無人の執務室
ウィスターの誕生日問題はあっさり約束ができ、あげるものもすぐに決まった。
公爵だから欲しいものは大抵手に入る。それはイリヤも同じなのだが、イリヤは物よりも時間というプレゼントを貰った。
一日二人でゆっくり過ごす時間。お店でこっそり買い物をする時間。
つまり、お金じゃ手に入らないもの。
お守りを作っているときにふと思い立った。
マーヤに頼んで、上等な生地を手に入れてもらった。それを、お守りを作る合間にチクチクと縫って袋状にする。
その中にイリヤが自分で持っている欠片石を入れて、ウィスター専用のお守りを作っていた。
それだけだと味気ないし、有名店でお菓子も調達する。
渡すのは夜だから、疲れているだろうし何かつまみたくなると予想した。
自分で作れればそれがよかったが、自信がない。
「お嬢様、お手紙が届いてます」
「ありがとう」
何となく形になってきて安心しながら、マーヤから届いた手紙を受け取る。
いつもの日課で、寝る前に髪を梳かしながら手紙に目を通していた。
「……あら?これは」
その中に珍しいデザインの手紙が紛れ込んでいた。
鮮やかな色で彩られたその手紙の差出人は、先日の晩餐会で隣に座った、ミューリタニアの姫君だ。
「マルガレッテ様、ミューリタニアの第三王女様ですね」
「うん、誕生日で隣だったの。何かしら」
朗らかで、艶やかな赤い髪が印象的だった。
封筒を開けると、中からはこれまた鮮やかな便箋が入っている。
《アレキサンド王国 イリヤ王女
お久しぶりでございます。
ミューリタニア第三王女のマルガレッテでございます。
先日は晩餐会にお招きいただき、感謝申し上げます》
序盤は普通のお礼状だった。
綺麗な王族らしい筆跡で、すらすらと書かれている。
《先日の晩餐会の後、ご紹介いただいたウィスター・アズライト公爵と
お見合いをする予定となりました。
つきましては、アレキサンド王国にまたお邪魔いたしますので、よろしくお願いいたします。
イリヤ様さえ良ければ、またお会いできれば嬉しいです》
「お見合い!?」
思わず大声を出してしまう。
不思議そうなマーヤに、イリヤは血相を変えて振り返った。
「マ、マルガレッテ様とウィスターが、お見合いするって…!」
「あら、そうなんですか」
マーヤは少し驚いたような顔はしたものの、平然としていた。
「えっ、何で今!?」
「大丈夫ですよ、お嬢様。ウィスター様にそういうお話が来るのは珍しくもないでしょう」
「でも、……どうするのかしら」
ウィスターの気持ちを疑うことはない。
言葉は全然くれないけれど、たまに撫でられる手や頭に落ちる口付けで、彼の気持ちは分かっている。
分かっているけれど。
「……父上がかんでいるかも」
「国王陛下ですか?」
「うん、私を結婚させたくないんでしょう。ウィスターも父上から持ちかけられた縁談なら断れないだろうし」
「そんな強引なことされますかね、陛下」
「分からないけど…。この間の晩餐会で、じっと私たち二人を見てたの。父上の前でマルガレッテ様のこともウィスターに紹介したわ。それを見て、何か思いついたりして」
「ふふ、恋する乙女は不安ですわね」
マーヤがコロコロ笑いながら、優しく言う。
「他人事だと思って…」
「ウィスター様にお任せされたんでしょう。少なくとも、髪飾りを選べずに五本買ってしまうお方ですよ。いくら陛下に言われても、あっさり曲げる方には思えませんわ」
「……ウィスターのことは信じてるんだけど。父上はやっぱり、不穏ね…」
「今度来られたら聞いてみたらいかがですか」
「そうする」
手紙の返事を出さなきゃいけない。
なんと返そう。お見合いはやめてくださいなんて言えるわけがない。
マーヤの言う通り、ウィスターが来たら相談してみようと思っていた。
結果、ウィスターの誕生日の日まで、彼から合図が来ることはなかった。
*
「来ないなぁ…」
自分の声が闇に響く。
夜が深まった辺りから部屋に蝋燭はつけたけれど、半分ほどになってもウィスターからの合図はなかった。
呼ばれてもないのに一人でテラスに出たりしてみても、ウィスターの姿は見当たらない。
遠くを見ると、建国祭で慌ただしいであろう王都の灯りが見えた。
綺麗にぼんやりと輝いている。
マルガレッテ王女は、明日アレキサンドに来る予定になったらしい。
夕方頃王宮に立ち寄るとのことで、二人でお茶会をする予定になっている。
どうしよう、ウィスターへの恋心を目の前で語られたりしたら、イリヤは上手く対応できるか分からない。
顔がひきつるか、変に嫌味を言ってしまいそうで怖い。けれど、今日会ってウィスターにこの不安を吐き出して、大丈夫だと言ってもらえたら、きっと流せる気がしていた。
しかしいつまで経っても来ない。
「……もしかして、もう執務室にいるかしら」
そう呟いた言葉は、やけに信憑性があった。
イリヤが強引に夜中執務室について行ってから、ウィスターは帰りにしかテラスに寄らなくなっていた。
ちょっと執務室に寄るだけのつもりだったのに、急ぎの用事ができてなかなか帰れなくなっている、というのは容易に想像できる。
忙しかったら無理に話せなくてもいい。ただ、プレゼントを渡して、少し近くで顔を見られれば。
そう思い立って、イリヤはプレゼントを手に取った。
焼き菓子の箱と、お守りを入れたリボンをつけた箱。喜んでくれるかは分からないけれど、驚いて欲しいという気持ちは達成されるだろう。
夜中に自室を抜け出すのは、何も初めてではない。
前回ウィスターについて行く以前にも、眠れなかったらふらふらと歩き回ったことだってある。王宮はイリヤにとっては家の中だ、怖くも何ともなかった。
長い廊下を抜けて、中央の階段は避けて、端のあまり使われていない階段を五階まで上がる。
静かで暗い階段を上がる時、前はウィスターと一緒だった。
あの時はドキドキして楽しかったけれど、今は少し緊張している。
やがて五階に着いて、足音を消して執務室まで向かう。
執務室は重厚な扉だ。いつもこれを見るとイリヤは少し気後れする。
子供の頃、王宮で遊び回っていたイリヤは、何も知らずに開いていた執務室の扉から中に入ってしまったことがある。中を使っていたのは国王の側近だったが、イリヤの足音に気づいて振り返るなり怒鳴ってきた。
ーーー勝手に入ってくるなチビ!!!!
どうやら、騎士団の子どもたちが遊びにきていたタイミングだったらしい。
もちろん相手がイリヤだということを彼は知らずに怒鳴ってしまって、勝手に入ったイリヤも悪かった。
側近はイリヤということに気づくと平謝りしてきたが、それ以来イリヤは執務室に入る時は少し緊張する。お仕事の邪魔しちゃいけない、そんな記憶がずっとある。
軽く扉をノックしてみたが、中から返事はなかった。人の気配もない。
「……まだなのね」
呟いて、何気なく扉に手をかけた。
ギィ、と音がする。前回ウィスターと来たときは鍵がかかっていた。
「えっ……」
恐る恐る扉を開ける。重厚な扉はイリヤには少し重たい。
ウィスターはいつも軽々と開ける扉に力を入れるか、少し悩んだ。
(……寝てたりして)
中を確認するだけ、するだけ。寝てたら起こしてあげないといけないし、いなかったら部屋に戻ればいい。鍵が開けっぱなしでいいのかどうかも気になる。
力を込めて扉を開けた。
前回来た時も思ったが、月明かりのよく入る執務室だ。
蝋燭がなくても、中の様子がよく見える。
半歩だけ中に入ってみたが、中には誰もいなかった。奥の机には相変わらず山積みの書類。そして。
「………これ」
イリヤは思わず中に完全に入って扉を閉めた。
入り口の近くの籠に、山になっていたのはプレゼントの箱だった。手紙がついているものもある。
自分だけじゃなかった。おそらく他にも沢山の女性たちが、彼に贈り物をしたくて届けた。
王宮に入れるような人は、直接この部屋に来たのかもしれない。
そして、ウィスターがいないからプレゼントだけ置いて帰ったのだろう。
悪いとは思いつつ、止められない。しゃがみ込んで籠の中を見る。一目で分かるような高級店の模様が入った包み紙。女性名の入った手紙。
その山とは別に、応接テーブルの上にも一つ箱が置いてあった。
ネクタイが入っていそうな大きさの箱に、「マルガレッテ・リュ・テレジア」と美しい文字で署名がしてあった。これだけなぜ籠の中に入っていないのか、分かるような分からないような。
きっと深い意味なんてない。
側近が、明日のウィスターの予定を知らないはずがない。明日会ったときにきちんとお礼を言えるように、これだけ別にしておいたのだろう。気の利く側近だ。
急に手に持った手作りのお守りが安っぽく見えた。
こんなに沢山高級品をもらう人に、こんなもの。お菓子なんて、私邸にはきっともっと沢山届いている。
イリヤだって沢山もらうけど、それは愛情ではない。単に、王女にお近づきになりたいからみんな贈るだけ。
ウィスターのこれは、違う。
自分があまりにも子どもっぽくて嫌になった。
手作りで驚くかな、なんて考えがあまりにも幼稚で。きっと驚いてはくれるけど、こんなに沢山ある中で、嬉しいものは他にもあるだろう。
マルガレッテ王女からの豪華なネクタイの箱を見ていると、涙がこぼれた。




