第7話 秘密は一人で抱えるものじゃない
桃園美咲は、駅前のコンビニで栄養ドリンクを一本買った。
レジの店員が、瓶と美咲の顔を交互に見る。
「袋はお使いになりますか」
「いりません」
「ストローは」
「栄養ドリンクにストローを付ける人、いるんですか」
「昨日、一人」
「世の中は広いですね」
会計を終えた直後、左腕のシークレットチェンジャーが震えた。
《本日十九時、SDF本部へ集合してください》
白石しおりからの一斉連絡。
《議題:直近六件の戦闘評価、および今後の部隊運用》
続けて。
《遅刻厳禁》
美咲は栄養ドリンクの蓋を開ける。
《残業の可能性があります》
蓋を閉じた。
「先に言わないでほしかった」
レッドから返信。
《了解です! 今日は追試ありません!》
ブルー。
《会議資料は事前共有を》
イエロー。
《十九時なら異世界側の夕食会議と重なりません》
ブラック。
《本部地下の西側廊下は、今夜通らないでください》
美咲は画面を見つめた。
《なぜ?》
《増えています》
《何が?》
《人数です》
美咲は栄養ドリンクを一気に飲んだ。
◇
同じ頃。
青葉高校の二年三組では、赤城太陽が窓際の席で英単語帳を開いていた。
「会議……」
太陽は小さく呟いた。
「何の?」
前の席から、篠原葵が振り返る。
「いや、独り言!」
「会議って言ったよね」
「家族会議!」
「今日?」
「たぶん!」
「何を話すの」
「今後の部隊運用!」
葵が黙る。
太陽も黙る。
「家庭内の?」
「そう! 掃除部隊とか、皿洗い部隊とか!」
「赤城くんの家、組織的なんだね」
「父さんが司令官で、母さんが最高司令官だ!」
「上下関係が分かりやすい」
隣の佐々木健太が笑う。
「お前は何担当だよ」
「現場!」
「一番使われるやつ」
太陽は笑いながら、チェンジャーの画面を伏せた。
会議。
六件の戦闘評価。
最初の戦いから、まだそれほど時間は経っていない。
それでも。
ブルーの正体に驚き。
イエローが講義中に異世界へ呼ばれ。
ブラックの怪異へ巻き込まれ。
ピンクが十五年も魔法少女を続けていると知り。
そして自分は、追試と家族の約束を両方守ろうとして、両方へ遅れかけた。
五人。
同じ戦隊。
けれど。
太陽は、四人のことをほとんど知らない。
本名と本業。
戦い方。
連絡すれば返事が来ること。
それだけ。
「チームって、何なんだろうな」
「今度はチーム?」
葵。
「独り言!」
「今日は多いね」
太陽は慌てて英単語帳へ目を落とした。
《cooperate》
協力する。
《trust》
信頼。
《secret》
秘密。
「……最後のだけは得意だな」
「赤城くん、秘密を守るの下手そう」
「得意だ!」
「今、秘密があるって自分で言ったよ」
太陽は単語帳で顔を隠した。
◇
午前八時。
青葉中央損害保険、事故対応課。
桃園美咲は、朝一番の電話を受けていた。
「はい。お怪我はありませんか。まず安全な場所へ移動してください」
電話の相手は、駐車場で軽い接触事故を起こしたという。
怒鳴る相手。
泣く運転手。
鳴り続けるクラクション。
受話器越しでも、現場の混乱が分かる。
「警察への連絡は済んでいますか」
『まだです。相手が先に金を払えって』
「その場で金銭のやり取りはしないでください。私たちが対応します」
『でも、私が悪いって』
「今、どちらが悪いかを決めなくて大丈夫です」
美咲は、相手の呼吸が落ち着くまで話す。
十五年前。
怪物を前にした人々へも、同じことを言った。
大丈夫。
私が来た。
今は逃げて。
あの頃は、自分が全部を解決できると思っていた。
今は違う。
警察。
救急。
修理工場。
相手側の保険会社。
事故は、一人では処理できない。
多くの人へつなぐことで、ようやく一つずつ片づいていく。
電話を終える。
後輩の加藤が書類を持って来た。
「桃園さん、昨日の案件なんですけど」
「机に置いて」
「今日、休日出勤ですよね」
「午前だけ」
「午後は予定ですか」
美咲の手が止まる。
親睦会。
同僚へ説明できる言葉ではない。
「知り合いと買い物」
「珍しいですね」
「どういう意味?」
「桃園さん、休みの日も一人で仕事してそうなので」
「今日はしない」
「本当に?」
「多分」
加藤は笑った。
「楽しんできてください」
美咲は答えず、書類へ目を落とす。
楽しむ。
訓練で。
戦隊の仲間と。
できるかどうかは分からない。
でも。
三分ぐらいなら。
何もしない時間を作ってもいいかもしれない。
◇
午前八時四十分。
蒼井迅は、外資系物流会社の会議室にいた。
壁面モニターへ、世界各地の港湾状況。
会議参加者は十二人。
迅の前には、二つの資料。
一つは物流遅延報告。
もう一つは、SDFが送ったサイレンスの解析データ。
『今週中の輸送量を十五パーセント増やしたい』
海外支社の責任者が言う。
「現状の港湾処理能力では不可能です」
『追加便を』
「乗員と整備時間が不足する」
『現場で調整を』
「現場は、数字を魔法で増やす場所ではありません」
迅の端末へ、ひかりからメッセージ。
《魔法でも船員は増やせません》
迅は一瞬だけ画面を見る。
会議内容は送っていない。
偶然。
あるいは、ひかりも似た話をしているのか。
返信。
《同意する》
すぐに返事。
《何のお話でしょう》
《こちらの事情だ》
《分かりました》
それ以上、聞かない。
互いの本業には秘密がある。
必要以上に踏み込まない。
それは距離ではなく、配慮でもある。
会議が終わる。
迅は一人、窓の外を見る。
青葉市。
平穏。
だが、過去六件の怪人出現地点は明確な意図を持つ。
今日の親睦会。
敵が監視している可能性もある。
迅は私服の上着へ、小型端末、止血材、ワイヤー、折り畳み工具を入れる。
最後に。
それらを全部出した。
白石からの指示。
《非任務時の過剰装備は禁止》
迅は考え。
止血材だけ戻した。
親睦会であっても。
事故は起きる。
◇
午前九時二十分。
黄瀬ひかりは、大学の講義室で補講を受けていた。
科目は比較文化論。
教授が黒板へ書く。
《異文化理解とは、自分の常識を疑うことである》
ひかりは丁寧にノートを取る。
異世界へ召喚された当初。
自分の常識は、ほとんど役に立たなかった。
王の前では頭を下げる。
食事の前に毒見役がいる。
夜に窓を開けてはならない。
竜鳥は鶏肉ではない。
魔王軍の兵士すべてが悪人ではない。
そして。
勇者は、何でもできる存在ではない。
教授が問う。
「相手を理解するために、最も大切なものは何でしょう」
学生たちが答える。
「言語」
「歴史」
「宗教」
「生活習慣」
ひかりは手を挙げる。
「一緒に食事をすることだと思います」
教授が微笑む。
「理由は」
「何を食べるかだけではなく、誰へ先に取り分けるか、何を残すか、食べながら何を話すかで、その人が分かることがあります」
異世界の仲間たち。
寡黙な騎士は、いつも最後にパンを取った。
魔法使いは、嫌いな豆を勇者の皿へ移した。
王女は、国民の前では少ししか食べなかった。
こちらの四人は。
何を食べるのだろう。
太陽は、きっと大盛り。
美咲は、仕事をしながら食べそう。
迅は、栄養だけで決めるかもしれない。
夜子は。
少し想像できない。
講義終了後。
ひかりの足元へ、淡い召喚陣が浮かぶ。
『勇者様! 至急、王宮へ!』
異世界からの声。
ひかりは時計を見る。
親睦会まで二時間。
「要件をお願いします」
『王宮の厨房で、竜鳥が逃げました!』
「討伐ですか」
『捕獲です! 今日の晩餐です!』
ひかりは目を閉じる。
「騎士団へ網を用意するよう伝えてください。私は三十分だけ伺います」
『三十分で捕まりますか』
「焼けば、とても美味しいですから」
召喚陣へ入る。
教授の言葉。
異文化理解。
今日の昼食で。
四人を少し理解できればいい。
◇
午前十時。
黒守夜子は、神社の裏手にある小さな納骨堂へいた。
朝から六件。
迷った者を送った。
病院で息を引き取った老人。
交通事故の現場から離れられない青年。
古い映画館の座席を探す女性。
名前を忘れた子供。
自分が死んだことへ気づかない会社員。
そして。
飼い主の家へ帰ろうとする犬。
最後の犬だけは、送るのに時間がかかった。
「あなたの家は、もうありません」
犬は首を傾げる。
「飼い主の方は、先に行っています」
尻尾を振る。
石段の上。
白髪の女性が手招きしている。
犬は走る。
一度だけ振り返る。
夜子は手を振った。
姿が消える。
祖母が納骨堂の入口へ立っていた。
「今日は出かけるのかい」
「はい」
「戦いかい」
「親睦会です」
「何と戦うんだい」
「人混みでしょうか」
祖母は笑う。
「同じ年頃の子たちと出かけるのは、初めてじゃないかい」
夜子は考える。
大学院の研究仲間と食事をしたことはある。
神社の手伝い同士で買い物へ行ったこともある。
けれど。
自分の本当の役目を知っている者たちと。
怪異の話を隠さず。
休日を過ごしたことはない。
「初めてかもしれません」
「なら、土産を買っておいで」
「何がよいですか」
「生きている人が食べるものなら、何でも」
「難しいです」
祖母は夜子の肩を叩く。
「分からなければ、聞けばいい」
聞く。
夜子には、少し難しい。
見えるものを説明すると、人は困った顔をする。
だから。
聞かれるまで話さない。
そうしているうちに。
聞くことも減った。
今日は。
一つぐらい。
自分から聞いてみよう。
「好きな食べ物を、聞いてみます」
「いい親睦会になりそうだね」
祖母の背後で、先ほど送った会社員がまだ立っていた。
夜子が見る。
「あなたは、先ほど送りました」
『忘れ物をしました』
「何を」
『伝言です。午後、人の多い場所へ行かない方がよいと』
「誰からですか」
『口だけの方です』
夜子の表情が変わる。
しかし。
会社員の姿は、そこで消えた。
◇
午前十一時十五分。
赤城家。
太陽は鏡の前で服を選んでいた。
赤いパーカー。
赤いシャツ。
赤い靴。
妹の日向が部屋の入口から見る。
「全部赤い」
「統一感!」
「目が痛い」
「仲間に分かりやすいだろ」
「誰と出かけるの」
「友達!」
「学校の?」
「違う!」
「部活?」
「みたいなもの!」
「秘密部?」
以前の言葉を覚えている。
太陽は慌てる。
「今日は親睦会!」
「何人?」
「五人!」
「男だけ?」
「違う!」
日向の目が細くなる。
「女の人いるんだ」
「いるけど、仲間だぞ」
「何歳?」
「高校生じゃない」
「大学生?」
「大学生と大学院生と会社員」
「お兄ちゃん、どこでそんな人たちと知り合ったの」
太陽は固まる。
言えない。
怪人に襲われた時。
謎の博士に選ばれ。
秘密戦隊になった。
「地域活動!」
「怪しい」
「街を守る活動!」
「消防団?」
「近い!」
「高校生は入れないでしょ」
「若者枠!」
日向はため息をつく。
「まあいいけど。変な人について行かないでよ」
「俺が守る側だ!」
「その自信が一番危ない」
太陽は赤いパーカーを着る。
日向が机の上を見る。
英語の単語帳。
開いたページに。
《trust》
信頼。
「友達なら、ちゃんと名前ぐらい聞きなよ」
「知ってるぞ!」
「好きな物とか、休みの日に何してるとか」
「……知らない」
「それ、友達?」
太陽は答えられなかった。
仲間。
友達。
違うのか。
同じなのか。
今日、少し分かるかもしれない。
「行ってきます!」
「お土産」
「何がいい?」
「自分で考えて」
「難しい!」
太陽は玄関を飛び出した。
◇
午後七時三分。
SDF青葉支部、地下第三区画。
五人は、円形の会議卓へ座っていた。
太陽。
制服。
迅。
仕事用のスーツ。
ひかり。
大学の講義で使ったノートを抱えたまま。
夜子。
黒いコートの裾に、見覚えのない白い手がしがみついている。
美咲。
会社帰りのスーツ姿で、机の下に栄養ドリンクを二本隠している。
白石しおりは全員を見回した。
「まず、遅刻者はいません」
「俺、三分遅れです!」
「会議開始を十九時五分へ変更しました」
「俺に合わせて!?」
「あなたが廊下で迷っている映像を確認したためです」
「地下が同じ景色なんです!」
夜子が太陽を見る。
「西側廊下を通りましたか」
「通ったけど、誰もいなかったぞ」
「六人ついて来ています」
太陽が固まる。
「今!?」
「後ろに」
太陽は振り返らなかった。
「会議中なので、あとにしてください!」
何に向かって言っているのか。
誰も追及しなかった。
白石がモニターを点ける。
過去の戦闘映像。
五人が、それぞれ別方向から怪人へ飛び込む。
映像が停止。
「この六件で、皆さんはすべて勝利しています」
太陽が胸を張る。
「はい!」
「しかし、作戦計画どおりに勝利した回数はゼロです」
胸を戻した。
「ゼロ……」
「怪人が出現するたび、誰かが本業中。先着した者が単独で交戦。残りの者が後から合流。最終的に五人の必殺技で撃破」
美咲が手を挙げる。
「毎回、倒せてはいます」
「偶然です」
「厳しい」
迅が映像を見る。
「否定はできない。敵がこちらの事情を把握していなかったから成立した」
「そうです」
白石は次の画面を出す。
青葉市の地図。
赤い点が六つ。
戦闘地点。
点を線で結ぶと、市の中心を囲む輪になる。
「これまでの怪人出現は、無作為ではありません」
ひかりが身を乗り出す。
「魔法陣に似ています」
夜子が言う。
「封印の外周です」
迅。
「包囲測定。敵は戦闘を通じて、こちらの対応時間と能力を記録している」
太陽が立ち上がる。
「じゃあ、今までの怪人は全部偵察だったのか!」
「可能性が高いです」
白石が映像を切り替える。
ノイズに覆われた影。
細長い人型。
頭部には、アンテナのような二本の角。
顔の位置には、口だけがある。
『聞こえるか、地上の雑音ども』
低い声。
『我はギアノクス情報統制局、断線参謀サイレンス』
映像の中で、口が笑う。
『お前たちの会話は多すぎる』
映像が途切れた。
会議室が静まる。
太陽が言う。
「断線参謀?」
「敵幹部級と推定しています」
白石。
「これまでの怪人とは、出力が違います」
美咲は三本目の栄養ドリンクを開けた。
「それを最初に言ってください」
「今、言いました」
「心の準備の話です」
天井スピーカーから、天才寺博士の声。
『そこでじゃ!』
全員が見上げる。
『チームワーク向上訓練を行う!』
太陽の目が輝く。
「合同特訓ですか!」
『違う!』
「違うんですか!?」
『親睦会じゃ!』
全員が黙った。
迅が白石を見る。
「合理的説明を」
「私にもありません」
『あるわい! おぬしらは互いを知らなすぎる! 戦闘中の連携は、日頃の会話から生まれる!』
「博士」
美咲が言う。
「私たちは、全員本業があります」
『明日は日曜日じゃ』
「私は休日出勤です」
『午前だけじゃろ』
「なぜ知ってるんですか」
『提出された予定表を見た』
「プライバシー」
『戦隊運用に必要な範囲じゃ!』
太陽が勢いよく手を挙げる。
「俺、空いてます!」
迅。
「午前十時まで会議」
ひかり。
「午前は大学の補講です」
夜子。
「午前中は、死者が多いです」
誰も詳しく聞かなかった。
白石は予定表を確認する。
「明日、十三時から十七時。青葉中央ショッピングモール」
「なぜショッピングモールなんですか」
迅。
『食事、買い物、娯楽が一か所にある!』
「博士が行きたいだけでは」
『わしは耳が遠いから、人混みは嫌いじゃ!』
「今、普通に聞こえてますよね」
『何じゃと!』
都合よく遠くなった。
白石が言う。
「任務扱いです。ただし変身は禁止。怪人が出現した場合のみ、通常任務へ移行します」
太陽は笑った。
「つまり、五人で遊べばいいんですね!」
「訓練です」
「遊びながら訓練!」
「訓練しながら遊ぶ、が正しいです」
美咲が静かに手を挙げる。
「拒否権は」
「ありません」
五人の初めての休日が。
決定した。
◇
翌日。
午後零時五十八分。
青葉中央ショッピングモール、正面入口。
太陽は、赤いパーカー姿で立っていた。
手には、手書きの紙。
《シークレットファイブ親睦会》
美咲は紙を見る。
「隠す気ある?」
「コードネームだから大丈夫です!」
「戦隊名そのままがコードネームなのよ」
迅が紙を取り上げ、四つ折りにする。
「敵に見られれば、集合地点を教えることになる」
「でも、みんな分からないかと思って」
「顔を知っている」
「私服だと分からないかなって」
ひかりが微笑む。
「私は分かりました。赤い服でしたので」
「だろ!」
夜子も頷く。
「後ろの方々も分かっていました」
「まだついて来てるの!?」
「増えました」
太陽は後ろを見ない。
五人は入口前に並んだ。
休日の家族連れ。
学生。
買い物袋を持つ人々。
誰も、この五人が街を守る戦隊だとは知らない。
太陽は嬉しそうだった。
「じゃあ、どこ行きます?」
「予定表では、最初に昼食」
迅。
「訓練に予定表があるの?」
美咲。
「白石が作成した」
迅は端末を見せる。
《十三時〇〇分 集合確認》
《十三時〇五分 移動》
《十三時十分 昼食》
《十三時五十分 相互理解のための自由会話》
《十四時十分 共同買い物》
《十五時 娯楽施設》
《十六時 反省会》
《十七時 解散》
美咲が言う。
「自由会話の時間を指定されると、一番話せなくなる」
「合理的ではある」
迅。
「合理的な人は、休日に分刻みの計画を立てないのよ」
ひかりが首を傾げる。
「異世界の王宮行事は、秒単位です」
「比較対象が悪い」
夜子がモールの上階を見る。
「十五時の娯楽施設は、やめた方がいいです」
「何かいるの?」
「昨日まで三人でした。今は四人です」
「人数で説明しないで」
太陽が両手を叩く。
「まず飯にしよう! 腹が減ったらチームワークも下がる!」
「それは正しい」
迅。
「そこだけ即答するのね」
美咲。
五人はフードコートへ向かった。
◇
フードコートは混んでいた。
五人分の席。
空いていない。
「二手に分かれますか」
ひかりが言う。
迅は首を振る。
「訓練目的に反する」
「じゃあ待つ?」
美咲。
「俺、探してきます!」
太陽が走る。
「走らない!」
美咲が腕を掴む。
その瞬間。
遠くで、子供の泣き声。
太陽がそちらを見る。
美咲も見る。
二人の反応は同時だった。
「迷子」
「行こう!」
迅が周囲を確認する。
「母親らしき人物は見えない。五歳前後。黄色い帽子」
ひかり。
「私が話します」
夜子。
「その子の後ろにいる方は、母親ではありません」
「今は黙っていて」
美咲。
五人は自然に子供を囲まない距離で近づいた。
ひかりが膝をつく。
「どうしましたか」
「おかあさん、いない」
「お名前は言えますか」
「ゆうと」
太陽が周囲を見回す。
「俺、探してくる!」
迅が止める。
「特徴を聞いてからだ」
「そうだった」
美咲が子供へ優しく聞く。
「お母さん、どんな服だった?」
「しろ」
「白い服ね。髪は長い?」
「うん」
「持っていた物は?」
「くま」
迅はフロア案内図を見る。
「この階に玩具店がある。クマの大きな紙袋を配布中」
ひかりが目を閉じる。
小さな風が広がる。
「泣きながら子供の名前を呼ぶ女性が、北側エスカレーター付近にいます」
美咲が視線を鋭くする。
「魔法は使ってないでしょうね」
「少しだけです」
「変身は禁止」
「風に尋ねただけです」
「それを魔法と言うのよ」
夜子が子供の背後を見ている。
「ついて来ている方が、北を指しています」
「そっちも能力じゃない?」
「見えているだけです」
太陽が笑う。
「みんな分かったなら、行こう!」
五人は子供と一緒に北側へ向かう。
十秒後。
白い服の女性が走って来た。
「悠斗!」
「おかあさん!」
抱き合う親子。
女性は何度も頭を下げた。
「本当にありがとうございます」
太陽が胸を張りかける。
美咲が肩を押さえる。
「名乗らない」
「分かってます!」
「今、名乗ろうとした顔だった」
「名乗らない正義もあります!」
親子が去る。
五人はしばらく、その背中を見送った。
迅が言う。
「役割分担の指示はなかった」
「でも、全員動いたな」
太陽。
「普段の仕事と同じことをしただけよ」
美咲。
「事故対応では、相手を落ち着かせ、必要な情報を集める」
「勇者は捜索任務も多いです」
ひかり。
「情報収集は任務の基本だ」
迅。
「夜守は、見失った者を元の場所へ戻します」
夜子。
太陽は自分を指した。
「俺は?」
「走ろうとした」
美咲。
「役に立ってない!」
「最初に泣き声へ気づいた」
迅。
「それで十分だ」
太陽は笑った。
「じゃあ、これがチームワーク?」
美咲は少し考える。
「たぶん。少なくとも、会議よりは」
その時。
モール内の時計が。
一秒だけ。
逆へ動いた。
迅だけが、それを見ていた。
◇
昼食を終えた五人は、予定表どおり「共同買い物」へ移った。
目的は、一人につき一つ、ほかのメンバーが選んだ物を買うこと。
白石が考案した相互理解訓練だった。
ただし予算は千円。
「千円で人間を理解できるなら、保険の面談も楽なんだけど」
美咲が言う。
「価格ではなく、選択理由が重要だ」
迅。
「誰が誰へ選ぶんですか」
ひかり。
迅が端末を見る。
「抽選結果。レッドからブルー。ブルーからイエロー。イエローからブラック。ブラックからピンク。ピンクからレッド」
太陽が迅を見る。
「ブルーに千円で買える物……」
「不要だ」
「訓練です!」
「なら受け取る」
五人は雑貨店へ入った。
太陽は最初から迷った。
迅。
世界級エージェント。
物流会社員。
きつねうどんの油揚げが好き。
「油揚げは雑貨じゃないしな」
美咲が横から言う。
「食品売り場ならある」
「プレゼントに油揚げ一枚ってどうですか」
「忘れられないと思う」
「いい意味で?」
「そこは保証しない」
迅は、ひかりへ贈る物を迷わず選んでいた。
小型の防水ノート。
丈夫な表紙。
鉛筆付き。
「早いですね」
ひかり。
「異世界側では、通信端末が使えないことが多い。記録手段は必要だ」
「ありがとうございます。ちょうど、召喚先で地図を書き直すことが多くて」
「紙は水で失われる」
「ドラゴンの唾液でも大丈夫でしょうか」
「その条件は想定していない」
美咲が言う。
「普通は想定しない」
ひかりは夜子へ贈る物を探していた。
明るい黄色のマグカップを手に取る。
「こちらはどうでしょう」
夜子が見る。
「眩しいです」
「お茶を飲む時だけでも、明るい色があるとよいかと」
夜子はもう一度見る。
黄色いカップ。
底には、小さな黒猫の絵。
「猫がいます」
「はい」
「この猫は、生きていますか」
「絵です」
「安心しました」
選択は決まった。
夜子は、美咲のために長く棚を見つめていた。
美容用品。
文房具。
菓子。
入浴剤。
夜子が選んだのは、小さな砂時計だった。
桃色の砂。
三分計。
美咲が受け取る。
「どうして砂時計?」
「三分間だけ、何もしない時間を作ってください」
「何もしない?」
「仕事も、魔法少女も、戦隊も」
夜子は真顔だった。
「三分では足りませんか」
美咲は砂時計を見る。
桃色の砂が、静かに落ちる。
「最初は三分ぐらいがいいかも」
夜子が小さく頷いた。
美咲は太陽へ贈る物を選ぶ。
赤いボールペン。
四色切り替え。
太陽は目を輝かせる。
「変形します!」
「色が変わるだけ」
「赤、青、黒、緑!」
「黄色と桃がない」
「五人そろわない!」
「文房具にそこまで求めないで」
美咲は替え芯も一緒に渡す。
「勉強に使いなさい」
「やっぱりそっちか!」
「戦隊の連絡事項も、学校の予定も、書かないから忘れるのよ」
「スマホに入れてます!」
「充電を忘れるでしょう」
「……使います」
最後まで決まらないのは太陽だった。
迅は何も要求しない。
実用品は自分で用意している。
趣味も分からない。
太陽は店内を三周した。
そして。
小さな青いキーホルダーを選ぶ。
ただの笛。
非常時に吹く、防災用ホイッスル。
迅が受け取る。
「理由は」
「ブルー、何でも一人でできるから」
「褒めているのか」
「でも、助けが必要な時は、これを吹いてください」
太陽は笑う。
「俺、聞こえたら走ります!」
迅はホイッスルを見る。
千円もしない。
世界級エージェントが持つ装備としては、あまりに単純。
しかし。
「了解した」
迅はスーツの内ポケットへ入れた。
太陽が嬉しそうに美咲を見る。
「受け取ってくれました!」
「見れば分かる」
「ブルー、ああいうのいらないって言いそうだったから!」
「本人の前で言わない」
迅が言う。
「不要とは言った」
「言ってた!」
「だが、用途はある」
太陽は笑った。
買い物を終えた五人は、ゲームセンターへ向かった。
白石の予定では「協力型娯楽を通じた役割確認」。
太陽は、四人用のゾンビシューティングゲームを指した。
「これ!」
「五人です」
ひかり。
「一人交代!」
美咲。
「なぜ休日にまで敵を撃つの」
迅。
「射撃精度の比較にはなる」
「あなたが言うと訓練になるのよ」
結局、太陽、ひかり、夜子、美咲の四人が先にプレイし、迅が後ろから見守ることになった。
開始三秒。
太陽は画面中央へ撃ち続ける。
「前! 前から来る!」
美咲。
「見えてる!」
「民間人を撃たない!」
「紛らわしい場所にいる!」
ひかりは銃型コントローラーを両手で構える。
「この武器は、魔力を込めてもよいですか」
「壊れるからやめて」
夜子は画面の端を見ている。
「一人、ゲームの敵ではない方がいます」
「今はゲームだけ見て!」
美咲の声が大きくなる。
迅が後ろから言う。
「レッド、右。イエローは中央。ブラック、リロード。ピンクは民間人を優先」
四人の動きが整う。
第一ステージ突破。
太陽が振り返る。
「ブルーもやろう!」
「外から指示する方が効率的だ」
「一緒にやるのが親睦会です!」
次のプレイでは迅が参加した。
結果。
迅は一発も外さなかった。
太陽が画面の成績を見上げる。
「九十九点!」
「一体、撃ち漏らした」
「十分でしょ」
美咲。
「動きが不自然だった。ゲーム側の処理落ちだ」
「そこまで分析しなくていい」
ひかりは、自分の三十八点を見て落ち込む。
「剣であれば」
「ゲームだから」
夜子の得点はゼロだった。
「ブラック、全然撃ってない?」
太陽。
「画面の後ろにいた方へ、道を譲っていました」
「ゲームセンターで成仏させないで!」
美咲。
五人は次に、クレーンゲームへ向かった。
景品は、赤い犬のぬいぐるみ。
太陽が百円を入れる。
一回。
失敗。
二回。
失敗。
三回。
「アームが弱い!」
迅が横から見る。
「重心は左後方。首ではなく胴体を押せ」
太陽が挑戦。
失敗。
美咲が挑戦。
失敗。
ひかりがコントローラーへ魔力を流そうとして止められる。
夜子が筐体へ顔を近づける。
「中にいる方が、押してくださるそうです」
「不正になるから断って」
美咲。
最後に迅が百円を入れる。
アームをぬいぐるみの横へ下ろす。
掴まない。
押す。
ぬいぐるみが出口へ落ちた。
太陽が歓声を上げる。
「すげえ!」
迅は景品を取る。
「計算どおりだ」
「誰がもらうの?」
ひかり。
四人が迅を見る。
迅はぬいぐるみを見る。
赤い犬。
太陽を見る。
「レッド」
「俺!?」
「最も欲しそうだった」
「でも、ブルーが取ったんだぞ」
「俺には不要だ」
太陽は受け取る。
「じゃあ、妹にやります!」
「自分で取ったと言うな」
「言いません!」
美咲が言う。
「そこは秘密を守れるのね」
太陽は赤い犬を抱えた。
その姿を。
天井の監視カメラが見ていた。
レンズの奥へ。
白い口が一瞬だけ浮かぶ。
五人は、まだ気づかなかった。
◇
昼食。
五人は、ようやく一つのテーブルを確保した。
太陽。
大盛りカツカレー。
美咲。
サラダとコーヒー。
迅。
きつねうどん。
ひかり。
巨大なハンバーガー二個。
夜子。
何も置いていない。
「ブラック、食べないのか?」
太陽。
「食べます」
「何を?」
「持って来ています」
夜子は黒い布包みを開く。
塩むすび。
一個。
太陽が言う。
「もっと食べた方がいいぞ」
「午前中に六人送りましたので、今は軽く」
「どこへ?」
「帰る場所へ」
「聞かない方がいいな!」
美咲がコーヒーを飲む。
「自由会話の時間らしいけど、何を話すの」
迅が端末を見る。
「相互理解につながる質問を、一人一つ」
「白石さん、本気で予定を作ったのね」
太陽が手を挙げる。
「じゃあ、好きな食べ物!」
「小学生の自己紹介?」
美咲。
「大事ですよ! 一緒に飯食う時、困らない!」
「合理性はある」
迅。
「あなた、今日は太陽くんに甘くない?」
「合理的な点を認めているだけだ」
ひかりが答える。
「私は、こちらの世界ではカレーが好きです」
「異世界では?」
「竜鳥の香草焼き」
太陽のスプーンが止まる。
「竜と鳥、どっち?」
「両方です」
「食べて大丈夫なやつ?」
「焼けば」
「そういう問題?」
迅。
「俺は、食事に好みを求めない」
美咲。
「絶対、好きな物あるでしょ」
「栄養と時間効率を満たせばいい」
「今、きつねうどんの油揚げを最後まで残してる」
迅の箸が止まる。
「偶然だ」
「好きだから最後に食べるんでしょ」
「分析するな」
太陽が笑う。
「ブルー、油揚げ好きなんだ!」
「情報管理上、口外するな」
「そんな重要情報!?」
夜子。
「私は、祖母の塩むすびです」
ひかり。
「よいですね」
美咲。
「私は甘いもの」
太陽が驚く。
「サラダ食ってるのに?」
「大人は、食べたいものだけ食べて生きられないの」
「今日ぐらい食えばいいのに」
「午後に眠くなるから」
「休みなのに?」
「休みでも」
太陽はカツを一切れ、美咲の皿へ置こうとする。
「いらない」
「じゃあ、デザート頼もう!」
「私はいい」
「俺が食べたい!」
「なら勝手に頼みなさい」
太陽は立つ。
美咲が言う。
「財布」
「あ」
座った。
「学校の制服じゃないと、ポケットが違う!」
「関係ない」
五人の間へ、初めて自然な笑いが起きた。
戦闘でも。
会議でもない。
ただの昼食。
太陽は思った。
こんな時間も。
悪くない。
その瞬間。
フードコートの大型モニターが。
すべて同時に消えた。
照明も。
館内放送も。
人々のスマートフォンも。
暗闇。
一秒後。
非常灯だけが点いた。
しかし。
ざわめきは起きなかった。
誰も。
声を出していない。
出せない。
太陽が口を開く。
「みんな――」
声が出ない。
美咲も。
迅も。
ひかりも。
夜子も。
無音。
大型モニターへ。
白い口だけが映った。
『会話は多すぎる』
断線参謀サイレンス。
『秘密を持つ者ほど、口を閉じるべきだ』
◇
サイレンスは、モニターの中で笑った。
『シークレットファイブ。お前たちは互いを知らぬ。にもかかわらず、言葉でつながったつもりでいる』
太陽はチェンジャーへ触れる。
通信不能。
変身コードも反応しない。
『言葉を奪えば、五人は五人のまま。決して一つにはなれぬ』
館内のシャッターが一斉に下りる。
階ごと。
通路ごと。
五人の間にも。
巨大な防火シャッター。
太陽と美咲。
迅。
ひかり。
夜子。
別々の区画へ分断される。
太陽がシャッターを叩く。
声は出ない。
美咲は反対側にいる。
叩き返す音。
三回。
二回。
三回。
意味は分からない。
迅は端末を開く。
画面は白いノイズ。
ひかりは指先へ魔力を集める。
光が散る。
夜子は周囲を見る。
背後にいたはずの者たちも、見えない。
音だけでなく。
通信。
魔力の伝達。
霊的な感覚。
すべてが断たれている。
『断線領域』
サイレンスの声だけが、頭の内側へ響く。
『つながりとは、線だ。線は切れる』
太陽は拳を握る。
シャッターへ叩き込む。
金属がへこむ。
もう一度。
しかし。
背後で、悲鳴にならない空気が揺れた。
エスカレーターが停止。
子供が転ぶ。
高齢者が、暗闇で立ち尽くす。
太陽はシャッターから離れた。
まず。
人を助ける。
言葉がなくても。
走る。
子供を抱き起こす。
母親の方へ連れて行く。
手振りで、落ち着くよう示す。
非常口を指す。
人々が動き始める。
誰かが太陽の袖を引く。
車椅子の男性。
停止したエスカレーターの向こうに、家族がいる。
太陽は頷く。
車椅子を持ち上げる。
階段へ向かう。
声がなくても。
やることは変わらない。
◇
美咲の区画では、暗闇の中で事故が起きていた。
厨房の揚げ物機。
停電で排気が止まり、油煙が広がる。
店員が消火器を探す。
美咲は手を叩く。
一度。
二度。
視線を集める。
指で役割を示す。
一人は客の誘導。
一人はブレーカー。
一人は消火器。
言葉が出なくても。
十五年。
現場で人を動かしてきた。
魔法少女として。
保険会社員として。
顔を見る。
手を見る。
迷っている者へ、次の一歩を示す。
美咲はハンカチを口へ当て、厨房へ入る。
油へ水をかけようとする若い店員の手を止める。
首を振る。
消火器を指す。
店員が理解する。
噴射。
火が消える。
美咲は息を吐く。
その時。
背後のモニターへ、サイレンスの口が映った。
『一人で十分ではないか、桃園美咲』
美咲の目が鋭くなる。
『十五年。一人で戦った。誰にも言わず、誰にも頼らず、希望を配った』
過去の映像。
十三歳の美咲。
学校帰り。
一人で怪物へ向かう。
大学生の美咲。
試験を抜ける。
社会人の美咲。
残業中に変身する。
『秘密は、一人で抱えるものだ』
美咲は、無言で首を振った。
違う。
そうしてきただけ。
正しかったからではない。
誰にも頼れなかったから。
頼り方を知らなかったから。
今は。
四人いる。
口の動きだけで言う。
「うるさい」
声は出ない。
サイレンスの口が歪んだ。
◇
迅は、モールの防災センターに近い区画へ閉じ込められていた。
通信不能。
監視カメラ停止。
電子錠封鎖。
だが。
機械は、電気がなければただの箱だ。
迅は壁の非常用パネルを外す。
配線。
切断。
予備電源へ手動接続。
扉が開く。
警備員が驚く。
迅は身分証を見せようとして、止める。
物流会社の社員証。
役に立たない。
代わりに、指で防災センターを示す。
警備員が首を振る。
危険。
迅は紙へ書く。
《館内放送を復旧させる》
警備員が書き返す。
《声が出ない》
迅。
《音ではなく、表示を使う》
二人は防災センターへ向かう。
途中。
自動ドアの向こうへ、黒い人影。
ギアノクスの兵士。
迅は消火器を投げる。
兵士が避ける。
その軌道へ、自分が入る。
肘。
膝。
床へ倒す。
変身していない。
それでも。
世界級エージェントは、十分に強い。
警備員が口を開ける。
迅は人差し指を口元へ当てる。
音はなくても。
静かに。
その背後。
モニターへサイレンス。
『蒼井迅。お前こそ、他者を必要としない』
世界各地の任務。
単独潜入。
偽名。
誰にも本当の目的を明かさない日々。
『仲間は弱点になる。情報は共有した瞬間、漏洩する』
迅は紙へ書く。
《正しい》
サイレンスが笑う。
迅は続ける。
《だから、共有する相手を選ぶ》
文字をモニターへ見せる。
《俺は、選んだ》
太陽。
美咲。
ひかり。
夜子。
未熟。
予定は合わない。
秘密は多い。
しかし。
命を守る判断だけは。
全員が同じ方向を向く。
それで十分だった。
◇
ひかりの区画。
玩具店と衣料品店の間。
避難しようとする人々の前へ、透明な壁。
サイレンスの断線領域。
物理的な距離ではない。
向こうが見えるのに、たどり着けない。
異世界で何度も見た。
魔王軍の隔離結界。
ひかりは手を壁へ当てる。
魔力が散る。
通常なら。
仲間の魔法使いへ解析を頼む。
聖騎士へ時間を稼いでもらう。
王宮へ連絡する。
今は。
一人。
ひかりは目を閉じた。
壁を壊すのではない。
つながりを戻す。
結界の向こうへ、小さな少女。
先ほどの迷子、悠斗の姉らしい。
泣いている。
声は聞こえない。
ひかりは掌を壁へ置く。
少女も真似る。
掌と掌。
透明な壁を挟んで重なる。
ひかりは微笑む。
魔力を押し込むのではなく。
相手の体温を想像する。
道を作る。
一点。
小さな亀裂。
広がる。
壁が砕ける。
人々が通る。
モニター。
サイレンス。
『黄瀬ひかり。お前には二つの世界がある。どちらにも属さず、どちらにも秘密を持つ』
大学の講義。
異世界の召喚。
友人との約束を破り。
王国の宴を欠席する。
どちらへ戻っても。
もう一方を説明できない。
『お前は常に、一人だ』
ひかりは首を振る。
紙を探す。
見つからない。
玩具店のスケッチボードを取る。
ペンで書く。
《一人の時間はあります》
《でも、一人ではありません》
その下へ。
《こちらにも、あちらにも、待っている人がいます》
最後に。
《今日は五人です》
サイレンスの映像へ掲げる。
◇
夜子の区画だけは。
誰もいなかった。
正確には。
生きている者が。
夜子は、閉じた映画館の前に立つ。
声が出ない。
霊の姿も見えない。
夜守にとって。
それは初めての静寂だった。
幼い頃から。
誰もいない部屋に誰かがいた。
通学路の角。
病院の窓。
神社の石段。
常に。
何かの声を聞いてきた。
うるさいと思ったこともある。
眠りたいと思った夜もある。
今。
完全に何も聞こえない。
夜子は胸へ手を当てる。
怖い。
怪異ではなく。
無音が。
モニターへ口。
『黒守夜子。お前の仲間は、生者ではない』
夜子の背後へ。
祖母の姿。
幼い夜子。
誰にも見えないものを見て、周囲から距離を置かれる。
『戦隊の者たちは、お前を理解しない』
夜子は、しばらく動かなかった。
やがて。
床へしゃがむ。
指先で埃へ文字を書く。
《理解されなくてもよい》
続ける。
《信じてもらえれば》
太陽は。
後ろに六人いると言っても、逃げながら信じた。
美咲は。
見えない存在を否定せず、「今は黙っていて」と言った。
迅は。
怪異の情報を戦術へ組み込んだ。
ひかりは。
異世界の精霊と同じように接した。
完全に理解してはいない。
でも。
疑わなかった。
夜子は立ち上がる。
映画館の扉へ手を当てる。
見えない。
聞こえない。
それでも。
いる。
「そこに、いますね」
声は出ない。
唇だけが動く。
扉の向こうから。
一度。
叩く音。
断線領域の中で。
唯一。
音が返った。
夜子は微笑んだ。
◇
SDF本部。
白石しおりは、すべてのモニターが途切れた管制室にいた。
「シークレットファイブ、応答してください」
返事はない。
「レッド」
無音。
「ピンク」
無音。
「ブルー。イエロー。ブラック」
天才寺博士が装置の裏から顔を出す。
『全回線が切られた!』
「復旧まで」
『最短三十分!』
「長すぎます」
『敵は通信だけでなく、個々の能力を結ぶ同期信号まで切っておる!』
五人の必殺技。
五つの異なる力を、一つへ束ねる。
情熱。
希望。
気。
魔法。
霊力。
同期できなければ。
合体必殺は使えない。
白石はモールの避難状況を見る。
部分的な電力は戻っている。
館内表示も。
誰かが動いている。
五人。
連絡は取れない。
指示も届かない。
それでも。
それぞれが救助を続けている。
「博士」
『何じゃ』
「回線を復旧しなくて構いません」
『何!?』
「一方向の信号だけ、送れますか」
『命令をか』
「違います」
白石はマイクへ手を置く。
「こちらの声を」
『しかし、返事は聞こえんぞ』
「必要ありません」
白石は深く息を吸う。
初めての出動から。
五人へ指示を出してきた。
止まれ。
待て。
合流しろ。
避難を優先。
勝手に動くな。
多くは守られなかった。
けれど。
五人が守らなかったのは。
人を助けるためだった。
なら。
今、送るべき言葉は。
命令ではない。
『一方向回線、十秒だけ開くぞ!』
白石はマイクへ言う。
「皆さん」
モールの五人へ。
「聞こえなくても、つながっています」
一秒。
「指示はありません」
二秒。
「いつもどおり、人を守ってください」
三秒。
「そして」
白石は少しだけ笑う。
「一人で抱えないでください」
回線が切れた。
◇
太陽のチェンジャーから。
白石の声が聞こえた。
一瞬だけ。
一人で抱えないでください。
太陽は立ち止まる。
背負っていた車椅子を安全な場所へ下ろす。
周囲を見る。
言葉はない。
通信もない。
でも。
同じモールの中に。
四人がいる。
自分がシャッターを壊せないなら。
向こうからも、誰かが壊そうとしているかもしれない。
太陽はシャッターへ戻る。
拳で叩く。
一回。
二回。
三回。
止める。
反対側。
一回。
二回。
三回。
美咲。
太陽は笑う。
今度は。
一定の間隔。
五回。
反対側からも五回。
合図。
同時に下から持ち上げる。
シャッターが軋む。
太陽は力を込める。
美咲の桃色の光が、隙間から漏れる。
変身できなくても。
魔法は完全には消えていない。
二人の力。
シャッターが上がる。
太陽と美咲が顔を合わせる。
声はない。
美咲が太陽の額を指で弾く。
勝手に突っ込むな。
多分。
太陽は頭を下げる。
ごめんなさい。
多分。
そして。
二人で次の区画へ向かう。
◇
迅は、防災センターの表示装置を復旧させた。
館内すべての案内モニターへ。
文字を出す。
《避難は中央階段を使用》
《エレベーター使用禁止》
《係員の指示に従ってください》
最後に。
《赤・桃・黄・黒は、屋上へ》
警備員が文字を見る。
何の意味か分からない。
迅は送信する。
モール各所。
太陽が画面を見る。
美咲も。
ひかりも。
夜子も。
屋上。
ブルーの指示。
言葉がなくても。
分かる。
◇
ひかりは、断線領域の亀裂を広げていた。
魔力を使うたび、腕が震える。
通信がない。
補助もない。
それでも。
館内モニターに文字。
《赤・桃・黄・黒は、屋上へ》
ひかりは笑う。
青。
自分を色で呼ぶ人は。
世界に一人しかいない。
床へ、簡易転移陣を描く。
本来なら。
一人用。
避難し遅れた人々を見る。
人数は十二。
ひかりは陣を広げる。
無理をするなと、仲間なら言う。
だが。
今は、仲間が屋上で待っている。
だから。
ここで全部を一人で抱えなくていい。
十二人を一階の安全区画へ送る。
自分は階段を走る。
◇
夜子は、映画館の扉を開けた。
中には。
声を失った霊たち。
生前、このモールが建つ前の土地にいた者。
誰にも気づかれず。
サイレンスの断線領域に捕らえられている。
夜子は、彼らへ頭を下げる。
頼みがある。
声は出ない。
だが。
夜守の頼みは、言葉だけで伝えるものではない。
屋上への道。
封鎖された防火扉。
夜子が一人で開けるには重い。
霊たちが扉へ集まる。
見えない手。
一つ。
二つ。
十。
百。
扉がゆっくり開く。
夜子は微笑む。
「ありがとうございます」
今度は。
小さく声が出た。
断線領域が、弱まり始めている。
◇
屋上。
迅が先にいた。
防災センターから非常階段を上がった。
続いて。
太陽と美咲。
ひかり。
夜子。
五人がそろう。
声は、まだ完全には戻らない。
太陽が手を上げる。
五本の指。
美咲が頷く。
迅が屋上中央を指す。
空間が歪む。
黒い線。
縦に裂ける。
断線参謀サイレンスが現れた。
映像ではない。
細長い黒い装甲。
両腕から伸びる無数のケーブル。
頭部の角が、アンテナのように振動する。
『集まったか』
五人は変身しようとする。
チェンジャーは反応しない。
『お前たちの変身は、互いの同期信号を必要とする。線はすでに切った』
太陽が一歩前へ出る。
サイレンスの腕が動く。
黒いケーブルが太陽を打つ。
転がる。
美咲が駆け寄る。
次のケーブル。
迅が間へ入り、受け流す。
ひかりが魔力弾を放つ。
散る。
夜子が札を投げる。
届く前に切断される。
『五人いても、五人分の弱さにすぎぬ』
サイレンスが両腕を広げる。
屋上へ黒い線が走る。
五人の間を分ける。
一歩近づこうとすると。
見えない壁。
太陽は壁を殴る。
『また一人で壊すか、レッド』
太陽の拳が止まる。
一人で。
いつも。
考える前に走る。
助けられた人もいる。
迷惑をかけた人もいる。
学校。
家族。
仲間。
一人で全部を守ろうとして。
全部へ遅れた。
太陽は、壁から手を離す。
周囲を見る。
美咲。
迅。
ひかり。
夜子。
声はない。
それでも。
太陽は拳を胸へ当てる。
次に。
五本の指を開く。
最後に。
中央を指す。
一人の力ではなく。
五人の力。
迅が理解する。
床へ指で線を引く。
五方向から中央へ。
美咲が頷く。
桃色の光を床へ流す。
ひかりが黄色い魔力を重ねる。
夜子が黒い札を置く。
迅が呼吸を整え、青い気を拳へ集める。
太陽は赤い情熱を。
チェンジャーではない。
回線でもない。
五人が。
同じ場所へ。
同じ瞬間に。
力を送る。
床の中央。
五色の光。
サイレンスが初めて後退する。
『同期信号は切ったはずだ』
美咲の声が戻る。
「信号がなければ」
迅。
「合わせればいい」
ひかり。
「見れば分かります」
夜子。
「見えないものも、ありますが」
太陽。
「それでも、いる!」
五人のチェンジャーが一斉に光る。
「シークレットチェンジ!」
赤。
青。
黄。
黒。
桃。
五つの装甲。
秘密戦隊シークレットファイブ。
屋上に並ぶ。
サイレンスがケーブルを放つ。
「散開!」
迅。
五人が別方向へ跳ぶ。
今度は。
分断ではない。
連携のために離れる。
レッドが正面。
ケーブルを引きつける。
「俺を見ろ!」
『最も単純な囮だ』
「単純だから分かりやすいだろ!」
ケーブルが集中。
ブルーが死角へ入る。
関節部へ気を打ち込む。
「右腕の出力低下」
イエローが跳ぶ。
聖剣ではなく、黄色い光の刃。
「断ちます!」
右腕のケーブルを切断。
サイレンスが左腕を振る。
ブラックの札が貼り付く。
「そこには、先ほどの方々がいます」
見えない手がケーブルを掴む。
『存在しないものに、我が線が』
「あなたに見えないだけです」
動きが止まる。
ピンクが杖を構える。
十五年分の希望。
淡い桃色の輪。
「一人で抱えている人へ」
光が広がる。
「助けを呼んでいいと、伝えるために」
サイレンスの断線領域へ亀裂。
館内の声が戻る。
泣き声。
呼びかけ。
避難誘導。
人々の声。
『雑音が……!』
サイレンスがよろめく。
太陽が踏み込む。
「声が多いんじゃない!」
拳。
「誰かがいるって、分かるんだ!」
腹部へ直撃。
サイレンスが吹き飛ぶ。
屋上の給水塔へ激突。
だが。
立ち上がる。
『認めぬ』
装甲が膨張。
黒い線が空へ伸びる。
『この街すべてのつながりを、切断する!』
白石の通信が戻る。
『全員、敵出力が急上昇!』
「白石さん!」
太陽。
『聞こえます。合体必殺を』
五人が並ぶ。
太陽が言う。
「でも、同期回線が」
迅。
「一度できた。もう一度できる」
美咲。
「回線に任せないで、相手を見る」
ひかり。
「呼吸を合わせます」
夜子。
「後ろの方々も、合わせるそうです」
「人数増えてない?」
「百二十四人です」
「多い!」
笑い。
戦闘中。
それでも。
五人の呼吸が同時に整う。
レッド。
「情熱!」
ピンク。
「希望!」
ブルー。
「気!」
イエロー。
「魔法!」
ブラック。
「霊力!」
五色の光が中央へ。
サイレンスが黒い波動を放つ。
『断線終局砲!』
五人は互いを見る。
誰も。
一人で前へ出ない。
「五つの秘密を、一つの力へ!」
「シークレット・ユニゾンブレイク!」
五色の奔流。
黒い波動と衝突。
屋上が揺れる。
モール中のガラスが鳴る。
サイレンスが叫ぶ。
『線は、切れる! つながりは、壊れる!』
太陽が叫び返す。
「切れたら、またつなぐ!」
美咲。
「話せなければ、隣を見る!」
迅。
「届かなければ、別の経路を作る!」
ひかり。
「離れても、待っています!」
夜子。
「見えなくても、います」
光が黒を押し返す。
サイレンスの装甲へ亀裂。
『理解不能――』
爆発。
黒い線が空で砕ける。
断線領域が消える。
館内の照明が戻る。
時計が動く。
スマートフォンへ、溜まっていた通知が一斉に届く。
モール中。
何百もの着信音。
太陽が耳を塞ぐ。
「一気にうるさい!」
美咲が笑う。
「でも、聞こえる方がいいでしょ」
「はい!」
◇
爆煙が晴れる。
サイレンスは。
まだ立っていた。
装甲は砕け。
片方の角も折れている。
しかし。
怪人たちのように爆散していない。
『なるほど』
声は弱い。
『これが、シークレットファイブ』
迅が構える。
「まだ戦えるのか」
『本日は、観測を完了した』
サイレンスの背後へ黒い裂け目。
太陽が走る。
「逃がすか!」
美咲が襟を掴む。
「一人で行かない!」
「でも!」
「全員で」
五人が同時に踏み出す。
だが。
裂け目が閉じる方が早い。
サイレンスの口だけが最後に残る。
『秘密は、必ず孤独を生む』
太陽が答える。
「なら、孤独なやつを見つける!」
口が笑う。
『次は、お前たちの秘密そのものを切る』
消えた。
屋上へ。
風。
五人はしばらく、立ち尽くした。
白石の通信。
『敵反応、消失。追跡不能です』
「逃げられました」
太陽。
『幹部級を撃退。モール内の死者ゼロ、重傷者ゼロ。十分です』
太陽は悔しそうに拳を握る。
迅が言う。
「目的は観測。こちらの連携方式を見せた」
美咲。
「でも、見せなければモールを守れなかった」
ひかり。
「次は、見せた上で勝ちます」
夜子。
「次は、後ろの方々も先に配置します」
「それはちょっと怖い」
太陽。
変身を解除。
五人は、休日の服へ戻る。
屋上の時計。
午後四時十二分。
迅が予定表を見る。
「十六時、反省会」
美咲が額へ手を当てる。
「本当にやるの?」
白石。
『実施します』
「聞いてたの!?」
『通信は復旧しています』
太陽が笑う。
「じゃあ、フードコート戻りましょう! 俺、デザート食ってない!」
「戦闘後に食べるの?」
「戦闘後だから!」
ひかり。
「私も、ハンバーガーをもう一つ」
「三個目?」
迅。
「きつねうどんは、もうないだろう」
美咲が見る。
「油揚げ、食べ損ねたの気にしてる?」
「気にしていない」
夜子。
「塩むすびが一つ残っています」
「食べるか?」
「ブルーさんへ」
迅は少し黙る。
「……受け取る」
五人は屋上を下りた。
◇
午後四時三十分。
営業を一部再開したフードコート。
五人は、同じテーブルへ戻っていた。
白石も、本部から到着した。
天才寺博士は、遠隔端末の画面の中。
『親睦会の成果は十分じゃ!』
「怪人が出ましたけど」
美咲。
『実戦以上の訓練はない!』
「絶対、想定外でしたよね」
『何じゃと!』
また耳が遠くなった。
白石は端末を開く。
「反省会を始めます」
太陽がパフェを食べながら手を挙げる。
「はい!」
「食べながらで構いません」
「優しい!」
「早く終わらせたいので」
「理由が違った!」
白石は一人ずつ見る。
「まず、断線領域内での行動。レッド」
「人を助けました!」
「シャッターを一人で壊そうとしました」
「途中でやめました!」
「成長です」
太陽が固まる。
「今、褒めました?」
「記録上の評価です」
「もう一回!」
「次。ピンク」
「流された」
美咲。
「私は?」
「避難誘導、初期消火、レッドとの合流。適切です。ただし、魔法を使って厨房へ入った際、防護が不十分」
「変身できなかったの」
「だからこそ入らない判断も必要です」
「……はい」
「ブルー。防災センター復旧、情報表示。適切です」
迅が頷く。
「ただし、警備員へ身分を説明していません」
「説明不能だった」
「後で、物流会社員が侵入者を徒手で制圧したと報告されています」
「処理する」
「私が処理します」
「助かる」
「イエロー。避難者十二名の転移」
「はい」
「一人用の術式へ十二名は危険です」
「全員無事でした」
「結果ではなく判断の話です」
「……はい」
「ブラック」
「はい」
「館内にいた霊的存在百二十四体を、無許可で作戦参加させました」
「ご本人たちの許可は得ました」
「SDFの許可です」
「皆さん、協力的でした」
「その報告書を、誰が確認すると思いますか」
「白石さん」
「そうです」
白石は深く息を吐く。
「総評」
五人が姿勢を正す。
「指示も通信もない状況で、各自が市民救助を優先。その後、自主的に合流し、幹部級を撃退しました」
太陽が期待の目で見る。
美咲も。
ひかりも。
夜子も。
迅だけは表情を変えない。
「作戦計画どおりではありません」
太陽の肩が落ちる。
「しかし」
白石は続けた。
「初めて、五人で勝ちました」
誰もすぐには話さなかった。
太陽が笑う。
「今までも五人で必殺技を使いましたよ」
「今までは、五人が同じ場所にいただけです」
白石。
「今日は、互いを見ていました」
美咲がコーヒーを飲む。
「親睦会、意味あったのね」
「迷子を助けた時点で、成果は確認できました」
迅。
「敵は、そこを見ていた可能性がある」
「サイレンスも親睦会へ参加してたってこと?」
太陽。
「絶対、仲良くなれないわね」
美咲。
ひかりが言う。
「次に会った時、話をしてみます」
「敵幹部と?」
「言葉を奪うほど、言葉を恐れているのかもしれません」
迅が考える。
「可能性はある。情報統制を絶対視する者ほど、不確定な会話を嫌う」
夜子。
「口しかありませんでした」
「そこ、物理的な話?」
太陽。
「はい」
「怖い!」
美咲は、テーブルの五人を見る。
まだ。
知らないことは多い。
迅がどこの国へ行っているのか。
ひかりが異世界で何を背負っているのか。
夜子が毎夜、誰を送っているのか。
太陽がなぜ、あれほど迷わず走れるのか。
そして。
自分が十五年の間に、何を失ったのか。
すべてを話す必要はない。
秘密はある。
でも。
秘密があることと。
一人でいることは。
同じではない。
太陽がパフェの最後の一口を食べる。
「次の休み、どこ行きます?」
美咲。
「もう次があるの?」
「今日は途中で怪人が出たから、やり直し!」
「十分やったでしょ」
ひかり。
「動物園はいかがですか」
夜子。
「夜の動物園は、増えます」
「何が?」
「飼育数です」
「昼にしよう!」
迅。
「動物園なら、監視経路を事前に確認する」
「遊びに行くんだぞ!」
白石が予定表を開く。
「全員の次の共通休日は、三週間後です」
美咲が驚く。
「調べたの?」
「任務運用に必要な範囲です」
太陽は嬉しそうに言う。
「じゃあ、決まり!」
五人の端末が同時に鳴る。
全員が身構える。
怪人警報ではない。
白石からの予定共有。
《三週間後 十三時 親睦訓練(仮)》
美咲はため息をついた。
しかし。
拒否はしなかった。
◇
同日、午後十一時四十分。
ギアノクス情報統制局。
断線参謀サイレンスは、暗い部屋へ片膝をついていた。
砕けた装甲。
折れた角。
正面には、巨大な影。
『観測結果を報告せよ』
「シークレットファイブは、個々の能力では脅威ではありません」
『では、なぜ敗れた』
「能力ではなく、判断が同期します」
『通信を切ったはずだ』
「彼らは、通信を必要としませんでした」
サイレンスは拳を握る。
「秘密を持ちながら、互いを信じている」
『矛盾だ』
「はい」
『ならば、秘密を暴け』
巨大な影の前へ。
五枚の映像。
赤城太陽。
蒼井迅。
黄瀬ひかり。
黒守夜子。
桃園美咲。
『信頼は、知らないから成立する』
影が笑う。
『知れば、壊れる』
サイレンスの口も笑う。
「次は、彼らの秘密を切断します」
五枚の映像のうち。
一枚。
桃園美咲の映像が拡大される。
十三歳。
希望魔法少女ミラクルブロッサム。
初めての変身。
その隣に。
もう一人の少女が映っている。
美咲と同じ制服。
同じ年頃。
しかし。
顔だけが黒く塗り潰されている。
『まずは、十五年前の秘密からだ』
画面が消えた。




