約束
いよいよ建国祭シーズンに入る。
アレキサンド王国の建国祭は、三日にわたって行われる。
一日目は国王の演説。その後王家全員がそれぞれ馬車に乗り、王都や付近の町をパレードで廻る。
二日目は国中に市場や屋台が立ち並び、主に国民が思い思いに楽しむ。イリヤ達は公式テラスからのお手振りと、夜には貴族たちを招待して祝宴がある。
三日目はそれぞれに分かれて公務の日。イリヤは妹のシーラと弟のニコラスを連れて、隣町の子供達の舞台を見に行くことになっている。
大忙しの、目まぐるしい季節。
その前にやってくるのが、ウィスターの誕生日だった。
「マーヤ、ウィスターに何をあげたらいいかしら」
「お嬢様が差し上げるものは、なんでも喜ばれると思いますよ」
お守り作りの休憩がてら、本を読みながら色々と考えてみたけれどしっくりこない。
自分の誕生日に貰った五本の髪飾りは、フェルディナの共同市場で作ったネックレスと一緒に飾ってある。自分はとても幸せな思いをしたのに、そのすぐ後にやってくるウィスターの誕生日はとても無視できない。
例え、お互いとても忙しいとしても。
「そもそも、最近全然来てくれないし…執務室にいるのかどうかも分からないし…渡せるのかな」
「ウィスター様はご自分の誕生日はご興味なさそうですしね」
「『今更年が一つ変わるくらいなんでもない』……とかね、言いそう!」
ウィスターの口調を真似てみると、マーヤが面白そうにコロコロと笑った。
「ふふ…お嬢様モノマネが上手いですね。でもご本人が気にされないなら、建国祭が終わって落ち着いてからでもいいのではないですか」
「う〜ん、それも分かるのだけど…やっぱり驚かせたいのよね。いつも余裕だから、たまにはびっくりしたところを見てみたい」
「でもいらっしゃらなければ渡せないでしょう。それか、執務室の側近の方に聞いてみるのはいかがです?きっと教えてくれますよ」
なるほどそれは有りかもしれない。
いつもイリヤは驚かされたり、胸をいっぱいにさせられることばっかりだ。
たまにはこちらから、ウィスターを喜ばせたい。イリヤは頷いた。
そうと決まればあとは行動あるのみ。
「じゃあ、ちょっと執務室行ってくるわね!」
「お気をつけて」
立ち上がって自室を出ていくイリヤを、マーヤがにこやかに見送った。
執務室に着いて、ノックをする。
「入れ」
側近の優しい声が返ってくると思っていて油断していた。完全に執務中のウィスターの声が中から飛んできて、イリヤは心臓が跳ねた。
恐る恐る扉を開けると、執務室の奥の机で、相変わらず積み上がった書類の奥に座るウィスターが見える。
「……なんッ……でいるのよ……!!」
「あ?」
機嫌が悪いのか、剣呑な目つきで睨まれる。
せっかくウィスターの予定を聞こうと思ったのに、本人がいるのでは台無しだ。どうしよう、特に用も無いしと扉を開けたまま悩んでいると、重たかった扉が突然軽くなった。
ウィスターが中から扉を開けて、イリヤを見下ろしている。
「いちゃダメでしたか」
「え……」
何も考えてきていなかったので咄嗟に言い訳も思いつかず、目が泳ぐ。そんなイリヤを見ていたウィスターはやがてため息をついて、肩を掴んで中に引き入れた。
「とりあえず廊下に立ってないで入ったらどうですか」
「…はい」
中に入れられると、なんとなくいつもと違い、執務室自体が殺気立っている気がした。建国祭の準備で忙しいのだろう。
「…ごめんなさい、邪魔して」
「いえいいんですけど。まぁ座ってください」
絶対怒ってるじゃん、と不貞腐れる。タイミングも何も見計らわずに来てしまったし、仕事をしていたら急な来客にいきなり責められたもんだから、仕方ないだろうけど。
いつもの定位置になりつつあるソファーに座ると、ウィスターも隣に座った。
怒らせてしまったか、とヒヤヒヤしていたので、隣に座ってくれるだけでも何となく嬉しい。
「でも忙しいでしょ。やっぱり」
「来たいときは来ていいと言ったのは私ですよ。何かありましたか」
「……」
「え、用事なしですか」
「い、いいじゃない!私だって癒されたい時はあるのよ」
開き直ってつい出てきた憎まれ口に、ぷは、とウィスターが吹き出した。
ウィスターはイリヤに会うと癒されると言ってくれた。それはイリヤだって一緒である。
「ははっ、そうですか。それは嬉しいですね」
「何笑ってんのよ」
「笑ってましたか、これは失敬」
冗談なのか、本気で言っているのか分からないような顔でウィスターが真顔に戻る。
側近が湯気が揺れるティーカップを持ってきて、イリヤとウィスターの前のテーブルに置いた。
「ありがとう」
側近に礼を言う。側近はニコリと笑って、執務室の隅にある机に戻った。
きっとみんな忙しい。イリヤだってお守り作りの他に、やらなければいけないことはたくさんある。
ウィスターの誕生日ごときで邪魔して悪かったな、とは思うけれど。やっぱり驚いたウィスターの顔は見たいなという欲求には抗えない。
「ねぇ、ウィスター。十日後……くらい?十日後。うん。あなた何してる?」
「十日後、ですか」
だめだこんな人を探るようなことやったことない!と口をついて出たのは、遠回しどころかド直球の質問だった。
バレるかな、とウィスターの顔を窺う。
ウィスターは何も気づいていないようで、しばらく宙を見て考え事をしていたが、思い出せなかったようで側近に目を向けた。
「…外出されてますね、おそらく」
側近がウィスターの予定が書いてあるのだろう、本を見ながら答える。
(くそう、それいいな、私も見たい)
心の中では側近が羨ましい。
「あ、そうだな。多分夜遅くにしか戻らない」
「王宮に一回寄る?」
「……まぁ、寄ってもいいですけど」
「じゃあ寄ってよ!」
「……はい」
「忘れないでね?」
「わかりました、何ですか急に。寄りますよ」
念を押すとウィスターが笑いながら手を上げた。
「…じゃあいいわ。急にお邪魔して悪かったわね。また」
「えっ、帰るんですか」
「帰るわよ!忙しいのはあなただけじゃないのよ」
紅茶だけ、と側近が淹れてくれた紅茶を数口に分けて飲んだ。華やかな香りに心もすっきりとする。
それだけが分かればもういい。あと何をあげて驚かせるかは、一人でゆっくり考えることにする。
きょとんとしているウィスターを置いて立ち上がる。
「お忙しい中お相手ありがとう。それじゃ」
そのまま一息に執務室を出た。
ウィスターは最後まで呆気に取られたような顔をしていて、それはそれでまた満足した。
−−−−−−
「ーーー誕生日か」
「誕生日でしょうねぇ」
嵐のように来て、つっけんどんな態度ですぐ帰っていったイリヤを見送ったあと、ぽかんと呟いたウィスターに側近が返事をした。
「……あれで分からないように聞いてるつもりなのか」
「王女殿下は可愛らしい方ですね」
「箱入りすぎて心配になるよ」
ウィスターが立ち上がって机に戻る。
久しぶりに顔を見れた、と思ったのも束の間だった。そういえば、最近はテラスにも行けていない。
「因みにその日は、また説得のために西の方に行かれる予定です」
「……誕生日に夜まで激務をさせる気か、あの人は」
それでも、笑みが溢れた。




