SS 公爵様のお買い物
接客業というものは、観察業である。
「ウィスター様、いらっしゃいませ」
「失礼する」
その日店に入ってきたのは、比較的背の高い、黒髪に群青色の瞳の美青年。
この王都では知らない人はいないだろう、王族を除いたら貴族社会のトップ、アズライト公爵家の長男だ。
その顔立ちは非常に整っており、王族の次に偉い公爵家。それなのにウィスター本人は結構気さくで、こうしてふらりと店に立ち寄ることも多い。
店内の他の客が、少し色めき立つような、緊張したような空気を走らせる。
店主は慌てて奥から出て、深く腰を折った。
彼の後ろには、派手なドレスを着飾った女性の姿が見えた。見覚えがある、少し離れた領地の貴族令嬢だろう。
美しい金髪とドレスは存在感があって余りある。
少し吊り上がったその目からは、気の強さが滲み出ていた。
「ここがあなたの馴染みのお店なのね、結構素敵ね」
令嬢はウィスターに話しかけながら店内をぐるりと見渡して、最後に店主を見た。
「ふん、まぁまぁね。店主を見れば大抵店のレベルが分かるものよ」
「恐れ入ります」
頭を上げずに、これはこれは、と店主は心の中で首を振った。
このいかにも女性に人気そうな彼だが、意外にもこの店に女性を連れてくるのは初めてだった。
これは要注意人物だな、と長年の接客で身についたアラートが鳴る。
長く接客をしていると、少し手を焼きそうな客が一目で分かるようになる。
アズライト公爵家も王家も、金に糸目をつけるような家柄ではない。王都に出入りが多い他の貴族家も同様。
この程度の、いわゆる中途半端な貴族家は最も注意すべき相手だった。
「奥にソファーがございます。どうぞ」
ソファーに案内すると、令嬢はいかにも品定めをしているような態度でまたキョロキョロと見回していた。
彼女の隣に座ったウィスターが、見えないようにコッソリと拝んでくる。
店主もバレないように微笑んだ。
自分は商売だ、慣れている。
ただ、生まれた時から王都でずっと暮らす坊ちゃんには、この令嬢の相手はストレスであろうことが目に見えた。
「ねぇウィスター様。ここがあなたのお気に入りのお店なの?」
「そうだな、懇意にしてるよ」
「そうなのね。さすがウィスター様、センスがいいのね」
随分と態度が違うので、思わず笑ってしまいそうになる。令嬢は、コロリと変わった甘い声を上げてウィスターの腕に絡みついた。
「じゃあ、このお店で一番高いものを持ってきて」
令嬢の指示で、店主は店頭に並べてあるものの中で、一番高い宝石を持ってきた。
実はもっと高いものは、表に並べずに奥の金庫に閉まってある。アズライト公爵家始め、信頼できる相手にしか見せることはない。
そこまで出す相手ではない、という店主の判断だった。ウィスターもそれを知っているはずだが、何も言わない。
「なかなかいいじゃない」
令嬢はその見せかけの一級品で満足したようだ。どうせ価値などあまり分からないのだろう。
マナーとしては男性が買ってあげるべきなのかもしれないが、彼はそんな気は微塵もなさそうだった。結局あれこれ悩んだ令嬢は、何も買わずにウィスターを連れて退店した。
後日、この間はすまなかったな、と言ってアズライト公爵家から大量の発注が来て、忙しかったのは覚えている。
ちなみにその令嬢とは、その後すぐ別れたらしかった。
ーーーーー
それからしばらくして、今度は別の令嬢を連れてきた。
次の令嬢はとても可愛らしい雰囲気だった。
最初は二人で仲良く色々と商品を見ていて、令嬢は新しいバッグに目がお気に召したようだった。
これはなかなか可愛らしいカップルだ、と店主も微笑ましく観察した。
「これ可愛いですわね」
そうバッグをじっと見る令嬢は、そこから大変な長考タイムに入ってしまった。
「こういうときはどうしよう」
「こんなドレスに合うかしら」
「色は何色がいいかしら」
店主は仕事なのでいくらでも付き合える。令嬢の悩みに対してアドバイスを交え答えていくのだが、それを元にまた新たな悩みが出てくる状態で、かなり優柔不断なようだった。
それに加え、女性の買い物というのは大抵時間がかかるものである。
店主が気にしてちらりとウィスターを見る。
呆れた様子ではあったが、大人しく黙って付き添っている。なかなか女性には優しいところがあるものだ。
「ウィスター様、こちらとこちら、どちらがいいと思いますか?」
ようやく二択に絞れたバッグを持って、令嬢が振り返った。ウィスターは二つのバッグを一瞬で見比べて、片方を差した。
「君は小柄だから、こっちの小さい方が合うと思うよ」
「でも、こちらのほうがデザインと色味が髪に合うような…」
「どちらも君にとても似合ってるよ」
「ええっ、そうかしら」
ウィスターの甘い言葉に、令嬢は大変上機嫌になられたようで、頬を上気させて喜んでいた。
「これを包んでくれ」
「かしこまりました」
「…買っていただけるのですか?」
「いいよ、このくらい」
「お買い上げありがとうございます」
さすが公爵家長男。迅速果断な意思決定、女性にもスマート。
店主はバッグを包みに下がった。
実を言うと彼の買い物が早いのは、たいして興味を持っていないからだ。
自分の服や最低限の装飾でさえ、彼はほとんど興味がない。だからすぐ決まることが多い。
そして、なんでも着こなしてしまう外見がさらに興味を薄くさせるのだろう。
長年観察していた店主の目には、彼の笑顔は表面だけに見えた。
その後も、同じような女性と訪れることがニ、三回。店主は前回の女性と同じかどうかも覚えていない程度の間隔で、ウィスターは時々女性を連れてきた。
さぞやおモテになるのだろう、社交の場では女性たちから引っ張りだこで縁談も絶えないらしい。
「そろそろ指輪をお買い求めになることはないのですか」
そう聞いてみたのは、ウィスターが一人で訪れていた時だった。
奥のソファーで座りながら、ゆっくりと商談をしていたついでに、気になっていたことを聞いてみた。
そう問われたウィスターは、あからさまに面倒くさそうな顔になる。
「……なぜ皆そこを気にするんだ」
「早く結婚なさいませんと、女性からのアプローチが止まないでしょう」
「結婚したって止むかどうか」
ため息をついた彼は、その手の話題にはうんざりしていそうだった。店主は苦笑する。
見た目も身分も申し分ないし、おまけに性格は男らしいところもあり、対応はスマート。この国のどんな女性とも結婚できそうな条件である。
そんな彼は二十代の半ばに差し掛かろうというのに、今だに独身貴族を謳歌中である。
「忘れていた。さっき話した一式とは別で、何か女性向けのプレゼントを見繕ってくれ。中身は任せる」
「また可愛らしい恋人でいらっしゃいますか」
「そんなところだ。先日忙しくて誕生日は一緒に過ごせなくて喧嘩になった、埋め合わせだ」
「それでしたらしっかりしたものがよろしいですね。…指輪などいかがです?」
「勘弁してくれ」
面白半分で指輪を勧めてみたものの、ウィスターは笑いながら首を振った。
「別に今の生活で満足してるんだ。わざわざ急いで結婚する必要性もない」
「そうでございますか。では適当に、アクセサリーを」
「頼む」
確かに、結婚する必要などないのかもしれない。
公爵の父と、国王と、王家を相手に仕事をしていたらそれでかなり忙しいだろう。
そして女性には引っ張りだこ。恋人は途切れない。そんな生活をしていれば、結婚して公爵家で新しい家庭を持つというイベントが億劫になるのかもしれない。
そして、もしかしたら、そんな女性にはまだ出会っていないのだろう。
「でもご長男なんですから、いつかは、でしょう」
「まぁ……そうだろうな。いつかは」
「その時はぜひ、指輪は当店でお仕立ていただきますと幸いです」
アズライト公爵家には滅多にしない営業トークを仕掛けると、彼が声を上げて笑った。
「そうだな、その時は頼むよ」
彼にはその笑顔が似合うと思った。
接客業は、観察業だ。
ーーーーー
「……ハァ、第一王女殿下でございますか」
その申し出は、店主にとっては寝耳に水だった。
急遽やってきたウィスターが、明日は遅くまで特別に開けておいて欲しいと、珍しい頼み事をした。聞くと、王女殿下を連れてくるという。
王家は王家御用達の店があらかじめ決まっており、その店以外で買い物をすることはほとんどない。
ましてや、店に来るなどちょっとした外遊に近い。
店主は驚きよりも困惑した。
「面倒をかけるが、礼はする」
「いつもご贔屓にしていただいていますから、礼には及びません。しかし…王女殿下のお買い物であれば、私が王宮にお伺いするのが筋ではないでしょうか」
「いつもそればっかりだと殿下も飽きるだろう。たまには」
「公爵閣下がそう仰るのであれば。承知いたしました。閉店の札を下げておきますが、中は開けておきますので」
「助かる」
そう言って颯爽と去っていったウィスターを、店主は首を傾げながら見送った。
第一王女のイリヤ殿下といえば、店主からしたら雲の上の存在だ。
王都では度々姿を見かけることはあるが、上品な見た目の綺麗な王女であり、国民の人気も高い。そして、最近フェルディナの王太子と婚約破棄になったばかり。
確かにウィスターとはよくセットで見かけることはあるが、不思議な組み合わせだった。
(婚約破棄を慰めるためのプレゼント?それとも誕生日か…?)
これは悩ましい宿題ができた。
その日の夜、店主は慌てて店の中の大掃除と、商品の点検と入れ替えに勤しんだ。
そして翌日。
(……こういうことだったんですね)
目の前には、はちみつ色の長い髪をした王女殿下。近くで見ると肌が白く、長いまつ毛と小さな顔の、絵に描いたような可愛らしさだった。
そして、その隣で彼女の髪飾りをああでもないと悩んでいるウィスターも、とても新鮮だった。
「そんなに悩まなくても」
「あなたが聞いたんでしょう」
その二人のやり取りは、旧知の仲というには親しすぎる気もした。
今まで女性の買い物に付き合って、悩むウィスターなど見たことがない。店主は珍しいものを見る気持ちだった。
やがて、ウィスターが観念したようにため息をついた。
さすがに面倒くさくなったか、と苦笑する。
「…………全部くれ」
「ええっ!?そんないいわよ!」
予想外だった。
迅速果断な意思決定はどこへやら。悩んで選びきれないから全部買うと言い出す、金持ちの横暴を見た気がしてさすがに慄く。
王女殿下もきゃーきゃーと可愛らしく彼に怒っていたが、ウィスターの目は至って真面目だった。
「どうせ私が出しますから、それなら全部買います」
……これはこれは。
店主は心の中で笑った。
最初は、王女を接待するのかと思ったが違う。
丁重に扱っているのかぞんざいなんだか、分からない口調。それに怒る気配もない王女殿下(違うところにずっと怒っていらっしゃる)。
それでも彼女に対する彼の目と手は、言葉以上に心を物語っていた。
確かにこの王女殿下なら、甘やかしたくなるでしょうな。
そんな二人は、店主の前でサイドテーブルが云々かんぬんと、何やらまだ揉めている。
けれど、本気で喧嘩をしているわけではない。
ウィスターも笑顔だった。
今までの女性の前とは違う、爽やかな笑顔だった。
店主の前でも見せていない、きっと王女殿下専用なのだろう。
また、指輪のお仕立てをお待ちしております。
そう心の中で唱えて、二人を見送った。




