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秘密戦隊シークレットファイブ ~戦隊やってて副業はありなんですか?~  作者: 芦名 雅


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第8話 五人のリーダーを、多数決だけで決めないでください

 秘密防衛機構SDFの地下司令室には、戦隊基地らしからぬものがいくつかある。


 敵の侵攻経路を映す巨大モニター。変身装置を整備するための円形ドック。緊急出動時に五人を地上へ送り出す転送ゲート。


 そこまでは、まだ分かる。


 問題は、会議室の中央に置かれたホワイトボードだった。


 そこには赤い太字で、こう書かれている。


『本日の議題――秘密戦隊シークレットファイブのリーダーを決める』


 その下に、天才寺源一郎博士のものと思われる字で、さらに大きく追記されていた。


『多数決!』


「いや、駄目でしょう」


 桃園美咲は、入室して三秒で結論を出した。


 損害保険会社で事故対応を担当している彼女は、今日も定時を二時間ほど過ぎてから基地へ来ていた。ジャケットの袖には、急いで飲んだ缶コーヒーの雫が一滴だけ残っている。


「まだ何も説明しとらんぞ」


「説明されなくても、駄目なものは駄目です。五人の命を預ける役目を、文化祭の実行委員みたいに決めないでください」


「文化祭の実行委員も、命懸けですよ」


 赤城太陽が真面目な顔で言った。


「去年、うちのクラスは巨大たこ焼き器から火が出ました」


「それは消防案件です」


 白石しおりが端末から目を上げずに答えた。


「それで、誰がリーダーになるんですか?」


「話を進めるな、赤城」


 蒼井迅が壁際から短く止める。


 外資系物流会社のスーツ姿にしか見えないが、その立ち位置は会議室の出入口、監視カメラの死角、転送ゲートまでの最短距離を同時に見渡せる場所だった。


「決める必要があるのか、という段階だ」


「戦隊には普通、リーダーがいるだろう!」


 博士が胸を張った。


「赤がリーダー! 青が冷静な副官! 黄色が力持ち! 桃色が華! 黒は……黒じゃ!」


 数秒の沈黙が落ちた。


「最後だけ説明を諦めましたね」


 黄瀬ひかりが静かに指摘した。


 大学から直行した彼女は、講義用の鞄を膝の横に置いている。鞄の中には教科書とノート、そのさらに下には異世界へ呼び戻された時のための小型通信石が入っていた。


「黒は、黒です」


 黒守夜子が言った。


「色としては正しい」


「夜子さんまで納得しないでください」


 美咲は額を押さえた。


 会議開始からまだ一分も経っていない。


 それなのに、すでに帰りたかった。


     ◇


「では、候補者を挙げる」


 白石しおりはホワイトボードの前に立った。


 博士が用意した『多数決!』の文字を、無言で磁石付きの資料に隠す。


「まず、一般的な戦隊運用では、現場指揮を一本化することに利点があります。命令系統の混乱を避け、撤退、救助、攻撃の優先順位を即座に決められるからです」


「ほれ見ろ!」


「ただし」


 しおりの声は変わらなかった。


「この五人に、一般的な戦隊運用をそのまま当てはめることには問題があります」


 モニターへ五人の簡易データが表示される。


 赤城太陽。高校生。正規ヒーローエナジー適合者。


 桃園美咲。会社員。損害保険事故対応担当。戦闘経験十五年。


 蒼井迅。会社員。ZERO所属エージェント。


 黄瀬ひかり。大学生。帰還勇者。


 黒守夜子。大学院生。夜守。


「問題って、俺たちが仲悪いとかですか?」


「違います」


「良かった!」


「赤城さんは、安心する箇所が少し早いです」


 しおりは指で画面を送った。


「五人は、それぞれ異なる危機への専門家です。通常戦闘では蒼井さん。大規模な正面戦闘では黄瀬さん。一般人の救助と防御では桃園さん。怪異、呪術、結界現象では黒守さん。そして正規ヒーローエナジーの統合と、五人を一つの戦隊として動かす局面では赤城さんが中心になります」


「つまり全員リーダー候補、ということですか?」


 ひかりが尋ねる。


「そうです。逆に言えば、誰か一人を常にリーダーと定めると、残る四人の専門性を捨てる場面が生じます」


「でも、最終的に決める人がいないと、迷いませんか?」


 太陽の疑問は素朴だったが、軽くはなかった。


 戦場では、迷う一秒が人の命になる。


 美咲は、机に置いた紙コップへ視線を落とした。


 十五年戦ってきた。


 何度も、一人で決めてきた。


 右へ逃がすか。左へ逃がすか。敵を追うか。泣いている子供の前に残るか。


 間違っていなかった選択もある。


 間違っていたと今でも思う選択もある。


「迷うわよ」


 美咲は言った。


「誰かが決めても迷うし、全員で考えても迷う。だから、迷わない人を選ぶんじゃなくて、間違えた時に止められる形にした方がいい」


 博士が首を傾げる。


「リーダーを決める会議で、リーダーを止める話をするのか?」


「止められないリーダーなんて、一番危ないでしょう」


「その意見には賛成だ」


 迅が言う。


「指揮官の判断が常に正しいという前提は、作戦では使わない」


「蒼井さんは、自分がリーダーになることにはどう思いますか?」


「反対だ」


 即答だった。


「速いですね」


「俺の判断は任務達成を優先しすぎる。民間人の救助、未知の怪異、魔法による副作用が絡む状況では、最適解にならない」


「自覚があるのは立派ですけど、内容が怖いんですよ」


 美咲が眉を寄せる。


「桃園が止めればいい」


「すぐ人に任せる」


「適材適所だ」


「今の会議、そういう話でしたっけ?」


 ひかりが少しだけ笑った。


 夜子はホワイトボードの端を見つめていた。


「どうしました?」


「博士の『多数決』の文字の裏に、何かいます」


 全員が止まった。


「何か?」


「小さなものです。議論がまとまらない場所に寄ってくる」


 博士が慌てて資料をめくった。


 その裏には、黒い染みのような影が一つ、ぺたりと貼りついていた。


 影は見つかった瞬間、きゅ、と縮み、換気口の隙間へ逃げた。


「追います」


 夜子が立ち上がる。


「待て」


 迅も同時に立った。


「換気系統の図面が先だ。無闇に追えば基地内へ散る」


「散ると増えます」


「危険度は?」


「今は低いです。ただし、意見の対立を餌にします」


 太陽がホワイトボードを見た。


「つまり、この会議を続けると育つ?」


「はい」


「博士」


 しおりが呼んだ。


「わしのせいではないぞ!」


「まだ何も言っていません」


「目が言っておる!」


     ◇


 警報は、その十五秒後に鳴った。


『基地内霊的異常。区画CからFへ拡大。機械系統にも干渉を確認』


 照明が一度落ち、赤い非常灯へ切り替わる。


 会議室の扉が閉鎖され、巨大モニターの画面に黒い亀裂が走った。


「低危険度では?」


「低危険度でした」


 夜子が静かに訂正する。


「博士の会議資料が、基地内ネットワークへ共有されるまでは」


「全職員に送ったぞ。民主的に決めようと思ってな!」


「博士」


 しおりの沈黙が長かった。


「今は叱責を後回しにします」


「後であるのか?」


「あります」


 モニターへ基地の構造図が映る。


 黒い反応は換気管から通信配線へ侵入し、枝分かれしていた。


 しかも、各区画のスピーカーから職員たちの言い争う声が聞こえてくる。


『だからレッドがリーダーでいいだろ!』


『いやブルーの方が冷静だ!』


『ピンクは経験年数が一番長いぞ!』


『勇者がいるのに外す理由は何だ!』


『ブラックに任せたら会議が静かになる!』


「最後の人、理由が雑ですね」


 夜子が言った。


「いや、今はそこじゃない!」


 太陽が突っ込んだ。


 黒い反応が急速に膨らむ。


 職員の意見が割れるほど、基地の制御系統へノイズが増えていく。


 転送ゲートが誤作動し、整備中の小型ドローン三機が会議室の前へ出現した。


 ドローンのレンズは黒く染まり、敵味方識別を失っている。


「変身する」


 迅が変身端末へ手を伸ばす。


「待ってください。ここは基地内です。出力制限をかけます」


 しおりが即座に装備制御へ入る。


「構造材への損害を最小化。変身後出力を通常の三十パーセントへ」


「三十パーセントで足りるか?」


「足りる使い方をしてください」


「了解」


 五人は同時に端末を掲げた。


「シークレット・チェンジ!」


 赤、青、桃、黄、黒の光が会議室を走る。


 だが名乗りはない。


 まだ、五人は正式に一つの戦隊として名乗る段階へ至っていない。


 それぞれが別の場所で、別の戦いをしてきた人間たちが、同じ色の規格へ無理やり収まっているだけだ。


 侵食されたドローンが発砲する。


「伏せろ!」


 レッドが前へ出た。


 サンライズガードが展開され、光弾を弾く。


「赤城、右へ二歩。ピンクは左壁。イエローは天井を壊すな。ブラックは本体を探せ」


 ブルーが命令を飛ばす。


「了解!」


「なぜ私だけ先に注意されたのでしょう」


 イエローは大剣を抜きながら言った。


「前回、壁を三枚抜いた」


「敵が壁の向こうにいましたので」


「今回は基地だ」


「承知しました」


 イエローは剣の腹でドローンを叩き、壊さず床へ落とした。


 ピンクがすぐに桃色の拘束帯を巻きつける。


「機械相手に魔法って、修理費の扱いはどうなるのかしら」


「SDF設備ですので保険適用外です」


「白石さん、今それを言う?」


 ブラックは床へ指を触れた。


「本体はここではありません。これは枝です」


「切れるか?」


「切れば、別の場所へ移ります」


「では封鎖しろ」


「封鎖すると、内部にいる職員の不満が濃くなります」


「不満を吸っているなら、言い争いを止めればいいんじゃないか?」


 レッドが言った。


「基地中に放送しましょう! みんな仲良く!」


「それで収まるなら苦労しないわよ」


 ピンクがドローンを押さえながら答えた。


「意見が違うこと自体は悪くないの。無理に一つにしたら、今度は言えない不満が残る」


「では、どうする?」


 イエローが尋ねた。


 全員の視線が一瞬、誰かの答えを待った。


 その一瞬だけ、黒い影が膨らんだ。


 会議室の壁に亀裂のような模様が伸びる。


「今のです」


 ブラックが言った。


「誰か一人の答えを待った瞬間、このものは強くなりました」


 ブルーが銃口を下げた。


「決定の空白を食うのか」


「いいえ。責任を一人へ押しつける気配を食べています」


 ピンクは拘束したドローンを見下ろした。


 十五年間、何度も見た。


 誰かが決めてくれるのを待つ顔。


 決めた人が失敗した時だけ、その人を責める顔。


 自分も、その形を利用したことがある。


 私が決めるから、みんなは下がって。


 その言葉は格好よく聞こえる。


 でも、本当は誰にも頼れなかっただけだ。


「役割を分けましょう」


 ピンクが言った。


「今ここで、誰が偉いかじゃなくて、誰が何を決めるかを決める」


 ブルーが頷く。


「具体化しろ」


「一般職員の避難と負傷者対応は私。基地構造と侵食経路の分析はブルー。霊的本体の判断はブラック。力ずくで止める必要が出た時はイエロー」


「俺は?」


 レッドが身を乗り出す。


「全員の間を走って」


「間?」


「指示がぶつかった時、止まって聞く役。誰かが一人で抱えた時、勝手に助けに行く役」


「それ、リーダーですか?」


「分からない。でも、あなたにしかできない」


 レッドは一度だけ目を丸くし、それから大きく頷いた。


「はい!」


「声は小さく」


「はい」


 少し小さくなった。


     ◇


 五人は会議室を出た。


 基地内は混乱していた。


 侵食された自動扉が開閉を繰り返し、通信端末には互いに矛盾する命令が流れている。


『第三区画へ避難』


『第三区画は閉鎖』


『全員待機』


『全員地上へ退避』


「まず通信を一本化する」


 ブルーが配線図を確認する。


「白石、中央回線を切れ。独立回線へ移行」


「実行します。ただし三十秒、全区画との通信が途絶します」


「問題ない」


「問題あります」


 ピンクが即座に返した。


「医療区画に負傷者がいる。三十秒でも、搬送先が分からなくなる」


「代案は?」


「医療区画だけ先に携帯回線へ移す。私が行く」


「一人では時間がかかる」


「俺が走ります!」


 レッドが手を挙げる。


「では赤城を同行させろ。十三秒短縮できる」


「何で分かるんですか?」


「お前の走行速度を計測した」


「いつ?」


「前回の出動」


「何か恥ずかしいな!」


「話しながら走って」


 ピンクはレッドの背を押した。


 二人が医療区画へ向かい、ブルーは通信中枢へ、イエローは閉鎖区画の物理隔離へ、ブラックは影の中心を追う。


 五人が別れた瞬間、レッドは振り返った。


「みんな、勝手に一人で終わらせないでくださいよ!」


「お前が言うのか」


 ブルーの返事は短かったが、拒絶ではなかった。


     ◇


 医療区画では、整備員二名が倒れていた。


 命に別状はない。だが自動搬送台が侵食され、負傷者を載せたまま壁へ向かって走ろうとしている。


「止めます!」


 レッドが正面へ回った。


「待って。力で受けたら、載っている人に衝撃が行く」


 ピンクは床へホープ・バリアを斜めに展開した。


「横へ流す。あなたは速度を落として」


「了解!」


 レッドが搬送台の側面へ手を添える。


 真正面から受け止めたい衝動を抑え、力を横へ逃がす。


 搬送台は桃色の光壁を滑り、壁の手前で緩やかに停止した。


「できた!」


「次。喜ぶのは全員が帰ってから」


「はい!」


 ピンクは負傷者へ駆け寄り、呼吸と出血を確認する。


 レッドは周囲を見回し、壊れた端末を見つけた。


「これを直せばいいですか?」


「直すのは無理。携帯中継器を立てる」


「どれです?」


「青いケース」


 レッドは棚から青いケースを取り出した。


「これ?」


「それはAED」


「大事なやつ!」


「もっと右」


「これ?」


「救急箱」


「これも大事!」


「赤城君」


「すみません!」


 三つ目でようやく中継器を見つけた。


 ピンクは笑わなかった。


 ただ、少しだけ肩の力が抜けた。


 自分一人なら、負傷者を診ながら中継器も探し、搬送台も止めようとしただろう。


 その方が早いと思っていた。


 でも、誰かへ任せるために言葉を尽くす時間は、無駄ではない。


「白石さん、医療区画の独立回線、接続します」


『確認しました。桃園さん、負傷者の状態を』


「二名。意識あり。一人は左前腕打撲、もう一人は額に裂傷。緊急搬送は不要。医療班を一名ください」


『手配します』


「これでブルーは回線を切れる」


 レッドが言った。


「そうね。私たちが穴を埋めれば、誰かが自分の仕事に集中できる」


「それがチームってことですか?」


「今、練習中」


     ◇


 一方、通信中枢では、ブルーが侵食された端末を分解していた。


「機械への侵入経路は電磁ではない」


『霊的現象です』


 ブラックの声が独立回線から届く。


『ただし、機械の規則を借りています。命令が一つであるほど強く、矛盾する命令が増えるほど広がる』


「矛盾を食うのではなかったのか」


『矛盾を食べ、統一を求めさせます。その後、誰か一人へ責任を集めます』


「厄介だな」


『人間社会にはよくあります』


「霊的説明として正しいのか?」


『民俗学的にも、組織論的にも』


「後者は専門外では?」


『査読中です』


 ブルーは一瞬だけ黙った。


「本体位置は」


『中央制御室の下。ですが、近づけません。境界が閉じています』


「突破方法は?」


『五人分の異なる許可が必要です』


「分かりやすく言え」


『一人の命令では開きません』


「了解した」


 ブルーは中央回線切断の準備を進める。


 通常なら、自分一人で侵入し、制御核を破壊する。


 その方が速い。


 そうして生き残ってきた。


 だが、今回の敵はその思考を餌にする。


「白石。全員へ共有。中央制御室へ集合。ただし各自の担当を終えてからでいい」


『「直ちに」ではなく?』


「直ちに集めれば、途中の人間が取り残される」


『了解しました』


 ほんのわずか、しおりの声が柔らかくなった。


     ◇


 イエローは閉鎖区画の隔壁を支えていた。


 侵食で安全装置が壊れ、厚い防火扉が整備員三名を挟もうとしている。


 彼女は両腕で扉を押し返していた。


「先に、行ってください」


「でもあなたが!」


「私は勇者です。この程度なら――」


『その言い方は禁止』


 通信からレッドの声が飛んできた。


「赤城さん?」


『一人で終わらせるなって言ったでしょう!』


「しかし、現状では私が支えるのが最適です」


『支えるのはいいです。でも、いつまで支えるか決めてください!』


 イエローは返事に詰まった。


 異世界では、城門を一晩支えたことがある。


 仲間が逃げ切るまで。


 自分の腕が動かなくなるまで。


 それが勇者の役目だと思っていた。


『黄瀬さん』


 ピンクの声が続く。


『三十秒で補助ジャッキを送ります。それまで支えて。その後は機械へ任せて』


「……承知しました」


『三十秒を超えたら?』


「助けを求めます」


『合格』


 三十二秒後、補助ジャッキが届いた。


 イエローは二秒だけ遅れたことを指摘しなかった。


 扉を機械へ預け、中央制御室へ向かう。


 腕には痺れが残っていた。


 だが、まだ剣を振れる。


 それ以上に、自分が扉の前へ残らずに済んだことが、少しだけ不思議だった。


     ◇


 ブラックは中央制御室の下層で、本体と向き合っていた。


 黒い影は、人の形に近づいている。


 顔はない。


 代わりに、胸の中央へ大きな丸が一つあり、その周囲へ五つの小さな丸が描かれていた。


『一つを選べ』


 影が囁く。


『一つを上へ置け』


「断ります」


『ならば決まらない』


「決まらないことと、決められないことは違います」


『全てが口を出せば、何も進まない』


「それも、時々は正しいです」


 夜子は札を一枚取り出した。


「あなたは、完全な嘘を言っていません。だから厄介です」


 影が腕を伸ばす。


 札が黒く染まり、床へ落ちた。


 夜子は退かなかった。


 ただ、通信端末を開いた。


「一人では封じられません」


 その言葉を口にするまで、わずかな間があった。


「来てください」


『今向かっている!』


 最初に返ってきたのは、レッドの声だった。


『到着まで四十秒』


 ブルー。


『私も合流します』


 イエロー。


『負傷者の引き継ぎ完了。三十秒で行く』


 ピンク。


 夜子は目を閉じ、短く息を吐いた。


「分かりました。待ちます」


 怪異を前にして待つことは、逃げではない。


 一人で背負わないための判断だった。


     ◇


 五人が中央制御室前へ揃った。


 扉には五色の認証灯が点いている。


「一人ずつ触れてください」


 ブラックが説明する。


「同時に?」


「いいえ。順番は自由です。ただし、自分が何を決めるかを宣言してください」


「怪異のルールか」


「基地の認証規則を借りています」


 ブルーが最初に手を置いた。


「侵入経路と撤退経路は俺が決める」


 青い灯が点灯する。


 イエローが続く。


「正面から力が必要な時、私が剣を振るいます。ただし、止められた時は従います」


 黄色い灯が点く。


 ピンクが手を置いた。


「一般人と負傷者の安全を優先する。無理な時は、一人で抱えず助けを求める」


 桃色の灯。


 ブラックが触れる。


「敵が何者かを見極めます。倒す以外の方法がある時は伝えます。危険を省略しません」


 黒い灯。


 最後にレッドが残った。


「俺は……」


 四人が待つ。


 いつもの太陽なら、俺が全員守る、と言ったかもしれない。


 だが、それは今、違う。


「俺は、みんなの決めたことを繋ぎます。誰かの声が届かなかったら、聞きに行きます。誰かが一人で残ろうとしたら、連れて帰ります」


 赤い灯が点いた。


 扉が開く。


 その先で、黒い影が巨大化していた。


『一つを選べ!』


 影の声が基地全体を震わせる。


『一つの命令! 一つの正解! 一つの責任!』


「ブルー!」


 レッドが叫ぶ。


「左通路。十メートル先に制御柱。イエロー、二秒後に切断。ピンク、反射波を防げ。ブラック、本体を柱から引き剥がせ」


「了解!」


 五人が動く。


 ブラックの札が影の輪郭を固定する。


「これは人の不満から生まれただけの怪異ではありません。ギアノクスの微細機械片が核になっています」


「敵性あり?」


 ピンクが問う。


「あり。ただし、怪異部分は切り離せます」


「ブルー、破壊点を変更!」


「確認した。イエロー、柱ではなく上部の銀色部品だけを狙え」


「細かいですね」


「お前ならできる」


「承知しました」


 イエローの剣が聖光を帯びる。


 だが影が腕を広げ、彼女へ集中する。


『最強を上へ! 最強が全てを決めろ!』


 イエローの足が止まった。


 異世界で何度も浴びた言葉だった。


 勇者が決めろ。


 勇者が戦え。


 勇者が残れ。


「黄瀬さん!」


 レッドが影と彼女の間へ飛び込む。


「剣は任せます。でも、全部は任せません!」


 サンライズガードが影の腕を受け止める。


「今です!」


「はい!」


 イエローの一閃が銀色の機械核だけを正確に断った。


 黒い影が悲鳴を上げ、形を崩す。


 だが砕けた核から無数の針が飛び散った。


「全員伏せて!」


 ピンクが前へ出る。


 巨大なホープ・バリアが展開されるが、出力制限のため薄い。


「一人では持たない」


 ブルーが即座に判断する。


「レッド、支えろ。イエローは出力を流せ。ブラック、針の呪的接続を切れ」


「ブルーは?」


 レッドが問う。


「撃ち漏らしを処理する」


「それ、一番危ない場所じゃないですか!」


「必要だ」


「じゃあ、帰ってきてください!」


 一瞬、ブルーの動きが止まった。


「命令か?」


「お願いです!」


「了解」


 四人の力がバリアへ重なる。


 桃色の防壁へ赤いヒーローエナジーが走り、黄色い聖光が厚みを与え、黒い札が針の軌道を鈍らせる。


 その隙間を抜けた針だけを、ブルーの射撃が一発ずつ撃ち落とす。


 最後の一発が床へ落ちた。


 静寂が戻る。


 黒い影は、小さな染みへ戻っていた。


 ブラックがその前へしゃがむ。


「どうする?」


 ブルーが問う。


「機械核は失われました。今は、ただの小さな怪異です」


「危険は?」


「意見が対立する場所に寄りますが、人を傷つける力はありません。封じることもできます」


「追い払うだけじゃ駄目なのか?」


 レッドが尋ねた。


 ブラックは染みを見つめた。


「行き先が必要です」


 ピンクがため息をつく。


「会議室以外でお願い」


「議会は?」


「国家問題になるからやめて」


「大学の教授会」


「もっと駄目な気がする」


「博士の研究室なら、毎日一人で意見が対立しています」


「わしの中でか!?」


 通信越しに博士が叫んだ。


「でも、そこなら誰かへ責任を押しつけることは少ないですね」


 しおりが冷静に言う。


「博士は失敗しても、だいたい自分で喜んでいます」


「褒められたか?」


「評価は保留します」


     ◇


 騒動から一時間後。


 再び会議室へ集まった五人の前で、ホワイトボードは新しく書き直されていた。


『秘密戦隊シークレットファイブ 現場指揮運用案』


 今度は、博士ではなく白石しおりの整った文字だった。


「結論を確認します」


 しおりは五人を見回した。


「固定リーダーは、現時点では置きません」


 博士が小さく肩を落とす。


「赤がリーダーではないのか……」


「赤城さんは、戦隊としての統合役です。現場では各専門領域の担当者が指揮を執ります」


 ホワイトボードに役割が並ぶ。


 戦術・侵入・撤退――ブルー。


 救助・防御・民間対応――ピンク。


 正面戦闘・高出力対応――イエロー。


 怪異・結界・交渉判断――ブラック。


 統合・連絡・士気・最終合流――レッド。


「最終判断が必要な場合は?」


 ひかりが尋ねる。


「その時点で最も情報を持つ担当者が決定します。ただし、他の四人には停止を提案する権利があります」


「拒否権か」


 迅が言う。


「無制限ではありません。理由を一言で伝えること。時間がない場合は『止まれ』だけでも構いませんが、その後に説明してください」


「俺、得意です! 止まれ!」


 太陽が元気よく言った。


「今は止まらなくていいです」


「はい!」


 美咲はホワイトボードを眺めた。


 リーダーの欄はない。


 代わりに、五人の名前が横へ並んでいる。


 誰か一人が上ではない。


 だからといって、責任が消えたわけでもない。


 むしろ、一人ずつに責任が増えた。


「面倒ね」


 美咲が呟く。


「はい?」


「一人に任せる方が、ずっと楽。でも、それで一人を潰すくらいなら、面倒な方がいい」


 迅が小さく頷いた。


「合理的だ」


「あなたが言うと、何でも作戦みたいになるわね」


「作戦の話だ」


「そうでした」


 夜子が手を挙げた。


「追加があります」


「どうぞ」


「意見が割れた時、怪異の餌になる可能性があるため、会議室には塩を置いてください」


「普通の会議でも置くんですか?」


 太陽が聞く。


「特に予算会議」


「白石君、塩の予算を!」


「食堂から借りてください」


 博士は不満そうだったが、誰も取り合わなかった。


 しおりが最後の資料を配る。


「次回、五人へ初めての正式任務を割り当てます」


 空気が少し変わった。


 これまでも戦ってきた。


 だが多くは、緊急招集の延長だった。


 次は最初から、五人で一つの任務へ向かう。


「説明書があります」


 しおりは厚さ三センチほどの冊子を机へ置いた。


 表紙にはこう書かれている。


『秘密戦隊シークレットファイブ 初回正式任務行動要領』


 太陽が目を輝かせた。


「これ通りに動けばいいんですね!」


 しおりは答える前に、長く沈黙した。


 迅が冊子を一枚めくる。


「第一項。現場到着後、全員で整列し、順番に名乗る」


「いいじゃないですか!」


「第二項。敵の攻撃は名乗り終了まで待機するものとする」


「待たないでしょうね」


 ひかりが言った。


「第三項。レッドの合図で全員同時に前進」


「状況により無理です」


 夜子が言った。


「第四項。巨大戦時は必ず五人同時に搭乗」


「私、会社から呼ばれる可能性があるんですけど」


 美咲が言った。


 全員の視線が博士へ向く。


「完璧な説明書じゃろ?」


 博士は胸を張った。


 白石しおりは、聞かなかったことにするように目を閉じた。


 太陽だけが冊子を抱え、嬉しそうに笑っている。


「大丈夫です! 今日決めた通り、説明書で困ったらみんなで直しましょう!」


 美咲は一瞬、何か言おうとしてやめた。


 代わりに、小さく笑った。


「そうね。まずは、名乗っている間に撃たれない方法から考えましょうか」


 こうして秘密戦隊シークレットファイブには、固定のリーダーがいないことが正式に決まった。


 正確には、五人全員が必要な時だけ先頭に立ち、必要がなくなれば仲間へ場所を譲る。


 それは、戦隊としては面倒で、非効率で、説明書へ書きにくい仕組みだった。


 けれど一人を選び、残る四人が従うだけの形よりも、彼らにはずっと似合っていた。


 誰か一人が世界を救うのではない。


 五人が違うまま、同じ場所へ帰ってくる。


 そのための最初の約束が、ようやくできたのだった。

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