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秘密戦隊シークレットファイブ ~戦隊やってて副業はありなんですか?~  作者: 芦名 雅


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第6話 正義は追試を待ってくれません

午前六時四十二分。


赤城太陽は、目覚まし時計が鳴る三分前に目を覚ました。


理由は、正義感でも、戦隊の特殊能力でもない。


枕元のスマートフォンが、短い間隔で十二回震えたからだった。


「敵襲!?」


太陽は布団を跳ね飛ばした。


右手を伸ばす。


シークレットチェンジャー。


ない。


机の上。


昨日、充電器へ挿したままだ。


代わりに手へ触れたのは、赤いペンで大きく丸を付けられた答案用紙だった。


《二十二点》


その下へ。


《追試合格。ただし次回は通常試験で三十点以上取ること》


英語教師の田中が、力強い筆圧で書いている。


「……敵じゃなかった」


スマートフォンを見る。


通知はすべて、クラスのグループメッセージだった。


《今日の一限、英語小テスト》


《範囲どこ》


《教科書四十八から五十二》


《赤城、生きてる?》


《追試合格したからって油断するなよ》


《田中先生、次は三十点って言ってたぞ》


《起きろレッド》


最後の一文を書いたのは、同じクラスの佐々木健太だった。


戦隊の正体は知らない。


単に太陽が赤いものを好み、体育祭でも赤組の応援団をしていたから、昔からレッドと呼ぶだけだ。


太陽は返信する。


《起きた! 正義は二度寝しない!》


すぐに。


《勉強も二度寝するな》


と返ってきた。


太陽は机へ向かう。


教科書を開く。


四十八ページ。


英文。


《People often think that heroes are special.》


「ピープル、オーフン……」


太陽は眉間へ力を入れた。


「英雄は、特別な……人々をよく考える?」


違う気がする。


非常に違う気がする。


スマートフォンがもう一度震えた。


今度はSDFの専用回線。


太陽の背筋が伸びる。


《定時コンディション確認》


白石しおりからだった。


《睡眠時間、体調、出動可能時間を入力してください》


太陽は入力する。


《睡眠七時間。体調最高。今日は十六時まで学校。十六時三十分から妹と買い物。十八時から勉強》


送信。


一秒後。


《最後の予定が最も重要です》


さらに、美咲から。


《勉強は予定じゃなくて義務》


迅から。


《英語の範囲を送れ。移動中に確認する》


ひかりから。


《小テストで困る単語があれば、私も分かる範囲で》


夜子から。


《教科書の四十九ページ、挿絵の窓に一人います。見ない方がよいです》


「そこ!?」


太陽は教科書を閉じた。


勉強する意欲が、別の意味で少し下がった。



赤城家の朝は、静かではない。


「お兄ちゃん、牛乳取って」


「はい!」


「太陽、新聞」


「はい!」


「その前に自分の味噌汁を飲みなさい」


「はい!」


「返事だけは百点ね」


母、赤城明美が言った。


父、赤城陽一は新聞を広げている。


妹の赤城日向は、中学二年生。


太陽とは三歳違う。


兄妹仲は悪くない。


ただし。


日向は兄を尊敬していない。


「今日、忘れてないよね」


「何を?」


日向が箸を止める。


明美も止める。


陽一は新聞を少し下げた。


食卓の空気が変わる。


太陽は記憶を探る。


学校。


小テスト。


放課後の補習。


SDFの定時確認。


妹。


買い物。


「あっ」


「今思い出した」


「思い出してた! 確認しただけだ!」


「何を確認したの」


「約束の重要性を」


「忘れてたんじゃん」


日向はため息をついた。


今日、日向は美術部の展示会で使う色紙と額縁を買いに行く。


数日前、太陽が自分から荷物持ちを申し出た。


理由は。


日向が画材店の大きな額縁を一人で持ち帰ろうとしていたから。


「十六時半、駅前」


「分かってる!」


「遅れたら置いていく」


「十分前に行く!」


「十分前に来たこと、一度もないでしょ」


「今日は来る!」


日向は疑わしそうな目を向ける。


太陽は胸を叩いた。


「正義の味方は約束を守る!」


「正義の味方じゃなくても守って」


太陽の箸が止まる。


もちろん。


日向は知らない。


兄が本当に正義の味方であることを。


誰にも言えない。


家族にも。


戦隊活動は、秘密の副業。


第一条。


正体を明かしてはならない。


太陽は笑った。


「任せろ!」


明美が弁当箱を差し出す。


「学校にも遅れないで」


「行ってきます!」


「太陽」


玄関へ走りかけた背中へ、陽一が声をかける。


「答案」


「持った!」


「英語の教科書」


「持った!」


「靴」


太陽は足元を見る。


スリッパだった。


日向が額へ手を当てた。


「世界を救う前に、玄関を突破できないね」


「何の話だ!」


「別に」


日向は、少しだけ笑った。



午前八時二十三分。


青葉市立青葉高校、二年三組。


太陽は教室へ滑り込んだ。


「セーフ!」


「アウトだ」


担任の長谷川が、教卓の横へ立っていた。


「チャイムはまだです!」


「廊下を走った」


「そこですか!」


「あとシャツが出ている」


太陽は慌てて直す。


健太が窓際の席から笑う。


「今日も朝からレッドだな」


「何がだ!」


「うるさい、速い、目立つ」


「褒めてる?」


「色しか合ってない」


太陽は自席へ座る。


前の席の少女が振り返る。


篠原葵。


学級委員。


成績は学年上位。


「赤城くん、小テストの勉強した?」


「朝、した!」


「何分?」


「七分!」


「正直だね」


「四十九ページは開かない方がいいぞ」


「どうして?」


「窓に一人いる」


葵は黙った。


健太も黙った。


太陽は気づく。


「いや、比喩!」


「何の?」


「英語の!」


「英語にそういう表現あった?」


「独特なやつ!」


便利な言葉だった。


異世界も。


怪異も。


世界級エージェントも。


秘密を話せない時は、全部「独特な比喩」で乗り切れる。


乗り切れているかは別として。


田中先生が入ってきた。


教室へ緊張が走る。


「教科書を閉じろ。小テストを配る」


太陽は背筋を伸ばす。


紙が回ってくる。


一問目。


《special》


特別。


二問目。


《ordinary》


普通。


三問目。


《responsibility》


「……長い」


「赤城、単語へ文句を言うな」


「はい!」


責任。


迅から送られてきたメッセージにあった。


《responsibilityは、引き受けた役目を最後まで果たすことだ》


太陽は答えを書く。


四問目。


《promise》


約束。


日向の顔が浮かぶ。


書く。


五問目。


《A hero is not someone who can do everything alone.》


太陽は止まった。


ヒーローは。


一人で全部できる誰かではない。


多分。


そういう意味だ。


最初の戦いでは。


一人で怪人へ飛び込んだ。


その後。


青。


黄。


黒。


桃。


五人になった。


太陽は訳を書く。


《ヒーローとは、一人でなんでもできる人ではない》


自信はある。


文法にはない。


意味に。


その時。


左腕のシークレットチェンジャーが、ごく小さく震えた。


授業中モード。


音は鳴らない。


白石からの通知。


《青葉西工業団地で微弱反応。現在は監視のみ。出動不要》


太陽は答案へ視線を戻す。


出動不要。


なら。


今は学生だ。


小テストを最後まで受ける。


五分後。


田中先生が答案を回収した。


太陽は大きく息を吐いた。


「やり切った……」


「戦場帰りみたいな顔するな」


健太。


「俺にとって英語は戦場だ」


「毎週敗戦してるじゃん」


「今日は勝った気がする!」


葵が言う。


「それ、先週も言ってたよ」



午前十時五十二分。


青葉西工業団地。


白石しおりは、監視画面を見つめていた。


地下熱源。


金属振動。


ギアノクス特有の空間歪曲。


だが。


反応は弱い。


天才寺源一郎博士が、画面へ顔を近づける。


『小型偵察機かもしれんのう』


「侵入経路は」


『下水。あるいは搬入コンテナ』


「現場班を派遣します」


『戦隊は』


「現在、全員が本業中です」


『レッドは学校じゃろ』


「本業です」


『高校生が本業と言われると、少し不思議じゃな』


「本人にとっては最優先です」


白石は五人の予定表を見る。


ピンク。


事故調査の立ち会い。


ブルー。


海外物流会議。


イエロー。


大学講義。


ブラック。


研究発表と神社の封印点検。


レッド。


学校。


十六時三十分から家族予定。


十八時から勉強。


白石は一番下の行を見て、少しだけ頷いた。


登録された予定は。


守るべき日常だ。


それを壊さないための組織である。


戦隊を運用するために、日常を破壊してはならない。


まだ。


反応は微弱。


「監視を継続。召集は保留します」



正午。


太陽は購買へ走った。


「焼きそばパン一つ!」


「売り切れ」


「じゃあカレーパン!」


「売り切れ」


「メロンパン!」


「ある」


「それを!」


最後の一個。


太陽が手を伸ばす。


同時に。


小さな手が横から伸びた。


一年生らしい男子生徒。


太陽を見る。


パンを見る。


もう一度太陽を見る。


「どうぞ」


太陽は手を引いた。


「え」


「俺、ほかの買うから」


「でも」


「成長期だろ!」


「先輩もですよね」


「俺は正義で育つ!」


男子生徒は困った顔でメロンパンを受け取った。


結局。


太陽の昼食は、牛乳と魚肉ソーセージになった。


健太が呆れる。


「お前、そういうところだけは本当にヒーローっぽいよな」


「そういうところだけ?」


「勉強以外」


「勉強も今日からヒーローになる!」


葵が答案を持って来た。


「田中先生、もう採点したって」


「早い!」


「赤城くん、二十八点」


「よっしゃあ!」


「五十点満点だよ」


「三十点まであと二点!」


「目標が低い」


それでも。


二十二点から二十八点。


六点上がった。


太陽は答案をSDF回線へ送ろうとする。


指が止まる。


白石に、私用するなと言われている。


普通の連絡アプリを開く。


しかし。


五人の普通の連絡先は知らない。


戦隊回線しか、つながっていない。


「……まあいいか!」


送信。


《二十八点でした!》


白石。


《戦隊回線を私用しないでください》


前と同じ。


美咲。


《あと二点。惜しい》


迅。


《前回比二十七パーセント向上。継続しろ》


ひかり。


《努力が結果へ出ています。おめでとうございます》


夜子。


《答案の右上に、小さな手形があります》


太陽は答案を見る。


赤い手形。


田中先生のスタンプだった。


《先生のスタンプです!》


《安心しました》


太陽は笑った。


健太が覗き込む。


「誰と話してるんだ?」


「仲間!」


「部活?」


「みたいなもの!」


「何部」


「秘密部!」


「怪しい」


葵が笑う。


「でも、赤城くん最近ちょっと楽しそうだね」


「前から楽しいぞ!」


「前より」


太陽は考える。


戦うことが楽しいわけではない。


怪人が出ることを喜んでいるわけでもない。


ただ。


自分が走り出した時。


同じ方向へ走る人がいる。


それは。


少し嬉しい。


「仲間が増えたからかな」


葵は何も聞かなかった。


「よかったね」


「うん!」


その瞬間。


校舎が小さく揺れた。


窓ガラスが鳴る。


生徒たちの声が止まる。


二秒。


三秒。


揺れは収まった。


「地震?」


健太が言う。


太陽の左腕が震える。


《警戒レベル上昇。青葉西工業団地。全員、待機》


まだ。


出動ではない。


太陽は窓の外を見る。


西の空。


黒い煙が一本。


細く上がっていた。



午後一時十五分。


五時間目。


現代文。


長谷川が黒板へ書く。


《普通とは何か》


「今日の題材は評論文だ。筆者は、普通という言葉は多数派を表すようで、実際には人によって基準が異なると述べている」


太陽はノートへ書く。


普通。


赤城太陽。


十七歳。


高校二年生。


父と母と妹がいる。


英語が苦手。


運動は得意。


困っている人を見ると、考えるより先に動く。


そして。


秘密戦隊のレッド。


普通ではない。


しかし。


自分以外の四人は、もっと普通ではない。


世界級エージェント。


異世界帰還勇者。


神社の夜守。


十五年目の魔法少女。


太陽は鉛筆を止める。


自分だけ。


何もない。


特殊な訓練も。


魔法も。


霊力も。


長い戦歴も。


なぜ。


自分がレッドなのか。


天才寺博士は、適合率が最高だったと言った。


白石は、人命を優先する判断が一貫していると言った。


でも。


それだけで。


ほかの四人の前へ立っていいのか。


「赤城」


「はい!」


「今、どこを読んでいた」


「普通について考えてました!」


「授業も普通に聞け」


「はい!」


教室に笑いが起きる。


太陽も笑った。


だが。


胸の奥へ残った疑問は。


消えなかった。



午後二時三十一分。


工業団地の地下で。


何かが動いた。


廃棄された自動倉庫。


搬送用コンベア。


積み上げられた金属部品。


その中心へ。


緑色の光が走る。


『勤労! 納期! 効率!』


金属音。


巨大な影が立ち上がる。


全身を時計と歯車で覆った怪人。


右腕はタイムカード打刻機。


左腕は巨大なホチキス。


背中には、秒針のような刃。


『我が名は、タイムカードン!』


ギアノクス工業侵攻部門。


勤務管理怪人。


『この街の全ての時間を、我が業務表へ登録する!』


右腕を地面へ叩きつける。


青い波紋が広がる。


工場。


事務所。


道路。


学校。


街中の時計が。


同時に。


午後二時三十一分で止まった。



青葉高校。


教室の時計が止まる。


長谷川が腕時計を見る。


同じ時刻。


生徒たちのスマートフォンも。


午後二時三十一分。


秒が進まない。


「故障?」


「全部?」


ざわめき。


太陽のチェンジャーが震えた。


《怪人出現。青葉西工業団地。現在、周辺時間停止現象を確認》


続けて。


《シークレットファイブ、招集》


太陽は立ち上がりかける。


止まる。


授業中。


あと二十分。


その後は掃除。


補習。


十六時半。


日向との約束。


だが。


怪人。


時間停止。


人が巻き込まれている。


太陽は手を挙げた。


「先生!」


「トイレなら早く行け」


「まだ何も言ってません!」


「顔に書いてある」


「急用です!」


「どんな」


言えない。


工業団地で怪人が時間を止めています。


言えるはずがない。


「……お腹が」


「元気そうだが」


「急に!」


長谷川は太陽を見る。


何度目かの不自然な早退。


最初に校内へ怪人が現れた日。


保健室から消えた。


昨日も。


放課後の補習へ遅れた。


「赤城」


「はい」


「授業が終わったら話がある」


「でも!」


「座れ」


強い声。


太陽は座った。


チェンジャーを見る。


通信。


ピンク。


《現場まで十五分。事故現場を離れられない》


ブルー。


《物流会議中。抜けるまで八分》


イエロー。


《大学構内に召喚陣。異世界側も緊急です》


ブラック。


《工業団地の地下封印へ影響。先にそちらを止めます》


全員。


すぐには行けない。


太陽は拳を握る。


自分は。


学校。


授業。


ほかの四人に比べれば。


軽い。


事故対応。


世界規模の任務。


異世界。


封印。


自分だけ。


ただの授業。


《レッド、現在地から現場まで最短十二分》


白石。


《ただし、学校を無断で離れないでください》


太陽は驚く。


《でも、みんな行けません!》


《現場班が避難誘導中です。二分で状況を確認します》


《二分で怪人が何かしたら!》


《その時は私が召集します》


《今行けば間に合います!》


《レッド》


白石の文字。


《あなたの本業も、守る対象です》


太陽は画面を見つめる。


授業。


学校。


約束。


守る対象。


でも。


工業団地で。


誰かが危険かもしれない。


窓の外。


煙が太くなる。


遠くで。


爆発音。


太陽は立った。


「先生、すみません!」


「赤城!」


「あとで絶対、説明します!」


「今説明しろ!」


「できません!」


太陽は教室を飛び出した。


長谷川の声。


クラスメイトのざわめき。


全部を背中へ受けて。


階段を下りる。


昇降口。


靴を履き替える時間も惜しい。


上履きのまま校門へ向かう。


「赤城くん!」


後ろから。


葵。


太陽は止まる。


「どこ行くの」


「急用!」


「また?」


「ごめん!」


「待って」


葵が、太陽の外靴を持っている。


「せめて履いて」


「あ」


「本当に世界を救いに行くみたいな顔してる」


太陽は息を止めた。


葵は笑う。


「冗談」


「……ありがとう!」


靴を受け取る。


「あとでちゃんと戻ってきて」


「絶対戻る!」


太陽は走った。



校門を曲がり。


人目がなくなった場所で。


チェンジャーを掲げる。


「シークレットチェンジ!」


赤い光。


装甲。


マスク。


シークレットレッド。


跳躍。


ビルの屋上。


道路標識。


電柱。


街を一直線に駆ける。


『レッド、独断出動です』


白石の声。


「あとで怒られます!」


『今も怒っています』


「現場は!」


『工業団地の従業員八十六名。全員避難中。ただし一名、倉庫内に残っています』


「やっぱり!」


『現場班が救助へ向かっています』


「俺が先に行きます!」


『レッド、指示を』


「聞きます!」


『聞いてから動いてください』


「動きながら聞きます!」


『それを独断と言います』


白石は、ため息をついた。


『残留者は工場長、五十八歳。倉庫の停止装置を操作し、従業員を逃がしました。現在、タイムカードンの近くです』


「工場長を先に!」


『怪人の能力は、対象へ業務時間を強制するものです。打刻された者は、命令された作業を完了するまで動きを止められません』


「時間を止めるんじゃないんですか?」


『正確には、同じ作業を繰り返させます』


工業団地が見える。


敷地内。


従業員たちが、避難路の途中で同じ動作を繰り返している。


歩く。


三歩。


戻る。


三歩。


また戻る。


フォークリフトが前進と後退を繰り返す。


搬送機が同じ箱を上げ下げする。


「止めます!」


『レッド、待ってください』


聞こえた時には。


太陽は倉庫の屋根を突き破っていた。



「うおおおおお!」


着地。


床が割れる。


タイムカードンが振り返る。


『遅刻者発見!』


「誰が遅刻だ!」


『予定時刻より三分遅い!』


「俺は呼ばれて十二分で来たぞ!」


『業務開始時刻は、我が決める!』


打刻機の腕が伸びる。


太陽は避ける。


床へ。


《出勤》


赤い文字。


波紋。


太陽の足が止まる。


「え」


『業務命令! 倉庫内の箱を全て所定位置へ戻せ!』


太陽の体が勝手に動く。


箱を持つ。


棚へ置く。


次の箱。


「なんだこれ!」


『仕事は最後まで! 休憩は禁止! 私語厳禁!』


「いい会社じゃない!」


『侵略組織に福利厚生を求めるな!』


太陽は箱を運びながら、周囲を見る。


奥。


工場長が、非常停止レバーを上げ下げし続けている。


手が血で濡れている。


「大丈夫ですか!」


『私語厳禁!』


ホチキスの腕。


巨大な針が飛ぶ。


太陽の肩へ刺さる。


「ぐっ!」


それでも。


箱を置く。


次。


体が止まらない。


『レッド、聞こえますか』


白石。


「聞こえます! 体が勝手に!」


『命令を完了すれば解除されます』


「箱、何個ですか!」


『倉庫内推定、四千二百』


「今日中に終わらない!」


『だから待てと言いました』


「反省はあとで!」


『今してください』


タイムカードンが笑う。


『正義の味方も労働者! 契約時間から逃げられぬ!』


太陽は箱を運ぶ。


一つ。


二つ。


肩が痛む。


工場長の手。


血。


このままでは。


体が壊れる。


「工場長さん!」


太陽は叫ぶ。


「そのレバー、壊してください!」


工場長の目が動く。


だが、体は同じ動きを繰り返す。


「上げ下げが仕事なら、レバーがなくなれば終わる!」


工場長は歯を食いしばる。


上げる。


下げる。


上げる瞬間。


体重をかけた。


金属が曲がる。


もう一度。


折れる。


レバーが床へ落ちた。


工場長の動きが止まる。


『業務設備を破壊するな!』


タイムカードンが工場長へ向く。


太陽は箱を持ったまま走る。


強制された動作を利用して。


箱を棚へ置く軌道の途中。


怪人へ体当たり。


「仕事中でも、人は助けられる!」


『業務外行動! 規則違反!』


「規則より命だ!」


頭突き。


怪人がよろめく。


その隙に、工場長を抱える。


だが。


太陽の足は箱の方へ戻ろうとする。


「先に逃げてください!」


「君は」


「俺は、あと四千個運びます!」


「何を言って」


「冗談です!」


工場長を出口へ投げるように押し出す。


SDF現場班が受け止める。


太陽はまた箱へ戻る。


『一人救助。残留者なし』


白石。


「よかった!」


『よくありません。あなたが残っています』


「俺は戦えます!」


『箱を運びながら?』


「方法を考えます!」


『考えてから突入してください』


正論。


非常に正論。


しかし。


太陽は笑った。


「でも、間に合った!」


白石は返事をしなかった。


怒っている。


多分。


それだけではない。




同じ頃。


青葉高校では。


止まった時計を前に、教師たちが対応を協議していた。


校内放送。


『現在、市内の一部で通信機器および時計の異常が発生しています。生徒は教室で待機してください』


太陽のいない二年三組。


健太は、廊下側の空席を見る。


「また消えたな、あいつ」


葵は太陽の机へ置かれたノートを見る。


現代文のページ。


《普通とは何か》


その下へ。


《普通だから守れるもの》


途中まで書かれている。


「急用って、何なんだろうね」


「赤城だからな」


「説明になってないよ」


「困ってる人でも見つけたんじゃないか」


健太は冗談のつもりで言った。


しかし。


二人とも笑わなかった。


校庭の向こう。


工業団地の方角へ、黒い煙が上がっている。


「前もそうだった」


葵が言う。


「怪人が学校へ出た日。赤城くん、みんなを逃がした後にいなくなった」


「保健室に行ったんだろ」


「戻ってきた時、怪我してた」


「転んだって」


「赤城くん、転びすぎじゃない?」


健太は腕を組む。


「じゃあ何だよ。秘密結社と戦ってるとか?」


葵が窓の外を見る。


「それなら、もっと上手に隠すと思う」


「だよな」


「赤城くん、嘘が下手だから」


時計は動かない。


教室の空気が、少しずつ不安になる。


一人の生徒がスマートフォンを振る。


「ネットもつながらない」


「家に連絡できない」


「電車、動いてるのかな」


長谷川が教室へ戻る。


「全員、そのまま待機。保護者への連絡は学校から行う」


「先生、赤城は」


健太。


「戻ったら私が聞く」


「どこへ行ったかは」


「分からん」


長谷川は、空席を見る。


怒っている。


だが。


それ以上に。


心配している顔だった。


「無事に戻れば、まず説教だ」


葵は小さく言う。


「戻ってくるよ」


「何で分かる」


「戻るって言ったから」


太陽の約束。


根拠にはならない。


それでも。


葵は信じた。



タイムカードンの能力は、工業団地だけに留まらなかった。


青い波紋は、地下配管を通り。


通信線を通り。


街の至る場所へ広がっている。


青葉中央損害保険。


桃園美咲の前で。


事務員が同じ電話を何度も取り続けていた。


「お電話ありがとうございます。青葉中央損害保険、事故受付の――」


切る。


また鳴る。


取る。


「お電話ありがとうございます。青葉中央損害保険、事故受付の――」


目には恐怖。


だが手が止まらない。


美咲は机を越え、受話器を取り上げる。


コードを抜く。


事務員の動きが止まる。


「桃園さん、私……」


「大丈夫。あなたが悪いんじゃない」


会議室では。


事故当事者の男性が、同じ謝罪を繰り返している。


「申し訳ありません。申し訳ありません。申し訳ありません」


相手側の女性も。


「許せません。許せません。許せません」


言葉が。


作業になっている。


感情ではなく。


命令された業務として。


美咲は二人の間へ立つ。


「今は、同じ言葉を言わなくて大丈夫です」


「でも、謝らないと」


「許せないと言わないと」


「それは、あなたたちが本当に言いたい時に言ってください」


美咲は桃色の小さな光を指先へ灯す。


一般人には見えない程度。


希望魔法。


強制された言葉へ、余白を作る。


二人の口が止まる。


美咲は会社携帯を取る。


「部長。市内の時計異常が、事故受付にも影響しています。全員、一度電話から離してください」


「しかし、受付を止めれば」


「人が壊れます」


「桃園さん」


「五分で戻します。今は止めてください」


仕事を守るために。


仕事を止める。


十五年かかって。


美咲は、ようやくその判断を少しできるようになった。


チェンジャー。


レッド拘束。


単独戦闘。


「本当に、あの子は」


十三歳の自分を見ているようで。


腹が立つ。


誰かが行かなければ。


自分がやるしかない。


そう思い続けると。


十五年後。


仕事を三つ掛け持ちする大人になる。


美咲は、会議の当事者へ言う。


「ここで少しお待ちください。必ず戻ります」


今度は。


必ずという言葉を。


一人の力だけで言わない。


仲間がいるから。


言える。



外資系物流会社、青葉支社。


蒼井迅はオンライン会議の画面を見ながら、別端末で工業団地の構造図を開いていた。


『蒼井さん。先ほどの輸送遅延について、説明を』


「港湾設備の停止が原因です。代替ルートは確保済み。到着は六時間遅延します」


『顧客は二時間以内を要求しています』


「不可能です」


『交渉してください』


「物理法則とは交渉できません」


会議参加者が黙る。


迅は同時に、白石へ情報を送る。


《怪人の位置は自動倉庫B。北側通路はガス管。攻撃不可。南側に非常搬出口》


会議画面。


『蒼井さん、聞いていますか』


「聞いています」


『では、二時間での到着案を』


「貨物だけなら可能です」


『方法は』


「戦闘機へ積む」


『現実的な提案を』


「だから六時間です」


迅の腕時計も止まっている。


だが。


体内時計は正確だった。


レッド突入から七分。


拘束から三分。


現場班救助完了まで推定二分。


会議を抜ければ。


会社員としての責任を途中で放棄する。


抜けなければ。


仲間を一人にする。


以前の迅なら。


任務を選んだ。


会社は偽装身分。


本来の任務ではない。


だが。


物流が止まれば。


薬も。


食料も。


人へ届かない。


表の仕事も。


誰かの日常を支えている。


「代替ルートの承認資料を送付しました」


『今ですか』


「会議開始前に作成しました」


『なぜ遅延を予測できたんです』


「予測ではありません。常に三案用意しています」


承認ボタンが押される。


「では、私は現場確認へ移ります」


『どこの』


「物流設備の異常です」


嘘ではない。


迅は画面を閉じる。


机の下から、銃を収めたケースを持つ。


「レッド。生きていろ」


誰にも聞こえない声で言った。



青葉大学。


黄瀬ひかりの足元へ。


異世界召喚陣が開いていた。


『勇者様! 北方砦に魔獣が!』


魔法陣の向こう。


アルディア王国の兵士。


必死な顔。


同時に。


SDF端末。


《レッド拘束。応援要請》


ひかりは二つの呼び出しを見る。


大学の講義室。


教授。


友人の彩乃。


異世界。


日本の怪人。


以前なら。


迷うこと自体が許されなかった。


勇者は呼ばれれば行く。


世界を選ぶ。


目の前の日常を置いて。


「黄瀬さん?」


彩乃が小声で呼ぶ。


「また国際交流?」


「はい」


「顔が、二つの締切が同時に来た時の私みたい」


「二つの世界から呼ばれています」


「比喩?」


「……はい」


ひかりは召喚陣へ言う。


「北方砦の状況を説明してください」


『魔獣二十。兵士四十。防壁は健在です!』


「宮廷魔術師セリオは」


『王都です』


「転移可能ですね」


『ですが、勇者様が』


「私でなければならない理由はありますか」


兵士が止まる。


以前。


ひかり自身も聞かなかった質問。


勇者だから。


それだけで行った。


「セリオへ連絡を。北方騎士団へ、魔獣を谷へ誘導するよう伝えてください。私は三時間後に状況を確認します」


『勇者様は、来られないのですか』


「今、日本でも仲間が戦っています」


言った。


異世界の相手へ。


日本に仲間がいると。


「私は、二つの世界を一人では守れません。だから、任せます」


兵士は迷い。


やがて。


『承知しました』


と頭を下げた。


召喚陣が閉じる。


ひかりは教授へ手を挙げる。


「先生。急な国際連絡で、退出します」


「またかね」


「はい。ですが、今日の課題は提出済みです」


「なら行きなさい。戻れるなら戻ること」


「はい」


彩乃が鞄を渡す。


「オムライス、また今度ね」


ひかりは受け取る。


「今度は、私から誘います」


「待ってる」


ひかりは走る。


一人で世界へ向かうのではなく。


仲間のいる場所へ。



黒守神社の地下。


黒守夜子は、止まった砂時計を見ていた。


上から落ちるはずの砂が。


空中で静止している。


封印の内側。


時間に関係する怪異が騒ぎ始める。


昨日の十三番出口。


古い柱時計の付喪神。


夜明けを告げる鶏の影。


人の作った時刻へ縛られたものたち。


全部が。


外から流れ込んだ命令へ反応している。


「時間は、人が決めた境界です」


夜子は札を置く。


「従う必要はありません」


怪異たちがざわめく。


シークレットチェンジャー。


レッドが拘束。


救助対象は脱出。


夜子は封印を見る。


ここを離れれば。


怪異が街へ漏れるかもしれない。


残れば。


レッドが一人で戦う。


十一年前。


母は境界へ残った。


ほかに方法がなかった。


夜子も。


同じ選択を繰り返そうとしている。


「クロ」


黒い小さな怪異が鳴く。


「ここを、見ていられますか」


くる。


「危険なら、札を破ってください」


くる。


夜子は迷う。


クロは。


使役する道具ではない。


友人に近い。


任せることは。


危険を背負わせることでもある。


クロが夜子の指へ頭を押し付ける。


「……お願いします」


初めて。


夜子は、怪異へ仕事を頼んだ。


札。


《留守》


封印へ貼る。


「戻ります」


誰へ言ったのか。


クロへ。


母へ。


自分へ。


夜子は地下を出る。


境界へ一人で残らない。


その選択をするために。


午後二時四十七分。


保険会社の会議室。


桃園美咲は、事故の当事者二人と向き合っていた。


テーブルの下で、チェンジャーが震える。


レッド単独突入。


能力拘束。


美咲の笑顔が一瞬止まった。


「桃園さん?」


「失礼しました」


会議を続ける。


だが。


頭の中では。


十七歳。


追試。


無茶。


一人で突っ込む赤い背中。


十五年前の自分と重なる。


美咲は、机の下で短い返信を送る。


《レッド、待ってなさい。今行く》


太陽。


《待つと箱を運び続けます!》


《そういう意味じゃない》


迅。


《現場まで四分》


ひかり。


《異世界側、代理を立てました。六分》


夜子。


《地下封印を固定しました。地上へ向かいます》


全員が。


来る。


美咲は立ち上がる。


「申し訳ありません。五分だけ席を外します」


上司が言う。


「桃園さん、まだ話の途中だ」


「分かっています」


「また急用か」


美咲は一瞬迷い。


「後輩が、一人で仕事を抱えています」


と答えた。



タイムカードンは、追加命令を打刻した。


『業務追加! 箱を運びながら我を倒せ!』


「それは助かる!」


『なぜだ!』


「戦っていいんだろ!」


太陽は箱を片手に殴りかかる。


右拳。


怪人が受ける。


左手の箱を棚へ置く。


次の箱を取る。


回し蹴り。


置く。


殴る。


取る。


奇妙な戦闘。


タイムカードンがホチキス針を連射する。


太陽は箱を盾にする。


「商品を大事にしろ!」


『敵の倉庫だ!』


「元は人の会社だろ!」


『侵略後は我が社だ!』


「勝手に買収するな!」


背中の秒針刃。


回転。


太陽の胸へ直撃。


吹き飛ぶ。


しかし。


体は強制命令で起き上がる。


箱を取る。


「休めないの、きついな……」


『それが労働だ!』


「違う!」


声。


青い弾丸が、打刻機を撃ち抜いた。


蒼井迅。


シークレットブルー。


「休めない環境を労働と呼ぶな」


『新規出勤者!』


打刻。


迅は横へかわす。


「同じ攻撃を二度見せるな」


ワイヤー。


怪人の右腕へ巻き付く。


「レッド、拘束部位は」


「右腕で打刻されました!」


「破壊する」


「お願いします!」


迅が銃口を向ける。


タイムカードンは太陽を盾にする。


『撃てまい!』


迅は迷わず撃った。


「ええ!?」


弾丸は太陽の耳をかすめ。


怪人の腕だけを撃つ。


「信じてはいましたけど怖い!」


「動くなと言った」


「箱を運ばされてます!」


「なら次の棚へ行くまでの軌道を計算する」


「計算できるんですか!」


「できる」


「すごい!」


迅が二発目。


打刻機へ亀裂。


だが。


怪人は左腕のホチキスで床を撃つ。


金属板が跳ね上がり、盾になる。


『効率改善! 防御工程追加!』


「面倒な管理職だ」


迅が呟く。


床へ黄色い魔法陣。


光。


黄瀬ひかり。


シークレットイエロー。


「遅くなりました!」


「イエロー!」


「召喚先の王へ、今日は日本の緊急事態だと説明しました」


「分かってもらえた?」


「完全には。ただ、代理勇者を三時間だけ立てました」


聖剣ルミナス。


金色の斬撃。


金属盾が真っ二つになる。


『設備損壊! 始末書!』


「異世界では、壊れた魔王城へ始末書は出しませんでした」


「そこ比較するんだ!」


太陽が笑う。


次に。


床の影が広がる。


札。


黒い炎。


黒守夜子。


シークレットブラック。


「地下の時間固定を解除しました」


『また出勤者!』


打刻。


夜子は動かない。


札を一枚。


床へ貼る。


《定時》


波紋が黒い結界へぶつかる。


消える。


『なぜ命令を受けぬ!』


「夜守の勤務時間は、日没から日の出までです」


「今、昼ですよね?」


太陽。


「時間外です」


「そういう問題!?」


夜子は無表情。


「怪異へ規則を説明する時、相手の規則を利用します」


「怪人にも効くんだ!」


「効きました」


最後に。


桃色の花弁が倉庫へ舞う。


「ブロッサム・リリース」


太陽の腕へ付いた赤い打刻印が、光に包まれる。


消えた。


体が自由になる。


「ピンク!」


桃園美咲。


ミラクルブロッサムの姿。


だが、シークレットチェンジャーも装着している。


「レッド」


「はい!」


「あとで説教」


「はい!」


「二時間」


「長い!」


「学校を抜け出した分も」


「それは先生からも!」


「なら三時間」


「増えた!」


五人。


揃った。


タイムカードンが後退する。


『業務人数超過! 人件費が!』


「侵略する側が人件費を心配するな!」


太陽は構える。


だが。


肩の傷。


胸の痛み。


単独で戦った消耗。


足が少し震える。


美咲が気づく。


「下がって」


「まだ戦えます!」


「戦えるかじゃない。戦うべきかを考えて」


「でも、俺がレッドです!」


言った瞬間。


全員の視線が太陽へ向いた。


迅。


「それがどうした」


「え」


「レッドだから一人で前へ出る必要はない」


ひかり。


「勇者も同じでした。一人で全部を背負う役職ではありません」


夜子。


「役職は、犠牲になる順番ではありません」


美咲。


「あなたが倒れたら、私たちは四人になる。守れるものが減る」


太陽は拳を握る。


「でも、俺だけ普通で……」


言葉が漏れた。


誰にも言うつもりはなかった。


「ブルーみたいな技術もない。イエローみたいな経験もない。ブラックみたいな力も、ピンクみたいな長い戦いもない。俺は、本当に普通の高校生で」


迅が言う。


「普通の高校生が、怪人の前へ一番に立った」


ひかり。


「普通の高校生が、知らない人のために学校を飛び出した」


夜子。


「普通の高校生の周囲では、怪異が落ち着きます。理由は分かりません」


美咲。


「普通の高校生だから、守りたいものを普通だと思える」


太陽は顔を上げる。


美咲が続ける。


「私たちは、普通を守るために戦ってる。でも、十五年も戦ってると、普通が何だったか分からなくなる時がある」


迅は銃を構える。


「俺は、任務を優先する判断に慣れすぎている」


ひかりは剣を握る。


「私は、世界のために誰かが犠牲になることを、仕方がないと思ってしまう時があります」


夜子は札を持つ。


「私は、見捨てることと境界を閉じることを、区別できなくなる時があります」


美咲は太陽を見る。


「だから。あなたの普通さは、私たちに必要」


太陽の胸へ。


何かが熱く広がる。


特殊能力ではない。


魔法でもない。


ただ。


自分がここにいていいと。


仲間が言ってくれた。


「……俺、下がりません」


美咲の眉が動く。


「話を聞いてた?」


「一人では戦いません!」


太陽は四人を見る。


「みんなと戦います!」


迅が小さく笑う。


「それなら正しい」


ひかりが頷く。


「はい」


夜子。


「異論ありません」


美咲は息を吐く。


「説教は二時間に戻してあげる」


「やった!」


「喜ぶところじゃない」


タイムカードンが叫ぶ。


『会議時間が長い! 業務停止!』


「待ってくれてたのか!」


『我は勤務管理に厳格なのだ!』


「じゃあ、定時で終わらせよう!」


五人が構える。



「ブルー、右腕!」


「了解」


迅の射撃。


打刻機を固定。


「ブラック、命令の波を止められる?」


「三秒」


札。


《休》


黒い結界が怪人を包む。


「三秒で十分です!」


ひかりが走る。


聖剣。


左腕のホチキスを切断。


「ピンク、怪人の周りの人を!」


「最初からそのつもり」


花弁の盾。


倉庫の従業員と現場班を守る。


太陽は正面へ。


タイムカードンの胸。


巨大な時計。


針が高速で回る。


『時間超過! 残業形態へ移行!』


怪人の体が膨らむ。


背中の秒針刃が増える。


六本。


十二本。


回転。


「レッド、正面は危険!」


白石。


「分かってます!」


太陽は止まらない。


だが。


一人ではない。


迅の弾丸が、刃の回転を一瞬ずらす。


ひかりの斬撃が、二本を落とす。


夜子の影が、太陽の足場になる。


美咲の花弁が、背中を押す。


五人の力。


太陽は跳ぶ。


「シークレット・レッドブレイク!」


拳。


怪人の胸の時計へ。


直撃。


亀裂。


だが。


割れない。


『残業は終わらぬ!』


「終わる!」


太陽は拳を押し込む。


「誰だって帰る場所があるんだ!」


父。


母。


日向。


学校。


教室。


英語の答案。


約束。


「仕事も! 戦いも! 終わらせて帰るんだ!」


赤い光。


時計が砕ける。


『退勤――不承認――!』


爆発。


太陽は吹き飛ぶ。


美咲の花弁。


迅のワイヤー。


ひかりの腕。


夜子の影。


四つが。


太陽を受け止める。


床へ。


着地。


沈黙。


停止していた時計が。


一斉に進み始める。


午後三時三分。


白石の声。


『怪人反応、消失。時間異常、解除』


太陽は拳を上げる。


「よっしゃあ!」


肩が痛む。


「痛っ!」


美咲が腕を掴む。


「医務室」


「学校に戻らないと!」


「医務室」


「妹との約束も!」


「医務室」


「でも!」


「選択肢は一つ」


「ブラックの怪異みたいだ!」


夜子が言う。


「《はい》だけの通知は、押さない方がよいです」


「じゃあ押しません!」


迅が太陽の反対側の腕を持つ。


「運ぶ」


「自分で歩けます!」


「歩ける人間は三回ふらつかない」


ひかりも背後へ回る。


「持ち上げます」


「待って、四人で運ぶほどじゃ!」


四人は。


聞かなかった。


太陽は担架へ乗せられた。


「レッドなのに!」


美咲。


「レッドだから運ばれるの」


「どういう理屈ですか!」


「仲間を見捨てない規則」


夜子。


太陽は。


反論できなかった。


少しだけ。


嬉しかった。




怪人が消滅した後。


工業団地には、急に音が戻った。


止まっていたベルトコンベア。


警報。


遠くの車。


人の声。


そして。


八十六人分の疲れた呼吸。


強制されていた動作から解放された従業員たちは、その場へ座り込んだ。


中には。


自分が何を繰り返していたのか分からず、周囲を見る者もいる。


「大丈夫ですか!」


太陽は担架から起き上がろうとする。


美咲が額を押して戻す。


「あなたがまず大丈夫になって」


「でも、みんなが」


「救護班がいる」


白石の指示で、SDFの医療班が一斉に入る。


従業員の脈拍。


外傷。


脱水。


作業の反復による筋肉損傷。


迅は周囲の監視カメラを確認する。


「映像は?」


『怪人出現以降、全て同じ五秒を繰り返しています』


白石。


「戦隊の姿は残っていないな」


『はい。ただし、校区方面から飛来した赤い影を見たという証言があります』


全員が太陽を見る。


「速かったので!」


「目立ったの」


美咲。


「赤は隠密に向かない」


迅。


「次は地下を通りますか」


ひかり。


「地下には、通らない方がよい場所があります」


夜子。


「じゃあどうすれば!」


白石が答える。


『次は、招集を待ってください』


「はい……」


工場長が、救護班の肩を借りて近づいてくる。


右手には包帯。


太陽が救助した男。


「赤い人」


「はい!」


美咲が小声で言う。


「名前を答えない」


「危なかった!」


「そこじゃない」


工場長は、太陽の前で頭を下げた。


「助けていただき、ありがとうございました」


太陽は担架の上で慌てる。


「頭を上げてください! 工場長さんがみんなを逃がしたからです!」


「私は、責任者ですから」


「責任者でも、痛いものは痛いです!」


工場長が顔を上げる。


太陽は続ける。


「一人で残らないでください。次は、ほかの人にも頼ってください」


言いながら。


自分へ返ってくる。


一人で突入した。


自分も同じだった。


「……俺も、次はそうします」


工場長は少し笑った。


「お互いに、ということですか」


「はい!」


美咲が太陽を見る。


「今の言葉、記録したから」


「え」


「次に一人で突っ込んだら再生する」


「それはずるい!」


「証拠」


迅も端末を見せる。


「俺も録音した」


「ブルーまで!」


「私は記憶しました」


ひかり。


「私も」


夜子。


「逃げ道がない!」


「仲間が四人いるから」


美咲が言う。


太陽は。


笑うしかなかった。



工場の外。


救急車のサイレン。


報道車両。


警察。


消防。


一般の組織が現場へ到着し始める。


秘密戦隊は。


そこへ残れない。


誰にも知られてはいけない。


五人は、倉庫裏の搬出口へ移動する。


「変身解除まで、三十秒」


白石。


「待ってください!」


太陽。


「何ですか」


「俺、制服です!」


「知っています」


「工業団地で高校の制服に戻ったら怪しい!」


『配送作業員の上着を用意しました』


迅が段ボールから作業着を出す。


「準備いい!」


「物流会社の備品だ」


「勝手に持ってきていいんですか」


「返す」


ひかりは、自分の大学の鞄を抱える。


「私は、このままでも見学者に見えるでしょうか」


「聖剣を隠せば」


美咲。


夜子は巫女装束に近い服。


「ブラックは」


「神社の安全祈願に来たことにします」


「工業団地へ?」


「不自然ですか」


「かなり」


美咲自身は。


魔法少女衣装。


「ピンクが一番まずいですよ!」


「分かってる!」


花弁が回る。


魔法少女解除。


スーツ姿。


髪へ金色の粉。


迅が見る。


「それは」


「聞かない」


「まだ何も言っていない」


「聞こうとした顔だった」


太陽は作業着を制服の上から着る。


サイズが大きい。


「俺、物流会社の高校生アルバイトに見えます?」


「労働法上の確認が必要ね」


「そこ!?」


白石。


『北側通路から退避してください。報道車両が南へ回っています』


五人は移動する。


ばらばらの服。


ばらばらの年齢。


普通なら。


同じ場所へ集まる理由がない。


それでも。


今は同じ方向へ歩いている。


太陽は四人の背中を見る。


美咲。


会社へ戻る。


迅。


会議の続き。


ひかり。


異世界の状況確認。


夜子。


神社の封印。


誰も。


暇だから来たわけではない。


「みんな」


四人が振り返る。


「本当に、ありがとうございました」


美咲。


「二回目」


迅。


「礼より判断」


ひかり。


「でも、何度言ってもよいと思います」


夜子。


「感謝は、繰り返しても怪異になりにくいです」


「なりにくいだけで、なるんですか」


「場合によります」


太陽は笑う。


「じゃあ、また助けてください!」


「それは先に頼みなさい」


美咲が言った。



五人が別れた後。


倉庫の瓦礫の中で。


小さな歯車が回っていた。


一度。


二度。


緑色の光。


『勤務記録……収集完了……』


かすかな機械音。


『赤色個体……優先判断……予測不能……』


歯車の中心へ。


五人の戦闘データが吸い込まれる。


『次回工程へ……転送……』


光が消える。


SDFの監視画面には。


何も映らなかった。


午後三時四十八分。


SDF医務室。


「軽度打撲、左肩裂傷、魔力疲労」


白石が読み上げる。


「学校へ戻れますか!」


「戻る前に、話があります」


「説教ですか」


「報告です」


「説教より怖い言い方!」


白石は端末を置く。


「独断出動」


「はい」


「指示違反」


「はい」


「学校からの無断離脱」


「はい……」


「結果として一名を救助」


太陽は顔を上げる。


「判断は、完全な誤りではありません」


「じゃあ!」


「正しくもありません」


白石の声は静かだった。


「あなたが到着したことで、救助は早まりました。ただし、単独突入であなた自身が拘束され、結果的にほかの四人の予定をさらに変更させました」


太陽は黙る。


「ピンクは事故対応を中断。ブルーは会議を打ち切り。イエローは異世界側へ代理を要請。ブラックは封印作業を簡略化しています」


「……みんなに迷惑を」


「迷惑とは言っていません」


白石。


「仲間は、互いの不足を補うためにいます。ただし、自分の不足を確認せず走ることは、仲間へ負担を押しつけることにもなります」


太陽は拳を見る。


「俺、足を引っ張ってますか」


白石はすぐには答えなかった。


「戦隊は、五人全員が互いの足を引っ張っています」


「え」


「ピンクは抱え込みます。ブルーは説明を省きます。イエローは自分の命を計算から外します。ブラックは一人で境界へ残ろうとします。レッドは考える前に飛び出します」


「全員だめじゃないですか!」


「だから五人です」


白石は、ほんの少し笑った。


「一人で完成しているなら、戦隊は必要ありません」


太陽は考える。


完璧ではない。


普通でも。


特殊でも。


足りないところがある。


だから。


五人。


「次は、指示を待ちます」


「待つだけではなく、状況を共有してください」


「はい!」


「そして学校へ戻ってください」


「はい!」


「教師へ謝罪」


「はい……」


「妹さんとの約束」


「え、知ってるんですか」


「予定表に登録されています」


「個人情報!」


「自分で入力しました」


「そうでした!」


白石は端末を見る。


「現在時刻、十五時五十五分。学校まで十五分。駅前まで学校から十二分」


「間に合う!」


「走らないでください」


「早歩きします!」


「傷口が開きます」


「じゃあ自転車!」


「もっと危険です」


医務室の扉が開く。


迅。


「車を出す」


「ブルー!」


「物流会社の配送車だ。学校近くまで行く」


「本業、大丈夫ですか」


「会議は移動中に終わらせた」


「すごい!」


美咲。


「傷、見せて」


「もう治療してもらいました!」


「確認」


ひかり。


「学校へ戻った後の説明を考えました」


「本当ですか!」


「工業団地の社会見学へ、急きょ参加したことに」


「無理があります!」


夜子。


「教室へ置いた鞄の中へ、見守っていたものがいます」


「そっちも気になる!」


四人。


自分の予定があるのに。


残っている。


太陽は頭を下げた。


「ありがとうございました!」


迅。


「礼は、次に判断で返せ」


美咲。


「あと、勉強」


ひかり。


「約束を守ることも」


夜子。


「教室のものへ返事をしないことも」


「多い!」


太陽は笑った。



午後四時十七分。


青葉高校、職員室。


太陽は、長谷川と田中の前へ立っていた。


左肩には包帯。


制服には埃。


外靴。


鞄は葵が持って来てくれた。


「説明しろ」


長谷川。


「できません!」


「そこを説明しろと言っている」


「話せない事情があります!」


「犯罪か」


「違います!」


「家族の問題か」


「違います!」


「体調不良か」


「途中から怪我しました!」


「余計に悪い!」


田中が答案を机へ置く。


「赤城」


「はい」


「今日の小テスト、二十八点」


「はい!」


「前より上がった」


「はい!」


「だからこそ聞く。学校を続ける気はあるか」


太陽は答える。


「あります」


「なら、授業を勝手に抜けるな」


「はい」


「勉強を捨てるな」


「はい」


「お前が何をしているか、今は聞かない」


太陽は顔を上げる。


田中は厳しい表情のまま。


「だが。学校へ戻ってきた以上、ここでのお前の責任も果たせ」


責任。


《responsibility》


朝の単語。


「はい」


太陽は、今度は静かに答えた。


長谷川が言う。


「今日の分の補習は、明日」


「はい!」


「英語追加課題、三ページ」


「三ページ!」


「嫌なら五ページ」


「三ページで!」


「あと、反省文」


「何文字ですか」


「千二百」


「怪人より強い……」


「何か言ったか」


「何も!」


葵と健太が、職員室の外で待っていた。


「生きてた」


健太。


「戻ってきてって言ったから」


葵。


「うん。戻った!」


「その怪我どうしたの」


「転んだ!」


「どこで」


「工業団地!」


「どうして工業団地に」


「独特な事情で!」


葵はため息。


「便利だね、その言葉」


「本当に便利!」


太陽は時計を見る。


四時二十二分。


「やばい!」


「今度は何」


「妹との約束!」


「走るなって先生が言ってたよ」


「早歩き!」


太陽は廊下を早歩きで進む。


三歩後。


走った。


「赤城!」


長谷川の声。


「すみません!」



午後四時三十三分。


南青葉駅前。


日向は、画材店の前で腕を組んでいた。


三分遅刻。


太陽が息を切らして到着する。


「ごめん!」


「三分」


「本当にごめん!」


「十分前に来るって言った」


「言いました!」


「何、その肩」


「転んだ!」


「どこから」


「少し高いところ!」


「また?」


太陽は止まる。


「また?」


「最近、怪我多いじゃん」


「体育祭の準備とか!」


「体育祭、まだ二か月先」


「早めの準備!」


日向は太陽を見る。


疑っている。


でも。


問い詰めなかった。


「荷物持てる?」


「もちろん!」


「左肩、痛そう」


「右で持つ!」


「無理なら言って」


「大丈夫!」


「大丈夫じゃなくなってから言うんでしょ」


美咲と同じことを言う。


太陽は笑った。


「今日は早めに言う」


画材店。


色紙。


額縁。


絵の具。


日向は一つずつ選ぶ。


太陽は横で持つ。


「何を描くんだ?」


「学校の風景」


「校舎?」


「普通の放課後」


「普通の?」


「誰かが話して、誰かが帰って、誰かが部活してるところ」


「地味じゃない?」


「お兄ちゃんは派手すぎるの」


日向は額縁を持ち上げる。


「でも、普通の景色って、なくなったら一番困るでしょ」


太陽は言葉を失う。


美咲の言葉。


普通を守る。


太陽の家族は。


何も知らない。


それでも。


同じことを知っている。


「日向」


「何」


「その絵、完成したら見せて」


「展示会に来れば」


「行く!」


「忘れないでよ」


「絶対!」


「今日も忘れてた」


「思い出した!」


「朝に」


「間に合った!」


「三分遅れ」


「ほぼ間に合った!」


日向は笑った。


「じゃあ、来て」


「約束!」


「promise?」


太陽は驚く。


「英語!」


「私、中学生だからそれくらい分かる」


「すごい!」


「お兄ちゃんがすごくないだけ」


二人は買い物袋を持って店を出た。


夕方の街。


時計は進んでいる。


人々も。


それぞれの場所へ帰っていく。



午後六時十二分。


赤城家。


夕食。


明美が包帯を見る。


「学校から連絡があったわ」


太陽の箸が止まる。


「どの件で?」


「件が複数あるの?」


「ありません!」


「授業中に出て行ったって」


「はい」


「理由は」


「言えません」


食卓が静かになる。


陽一が太陽を見る。


怒っているわけではない。


だからこそ。


太陽は苦しくなる。


「話せないことがあります」


以前、ひかりが父へ告げた言葉と同じだった。


「でも、悪いことはしてません」


陽一はしばらく黙り。


「約束できるか」


「何を」


「自分だけで抱えない」


太陽は息を止める。


「父さん」


「話せないなら、話さなくていい。ただ、助けを求める相手はいるのか」


青。


黄。


黒。


桃。


白石。


博士。


「います」


「なら、その人たちを信じろ」


「はい」


明美。


「あと、学校へは明日一緒に謝りに行く?」


「一人で行けます!」


「そう」


「でも、反省文を見てください!」


「自分で書きなさい」


「千二百文字!」


「小説一話より短い」


「母さん何と比べてるの!」


日向。


「英語三ページもあるよ」


「なぜ知ってる!」


「先生からの連絡」


「全部知られてる!」


家族は。


太陽の秘密を知らない。


でも。


太陽が困っていることは知っている。


完全に隠すことは。


できない。


隠しても。


心配は伝わる。


なら。


言える範囲で。


頼ればいい。


「母さん」


「何」


「英語、教えて」


「珍しい」


「父さん」


「何だ」


「反省文、書いたら読んで」


「分かった」


「日向」


「嫌」


「まだ頼んでない!」


「荷物持ちは今日で終わり」


「展示会の準備!」


「来てくれるなら」


「行く!」


太陽は笑った。


頼る。


それは。


一人でできないと認めること。


敗北ではない。


家族でも。


仲間でも。



午後八時四十分。


太陽の机。


反省文。


《私は本日、授業中に》


止まる。


「理由を書けない!」


スマートフォン。


SDF回線。


《反省文で「言えない事情」は何と書けばいいですか》


白石。


《戦隊回線を私用しないでください》


迅。


《具体的な事実を省き、判断手順の誤りを書く》


美咲。


《「急を要すると判断し、教師への説明をせず離席した。今後は可能な範囲で状況を伝え、許可を得る」》


ひかり。


《とても適切な文章です》


夜子。


《反省文の用紙の左下から、先生の顔が覗いています》


《印刷された校章です!》


《安心しました》


太陽は笑い。


書き始める。


しばらくして。


別の通知。


美咲。


《肩は》


《大丈夫です!》


《その返事は禁止》


《少し痛いです。でも薬を飲みました》


《よし》


迅。


《英語課題、写真を送れ》


《いいんですか!》


《移動中だけ見る》


ひかり。


《私も参加します》


夜子。


《英語は専門外です》


《ブラックは応援してください!》


《頑張ってください》


白石。


《二十一時までです。それ以降は睡眠を優先してください》


太陽は教科書を開く。


四十八ページ。


《People often think that heroes are special.》


今度は。


意味が分かる。


人は、ヒーローを特別だと思うことが多い。


次の文。


《But a hero may be an ordinary person who chooses to help.》


しかし、ヒーローとは。


助けることを選んだ普通の人かもしれない。


太陽は訳を書く。


普通の人。


選ぶ。


助ける。


自分には。


魔法はない。


秘密の訓練歴もない。


異世界の称号もない。


怪異を見る目もない。


それでも。


困っている人を見た時。


助ける方を選べる。


ただし。


次は。


一人で選ばない。


仲間へ伝える。


学校へも。


家族へも。


言える範囲で。


太陽は、SDF回線へ送る。


《今日、ありがとうございました》


迅。


《次は待て》


ひかり。


《次は一緒に行きましょう》


夜子。


《次は、行けない場合もあります》


美咲。


《その時は、行けないと言う。あなたも》


白石。


《それがチームです》


太陽は。


《はい!》


と返した。


少し考え。


《あと、英語二問分かりません!》


迅。


《送れ》


ひかり。


《私も見ます》


美咲。


《二十一時まで》


夜子。


《教科書の窓にいる方も見ています》


「まだいるの!?」


太陽は教科書を少し遠ざけた。



午後九時五十八分。


課題。


三ページ。


完了。


反省文。


千二百四十六文字。


完了。


太陽は椅子へ背中を預ける。


「終わった……」


スマートフォンが震える。


SDF緊急通知。


《青葉北地区、怪人反応》


太陽は立ち上がる。


同時に。


次の通知。


《反応消失。誤検知の可能性。待機》


太陽は座る。


また立つ。


廊下。


日向が顔を出す。


「何してるの」


「運動!」


「怪しい」


「肩が固まらないように!」


「早く寝なよ」


「うん」


日向は戻る。


太陽は机を見る。


答案。


二十八点。


反省文。


英語課題。


シークレットチェンジャー。


全部。


今の自分の役目。


どれか一つだけが本物ではない。


高校生も。


兄も。


息子も。


シークレットレッドも。


全部。


赤城太陽。


スマートフォンへ。


白石から最後の通知。


《本日の活動記録を終了します。各自、休息してください》


太陽は返信する。


《了解!》


続けて。


《明日の朝、小テストの点数を母さんに見せます》


白石。


《それは戦隊回線で報告しなくて構いません》


美咲。


《見せなさい》


迅。


《次は三十点》


ひかり。


《きっと届きます》


夜子。


《答案の裏の方も応援しています》


太陽は答案を裏返す。


白い紙。


何もいない。


多分。


「……よし!」


机の引き出しへ、チェンジャーをしまう。


その上へ。


英語の教科書を置く。


明日の一限も。


英語。


怪人より。


逃げられない。



翌朝。


田中先生は反省文を読み。


最後の一文で手を止めた。


《私は、自分が正しいと思った時ほど、一人で決めず、周囲へ伝えるようにします》


「……文章は悪くない」


太陽は顔を輝かせる。


「じゃあ!」


「誤字が十一」


「十一!」


「書き直し」


「正義は誤字を待ってくれない!」


「日本語は待つ。放課後残れ」


「はい……」


教室へ笑いが起きる。


太陽も。


笑った。


普通の高校生として。


秘密の戦士として。


どちらも。


まだ完璧ではない。


だから。


今日も学ぶ。


今日も頼る。


今日も選ぶ。


誰かの普通を守るために。


そして。


自分の普通も。


捨てないために。



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