晩餐会
誕生日当日になった。
イリヤは正装のドレスに身を包んで、朝から身支度のため侍女たちと大忙しだった。
この日、朝から王宮の公式なテラスに出て、集まった国民の前でお手振りをしなければならない。そのあとは一日使者たちの相手、夜は晩餐会。
それぞれ毎回着替えるので大変だ。
お手振りの前に玉座の間に顔を出すと、家族に出迎えられた。
「イリヤ、誕生日おめでとう」
「おめでとうイリヤ」
「父上、母上、ありがとうございます」
もう成人はしているから、大仰に祝ってもらう必要は感じていない。それでも、家族におめでとうと言ってもらえるのは純粋に嬉しい。
「イリヤ姉様!おめでとうございます!!」
元気の良い挨拶は、末の弟のカイルだった。まもなく八歳になるが、元気がよくお調子者。けれどその明るい性格は末っ子らしく、イリヤから見るととても可愛らしい。
「イリヤ姉様にプレゼントを用意しました。どうぞ!」
「わぁ嬉しいわ、ありがとう。何かしら」
カイルはイリヤに小さな箱を差し出してきた。可愛いリボンが付いている。
どこか誇らしげに胸を張っている。
「シーラ姉様と、お兄様と一緒に用意したんです」
「そうなの?みんなありがとう」
「お姉様気にいるといいんだけど」
きっとシーラが弟たちをまとめてくれたのだろう。
「イリヤ姉様おしゃれだから、三人ですっごく悩みました!」
「僕やっぱり最初に見た赤色のやつがよかったなぁ」
「お姉様にはこれが似合うって決めたでしょ!」
「イリヤ姉様は何色でも似合うもん!」
何やら三人で揉めているのを見て、思わず吹き出してしまう。箱を開けると、なかなかに大ぶりな耳飾りだった。真ん中に小さな宝石が嵌っていて、周りはイミテーションの石だ。
「……これ」
思わずシーラを見ると、シーラがこっそりウインクをした。
深くて濃い、まるで夜中の星空のような色。
真ん中の小さな宝石は、アズライトだ。
「三人ともありがとう、大切にするわ」
「えへへ!気に入った!?本物のアズライトですよ!」
「お父様にも少しお金を出してもらったの」
「……さすがに偽物をつけさせるわけにはいかないからな」
やれやれ、とため息をつく国王は、すっかり弟妹たちに乗せられてしまったらしい。
「ありがとうございます。早速つけてよろしいですか」
「つけてつけてー!」
「見たい!!」
本当はドレスの色に合わせたいところだが、せっかくなのでつけることにした。
どこからともなくマーヤがやってきて、今つけている耳飾りと変えてもらう。
見たがるカイルのために少し身を屈めると、カイルはまじまじとイリヤの耳を観察して、満足そうに笑った。
「イリヤ姉様、似合ってます!」
「うふふ、ありがとう」
「さぁ、もうそろそろテラスに出る準備をするぞ。カイル、じっとするんだよ」
「はーい!」
きっとこの間ウィスターのことを話してから、シーラが考えてくれたのだろう。
アズライトの、もっと高い装飾品も普通に持っている。
しかし、弟妹たちが一生懸命選んでくれたそれは、今までで一番のお気に入りになるような気がした。
何より、ウィスターと恋人になってから身につけるアズライトは、どこか特別だ。
「シーラ、ありがとう」
「いいのよ。お姉様にはアズライト似合うし」
テラスに向かう途中、シーラに耳打ちするとそう返された。宝石のことだと分かっていても、どこか照れてしまう。
*
お手振りはすぐに終わった。時間はほんの十分ほど。
イリヤが真ん中に立って、家族全員で手を振る。建国祭、年の始め、そして家族の誕生日にはこうして公の場に家族揃って出ることになっていた。
イリヤやシーラは慣れたものだが、弟二人はまだどこか緊張している。
ところどころ無表情になってしまうので、様子を見て「笑うのよ」と声をかける。そんな様子も、下から見ると微笑ましい姉弟の会話に見えるのか歓声が大きくなる。
そのあとは貴賓室で、一日使者の相手だ。
使者は各国の要人や貴族たちから。時々本人が来ることもある。
イリヤの両脇は、山のように積まれたプレゼントでいっぱいになった。
途中見知った顔も時々入ってくるので、たまに息抜きになる。
「イリヤ王女殿下、お誕生日おめでとうございます」
そう言って目の前に膝をついたのは、ルイ・オニキス伯爵だった。
オニキス家は、王都の近くに領地を持つ由緒ある侯爵家だ。父親であるオニキス侯爵の次期当主として、父の持つ伯爵称号を受け継いでいる。
そしてウィスターの長年の友人。騎士団で話すこともあり、イリヤにとっても比較的気を抜いて話せる相手である。
「ありがとう」
「そして…おめでとうございます」
なんだか意味深なその言葉に、眉がぴくりと動いた。
ルイならウィスターから色々と聞いていてもおかしくはない。そして、どう聞いているのか少し興味はあった。
「あら、何のことかしら。ご友人から何か聞きましたの?」
「えぇ、それはもう聞いております。私としても、イリヤ王女殿下のことを傍で見ておりましたので嬉しい限りでございます」
「具体的におっしゃってくださいな。何のことか分からなくてよ」
にっこりと微笑むと、ルイが一瞬悩んだような顔になったが、また社交用の笑みを浮かべた。
「……欲しかったものを手に入れられたそうで」
「別に欲しかったなんて一度も言った覚えはありませんわ」
「殿下だけではございませんよ。お互いが欲していたものを手に入れたんでしょう」
「まだ正式ではありませんもの」
「そうかもしれませんが、いずれそうなると思いますよ、私は」
他にも近くで聞いている人たちがいるため、非常に弯曲な表現で話す。
お互いが欲していた。
ルイから見たらきっとそうなのだろう。
いつからウィスターがイリヤを欲していたかなんて、自分では分からない。
聞いている人もきっと何の話か分からないだろう。ウィスターから聞いているであろうルイと、イリヤでしか通じない会話だった。
「王女殿下におかれましては、私めからのプレゼントなど不要でございましょうが、これはオニキス家からのささやかながらお祝いの品でございます」
「とんでもありません。お気遣い感謝いたしますわ」
「では王女殿下、また晩餐会で。またーーー癒してあげてくださいませ」
癒し?何のことだろう。
そう思っているうちに、ルイはまた深くを頭を下げて立ち去ってしまった。
もしかして、ウィスターのことを話していると思っていたのはイリヤだけで、ルイは別のことを話していた可能性もある?と会話を思い返しても、ウィスターとの仲を言われているとしか思えない。
何だったんだろう。
そう思う暇もなく、次の使者がやってくる。
使者の相手が滞りなく終わり、イリヤはまた別の華やかなドレスに急いで着替え、晩餐会へ出席した。
王宮の広間に大きなテーブルが並び、貴族や他国の要人が着席している。
全員が着席し終わった後、国王、王妃、イリヤの三人で入場をした。会場の大拍手で迎えられる。
「ご案内いたします」
そう言って、使用人がイリヤの席まで案内してくれた。
そこは、父親である国王の正面だった。
一際大きくて豪華な椅子が置いてあり、そこに国王が深く腰掛ける。
その正面はイリヤの席。両隣は、左手には他国からの来賓であろう姫君と、右隣がウィスターだった。
(な、なんで…!!??)
国王の正面に、王女である自分とこの国の公爵が並んで座る。それは異様な席順だった。
普通であればイリヤとウィスターが隣になることなどない。
そして、ウィスターとのこともあり非常に気まずい席でもある。
国王からは、少なくとも家族の食卓では何も言われていない。
ウィスターから話は聞いているはずだが、国王は何もイリヤには言ってこなかった。
緊張しながら使用人が引いた椅子に腰をおろす。
それに合わせて、そっと椅子がテーブルの方に押し戻された。
まるで、国王に無理やり向き合わされるような配置に身体が固くなる。
右隣のウィスターは堅苦しい服が嫌いだけれど、今日はしっかりと礼服を着こなしていた。
周囲に座った女性たちと、にこやかに談笑をしている。
気まずさ全開でちらっと正面の国王を見る。
国王のために誂えられた椅子に深く腰掛けて、どこか見定めるような目をしていた。
怒りや悲しみ、喜びも何もない。
感情の消えた表情で、じっとイリヤとウィスターを見ていた。
ぞくりと背筋が冷える。
国王にはこういうところがある。
基本的にはとても優しい。特に家族には。
ただふとした瞬間に、誰も立ち入らせないような、冷静で時に冷酷な表情をすることがあった。
「国王陛下、ご機嫌いかがですか」
隣のウィスターは何も気にしていないように、にこやかに話しかけた。
「……卿ほど良くはないな」
「左様でございましたか。私にお手伝いできることがあれば、何なりとお申し付けくださいませ」
自分の顔が固まっているのが分かった。
そんなイリヤを、ただじっと国王は見ていた。
恐怖よりも強い、畏怖。
イリヤはこれ以上自分の父に合う言葉を知らない。
「イリヤ王女殿下も、本日はお誕生日おめでとうございます」
ウィスターがイリヤの方へ向いて、挨拶をしてきた。
精一杯笑顔を作る。
「感謝申し上げますわ」
「本日はお疲れでしょう。晩餐会をお楽しみください」
楽しめるわけがないじゃない!!!!!!
と心の中は悲惨だ。
何が起こっているのかは分からない。ただイリヤとウィスターの会話をじっと見られていた。
………試験だ。
何を見られているのか、どうすればいいのかは分からない。
ただ、この異様な席順は国王が決めたことだけは分かった。
イリヤにできることはただ一つ、完璧な社交をすることだ。
「……本日はご出席ありがとうございます。どちらからお越しいただいたんですか」
「はい、西のミューリタニアから…」
左隣の姫君に話しかける。彼女はパッと明るい顔で返事をしてくれた。
背後ではウィスターが、また別の出席者と何やら世間話をしている。
どうすればいいか分からないけれど、ウィスターがそうしているならそれが正解だ。
イリヤはあまり右隣に注意を払わないようにしながら、それでも無視しているようにならないように、特段親密になど見えないように、距離をとって接することに注力した。
ウィスターも同じ、いつもは剥がれる社交の仮面をしっかりつけたままだった。
揶揄われることも意地悪を言われることもない、ただの公爵と王女としての二人に戻って、それに集中をした。




