを直接国王に伝えたことはない。
そんな状態で、国王が許してくれるのか。全て甘えっぱなしで、お膳立てしてもらって、それが国のための結婚と胸を張って言えるのか。
「……とても、よくわかりました」
「イリヤ様、もしかして」
イリヤはぎゅっと膝の上の自分の手を握りしめた。
自分で口にしないと、甘えてばかりではそれこそ子供のままになってしまう。
「……私、ウィスターのことがずっと好きなんです。今も、もっと好きです」
「まぁ、私大変野暮なことをしましたね!」
「いえ、それは知らなかったでしょうし本当に気にしないでください!」
「では、ウィスター様の言うご結婚のお相手って」
マルガレッテは指を顎に当てて、閃いたように目を丸くした。
「私、ウィスターと結婚したいです」
「あら…!!素敵なお話ですね!是非とも、応援しますわ!」
マルガレッテが小さく拳を握って微笑んだ。イリヤもそれにつられて笑う。
「父は反対しています。一度決めたらなかなか曲げませんし、どうなるか分かりませんが、私は今までウィスターに甘えていました。一度正直に話してみます」
「頑張ってくださいな。大丈夫、きっとうまくいきますよ。ウィスター様も策士のようですし!」
策士、の言葉に思わず吹き出してしまう。
確かに裏で手を回すウィスターというのは妙に似合いすぎている。そして、この短期間にそこまでマルガレッテが見抜くとは、余程悪い顔でもしてみせたのだろうか。
「レッテ様、貴重なお話をありがとうございます。勇気が持てました」
「いえいえ、私の婚活話なんかが役に立って良かったですわ。イリヤ様とはいいお友達になれそう」
「喜んで、私も楽しいです」
二人で顔を見合わせて、ふふっと笑う。
「建国祭までお邪魔することになったので、しばらくアレキサンドに滞在する予定ですの。またお話しましょう」
「もちろんです!」
テーブルの上のティーカップを手に取ると、すっかり紅茶は冷めていた。




