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秘密戦隊シークレットファイブ ~戦隊やってて副業はありなんですか?~  作者: 芦名 雅


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2/19

第2話 世界を救う仕事に、配達時間を指定しないでください

 蒼井迅は、目覚まし時計が鳴る三秒前に目を開けた。


 午前四時五十七分。


 暗い部屋の天井を一度だけ確認し、上半身を起こす。


 眠気はない。


 夢も見ていない。


 正確には、夢を覚えている必要がない。


 睡眠とは身体と脳の機能を維持するための時間であり、そこへ意味を求めるのは非効率だ。


 ベッドを降りる。


 カーテンを開ける。


 青葉市の空は、まだ薄暗かった。


 遠くのビルの隙間から、わずかに朝の光が差し始めている。


 天候は晴れ。


 風は弱い。


 気温は昨日より二度低い。


 窓ガラスへ映った自分の顔を見る。


 蒼井迅、三十歳。


 表向きの職業は、外資系物流会社アーク・グローバル・ロジスティクスの海外輸送部門勤務。


 社員証にも、給与明細にも、健康保険証にも、そう記載されている。


 間違いではない。


 実際、迅は物流会社の社員として働いている。


 荷物の到着予定を確認し。


 通関書類を処理し。


 輸送経路を組み。


 現地担当者と英語、中国語、フランス語、必要ならロシア語で連絡を取る。


 紛失した貨物を探し。


 遅延した航空便の代替経路を選び。


 税関で止められた精密機器の書類を揃える。


 それが仕事だ。


 ただし、運ぶ荷物が必ずしも民間のものとは限らない。


 届け先が必ずしも実在する企業とは限らない。


 そして海外出張の目的が、必ずしも物流業務だけとは限らない。


 迅は洗面所へ向かった。


 顔を洗う。


 冷水。


 髭を剃る。


 シャツへ袖を通す。


 黒ではなく濃紺のスーツ。


 ネクタイは暗い青。


 鏡の前で結び目を整える。


 ずれはない。


 次に冷蔵庫を開けた。


 中には、水。


 栄養補助飲料。


 卵。


 それから、賞味期限を二日過ぎた豆腐。


「……」


 豆腐を見つめる。


 食べられないことはない。


 だが、朝から不確定要素を増やす必要はない。


 扉を閉じる。


 戸棚から栄養補助食品を取り出した。


 包装を破る。


 味はチョコレートと書かれているが、迅には甘い粘土にしか感じられない。


 食事としての目的は満たせる。


 問題はない。


 左手首の時計が、短く一度だけ振動した。


 普通の腕時計に見える。


 文字盤には時刻と日付しか表示されていない。


 迅が側面へ指を当てると、ガラス面が薄い青へ変わった。


『ZERO SECURE LINE』


 無機質な文字が浮かぶ。


 続いて、女性の声。


『Blue Zero。応答を』


「聞こえている」


『予定どおり五時三十分に第一地点へ移動してください』


「変更は」


『ありません。対象貨物は昨夜二十三時四十分、青葉港第七码頭へ到着。通関記録上は医療用精密機器です』


「実物は」


『軍用小型電源装置。製造元不明。内部へ未知の合金が使用されています』


「送り主は」


『偽装会社。登記から六日で消滅しています』


「受取人」


『アーク・グローバル・ロジスティクス青葉営業所』


 迅の手が止まった。


「俺の会社か」


『正確には、あなたの勤務先を経由地として指定しています』


「偶然ではないな」


『こちらも同意見です』


 迅は残っていた栄養補助食品を口へ入れた。


 水で流し込む。


「社内の協力者は」


『現時点で確認されていません。社員は通常業務として処理しています』


「対象は何時に営業所へ」


『午前七時十分予定』


「通常の出勤時刻と重なる」


『それを狙った可能性があります』


「俺を誘い出すためか」


『あるいは、あなたの所属を確認するためです』


 迅は時計へ表示された簡易地図を見る。


 青葉港。


 物流倉庫。


 自宅。


 営業所。


 すべての位置関係を頭へ入れる。


「第一地点で貨物を確認する。営業所へ到着する前に回収する」


『了解。ただし、一般社員へ異常を悟られないようにしてください』


「言われるまでもない」


『前回、一般道で輸送車両を横転させています』


「爆発を防ぐためだった」


『会社へ提出した事故報告書には、野生動物を回避したと記載されています』


「間違いではない」


『対象は無人攻撃機でした』


「野生に近い」


『その分類を採用したのはあなた一人です』


 通信担当者の声は平坦だった。


 だが、わずかに呆れている。


「任務を開始する」


『了解。追加情報が入り次第連絡します』


 青い表示が消える。


 普通の時計へ戻った。


 迅は上着を羽織る。


 玄関の鍵を取る。


 その横に、小さな黒い鞄が置いてある。


 一般的なビジネスバッグ。


 中にはノートパソコン。


 書類。


 名刺入れ。


 筆記具。


 会社員として不自然なものは何もない。


 少なくとも、表面上は。


 底板の下には、分解された拳銃。


 折り畳み式ナイフ。


 極細ワイヤー射出機。


 暗号通信端末。


 小型爆薬。


 偽造身分証が三枚。


 迅は鞄を持ち上げた。


 家を出る。


 午前五時十四分。


 予定より一分早い。


     ◇


 青葉港は、朝から動いている。


 大型クレーンがコンテナを持ち上げ。


 作業員がフォークリフトを走らせ。


 船から降ろされた荷物が、次々と各地へ振り分けられていく。


 迅は会社の営業車を停めた。


 白いバン。


 車体の側面には、アーク・グローバル・ロジスティクスのロゴ。


 見慣れた制服へ着替えている。


 紺色の作業服。


 胸元には社員証。


 蒼井迅。


 海外輸送部。


 迅は車を降りた。


「おはようございます、蒼井さん!」


 若い作業員が頭を下げる。


「早いですね。海外便の確認ですか?」


「ああ」


「七番倉庫なら、さっき入ったところです」


「助かる」


「今日は珍しく普通の荷物らしいですよ」


「普通?」


「医療機器です。箱にそう書いてありました」


「箱に書いてあることを信じるな」


 作業員が目を丸くした。


「え?」


「内容物と書類は一致しているか確認しろ。物流の基本だ」


「あ、はい!」


 迅は歩き出した。


 作業員の背後から、小さな声が聞こえる。


「相変わらず厳しいな……」


「でも蒼井さんの担当、事故ないから」


「前にトラック横転してたぞ」


「あれは野生動物らしい」


「港に?」


「でかい鳥とかじゃない?」


 迅は聞こえなかったことにした。


 第七倉庫へ入る。


 内部には、輸入貨物が規則正しく並べられている。


 木箱。


 段ボール。


 金属コンテナ。


 迅は歩きながら周囲を確認した。


 監視カメラ、六台。


 作業員、十一人。


 警備員、一人。


 不審者なし。


 非常口は東西に二か所。


 天井クレーン。


 消火設備。


 異常は見えない。


 だが。


 空気がわずかに違う。


 金属臭。


 普通の機械油とは異なる。


「蒼井さん」


 後ろから声がした。


 振り返る。


 会社の後輩、長谷川亮が書類を持って立っていた。


 二十五歳。


 入社三年目。


 仕事は丁寧だが、好奇心が強すぎる。


 迅が最も機密任務の近くへ置きたくない種類の人間だった。


 そして、なぜか迅の担当業務へ頻繁に割り当てられる。


「どうしてここにいる」


「どうしてって、今日この荷物、俺たちの営業所へ運ぶんですよ」


「担当は佐野だったはずだ」


「佐野さん、子どもが熱出したらしくて。代わりです」


「変更連絡は」


「五分前に来ました」


 迅は時計を見る。


 ZEROから連絡はない。


 単なる偶然か。


 あるいは、仕組まれた変更か。


「蒼井さん?」


「問題ない」


「いや、その言い方をするとき、大体問題ありますよね」


「気のせいだ」


「この前もそう言ったあと、海外出張が二週間延びたじゃないですか」


「現地の事情だ」


「何の事情だったんです?」


「税関」


「税関で銃撃戦ってあります?」


 迅は長谷川を見る。


「誰から聞いた」


「え?」


「銃撃戦という言葉を」


「いや、冗談ですよ。蒼井さん、帰国したとき肩に包帯してたから」


「荷崩れだ」


「どんな荷物が崩れたら肩に銃弾みたいな穴が空くんですか」


「精密機器」


「形状が気になるなあ」


「長谷川」


「はい」


「余計な想像は事故の原因になる」


「物流の話ですか?」


「人生全般だ」


「急に深いこと言いますね」


 長谷川は笑った。


 迅は笑わない。


 対象貨物の前へ到着する。


 高さ一メートルほどの木箱。


 側面には英語で、


《MEDICAL PRECISION CONTROL UNIT》


 医療用精密制御装置。


 送り状。


 製造番号。


 衝撃注意。


 上下厳守。


 外見上の異常はない。


「封印は」


 迅が尋ねる。


「到着時からこのままです」


 長谷川が答える。


「開梱検査は?」


「通関では非破壊検査だけです。書類上は問題なし」


「重量が違う」


「え?」


「記載は百二十八キロ。実測は」


 長谷川が端末を見る。


「百三十四・六キロ」


「六・六キロ多い」


「梱包材の誤差じゃないですか?」


「精密機器で六キロの誤差は出ない」


 迅は箱の周囲へ視線を走らせる。


 木材へ打ち込まれた釘。


 封印。


 輸送ラベル。


 一見、開けられた痕跡はない。


 だが、底面右奥の釘だけが新しい。


「フォークリフトを止めろ」


「え?」


「この箱を動かすな」


「でも七時までに積み込みを――」


「責任は俺が取る」


「蒼井さんがそう言うと、本当に大ごとっぽいんですけど」


「警備員へ、ガス漏れの可能性があると伝えろ。倉庫内の人間を外へ出せ」


「ガス?」


「早くしろ」


 声の温度が変わった。


 長谷川の表情が引き締まる。


「分かりました」


 走り出す。


 迅は箱の前へしゃがんだ。


 鞄を開く。


 ノートパソコンを取り出すように見せかけ、底板の下から薄い探知機を抜いた。


 箱へ近づける。


 反応。


 電磁波。


 微弱な熱源。


 そして。


 周期的な振動。


 機械が動いている。


 輸送中の電源は切られているはずだ。


「起動済みか」


 迅は時計へ指を当てる。


『ZERO SECURE LINE』


「対象を確認。箱内部で稼働反応。記載重量との差は六・六キロ」


『増設部品の可能性があります』


「爆発物か、発信機だ」


『非破壊走査を開始します』


 時計から青い光が箱へ伸びる。


 数秒。


 内部構造の簡易画像が表示された。


 中央に円筒形装置。


 その周囲に冷却部品。


 底部に見慣れない小型機器。


 刻印。


 楽器の竪琴に似た紋章。


 迅の目が細くなる。


「オルフェウス」


『一致率九十八・七パーセント』


「奴らがギアノクスの部品を入手したのか」


『ギアノクス?』


 通信担当者が聞き返した。


「合金の構造が、過去に回収した非地球製部品と類似している」


『こちらの記録にはありません』


「俺の個人記録だ」


『非公式任務ですか』


「話せない」


『承知しました』


 ZEROは追及しない。


 任務上必要な情報だけを求める。


 迅がそう教育されてきた組織だ。


「箱をここで無力化する」


『倉庫内には一般人がいます』


「退避中だ」


『警察・消防への通報は』


「不要。公的機関が来れば、ORPHEUSにこちらの関与を知られる」


『対象を営業所まで追跡する案もあります』


「一般社員を巻き込む」


『命令は追跡優先です』


「拒否する」


 短い沈黙。


『理由を』


「営業所へ入れば、従業員三十四人。周辺住民を含めれば百人以上が危険にさらされる」


『対象の追跡価値は高い』


「人命よりは低い」


『あなたの判断を記録します』


「好きにしろ」


 迅は通信を切った。


 箱の底板へ工具を差し込む。


 静かに持ち上げる。


 内部から、小さな電子音。


 ピッ。


「……」


 ピッ。


 間隔は二秒。


 解除ではない。


 起動準備。


「動きを検知したか」


 迅は底板を戻す。


 立ち上がる。


 周囲を見る。


 作業員たちは倉庫出口へ向かっている。


 長谷川が最後尾にいる。


 そのとき。


 木箱の表面へ、紫色の線が走った。


「全員、伏せろ!」


 迅が叫ぶ。


 次の瞬間。


 箱が内側から爆発した。


 木片が飛び散る。


 迅は腕で顔を守りながら横へ飛ぶ。


 床を転がる。


 爆炎はない。


 代わりに、黒い金属の細い脚が箱から突き出した。


 一本。


 二本。


 四本。


 箱を破壊しながら、蜘蛛に似た機械が姿を現す。


 中央には円筒形の電源装置。


 その下へ、ORPHEUSの小型制御器が接続されている。


『TARGET FOUND』


 機械音声。


『BLUE ZERO』


 迅の表情が変わった。


「俺を識別したか」


『IDENTITY CONFIRMED』


 周囲の監視カメラが一斉にこちらを向く。


「映像回線を切れ!」


 迅は時計へ命じた。


『遮断開始』


 だが一秒遅い。


 蜘蛛型機械の側面から、黒い球体が射出された。


 天井付近で停止。


 球体の中央に赤い光が灯る。


 撮影機。


 通信装置。


 迅は鞄へ手を入れる。


 分解拳銃を、ほとんど視線を落とさず組み上げる。


 銃口を天井へ向ける。


 三発。


 球体が撃ち抜かれる。


 火花を散らして落下した。


「蒼井さん!?」


 長谷川の声。


 迅は振り返る。


 全員が逃げたはずだった。


 長谷川だけが、倉庫入口の陰からこちらを見ている。


「な、何ですか、それ」


 視線は迅の拳銃へ。


 それから蜘蛛型機械へ。


「会社の防犯設備だ」


「絶対違いますよね!?」


「試作型だ」


「銃も!?」


「害獣対策用」


「どんな害獣がいる会社なんですか!」


 蜘蛛型機械の脚が床へ突き刺さる。


 中央の電源装置が紫色に輝く。


「長谷川、逃げろ!」


「蒼井さんは!」


「荷物を処理する」


「それ、物流会社の処理方法じゃないですよね!」


「会社ごとに違う」


「押し通す気だ!」


 機械の中央から紫色の光線が放たれる。


 迅は長谷川の襟をつかみ、床へ引き倒した。


 光線が頭上を通過する。


 背後の金属棚が、音もなく二つに切断された。


「うわあああっ!」


「走れ」


「蒼井さん!」


「外へ出ろ!」


 長谷川の背中を押す。


 今度こそ走り出した。


 蜘蛛型機械が長谷川へ照準を向ける。


 迅は銃を連射した。


 脚部の関節。


 冷却管。


 ORPHEUS制御器。


 正確に撃ち抜く。


 だが、弾丸が装甲へ当たる直前、薄い紫色の膜が現れた。


 弾かれる。


「防御障壁」


『非地球製技術の可能性が高いです』


 ZERO通信が復帰する。


「見れば分かる」


『増援を送ります』


「間に合わない」


 蜘蛛型機械が飛び上がる。


 迅へ向かって落下。


 迅は横へ転がり、脚の一撃を避ける。


 床がへこむ。


 近接戦へ切り替える。


 拳銃をしまい、ナイフを抜く。


 紫色の障壁がある以上、外側からの射撃は通らない。


 ならば。


 攻撃の瞬間。


 障壁が一部解除される隙を狙う。


 機械の前脚が振り下ろされる。


 迅は避けずに一歩踏み込んだ。


 脚の内側。


 障壁の境界。


 ナイフを突き立てる。


 火花。


 配線を切断。


 一本の脚が止まった。


『DAMAGE』


「一つ」


 次の脚。


 迅は身を低くして潜る。


 回転。


 膝をつきながらナイフを横へ走らせる。


 二本目。


『DAMAGE』


「二つ」


 残る二本が同時に振るわれる。


 迅は鞄からワイヤー射出機を抜く。


 天井梁へ発射。


 体を引き上げる。


 二本の脚が空を切る。


 空中で銃を抜く。


 障壁が解除された中央部へ三発。


 一発目、冷却部。


 二発目、制御器。


 三発目――。


 電源核。


 蜘蛛型機械が停止した。


 空中から落ちる。


 迅はワイヤーを外し、両足で着地する。


 機械の中央から煙が上がった。


『TARGET……BLUE……』


 まだ動く。


 円筒形装置が急速に発熱する。


『SELF-DESTRUCT』


「自爆か」


 残り時間表示。


 十五秒。


 倉庫の外まで全員を逃がすには足りない。


 この規模の電源装置が爆発すれば、第七倉庫だけでは済まない。


「ZERO。海上へ投棄する」


『距離がありすぎます』


「ここで爆発させるよりいい」


 迅は機械の脚をつかむ。


 重い。


 百三十四キロ。


 強化装備なしの人間が運べる重量ではない。


 だが、引きずることはできる。


 残り十二秒。


「蒼井さん!」


 外から長谷川の声。


「戻るな!」


「車を!」


 白い営業車が倉庫入口へ突っ込んできた。


「荷台を開けました!」


「馬鹿か」


「何か運ぶんでしょう!」


「逃げろと言った」


「蒼井さん一人じゃ無理ですよ!」


 残り九秒。


 議論している時間はない。


「車を横につけろ!」


「はい!」


 長谷川が急ハンドルを切る。


 荷台が機械のすぐ横へ来る。


 迅は機械を押し込んだ。


 残り六秒。


「降りろ!」


「でも!」


「今すぐ降りろ!」


 長谷川が運転席から飛び出す。


 迅は代わりに乗り込む。


 アクセルを踏み込む。


 営業車が急発進。


 第七倉庫を飛び出す。


 海までは百二十メートル。


 残り四秒。


 速度が足りない。


 三秒。


 迅はハンドルを固定する。


 シートベルトを外す。


 二秒。


 ドアを開ける。


 一秒。


 走行中の車から飛び降りた。


 地面へ肩から落ちる。


 受け身。


 転がる。


 直後、無人の営業車が岸壁を飛び越えた。


 海へ落ちる。


 水面の下で、紫色の光が膨らんだ。


 ズンッ――。


 鈍い爆発音。


 大量の海水が柱になって吹き上がる。


 迅は片膝をついたまま、その様子を見た。


 衝撃波。


 被害範囲。


 周囲の船舶。


 問題なし。


「蒼井さん!」


 長谷川が走ってくる。


「大丈夫ですか!?」


「問題ない」


「肩、血が出てます!」


「擦っただけだ」


「営業車、海に落ちましたよ!」


「見れば分かる」


「あれ、どう報告するんですか!?」


「野生動物を避けた」


「港で!?」


「大型の鳥だ」


「またその説明使うんですか!」


 迅は立ち上がった。


 右肩が痛む。


 だが動く。


 長谷川が海と迅を交互に見る。


「今の機械、何なんです?」


「試作型輸送補助機」


「人を撃ってましたよ!」


「不具合だ」


「蒼井さんの銃は?」


「工具だ」


「銃声がしました!」


「打撃式工具」


「無理がありますって!」


 迅は長谷川を正面から見た。


「今日見たものは忘れろ」


「そんな映画みたいに言われても」


「会社と、お前の安全のためだ」


 長谷川の顔から、少しだけ笑いが消えた。


 迅の声が冗談ではないと理解したのだろう。


「……蒼井さん、本当に物流会社の人ですよね?」


「社員証を見たはずだ」


「それはそうですけど」


「俺は会社員だ」


 嘘ではない。


「それ以外については聞くな」


 長谷川はしばらく黙った。


「分かりました」


「本当に分かったのか」


「分かってません。でも、聞かない方がいいってことは分かりました」


「それでいい」


「ただ」


「何だ」


「営業車の始末書は、俺も一緒に書きます」


「必要ない」


「俺が持ってきた車です」


「俺が海へ落とした」


「二人の共同作業ですね」


「その表現はやめろ」


「蒼井さん、そういうの嫌がるんですね」


「長谷川」


「はい。黙ります」


 迅の時計が振動した。


 ZEROではない。


 見覚えのない五色の紋章。


 中央に、《SDF》の文字。


「……」


 昨夜、自宅の郵便受けへ入っていた腕輪型機器。


 差出人不明。


 危険物反応なし。


 盗聴反応なし。


 解体しようとすると、自動的に、


『適合候補者。破壊しないでください』


 と表示された。


 何者かは分からない。


 ただし、迅の身元と行動を把握している。


 本来なら直ちにZEROへ提出すべき物だった。


 だが。


 なぜか迅は保留していた。


 時計とは反対側の腕へ装着された小型機器が、青く光る。


『緊急招集』


 若い女性の声。


『青葉市内で未知の空間亀裂を確認。機械生命体が出現しました』


 迅は空を見る。


 青葉市中心部の方向。


 薄い朝の空。


 今のところ異常は見えない。


『適合候補者、蒼井迅。応答してください』


「誰だ」


『秘密防衛機構SDF、戦闘管制官の白石しおりです』


「俺の個人情報をどこで入手した」


『説明は後ほど』


「その言葉を使う人間は信用できない」


『同感ですが、現在は時間がありません』


「目的は」


『市内へ侵入した機械生命体の排除、および市民の救助』


「警察と自衛隊は」


『通常兵器の有効性を確認できていません』


「なぜ俺を選んだ」


『適合率が基準を超えています』


「何への適合だ」


『戦隊です』


 迅は数秒、黙った。


「もう一度言え」


『戦隊です』


「聞き間違いではないのか」


『音声状態は正常です』


「俺に色のついたスーツを着ろと?」


『青です』


「断る」


『即答ですね』


「俺には仕事がある」


『現在も機械生命体と交戦していたのでは?』


 迅の視線が鋭くなる。


「監視していたのか」


『正確には、非地球製エネルギーを観測していました』


「俺の任務へ干渉するな」


『こちらも本来はそのつもりです。しかし、今回出現した敵と、先ほどの機械は同系統である可能性があります』


「場所は」


『市立青葉高校』


 迅は長谷川を見る。


「営業所へ戻れ」


「蒼井さんは?」


「別件だ」


「肩の怪我は?」


「問題ない」


「会社は?」


「遅れると伝えろ」


「理由は?」


 迅は少し考えた。


「輸送事故の現場対応」


 長谷川が海を見る。


 営業車は沈んでいる。


「間違ってはいないですね」


「そうだ」


「戻ってきますよね?」


「予定では」


「それ、戻らない人の言い方です」


「時間がない」


「蒼井さん」


 長谷川の声が真剣になる。


「さっき俺に、聞くなって言いましたよね」


「ああ」


「じゃあ、俺も聞きません」


「……」


「でも、無事に戻ってきてください。今日の配送、蒼井さんの分までやるの面倒なんで」


「理由がそれか」


「人に戻ってこいって言う理由なんて、何でもいいでしょう」


 迅は長谷川を見る。


 その言葉を、どこかで聞いた気がした。


 いや。


 まだ聞いていない。


 だが、これから出会う誰かが、似たようなことを言う。


 そんな予感がした。


「分かった」


「本当ですか?」


「努力する」


「絶対じゃないんですね」


「絶対という言葉は信用しない」


「蒼井さんらしいです」


 長谷川は笑った。


 迅は踵を返す。


『蒼井さん』


 白石しおりの通信。


『車両を用意します』


「不要だ」


『青葉高校までは距離があります』


「別の手段がある」


 迅は港の端へ停められた黒い大型バイクを見る。


 ZEROが緊急任務用に置いたものだ。


 物流会社員が所有していても、多少趣味の悪いバイクとしてごまかせる。


 多少だ。


「十五分で到着する」


『通常交通では二十五分です』


「俺なら十五分だ」


『道路交通法は守ってください』


「可能な範囲で」


『守らない人の返答ですね』


「そちらこそ、戦隊について説明しろ」


『移動中に説明します』


「簡潔に」


『五人の適合者が力を合わせ、敵を倒します』


「説明が幼児向けだ」


『博士の説明よりは分かりやすいです』


 別の老人の声が通信へ割り込んだ。


『若者よ! 青き勇者になるのじゃ!』


「勇者ではない」


『聞こえん!』


「補聴器をつけろ」


『つけておる!』


『博士。通信音量を上げないでください』


 迅は小さく息を吐いた。


 面倒な任務になりそうだった。


 バイクへまたがる。


 エンジンをかける。


「白石」


『はい』


「一つ確認する」


『何でしょう』


「他の適合者は」


『現在、赤の候補者が現場で一般人を守っています』


「訓練経験は」


『ありません』


「武装は」


『ありません』


「能力は」


『現時点では確認できていません』


「それで怪人の前にいるのか」


『はい』


「馬鹿か」


『おそらく』


「なぜ避難させない」


『本人が動きません』


「説得は」


『後ろに人がいるから残る、と』


 迅はアクセルへ手をかけた。


「現場映像を送れ」


 腕輪の画面へ、青葉高校の映像が表示される。


 制服姿の少年。


 傷だらけ。


 武器もない。


 三メートルを超える怪人の前に立っている。


 脚は震えている。


 それでも逃げない。


 後ろには、足を負傷した一年生。


 迅の目が細くなる。


 非合理。


 無謀。


 戦術的価値は低い。


 勝率はゼロに近い。


 あの少年がそこへ残っても、敵を倒すことはできない。


 だが。


 彼が立っている間だけ。


 後ろの人間は逃げられる。


「赤の候補者の名前は」


『赤城太陽。十七歳。高校二年生です』


「未成年を戦わせる気か」


『本人が既に戦っています』


「そういう問題ではない」


『同感です。ですから、急いでください』


「……了解した」


 迅はバイクを発進させた。


 港を出る。


 朝の道路を走る。


 信号。


 車両。


 歩行者。


 最短経路を選ぶ。


 頭の中では、青葉高校の構造。


 怪人の映像。


 敵の武装。


 救助対象。


 必要な弾数。


 撤退経路。


 あらゆる要素を組み立てていく。


 その途中。


 腕輪から再び白石の声。


『赤城太陽がシークレットギアを起動しました』


「適合させたのか」


『装置自身が承認しました』


「戦闘訓練は」


『ありません』


「指示を聞かせろ」


『努力しています』


「努力?」


 映像が切り替わる。


 赤いスーツへ変身した少年が、怪人の攻撃を真正面から受け止めていた。


 そして。


『うおおおおおっ!』


 叫びながら拳を振るう。


『シークレットパーンチ!』


 怪人が吹き飛んだ。


 迅は無言になった。


『どうでしょう』


 白石が尋ねる。


「技名がそのままだ」


『博士も同じことを言っていました』


「違う。問題はそこだけではない」


 赤い戦士が、説明を聞かず正面から怪人へ突っ込む。


 攻撃を受ける。


 吹き飛ぶ。


 立ち上がる。


 また突っ込む。


「馬鹿だ」


『はい』


「返事だけはいい」


『はい』


「お前のことではない」


『失礼しました』


 迅は速度を上げる。


「到着まで七分」


『怪人が学校から河川敷方向へ移動しています』


「なぜだ」


『赤城太陽が挑発して誘導しました』


「成功したのか」


『はい』


「考えていないようで、最低限の判断はできるのか」


『本人は、思いついただけだと思います』


「同じではない」


 映像の赤い戦士は、怪人に追われながら住宅街を走っている。


 途中で犬を散歩させる老婦人へ挨拶していた。


「何をしている」


『挨拶です』


「見れば分かる」


『では、なぜ聞いたのですか』


「理解できなかった」


 迅は信号を曲がる。


 河川敷まで三分。


『ブルー用シークレットギアを起動しますか』


「まだ承諾していない」


『現場へ向かっています』


「敵装置の情報を得るためだ」


『そういうことにしておきます』


「白石」


『はい』


「その言い方は嫌いだ」


『覚えておきます』


 バイクを河川敷近くの路地へ停める。


 一般人の目がないことを確認。


 迅は降りた。


 遠くから戦闘音が聞こえる。


 赤い戦士がまた吹き飛ばされている。


「変身手順は」


『中央レンズへ触れ、シークレットチェンジと発声してください』


「長い」


『一般的な範囲です』


「無音起動は」


『初回認証後に設定可能です』


「今すぐ設定しろ」


『博士の承認が必要です』


『駄目じゃ! 初変身は叫ぶものじゃ!』


「合理的な理由は」


『格好よい!』


「却下だ」


『わしが却下する!』


「時間がない」


『若者よ、心を燃やすのじゃ!』


「俺にそういうものを求めるな」


 迅は腕輪へ指を置いた。


「シークレットチェンジ」


『声が小さいです』


「聞こえているだろ」


『規定音量に達していません』


「……シークレットチェンジ」


『コード・ブルー。承認』


 青い光が全身を包む。


 作業服の上から黒いインナースーツ。


 胸、肩、腕、脚へ青い装甲。


 腰へ装備ベルト。


 視界へ情報表示。


 心拍。


 敵距離。


 周囲の一般人。


 武器接続。


「悪くない」


『じゃろう!』


「装備設計は」


『わしじゃ!』


「通信設計は」


『私です』


「通信だけ改善の余地がある」


『博士の割り込みを除けば安定しています』


『何じゃと!?』


 迅は通信音量を下げた。


 拳銃を構える。


 怪人まで距離百八十メートル。


 赤い戦士が押されている。


 怪人の右腕ドリル。


 回転軸。


 駆動部。


 装甲の継ぎ目。


 迅は一度見ただけで構造を把握する。


 狙いを定める。


「右腕駆動部を破壊する」


『射程内です』


 一発。


 青い光弾が河川敷を走る。


 怪人の右腕へ命中。


 ドリルが停止した。


「何っ!?」


 怪人の声。


 赤い戦士がこちらを見る。


 その顔はヘルメットで見えない。


 だが。


 驚いていることだけは、遠くからでも分かった。


 迅は土手の上へ立つ。


「右腕の駆動部を破壊した。左腕も三秒後に停止する」


 赤い戦士が、こちらを見上げた。


「すげえ……」


 その声が聞こえる。


 そして。


「ブルーだ!」


 迅は一瞬だけ黙った。


「……まだ名乗っていない」


 少年は何の迷いもなく答えた。


「でも、青いですよね!」


「色だけで判断したのか」


「はい!」


「雑だな」


 これが。


 蒼井迅と、赤城太陽の出会いだった。



     ◇


「何者だ、貴様!」


 停止した右腕を押さえながら、ドリルモールが土手の上を睨みつけた。


「どこから現れた!」


 迅は答えない。


 敵の質問へ律儀に答える必要はない。


 所属。


 目的。


 人数。


 装備。


 到着経路。


 会話の形を取っていても、相手が欲しがっているのは情報だ。


 迅は土手の端まで歩く。


 五メートルほど下に、赤い戦士と怪人がいる。


 地面は乾いている。


 砂利が多い。


 傾斜は急だが、着地に問題はない。


 迅はためらわず、そのまま飛び降りた。


「えっ」


 赤い戦士――赤城太陽が声を上げる。


 迅は空中で姿勢をわずかに変えた。


 着地地点へ視線を置き。


 膝を使って衝撃を逃がし。


 両足から静かに地面へ降りる。


 砂が薄く舞った。


「今の、どうやったんですか!?」


「着地した」


「それは見れば分かります!」


「なら聞く必要はない」


『ブルー。レッドは方法を聞いているのだと思います』


 左耳の通信から、白石しおりの冷静な声が入る。


「戦闘中に必要な情報ではない」


『彼は戦闘経験がありません』


「見れば分かる」


「俺のことですか?」


 太陽が自分を指さした。


「ああ」


「そんなに分かりやすいですか?」


「敵の攻撃へ正面から突っ込み、避けろと言われて逆へ飛び、技名を考えずに叫んでいる」


「全部見てたんですか!?」


「必要な範囲で」


「恥ずかしいな……」


「恥じる部分はそこではない」


「どこですか?」


「全部だ」


「全部!?」


 太陽は目に見えて落ち込んだ。


 ヘルメットで表情は分からない。


 それでも肩が下がっている。


『ブルー。士気を下げないでください』


「事実を伝えただけだ」


『伝え方の問題です』


「改善の必要性は認めない」


「大丈夫です!」


 太陽が突然、顔を上げた。


「俺、これから覚えます!」


「……そうか」


「はい!」


 迅は一瞬だけ黙った。


 落ち込んだ時間は三秒。


 回復が早い。


 精神構造が単純なのか。


 あるいは。


 自分の未熟さを否定されても、守る目的までは揺らがないのか。


 判断するには情報が足りない。


 迅はドリルモールへ視線を戻した。


 敵は会話へ割り込むタイミングを失ったのか、停止した右腕をかばいながらこちらを見ている。


「話は終わったか!」


「待っていたのか」


「敵同士の会話へ割り込むのは礼儀に反する!」


「学校を襲撃した怪人が礼儀を語るな」


「作戦行動と礼儀作法は別だ!」


「意外としっかりしてますね!」


 太陽が感心する。


「感心するな」


「すみません!」


「敵に謝るな」


「ブルーに謝ったんです!」


「俺にも要らない」


「じゃあ誰に謝ればいいんですか?」


「誰にも謝る必要はない」


「分かりました!」


 迅は小さく息を吐いた。


 これまでに何人もの新人と任務を共にした。


 訓練不足の者。


 緊張して動けない者。


 指示へ反発する者。


 自分を強く見せようとする者。


 だが。


 ここまで返事だけが良い人間は初めてだった。


「レッド」


「はい!」


「怪人から離れろ」


「どうしてですか?」


「死ぬ」


「なるほど!」


 太陽はすぐに後退した。


 三歩。


「あと二歩」


「はい!」


 さらに二歩。


「そこだ」


「ありがとうございます!」


「礼は要らない」


「でも教えてもらったので!」


「……素直なのは助かる」


「何か言いました?」


「何も」


「そうですか!」


 迅は拳銃を構えた。


 ドリルモールを頭部から脚部まで見る。


 右腕の駆動部は破壊済み。


 左腕は正常。


 胸部中央に高熱源。


 背面上部には通信装置。


 左肩装甲には、太陽の打撃によって生じた細かな亀裂。


 脚部に格納式の掘削爪。


 頭部の角は、地中反応を探知するセンサーだろう。


 装甲内部。


 右脇腹付近。


 周囲と異なる金属反応がある。


 先ほど港で破壊した蜘蛛型機械と近い。


「右腕駆動部、損傷率七十一パーセント」


「何?」


「左肩装甲に亀裂」


「なぜ分かる!」


「胸部中央に主動力炉。背面上部に遠隔通信機。右脇腹内部に異規格の電子部品」


 ドリルモールの動きが止まった。


「貴様……」


「脚部の掘削爪は未使用。頭部の突起は地中探査用。直接戦闘への使用には不向き」


「全部言うな!」


「武装残存率、四十三パーセント」


 迅は銃口を胸部中央へ向けた。


「倒すには十分だ」


「すごい目ですね!」


 太陽が横から声を上げる。


「目ではない」


「じゃあ、頭がいいんですね!」


「その理解でいい」


「俺も訓練したら分かりますか?」


「可能性はある」


「本当ですか!」


「お前が説明を最後まで聞けるようになれば」


『まず、そこからですね』


 白石が通信へ割り込んだ。


「頑張ります!」


「今から頑張れ」


「はい!」


 返事と同時に、太陽が一歩前へ出た。


「動くな」


「はい!」


 すぐに止まる。


「今のは何だ」


「頑張ろうと思って!」


「頑張ることと前へ出ることを同じ意味にするな」


「違うんですか?」


「場合による」


「難しいですね」


「戦闘は大体難しい」


 ドリルモールが左腕のドリルを地面へ突き立てた。


「ごちゃごちゃと話している場合か!」


 高速回転。


 地面が盛り上がる。


「掘削衝撃波!」


 地中を走る振動が、一直線にこちらへ迫った。


 太陽が慌てて横へ飛ぼうとする。


「動くな」


「えっ」


 太陽の体が固まった。


 衝撃波は目前まで来ている。


「ブルー!?」


「まだ俺を信用するな」


「今それ言います!?」


「だが、動くな」


「はい!」


 答えに迷いがない。


 迅は地面へ銃口を向けた。


 地中振動は一定ではない。


 土質。


 水分。


 石の配置。


 伝播速度にわずかな差が出る。


 迅は最も不安定な一点へ照準を合わせた。


 一発。


 青い光弾が地面へ入る。


 迫っていた衝撃波が、迅たちの直前で左右へ割れた。


 土砂が両側を通過する。


「うわっ!」


 太陽が風圧に肩を揺らした。


 だが無傷。


「今のも分かってたんですか!?」


「地中を通る振動は一定ではない。弱い部分へ衝撃を加えれば分散する」


「なるほど!」


「分かっていない顔だな」


「でも、すごいことは分かりました!」


「そうか」


 迅はそれ以上説明しなかった。


 太陽が理解したのは、おそらく一割以下だ。


 だが。


 自分では理解できない判断であっても、仲間の指示を信じて止まれる。


 新人としては悪くない。


 危険なのは。


 誰の指示でも同じように信じる可能性があることだ。


「次は外さない」


 迅が怪人へ銃口を戻す。


「最初から外していないだろう!」


 ドリルモールが叫ぶ。


「ならば接近戦だ!」


 巨大な体が地面を揺らして迫る。


 左腕のドリルが高速で回転。


「危ない!」


 太陽が叫ぶ。


 迅は動かない。


 ドリルの先端が胸部装甲へ触れる寸前。


 半歩。


 前へ踏み込んだ。


 攻撃から離れるのではない。


 回転する刃の内側。


 速度が最も遅い軸部分へ体を滑り込ませる。


「何っ!?」


「回転武器は、先端から離れるほど速度が落ちる」


 迅の左手にナイフが現れた。


 銀色の刃が一度だけ閃く。


 怪人の左肩から、小さな金属部品が落ちた。


「左腕補助回路、切断」


 ドリルの回転が止まった。


「なぜ我の構造を!」


「見れば分かる」


「それで何でも済ませるな!」


 ドリルモールが故障した右腕を無理やり振る。


「ブルー、右!」


 太陽が叫んだ。


 迅はすでに回避している。


 怪人の脇を抜け。


 背後へ回り込み。


 通信機へナイフを差し込む。


 深くは刺さない。


 細い配線一本だけを切る。


 バチッ、と火花が散った。


「背部通信機、切断」


「しまった!」


「増援は呼べない」


「卑怯だぞ!」


「学校を奇襲した怪人が言う言葉ではない」


「作戦と戦闘は別だ!」


「何が違う」


「作戦では奇襲も正当だが、戦闘では正々堂々と――」


「規則が細かいな」


「帝国軍だからな!」


「そこは理解できる」


「同意するな!」


「ブルー、怪人と話合いそうですね!」


 太陽が嬉しそうに言った。


「どこを見てそう判断した」


「二人とも真面目です!」


「分類が雑だ」


 迅は切り落とした通信部品を拾う。


 表面。


 ギアノクス固有の回路。


 裏面。


 小さな刻印があった。


 竪琴に似た紋章。


「……オルフェウス」


 声が漏れる。


「オルフェウス?」


 太陽が聞いた。


 迅は部品を即座に腰の収納へ入れる。


「聞き間違いだ」


「そうですか?」


「ああ」


「分かりました!」


「……追及しないのか」


「聞き間違いなら、聞いても仕方ないですから!」


「そうか」


「でも困ってるなら、手伝います!」


「今はいい」


「分かりました!」


 迅は太陽を見た。


 先ほどまで会ったこともなかった。


 迅が何者かも知らない。


 オルフェウスが何かも知らない。


 それでも。


 困っているなら手伝う。


 言葉だけなら、誰でも言える。


 だが太陽は。


 武器も力もなかった時点で、後輩一人を守るため怪人の前へ立っていた。


 口だけではない。


 だからこそ。


 危険だった。


 迅の左腕でZEROの通信端末が振動する。


『Blue Zero』


 女性の声。


『第二目標が国境付近へ移動。現地班は追跡を継続中。指示を』


 太陽がこちらを見る。


 迅は怪人から目を離さないまま答える。


「交戦するな。位置情報のみ更新しろ」


『了解。現在地の任務優先度は』


「暫定最優先」


『承知』


 通信が切れた。


「海外出張中だったんですか?」


 太陽が尋ねる。


「そうなる」


「すみません、呼び戻しちゃって!」


「お前が呼んだわけではない」


「でも、戦隊のせいで仕事が!」


「ここへ来ると決めたのは俺だ」


 迅は淡々と告げる。


「気にするな」


「はい!」


「返事が早い」


「ありがとうございます!」


「褒めていない」


「でも悪い意味でもないですよね?」


「……好きに解釈しろ」


「はい!」


 ドリルモールが肩を震わせた。


「ようやく我に戻ってきたか」


「忘れてません!」


「さっき完全に忘れていただろ!」


「今は覚えてます!」


「当然だ!」


 怪人が両腕を構える。


 右腕も左腕も止まっている。


 だが、脚部の装甲が開いた。


 中から鋭い爪が現れる。


「腕が動かずとも、穴掘り怪人は穴を掘れる!」


 両脚の爪が高速回転した。


 地面が大きくえぐれる。


「地中潜行!」


 ドリルモールの巨体が沈み始める。


「逃げる気だ!」


「違う! 戦術的潜行だ!」


「似たようなものじゃないですか!」


「全然違う!」


 怪人の姿が完全に地中へ消えた。


 河川敷に静けさが戻る。


 迅は周囲へ視線を走らせた。


 地表の隆起。


 砂の動き。


 振動。


 敵位置を予測する。


『地下反応を追跡中です』


 白石の声。


『深度十二メートル。高速で移動しています』


「位置は」


『ブルーとレッドの中間――いえ、レッドの真下です』


「動け!」


 迅が叫ぶ。


「はい!」


 太陽が跳んだ。


 直後。


 地面が爆発するように吹き上がった。


 ドリルモールが頭部の角から飛び出す。


「地中奇襲!」


「うわっ!」


 角が太陽の足をかすめる。


 空中で体勢が崩れた。


 背中から落ちる角度。


 迅は左腕を向ける。


 ワイヤー射出。


 太陽の腰へ巻きつく。


 引く。


「おおっ!?」


 太陽の軌道が変わった。


 迅の横へ落ちる。


 着地は乱れたが、背中を打つよりはいい。


「ありがとうございます!」


「次は自分で着地しろ」


「今度教えてください!」


「生き残ったらな」


「約束ですね!」


「そう受け取るのか」


 迅はワイヤーを回収する。


 ドリルモールが再び地面へ潜ろうとした。


 迅は脚部へ三発。


 左脚。


 右脚。


 爪の根元。


 火花が散る。


「ぐおっ!」


 回転が止まる。


 怪人は地面へ半分埋まったまま動けなくなった。


「今だ、レッド」


「はい!」


 太陽が拳を握り、怪人へ走り出す。


「待て」


「えっ」


 急停止。


「どうしました?」


「地面がおかしい」


 迅はドリルモールが掘った穴を見る。


 土の一部が黒く変色している。


 油ではない。


 燃焼跡でもない。


 温度が急速に低下している。


 スーツのセンサーには、異常な数値。


 だが。


 電磁波でも放射線でもない。


「油ですか?」


 太陽が穴を覗く。


「違う」


「地下水?」


「違う」


「泥?」


「分からない」


「ブルーにも分からないことがあるんですね!」


「当然だ」


「何でも分かる人かと思いました!」


「そんな人間はいない」


「俺の先生は、何でも分かってる顔してます!」


「教師にも分からないことはある」


「そうなんですか!?」


「そこから説明が必要なのか」


 穴の中から、冷たい風が吹き出した。


 夏の夕方。


 周囲はまだ暑い。


 だが穴の周囲だけ、冬の夜のように冷えていく。


「寒っ」


 太陽が両腕をさすった。


「スーツを着てるのに分かります!」


「温度低下だけではない」


 迅はセンサーを見る。


「周囲の音が減っている」


「音?」


「鳥の声、車の音、風。穴の周囲だけ吸収されている」


「何かいます?」


「分からない」


「我も知らん!」


 地面へ半分埋まったドリルモールが叫んだ。


「お前が掘ったんだろ」


「目的のエネルギー反応とは違う!」


「じゃあ何を掘り当てたんですか?」


「それが分からんから困っている!」


 怪人まで困っていた。


 穴の奥から、何かが聞こえる。


 声。


 泣き声に近い。


 あるいは。


 風が細い管を通る音。


「ブルー、聞こえます?」


「音響センサーには反応がない」


「じゃあ気のせいかな」


「いいえ」


 すぐ後ろから、女性の声がした。


「聞こえています」


「うわあっ!」


 太陽が飛び上がる。


 迅も即座に銃を向けた。


 引き金を引く直前。


 相手の姿を確認する。


 黒い強化スーツ。


 腰近くまで伸びる黒髪。


 右手に細身の杖。


 左手に白い札。


 敵意なし。


 だが。


 近づくまで全く気配がなかった。


「いつからいたんですか!?」


 太陽が尋ねる。


「二分十五秒前です」


「絶対いませんでした!」


「いました」


「でも!」


「いました」


「……そうですか」


 太陽が納得した。


 迅は銃口を下げない。


「侵入経路は」


「歩いてきました」


「どこから」


「後ろからです」


「気配を消したのか」


「特には」


「嘘だな」


「いいえ」


 黒い戦士は、ほんの少し首を傾げる。


「普段どおりです」


 迅は視線だけで相手を観察した。


 足音なし。


 呼吸音は微弱。


 体温は正常。


 スーツの構造はSDF製。


 ただし。


 周囲に、センサーが分類できない微細な反応。


「ブルーでも気づかなかったんですか!?」


 太陽が驚く。


「十三秒前には気づいた」


「それでも十三秒前なんですね!」


「近づく直前まで反応がなかった」


「すごいですね、ブラック!」


 太陽が黒い戦士へ言う。


「まだコードネームを名乗っていません」


「でも黒いですよね!」


「はい」


「じゃあブラックです!」


「色だけで判断しています」


「ブルーのときもそうでした!」


 ブラックが迅を見る。


 迅は短く言った。


「訂正しても無駄だ」


「そうですか」


「本人は悪意なく続ける」


「なるほど」


 受け入れが早い。


「何者だ、貴様!」


 ドリルモールが穴の中から叫ぶ。


「貴様も戦隊か!」


「今は、そうです」


「今は?」


「説明すると長くなります」


「全員そればかりだな!」


 ドリルモールの叫びはもっともだった。


 迅も詳しい説明は受けていない。


 ブラックは怪人ではなく、穴を見ている。


「止めてください」


「何をですか?」


 太陽が答える。


「穴を広げることを」


「俺は広げてません!」


「怪人へ言っています」


「あ、すみません!」


「なぜレッドが謝る」


 迅が尋ねる。


「間違えたので!」


「そうか」


 ブラックは穴の周囲を歩く。


 しゃがみ。


 札を一枚置く。


 一定の距離を空けて、二枚目。


 三枚目。


「何してるんですか?」


 太陽が聞く。


「境界を作っています」


「立入禁止の線みたいなものですか?」


「似ています」


「地盤が崩れないように?」


 ブラックの手が一瞬止まる。


「……そういうことにします」


「やっぱり!」


「今のは肯定ではない」


 迅が言う。


「そうなんですか?」


「説明を諦めただけだ」


「どうして分かるんです?」


「俺も諦めかけている」


「何をですか?」


「お前への説明を」


「でも俺、ちゃんと聞いてます!」


「聞くことと理解することは別だ」


「難しい!」


 ブラックが小さな袋を取り出した。


 白い粒を地面へ撒く。


「塩ですか?」


「はい」


「やっぱり地盤補強じゃないですよね!?」


「気づきましたか」


「塩で地面は固まらないと思います!」


「正解です」


「やった!」


「喜ぶところではない」


 迅は穴の周囲を警戒する。


 黒い霧のようなものが、底からゆっくりと這い上がってきた。


 視覚センサーへは映る。


 だが熱源なし。


 質量反応なし。


 電磁反応なし。


「ブラック。あれは何だ」


「まだ形を持っていません」


「生物か」


「違います」


「機械」


「違います」


「エネルギー体」


「それも少し違います」


「分類は」


「怪異です」


 迅は数秒黙った。


「定義を」


「土地や記憶や感情が、形を持ったものです」


「曖昧すぎる」


「曖昧なものなので」


「科学的説明は」


「科学の担当ではありません」


「測定方法は」


「見ます」


「何を」


「見えないものを」


「説明になっていない」


「すみません」


「謝る必要はない」


 太陽が間へ入る。


「怪人とは違うんですか?」


「かなり違います」


 ブラックが答える。


 ドリルモールが叫ぶ。


「我もそう言った!」


「言ってませんよ!」


「我は怪人だと何度も名乗った!」


「怪異じゃないとは言ってなかっただろ!」


「普通は分かる!」


 ブラックがドリルモールを一度見る。


「この怪人には怪異反応はありません」


「怪人でよかったですね!」


 太陽が明るく言う。


「はい。怪人で安心しました」


「安心するな!」


 ドリルモールが怒鳴った。


「ブラックは何の仕事をしてるんですか?」


「神社を手伝っています」


「巫女さん?」


「近いです」


「神主さん?」


「それも近いです」


「大学生ですか?」


「大学院生です」


「すごい!」


「何がですか」


「大学の先です!」


「そうですね」


 迅は通信を切りたくなった。


 だが、戦術上必要なので切れない。


「怪異を研究してるんですか?」


「研究もします」


「じゃあ今のも実習ですね!」


「……そういうことにします」


「便利な言葉だな」


 迅が呟く。


「はい」


 ブラックは否定しなかった。


 穴から吹き出す冷気が強まる。


 黒い霧の中に、何かの輪郭。


 細長い腕。


 顔らしき影。


 三つ。


「三体です」


 ブラックが言う。


「何が?」


 太陽が尋ねる。


「出ようとしています」


「三体も!?」


「今のところ」


「増えるんですか?」


「可能性があります」


「どうすればいいですか!」


「そこから動かないでください」


「分かりました!」


 太陽がその場で直立する。


「呼吸はしてもいいですか?」


「はい」


「よかった!」


「確認する必要があったのか」


 迅が言う。


「動くなって言われたので!」


「呼吸は動作ではない」


「胸が動きます!」


「今はその話をしている場合ではない」


 ブラックは穴へ杖を向けた。


「封印に二十秒必要です」


「怪人は俺たちが止める」


 迅が即答する。


「お願いします」


「レッド」


「はい!」


「怪人を穴へ近づけるな」


「分かりました!」


「指示を理解したか」


「怪人を穴へ近づけません!」


「方法は」


「頑張って止めます!」


「不安だな」


「でも止めます!」


「……俺が指示する。勝手に動くな」


「はい!」


 ドリルモールが地面から体を引き抜いた。


 脚部の爪が再起動。


「我を忘れるな!」


「忘れてません!」


「さっき怪異の話をしていただろ!」


「でも見えてました!」


「ならよい!」


「いいんですか!?」


「戦場で敵を視界から外さぬのは基本だ!」


「勉強になります!」


「敵から学ぶな」


 迅が割り込む。


「では貴様が教えろ!」


 ドリルモールが迅へ向かって走る。


「まずは青い方からだ!」


「合理的だ」


「なぜ褒める!」


「戦力の高い方を先に狙う。判断として正しい」


「じゃあ俺は?」


 太陽が聞く。


「後回しだ」


「そうですか……」


「落ち込むな」


「はい!」


「回復が早いな」


 怪人が突進する。


 迅は三発。


 左膝。


 右肩。


 胸部の亀裂。


 ドリルモールの体勢が崩れる。


「レッド、前へ!」


「はい!」


 太陽が走る。


「右から回れ!」


「はい!」


 正確に右へ回る。


「そこで止まれ!」


「はい!」


 太陽が停止。


 直後。


 怪人の隠し刃が、目の前を通過する。


「今だ。腹部へ一撃」


「うおおおおっ!」


 太陽の拳が赤く光る。


「シークレットパンチ!」


「だから名前がそのまま――ぐおっ!」


 拳が怪人の腹へ入る。


 巨体が二歩、三歩と後退。


「追うな!」


 迅の声。


 太陽が踏み込もうとした足を止める。


 怪人の脚部から、隠し刃が飛び出した。


 追っていれば直撃していた。


「危なっ!」


「敵の後退には理由がある場合が多い」


「勉強になります!」


「覚えておけ」


「はい!」


「戦闘中に教育するな!」


 ドリルモールが怒鳴る。


「必要だ」


「学校でやれ!」


「学校を襲ったお前が言うな」


「それもそうだが!」


 穴の周囲へ置かれた札が、一枚ずつ光り始めた。


 白い線が札同士を結び、円を作る。


「十秒」


 ブラックが言う。


「レッド。怪人を円へ近づけるな」


「分かりました!」


 ドリルモールが穴へ戻ろうとする。


「そこは我が掘った穴だ!」


「今はブラックの担当です!」


「所有権を奪うな!」


「学校の地下を勝手に掘ったお前が言うな!」


 太陽が言い返す。


 一度迅が使った言葉を、すぐに覚えたらしい。


「ブルー!」


「何だ」


「今の、うまく言えました!」


「戦闘へ集中しろ」


「はい!」


 ドリルモールが左腕を振る。


 停止したドリルが、火花を散らしながら無理やり回転を始めた。


「根性で動かした!」


 太陽が驚く。


「機械に根性があるんですか!?」


「怪人にはある!」


「格好いい!」


「褒めるな!」


 ドリルが太陽へ迫る。


 太陽は両腕で受け止めた。


「ぐっ!」


 足が土へ沈む。


「レッド、腕だけで止めるな!」


「どうすれば!?」


「腰を回せ! 左へ流せ!」


「はい!」


 太陽は腰をひねった。


 ドリルの力を横へ逃がす。


 怪人の腕が地面へ突き刺さった。


「できた!」


「喜ぶのはあとだ」


「はい!」


「膝!」


 迅の光弾が怪人の膝へ当たる。


 片膝をつく。


「今だ!」


 太陽の拳へ、赤い光が集まった。


『新技の名称を送るぞ!』


 突然、博士の大声が通信へ響く。


「今ですか!?」


『レッドインパクトじゃ!』


「分かりました!」


「説明なしで使うな」


 迅が止める。


「でも博士が!」


『拳へエネルギーを集め、殴るだけじゃ!』


「今までと何が違うんですか!?」


『名前が格好よい!』


「大事ですね!」


「大事ではない」


 迅と白石の声が重なった。


 だが、太陽はすでに踏み込んでいる。


「レッドインパクト!」


「名前を変えただけでは――」


 拳が怪人の胸部へ直撃。


 赤い光が爆発した。


「ぐおおおおおっ!」


 ドリルモールの巨体が吹き飛ぶ。


 地面を転がり。


 穴から大きく離れた。


「すごい!」


「位置は俺が誘導した」


「ブルーのおかげです!」


「殴ったのはお前だ」


「じゃあ二人のおかげですね!」


 迅は一瞬だけ言葉に詰まった。


 任務では。


 成果は個人へ帰属する。


 誰が撃った。


 誰が侵入した。


 誰が判断した。


 責任と功績は分ける。


 だが太陽は。


 何の迷いもなく「二人のおかげ」と言った。


「……そうなるな」


 迅が答える。


 自分でも意外だった。


「封印完了」


 ブラックが杖を地面へ突く。


 札の円が強く光った。


 穴から吹き出していた冷気が止まる。


 黒い霧が引き戻される。


 三つの影が消えた。


 周囲へ音が戻る。


 鳥。


 車。


 川の流れ。


 太陽には何が起きたか分からなかったのだろう。


 それでも。


「ブラック!」


「はい」


「よく分からなかったけど、助かりました!」


 ブラックが太陽を見る。


「何が起きていたか、分からないのですよね」


「はい!」


「それでもですか」


「ブラックが安心してるので!」


 ブラックは黙った。


「違いました?」


「いいえ」


 小さく首を横へ振る。


「合っています」


「よかった!」


「ありがとうございます」


 声は小さい。


 だが迅には聞こえた。


 太陽にも聞こえたらしい。


 嬉しそうに頷く。


 迅は穴の周囲へ視線を走らせる。


 封印は成功。


 怪人は損傷。


 増援通信は遮断。


 このまま制圧できる。


 そう判断した瞬間。


 空が黄色く輝いた。


「え?」


 太陽が見上げる。


 河川敷の上空。


 巨大な光の円が現れている。


 一つではない。


 複数の円が重なり。


 未知の文字列が回転している。


 魔力反応。


 迅のセンサーが警告を出す。


『高密度エネルギー反応を確認』


 白石の声。


『ギアノクスとは異なる波形です』


「新手か」


 迅は銃を向ける。


「違います」


 ブラックが言った。


「これは召喚です」


「何を呼ぶ」


「人です」


「どこから」


「別の世界から」


「説明が簡潔すぎる」


「長く説明すると、到着します」


 光の円の中央から、一人の女性が落ちてきた。


 黄色い装甲。


 白いマント。


 手には大剣。


 空中で一回転し。


 地面へ着地。


 大きな音。


 砂煙が上がった。


「間に合いましたか!」


 凛とした女性の声。


 砂煙の中から、黄色い戦士が立ち上がる。


「イエローだ!」


 太陽が即座に叫んだ。


 黄色い戦士がこちらを見る。


「まだ名乗っていません」


「でも黄色いですよね!」


「はい」


「じゃあイエローです!」


「……そうですね」


 受け入れた。


 ブルーより早い。


 ブラックと同程度。


「皆さん、状況は!」


 イエローが大剣を構える。


「怪人一体。両腕、脚部、通信装置を破壊済み」


 迅が答える。


「封印対象は三体。処理済みです」


 ブラック。


「俺もいます!」


 太陽。


「見れば分かります」


 イエローは即答した。


「よろしくお願いします!」


「はい。よろしくお願いします」


 太陽が差し出しかけた手を、迅が下ろさせる。


「握手はあとだ」


「そうでした!」


 ドリルモールが立ち上がる。


「また増えたのか!」


「今度は黄色です!」


 太陽が紹介する。


「見れば分かる!」


「さっきから皆さん、色の話ばかりですね」


 イエローが少し困った声を出した。


 迅はその剣を見る。


 材質不明。


 エネルギー密度、極めて高い。


 機械ではない。


 SDFの装備でもない。


「その武器は何だ」


「聖剣ルミナスです」


「どこの製造品だ」


「アルディア王国地下神殿です」


「国名か」


「はい」


「聞いたことがない」


「異世界ですので」


 迅は黙った。


 太陽が感心する。


「海外じゃなくて異世界だったんですね!」


「はい」


「じゃあ大学の海外研修より遠いですね!」


「かなり遠いと思います」


「納得するのか」


 迅が聞く。


「異世界なら、知らなくても仕方ないです!」


「その理屈で全てを受け入れるな」


「でもイエローが嘘をついてるようには見えません!」


 イエローの動きが一瞬止まる。


「信じるのですか?」


「はい!」


「初対面ですよ」


「でも助けに来てくれたんですよね?」


「それは……はい」


「じゃあ大丈夫です!」


 イエローは太陽を見つめた。


「不思議な方ですね」


「よく言われます!」


「褒められてはいないと思います」


 ブラックが静かに言う。


「そうなんですか?」


「おそらく」


「でも悪い意味でもなさそうです!」


「前向きですね」


 ドリルモールが両腕を震わせる。


「話は終わったか!」


「待ってたんですか?」


「礼儀だ!」


「いい怪人ですね!」


「褒めるな!」


「イエロー」


 迅が言う。


「戦闘能力は」


「魔王軍の将軍級までなら単独で対応できます」


「基準が分からない」


「この怪人よりは強いです」


「それでいい」


 迅は即座に作戦を組み直す。


「レッドが注意を引く。イエローは正面から主動力炉へ圧力をかけろ。ブラックは地中退路を封じる。俺が外部制御器を切る」


「了解です」


「分かりました」


「はい!」


 三人の返事。


 太陽だけ声が大きい。


「なぜ俺が注意を引くんですか?」


「得意だろう」


「はい!」


「疑問を持った意味は何だ」


「一応聞いた方がいいかと思って!」


「次からは理解してから返事をしろ」


「はい!」


 太陽が怪人へ走る。


「ドリルモール!」


「何だ!」


「勝負だ!」


「すでに勝負中だ!」


「そうだった!」


「貴様は何なのだ!」


「レッドです!」


「そういう意味ではない!」


 怪人の注意が太陽へ向く。


「今だ」


 迅の合図。


 イエローが聖剣を構える。


 刀身に黄色い光が集まった。


「聖光斬!」


 まっすぐ。


 正面から振り下ろす。


 技術は洗練されている。


 だが、隠す気がない。


 圧倒的な出力で敵の防御ごと押し切る戦い方。


「ぐおっ!」


 ドリルモールが両腕で受ける。


 故障したドリルから火花。


 脚が地面へ沈む。


「力が強い!」


 太陽が驚く。


「勇者ですので!」


 イエローが答える。


「勇者ってすごいですね!」


「会話はあとだ!」


 迅は怪人の右脇腹へ回り込む。


 異規格部品。


 港で見たORPHEUS制御器と同じ位置。


 銃弾では防御障壁に弾かれる。


 ならば接触して切る。


 ナイフを装甲の継ぎ目へ差し込む。


 紫色の障壁が現れる。


 だが。


「ブラック」


「はい」


 黒い札が飛んだ。


 障壁へ貼りつく。


「動きを止めました」


 紫色の膜が一瞬だけ停止。


 迅はナイフを押し込む。


 制御器の配線を切断。


 怪人の全身から紫色の光が消えた。


「外部制御、遮断」


「何をした!」


「お前の中に別組織の装置がある」


「知らん!」


「本当に知らないようですね」


 イエローが言う。


「ならば、怪人自身も利用されているのでしょうか」


「可能性はある」


 ブラックが怪人を見る。


「嘘はついていないようです」


「なぜ分かる」


「影が揺れていません」


「基準が分からない」


「私には分かります」


「そうか」


 迅はそれ以上聞かなかった。


 分からない専門分野で。


 専門家が確信を持っている。


 ならば、現時点では情報として採用する。


「ドリルモール」


 太陽が怪人へ呼びかけた。


「何だ!」


「その部品、知らなかったのか?」


「知らんと言っている!」


「じゃあ、外してもらえてよかったな!」


「敵に心配される筋合いはない!」


「でも勝手に入れられてたんだろ?」


「そうだが!」


「嫌じゃないのか?」


 ドリルモールは答えなかった。


 イエローが剣を下げる。


「ブルー。敵の装置を外せば、戦闘を止められる可能性は」


「怪人自身の命令系統は残っている」


「では、まだ敵ですか」


「本人へ聞け」


 迅がドリルモールを見る。


「任務を続行するのか」


「当然だ!」


 ドリルモールが両足を踏みしめる。


「我は機界侵略帝国ギアノクスの怪人! 命令を受け、地球の資源を回収する!」


「そうか」


「ただし!」


 怪人は脇腹の切断された装置を見る。


「帰還後、無許可改造について正式に抗議する!」


「そこは大事なんですね!」


 太陽が感心した。


「大事だ! 同意なく部品を入れるな!」


「分かります!」


 イエローも強く頷く。


「本人の意思を無視するのは、よくありません」


 その声には。


 少しだけ。


 別の重さがあった。


 迅は気づいた。


 だが追及しない。


 この場で必要な情報ではない。


 ドリルモールが構える。


「我は任務を続ける! 貴様らも戦え!」


「分かった!」


 太陽が拳を握る。


「正々堂々ですね!」


「怪人へ敬意を持ちすぎるな」


 迅は銃を構え直す。


「制御器は外した。次は本体を停止させる」


「倒すのですか?」


 イエローが聞く。


「主動力炉を破壊すれば完全停止する」


 ブラックが静かに言う。


「魂に近い反応はありません」


「機械ですから」


「機械にも心がないとは限りません」


 迅はドリルモールを見る。


 怒り。


 誇り。


 不満。


 言葉。


 少なくとも。


 単なる自動兵器ではない。


「完全破壊は保留する」


 迅が判断した。


「四肢と動力伝達だけを止める。情報を取る」


「賛成です!」


 太陽。


「異論ありません」


 イエロー。


「私も」


 ブラック。


 ドリルモールが怒鳴る。


「我の前で捕獲方針を決めるな!」


「隠す必要がない」


 迅は淡々と答えた。


「成功させるからな」


「貴様、やはり腹が立つ!」


「よく言われる」


「本当に言われるんですね!」


 太陽が驚く。


「主に敵からだ」


「仲間からは?」


「今のところ、お前が最初だ」


「俺、仲間なんですか?」


 迅は答えようとして。


 一瞬止まった。


 まだ会って十分も経っていない。


 組織の正体も。


 互いの事情も。


 何も知らない。


 それでも。


 同じ敵の前で。


 背中を預けている。


「暫定的には」


「やった!」


「喜ぶほどのことか」


「仲間が増えるのは嬉しいです!」


「そうか」


 迅には。


 まだ理解できなかった。


 だが否定する理由もなかった。


 四人が構える。


 ドリルモールも最後の力を振り絞る。


 そのとき。


 五人目の反応が、上空ではなく。


 川の向こう側から高速で近づいてきた。


『新たな適合者を確認』


 白石の声。


『コード・ピンク。現場へ到着します』


「ピンク!」


 太陽が嬉しそうに振り返る。


「今度は桃色ですね!」


「まだ見えていないだろう」


「ピンクって言ってたので!」


「色を聞いて喜ぶな」


 遠く。


 堤防の上に。


 会社員らしい女性が立っていた。


 片手に鞄。


 もう片方には。


 桃色の光を放つ、小さな杖。


 髪の先が少し焦げている。


 肩には金色の粉。


 表情は。


 明らかに疲れていた。


「……間に合った」


 女性が息を整えながら呟く。


 通信へ、白石の声。


『桃園美咲さん。変身を』


「その前に一ついいですか」


『何でしょう』


「今日のこれは、休日出勤扱いですか?」


 迅は。


 この戦隊が。


 想像していた以上に面倒な集団だと確信した。



「……間に合った」


 堤防の上へ立つ女性は、小さく息を整えた。


 肩にはビジネスバッグ。


 紺色のスーツ。


 黒いパンプス。


 どう見ても仕事帰りの会社員だった。


 だが。


 右手へ握られている一本の杖だけが、その姿とまるで噛み合っていない。


 淡い桃色に輝く宝石。


 白い羽を模した装飾。


 星形の先端。


 子ども向けアニメに出てきそうな魔法の杖だった。


「白石さん」


 女性が通信へ話しかける。


「確認です。」


『はい。』


「今日って水曜日ですよね?」


『はい。』


「私、朝八時から普通に出勤してるんですけど。」


『存じています。』


「昼休み返上で事故対応して。」


『はい。』


「午後から取引先へ謝罪に行って。」


『はい。』


「その帰りに魔法少女から緊急召喚されて。」


『はい。』


「戻ってきたら今度は戦隊ですか。」


『はい。』


 女性は空を見上げた。


「……残業代、出ます?」


『申し訳ありません。SDFは公務扱いではありません。』


「ですよねぇ……」


 深いため息。


 その姿を見て、太陽が小声で迅へ尋ねる。


「あの人、大丈夫ですか?」


「疲れている。」


「ですよね。」


「だが」


 迅は女性の立ち姿を見る。


 肩は落ちている。


 声にも覇気はない。


 しかし。


 足の位置。


 重心。


 視線。


 戦闘経験者だ。


「隙がない。」


 その瞬間。


 女性が杖を持ち直した。


「……仕事。」


 一歩。


「魔法少女。」


 二歩。


「戦隊。」


 三歩。


 そして。


「今日は本当に厄日ね。」


 桃色の光が爆発した。


『シークレットチェンジ』


 優しい光が女性を包む。


 スーツが光へ溶ける。


 桃色の装甲。


 白いマント。


 金色のリボン。


 腰へ装着されたシークレットギア。


 そして。


 左腕へ残る、魔法少女用ブレスレット。


 二つの変身アイテムが同時に装備されていた。


「……へぇ。」


 迅が初めて興味を示した。


「同時運用か。」


『はい。』


 白石が答える。


『現時点で唯一です。』


「負荷は。」


『かなり高いです。』


「それでも運用しているのか。」


『本人がやると言いました。』


「そうか。」


 桃色の戦士――シークレットピンクが河川敷へ降り立つ。


「初めまして。」


 落ち着いた声だった。


「シークレットピンクです。」


「ピンク!」


 太陽が嬉しそうに手を振る。


「よろしくお願いします!」


「こちらこそ。」


 ピンクは微笑んだ。


「元気ね。」


「はい!」


「羨ましい。」


 その一言だけで。


 社会人十五年の疲労がにじみ出ていた。


 ブラックが小さく会釈する。


「初めまして。」


「よろしくね。」


 イエローも頭を下げる。


「勇者です。」


「え?」


「異世界帰りです。」


「え?」


 ピンクが止まった。


「……今なんて?」


「勇者です。」


「異世界帰りです。」


「…………」


 数秒の沈黙。


「今日はもう考えるのやめよう。」


「理解しなくていいんですか!?」


 太陽が驚く。


「疲れてる日はね。」


 ピンクが笑う。


「理解しようとすると壊れるの。」


「そんな日あります?」


「二十八年生きてるとあるのよ。」


「なるほど!」


「分かったの!?」


「なんとなく!」


 迅は小さく頷いた。


「合理的だ。」


「ブルーまで。」


「今必要なのは敵の排除だ。」


「そうそう。」


 ピンクは杖を肩へ担ぐ。


「細かい話は終わってから。」


 その笑顔は穏やかだった。


 だが。


 ドリルモールが見逃さなかった。


「魔法少女だと!?」


「はい?」


「我は昔一度だけ魔法少女と戦った!」


「そうなの?」


「三日眠れなかった!」


「何したの?」


「キラキラした!」


「それだけ?」


「精神的ダメージが凄かった!」


 ピンクは困ったように笑う。


「ごめんなさい?」


「謝るな!」


 太陽が笑い始めた。


「怪人なのにキラキラ苦手なんですね!」


「苦手だ!」


「かわいい!」


「かわいくない!」


 河川敷に笑いが起きた。


 しかし。


 迅だけは笑っていない。


 怪人の背後。


 河原の石陰。


 ほんの一瞬。


 紫色の光が反射した。


「……いた。」


「ブルー?」


 迅は怪人ではなく、その奥へ銃口を向ける。


「全員伏せろ!」


 パンッ!


 青い光弾が石陰を撃ち抜く。


「きゃっ!」


 人影が飛び出した。


 黒いフード。


 細身。


 右手には小型端末。


 左腕には――


 港で見たものと同じ。


 ORPHEUSの紋章。


「いたか。」


 迅が低く呟く。


「やっぱり黒幕は別にいる。」


 フードの人物は舌打ちした。


「チッ……。」


 そして。


 ドリルモールへ向かって叫ぶ。


「そのまま自爆しろ!」


 怪人が目を見開いた。


「何!?」


 胸部へ埋め込まれた紫色の装置が、再び点滅を始める。


 迅の表情が変わる。


「まずい!」


「そのまま自爆しろ!」


 黒いフードの人物が、小型端末へ指を叩きつけた。


 ドリルモールの胸部へ埋め込まれた紫色の装置が、脈打つように明滅する。


 一度。


 二度。


 三度。


 周囲の空気が震えた。


『異常なエネルギー上昇を確認!』


 白石の声が通信へ飛び込む。


『胸部装置が主動力炉を強制的に暴走させています!』


「爆発規模は」


 迅が問う。


『計算中です!』


「計算を待てない。最大値を出せ」


『半径七百メートル――いえ、地下の反応と連鎖すれば、それ以上です!』


 半径七百メートル。


 河川敷だけでは済まない。


 住宅地。


 道路。


 学校。


 避難を終えたはずの住民も、再び巻き込まれる。


「ブルー!」


 太陽が叫ぶ。


「どうすればいい!」


「黙って俺の指示を待て」


「はい!」


 返事には迷いがなかった。


 迅は一瞬で状況を組み立てる。


 自爆装置は胸部。


 外部制御はフードの人物が持つ端末。


 怪人本体の動力炉と接続済み。


 端末を破壊しても、既に開始した自爆処理は止まらない可能性が高い。


 胸部を撃ち抜けば、その場で爆発する。


 装置だけを分離するには、装甲を剥がす必要がある。


 残り時間は。


『自爆まで四十五秒!』


「時間が足りない」


「足りないなら、増やせばいいです」


 ピンクが言った。


「どうやって」


「こうやって」


 桃色の杖が地面へ触れる。


 光の花びらが広がり、ドリルモールの周囲を包んだ。


 怪人の動きが目に見えて遅くなる。


 振り上げた腕。


 揺れる排気管。


 胸部の点滅。


 全てが水の中へ沈んだように鈍る。


「時間停止か」


「そんな便利なものじゃありません」


 ピンクの声が苦しげに揺れた。


「対象の動きを、希望力で引き延ばしてるだけです。装置そのものの時間は止まりません」


『残り四十秒!』


「ほとんど変わっていない」


「だから早くしてください!」


 美咲の足元へ亀裂が走る。


 桃色の光が不安定に揺れた。


 単独で怪人の巨体を拘束している。


 長くは持たない。


「イエロー」


「はい!」


「胸部装甲を切り開け。ただし三センチ以上深く入れるな」


「三センチ」


 ひかりは聖剣を構える。


「承知しました」


「本当にできるのか」


「勇者ですので」


「理由になっていない」


 黄色い光が刀身へ集まる。


 ひかりは一歩踏み込み。


 横薙ぎ。


 聖剣の先端が、ドリルモールの胸部装甲だけを正確に切り裂いた。


 金属板が左右へ開く。


 内部。


 紫色の球体。


 その周囲へ、黒い配線が血管のように絡みついている。


『残り三十二秒!』


「ブラック」


「はい」


「装置と本体の境界を固定できるか」


「できます」


 夜子が札を四枚投げる。


 紫色の球体を囲むように貼りついた。


「ただし」


「何だ」


「これは機械だけではありません」


「どういう意味だ」


「恐怖が混ざっています」


 夜子の声は変わらない。


 淡々としている。


 それでも。


 言葉の意味は重かった。


「この怪人の、死にたくないという気持ちを、装置が燃料にしています」


「我は……」


 ドリルモールが声を絞り出す。


「死を恐れてなど……」


「嘘です」


 夜子が即答した。


「影が震えています」


「怪人にも、怖いって気持ちがあるんですね」


 太陽がドリルモールを見上げる。


「当然だ!」


 怪人が怒鳴った。


「我とて消滅はしたくない!」


「じゃあ、助ける!」


「敵に助けられる筋合いはない!」


「でも死にたくないんだろ!」


「それとこれは別だ!」


「別じゃない!」


 太陽の声が、河川敷へ響いた。


「死にたくないなら、生きろ!」


「簡単に言うな!」


「簡単じゃない!」


 太陽は拳を握る。


「俺だって怖かった! 怪人の前に立ったとき、逃げたかった!」


 迅は太陽を見る。


 初めてだった。


 太陽が、自分の恐怖を口にしたのは。


「でも、後ろに誰かいたから立った!」


「それは貴様の事情だ!」


「そうだ!」


 太陽は一歩前へ出る。


「だからこれは、お前の事情だ!」


「何?」


「死にたくないなら、それでいいだろ!」


 ドリルモールが言葉を失う。


『残り二十五秒!』


「レッド!」


 迅が叫ぶ。


「感情論はあとだ。装置を引き抜く」


「はい!」


「お前がやれ」


「俺が?」


「怪人の装甲はイエローが開いた。境界はブラックが固定している。ピンクが動きを抑えている」


 迅は銃を構える。


「俺が配線を切る」


「分かりました!」


「紫色の球体だけをつかめ。周囲の黒い線には触るな」


「はい!」


「触れば爆発する」


「はい!」


「返事が軽い」


「でもやります!」


「……そうだろうな」


 太陽がドリルモールの胸部へ駆ける。


 怪人の腕が震える。


「近づくな!」


「助ける!」


「我は敵だぞ!」


「知ってる!」


「ならばなぜ!」


「困ってるから!」


 太陽は迷わない。


 胸部装甲へ足をかけ。


 怪人の体を登る。


 迅は紫色の装置から伸びる配線を数える。


 十二本。


 うち九本は主動力炉。


 三本は外部制御。


 切る順番を間違えれば爆発。


『残り十八秒!』


「ブルー!」


「一番上の細い線から切る」


 迅が撃つ。


 一発。


 配線が切れる。


「次、左下」


 二発目。


「右奥」


 三発目。


 紫色の装置の点滅が乱れる。


『残り時間、計測不能!』


「止まったんですか!?」


 美咲が叫ぶ。


「違う。表示が壊れただけだ」


「一番嫌なやつじゃないですか!」


「レッド、今だ!」


「うおおおおっ!」


 太陽が両手で紫色の球体をつかむ。


 その瞬間。


 黒い配線が生き物のように動き、太陽の腕へ絡みついた。


「ぐっ!」


「レッド!」


「離すな!」


 迅の声が飛ぶ。


「でも、このままでは!」


 ひかりが聖剣を持ち上げる。


「切ります!」


「待て!」


 迅は止める。


「太陽の腕ごと切る気か」


「ではどうすれば!」


「俺が狙う」


 配線は太陽の腕へ密着している。


 隙間は三ミリ以下。


 銃弾の角度。


 風。


 太陽の動き。


 怪人の振動。


 外せば太陽の腕を撃ち抜く。


「ブルー!」


 太陽が叫ぶ。


「撃ってください!」


「動くな」


「はい!」


「絶対にだ」


「はい!」


「怖くないのか」


「怖いです!」


 太陽は即答した。


「でも、ブルーなら当てます!」


 迅の指が。


 一瞬だけ止まった。


 根拠はない。


 太陽は、迅の過去も。


 技術も。


 失敗も。


 何も知らない。


 それでも。


 信じる。


「……馬鹿が」


 迅は照準を合わせた。


 呼吸を止める。


 一発。


 青い光弾が、太陽の腕の表面をかすめた。


 黒い配線だけが切れる。


 二発。


 三発。


 四発。


 全て命中。


「今だ、引け!」


「うおおおおおおおっ!」


 太陽が紫色の球体を引き抜いた。


 黒い煙。


 火花。


 ドリルモールの胸部から、装置が完全に外れる。


「ブルー!」


 太陽が球体を投げる。


 迅は受け取らない。


 銃で撃つ。


 球体は空中で軌道を変え。


 川の中央へ落ちた。


「全員伏せろ!」


 水中。


 紫色の光。


 直後。


 轟音。


 巨大な水柱が立ち上がった。


 爆風が河川敷を駆け抜ける。


 美咲の障壁が五人と怪人を包む。


 桃色の光が揺れる。


「重いっ……!」


 美咲が歯を食いしばる。


「ピンク!」


 太陽が支えようと手を伸ばす。


「触らないで!」


「どうして!」


「今のあなた、爆発装置の残留エネルギーまみれです!」


「見えないです!」


「私は見えるの!」


 美咲は杖を振る。


 花びらの光が太陽へ降り注いだ。


「浄化します!」


「これも保険会社の仕事ですか!?」


「今日は全部そういうことにしてください!」


「分かりました!」


 水柱が崩れ。


 川へ落ちる。


 爆発は水中で抑えられた。


 周囲への被害はない。


 ドリルモールの胸部から紫色の光が消える。


 巨体が膝をついた。


「……終わったのか」


「自爆装置は破壊した」


 迅が答える。


「お前自身の動力は残っている」


「なぜだ」


「何がだ」


「なぜ、我を助けた」


 ドリルモールの声から。


 戦意が消えていた。


「俺は情報が必要だった」


 迅は淡々と答える。


「生かす方が価値がある」


「ブルー」


 太陽が不満そうに呼ぶ。


「何だ」


「それだけじゃないですよね?」


「それだけだ」


「本当に?」


「必要な判断をした」


「じゃあ」


 太陽はドリルモールへ顔を向ける。


「俺は助けたかったから助けた!」


「聞いていない」


「言いたかった!」


「そうか」


 ドリルモールは太陽を見る。


「貴様は、理解不能だ」


「よく言われる!」


「褒めていない」


「ブルーにも言われた!」


「一緒にするな」


 迅が訂正する。


 そのとき。


 フードの人物が、河川敷から逃げようと走り出した。


「待て!」


 迅が銃口を向ける。


 相手は小型端末を地面へ叩きつけた。


 紫色の煙。


 煙幕。


 熱源が複数に分裂する。


「ブルー!」


 太陽が駆け出そうとする。


「追うな!」


「でも!」


「罠だ」


 煙の中。


 複数の爆発音。


 地面へ小さな穴が開く。


 逃走経路。


 地下。


 迅は銃を下ろした。


「逃がした」


『追跡反応、消失しました』


 白石の声。


『ただし、破損端末の一部を回収できます』


「十分だ」


 迅は端末の破片を拾う。


 表面。


 ORPHEUSの紋章。


 内部。


 ギアノクスと同じ紫色の金属。


「やはり接触している」


「何がですか?」


 太陽が隣へ来る。


「物流の取引先だ」


「悪い会社なんですか?」


「そうだ」


「じゃあ、俺たちで止めましょう!」


「簡単に言うな」


「難しいなら五人で!」


 迅は太陽を見る。


 赤。


 桃。


 黄。


 黒。


 そして青。


 今日まで。


 互いに存在すら知らなかった。


 誰も。


 何者かを明かしていない。


 ピンクは保険会社員だと言い張りながら魔法を使う。


 イエローは異世界の勇者。


 ブラックは怪異を封じる大学院生。


 レッドは。


 ただの高校生。


 その中で。


 太陽だけが。


 全員を仲間だと決めている。


「ブルー?」


「何でもない」


「じゃあ、これからよろしくお願いします!」


「まだ正式に加入した覚えはない」


『蒼井さん』


 白石の声。


『先ほど、シークレットギアの仮契約へ同意しています』


「緊急時の暫定使用だ」


『規約第五十三条により、初回変身後は正式契約の説明を受ける義務があります』


「契約したとは書いていない」


『説明を受けた後、断ることは可能です』


「そうする」


「えっ」


 太陽の声が。


 明らかに沈んだ。


「ブルー、辞めるんですか?」


「まだ入っていない」


「でも、仲間だって」


「暫定的にと言った」


「そうですか……」


 肩が下がる。


 美咲が迅を見る。


「大人げないですよ」


「事実だ」


「言い方があります」


「嘘を言う必要はない」


 ひかりも太陽を見る。


「レッド。ブルーにも事情があります」


「はい」


「無理に引き止めてはいけません」


「分かってます」


 太陽は頷く。


 それでも。


 声が小さい。


「でも」


 顔を上げる。


「また困ってる人がいたら、来てくれますか?」


 迅は答えなかった。


 合理的には。


 ZERO任務を優先すべきだ。


 ギアノクスとORPHEUSの接触は調査対象になる。


 SDFへ参加する必要はない。


 情報だけ得ればいい。


「状況による」


 迅は答えた。


「本当ですか!」


 太陽の声が一瞬で戻る。


「来るとは言っていない」


「でも、来ないとも言ってないですよね!」


「……そうだな」


「じゃあ待ってます!」


「勝手にしろ」


「はい!」


 美咲が小さく笑った。


「ブルー」


「何だ」


「その言い方、来る人の言い方ですよ」


「違う」


「そういうことにしておきます」


「その言い方は嫌いだ」


「覚えておきます」


 迅は端末の破片を収納する。


 河川敷には。


 戦いの跡が残っている。


 崩れた地面。


 焦げた草。


 川から上がる湯気。


 倒れた怪人。


 疲れ切った戦士たち。


 そして。


 携帯電話の着信。


 迅の端末が震えた。


 画面。


 長谷川。


「……」


「仕事ですか?」


 太陽が聞く。


「ああ」


「出た方がいいですよ!」


「分かっている」


 通話を開始。


「蒼井さん!」


 大声。


『今どこですか!?』


「河川敷だ」


『どうして!?』


「輸送事故の追跡」


『営業車は!?』


「海だ」


『知ってます!』


「なら聞くな」


『午後の配送が全部残ってるんですよ!』


「お前が処理しろ」


『無茶言わないでください!』


「できる」


『なんでそう思うんです?』


「お前は有能だ」


 通信の向こうが。


 静かになった。


『……今、褒めました?』


「事実を伝えた」


『録音しておけばよかった』


「切るぞ」


『待ってください! 戻ってきますよね?』


「予定では」


『それ、戻らない人の言い方です!』


 迅は少しだけ黙る。


 横では。


 太陽がじっと見ている。


「戻る」


『本当ですか?』


「ああ」


『じゃあ待ってます』


「待つ必要はない。業務を進めろ」


『分かりました。蒼井さんの分もやっておきます』


「頼む」


『……また頼んだ』


「切る」


『はいはい。気をつけてください』


 通話を終える。


 太陽が嬉しそうに言った。


「ブルー、仲間に頼れるじゃないですか!」


「会社の後輩だ」


「仲間じゃないんですか?」


 迅は答えない。


 代わりに。


 太陽の制服のポケットから覗く紙を見つけた。


「それは何だ」


「これ?」


 太陽が取り出す。


 英語の追試範囲表。


「明日、追試です!」


「点数は」


「十九点!」


「百点満点か」


「はい!」


「戦隊をしている場合ではない」


「怪人が待ってくれなかったので!」


「教師も待たない」


「そうなんです!」


 太陽は本気で困っている。


「ブルー、英語得意そうですね!」


「関係ない」


「教えてください!」


「断る」


「一問だけ!」


「仕事がある」


「三分だけ!」


「無駄だ」


「困ってる人を助けるのもヒーローの仕事じゃないですか?」


「俺はヒーローではない」


「でもブルーです!」


「色は関係ない」


「じゃあ」


 太陽は追試範囲表を差し出す。


「蒼井さん、お願いします!」


 名前を呼ばれた。


 戦場の色ではなく。


 個人の名前。


 迅は紙を見る。


 英単語。


 文法。


 中学程度の復習。


「三分だけだ」


「やった!」


「理解できなければ諦めろ」


「諦めません!」


「そう言うと思った」


 太陽が隣へ座る。


 美咲たちは少し離れた場所で、白石から今後の指示を受けている。


 迅は紙へ指を置いた。


「まず、delivery」


「デリバリー!」


「意味は」


「ご飯を持ってきてくれる!」


「配達だ」


「ブルーの仕事!」


「そうだ」


「覚えました!」


「次。deadline」


「デッド……死ぬ線?」


「締め切り」


「今日の配送時間!」


「そうだ」


「覚えました!」


「delay」


「遅れる!」


「遅延」


「今のブルー!」


「黙れ」


 太陽が笑う。


 迅は。


 自分が何をしているのか考えた。


 世界規模の犯罪組織を追い。


 未知の機械生命体と戦い。


 爆発装置を処理した直後。


 河川敷で。


 高校生へ英単語を教えている。


 非効率。


 予定外。


 任務外。


 それでも。


 三分が過ぎても。


 迅は説明を止めなかった。


 世界を救う仕事に。


 配達時間を指定してほしくはない。


 だが。


 誰かへ何かを届けることは。


 迅が最も長く続けてきた仕事だった。


 荷物。


 情報。


 武器。


 命令。


 そして今日。


 たった三つの英単語。


 それも。


 悪くはないと。


 ほんの少しだけ思った。



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