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秘密戦隊シークレットファイブ ~戦隊やってて副業はありなんですか?~  作者: 芦名 雅


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第1話 五人の力を一つに! 力の種類は問いません

あらすじ


「君たちは今日から秘密戦隊シークレットファイブだ!」


高校二年生・赤城太陽は、悪の組織から地球を守るヒーローに選ばれた。


頼れる仲間は四人。


優しい会社員のお姉さん。


海外出張ばかりのクールな会社員。


ちょっと天然な女子大生。


無口な神社育ちのお姉さん。


……のはずだった。


実は彼らには、それぞれ絶対に明かせない”もう一つの顔”がある。


魔法少女。


世界最強のエージェント。


異世界の勇者。


怪異を祓う退魔師。


全員が別々の世界を救いながら、正体を隠して戦隊までやっている超多忙ヒーローたち。


ただ一人、その事実にまったく気づいていない熱血高校生レッドを除いて。


今日も誰かが戦闘中に途中退席。

今日も誰かが海外から直行。

今日も誰かが異世界へ緊急召喚。


それでも五人は、最高のチームだった。


秘密だらけの戦隊コメディ、開幕!

 俺の名前は、赤城太陽。


 市立青葉高校二年三組、十七歳。


 好きな言葉は、友情、努力、勝利。


 嫌いな言葉は、卑怯、裏切り、赤点。


 なお、最後の一つについては、つい先ほど嫌いになったばかりである。


「赤城」


「はい!」


「返事だけは百点だな」


「ありがとうございます!」


「褒めてない」


 英語教師の佐々木先生は、俺の机へ答案用紙を置いた。


 ぱさり、と乾いた音がする。


 答案用紙の右上には、赤いペンで大きく数字が書かれていた。


 十九。


 堂々とした十九だった。


 線が太い。


 迷いがない。


 採点した人間の強い意志を感じる十九である。


 ちなみに百点満点だ。


 俺は答案用紙を顔から少し離して眺めた。


 近すぎるから十九点に見えているだけかもしれない。


 だが、遠ざけても十九は十九だった。


 斜めから見ても十九。


 裏返してみたが、裏面には何も書かれていない。


 採点されていない問題が裏側に隠されているという奇跡も起こらなかった。


「先生」


「何だ」


「あと一点でした」


「そうだな」


「惜しかったですね!」


「赤点の基準が二十点だからな」


「つまり、ほとんど合格です!」


「十九点と二十点の間には、お前が思っている以上に深い溝がある」


 教室のあちこちから笑い声が上がった。


 前の席に座っていた水野健太が、机へ突っ伏しながら肩を震わせている。


「太陽、お前さ」


 健太が顔を上げた。


「どうやったら四択問題でここまで外せるんだよ」


「最後まで自分の直感を信じた」


「途中から全部三番を選んでただろ」


「三番が来る気がしたんだ」


「一度も来てないけどな」


「今回は裏切られた」


「直感に裏切られるなよ」


「でも最後まで信じたことに意味がある」


「試験では正解することに意味があるんだよ」


 難しい話だった。


 佐々木先生が教卓へ戻り、黒板に大きく二文字を書いた。


 追試。


 その下に、明日の日付。


「赤城。明日の放課後、追試だ。忘れるな」


「はい! 絶対に忘れません!」


「その返事が一番信用できないんだよな」


「大丈夫です。ちゃんとメモします!」


 俺は机の上にあった紙を手に取り、胸を張った。


 佐々木先生は一度だけ頷いた。


「そうか。じゃあ忘れるなよ」


「はい!」


 先生が教室を出ていく。


 その直後。


 健太が、俺の手に持っている紙を指さした。


「太陽」


「何だ?」


「それ、今日の給食の献立表だぞ」


「……本当だ」


 紙には、明日の追試ではなく、来週月曜日の献立が書かれていた。


 麦ご飯。


 牛乳。


 鶏肉の照り焼き。


 切り干し大根。


 わかめの味噌汁。


 追試の役には立たない。


「追試の日付を書いた紙は?」


「黒板に書いてあったから覚えた」


「何日?」


「明日」


「時間は?」


「放課後」


「場所は?」


「学校」


「範囲は?」


「英語」


「広すぎるんだよ!」


 健太が机を叩いた。


「せめて教科書の何ページから何ページか覚えろ!」


「先生に聞いてくる!」


「もう職員室に行ったぞ」


「追いかける!」


「その前に鞄をしまえ!」


 慌てて立ち上がった瞬間、俺は机の脚へ膝をぶつけた。


「痛っ!」


「前途多難だな」


「追試までには治る」


「膝じゃなくて頭の話だよ」


 教室の後ろでまた笑い声が上がった。


 俺は別に人気者というわけではない。


 ただ、よく笑われる。


 違いは分からない。


 笑っているなら、悪いことではないと思う。


 少なくとも、誰かが泣いているよりはいい。


「今日こそ真っすぐ帰れよ」


 健太が鞄を肩へかけながら言った。


「帰ったら勉強しろ」


「任せろ」


「昨日もそう言って、サッカー部のボール拾いを二時間手伝ってただろ」


「あれは寄り道じゃない。人助けだ」


「一昨日は駅前で迷子の犬を保護して、隣町まで歩いて送ったよな」


「飼い主が見つかってよかった」


「その前はスーパーでおばあちゃんの荷物を家まで運んでた」


「重そうだったからな」


「その前は?」


「公園で泣いてた子どもを交番へ連れていった」


「その前は?」


「川に落ちたボールを拾った」


「その前は?」


「自転車のチェーンを直した」


「お前、毎日何か起きすぎじゃない?」


「困ってる人って、結構いるんだな」


「お前が見つけすぎなんだよ」


 そうだろうか。


 困っている人がいたら、分かる。


 泣いていたり、重そうな荷物を持っていたり、きょろきょろしていたりする。


 見つけたら声をかける。


 それだけだ。


「今日は本当に寄り道しない」


 俺は真剣な顔で宣言した。


「帰って、飯を食べる前に一時間勉強する」


「お。珍しく具体的だな」


「まず机の上を片づける」


「うん」


「片づけたら疲れるから、少し休む」


「怪しくなってきた」


「夕飯を食べる」


「勉強は?」


「そのあと風呂に入る」


「勉強は?」


「気持ちを整えるために動画を一本だけ見る」


「勉強は?」


「夜は長い」


「明日の朝、お前が『寝落ちした』って言う姿が見える」


「未来予知か?」


「過去の統計だよ」


 教室を出る。


 廊下では、下校する生徒と部活動へ向かう生徒が入り混じっていた。


 窓から差し込む夕方の光が、床を橙色に染めている。


 俺は職員室へ向かおうとした。


 その途中。


「あっ」


 隣のクラスの女子生徒が、抱えていたプリントを落とした。


 何十枚もの紙が廊下へ散らばる。


「大丈夫?」


 俺はすぐにしゃがんだ。


「ありがとう、赤城君」


「これ、どこまで持っていくんだ?」


「職員室。先生に頼まれて」


「じゃあ運ぶよ」


「え、でも」


「俺もちょうど行くところだから」


 嘘ではない。


 追試の範囲を聞きに行く予定だった。


 プリントを拾い、半分ほど受け取る。


 健太が廊下の端で立ち止まり、壁の時計を見る。


「太陽」


「三分だけ」


「その言葉、昨日も聞いた」


「今日は本当に三分だ」


「職員室まで片道二分かかるけどな」


「走れば一分」


「廊下を走るなよ」


 職員室へプリントを運ぶ。


 女子生徒に礼を言われる。


 佐々木先生を探す。


 だが席にはいなかった。


「会議じゃないか?」


 別の先生が教えてくれた。


「会議、長いですか?」


「今日は進路指導の会議だから、少しかかると思うぞ」


「そうですか……」


「追試の範囲なら、教科書の四十六ページから六十八ページだ」


「ありがとうございます!」


「あと単語帳の十五から三十二」


「増えた!」


「最初からそこまでだ」


 職員室を出る。


 これで追試の範囲は分かった。


 あとは帰るだけだ。


 廊下を歩いていると、階段の前で一年生の男子二人が巨大な段ボール箱を抱えて困っていた。


 箱の横には「体育祭用備品」と書かれている。


「それ、どこまで?」


「体育倉庫です」


「持つよ」


「え、でも先輩」


「二人で持つより、三人の方が楽だろ」


 健太がまた時計を見る。


「今度は?」


「五分」


「増えたな」


「箱が大きいからな」


「それで納得すると思うなよ」


 段ボールを体育倉庫まで運ぶ。


 途中で階段を下り、渡り廊下を通り、グラウンドの端まで行く。


 体育倉庫の鍵が見つからず、先生を探す。


 結局、五分では終わらなかった。


「すみません、先輩」


 一年生が申し訳なさそうに頭を下げた。


「いいって。体育祭で使うんだろ?」


「はい」


「じゃあ大事な荷物だ」


「ありがとうございます」


 礼を言われると、少しだけ照れる。


 別に礼を言われたくて手伝っているわけではない。


 でも、ありがとうと言われると嬉しい。


「ほら、今度こそ帰るぞ」


 健太が俺の首根っこをつかむ。


「分かってるって」


「お前は分かってると言いながら何も分かってない」


「失礼だな」


「これまでの実績だ」


 体育倉庫を離れようとしたとき、野球部の後輩が金網の向こうへ飛んでいったボールを見つめていた。


「赤城先輩!」


「待て」


 健太が先に止めた。


「太陽に頼むな。こいつは今日、追試の勉強がある」


「でも金網の向こうに入っちゃって」


「先生に言え」


「先生は今、会議で」


「俺が取る」


 健太がため息をついた。


「え?」


「太陽にやらせたら、そのまま野球部の練習まで手伝い始める」


「俺はそこまでしないぞ」


「昨日しただろ」


「あれは人が足りなかったから」


「だからだよ」


 健太が金網を回り込み、ボールを拾う。


 戻ってきて、後輩へ渡した。


「ありがとうございます!」


「もう飛ばすなよ」


「はい!」


 俺は健太を見た。


「健太も優しいな」


「お前に付き合ってると、こうなるんだよ」


「友情だな!」


「感染だよ」


 ようやく校門へ向かう。


 時計を見ると、放課後から四十分以上経っていた。


「少し遅れただけだな」


「四十分は少しじゃない」


「家に帰るまでが学校だ。つまり放課後はまだ始まってない」


「遠足みたいに言うな」


 自転車置き場の前まで来た。


 今度こそ帰れる。


 鞄を自転車のかごへ入れようとする。


 そのとき。


 校門の横で、女子生徒が自転車を逆さまにしていた。


 チェーンが外れている。


 手を出しかけては、油で汚れそうになって引っ込めている。


「太陽」


 健太が低い声で言った。


「三分だけ」


「俺は先に帰る」


「待っててくれよ」


「待ってたら日が暮れる」


「もう暮れかけてる」


「だからだよ」


 健太は自転車へまたがった。


「追試の範囲、忘れるなよ」


「四十六から六十八!」


「単語帳は?」


「十五から三十二!」


「よし。今日は覚えてるな」


「任せろ!」


「その勢いで勉強もしろ」


「おう!」


「じゃあ、また明日」


「また明日!」


 健太は校門を出ていった。


 俺は女子生徒の自転車へ向かう。


「チェーン外れた?」


「うん。触ったら手が汚れそうで……」


「俺がやるよ」


「いいの?」


「すぐ終わる」


 制服の袖をまくる。


 外れたチェーンを歯車へかけ直す。


 少し回して位置を調整。


 作業自体は一分もかからなかった。


「直った」


「ありがとう、赤城君」


「一度、自転車屋で見てもらった方がいいかも。少し緩いから」


「分かった」


「気をつけて帰れよ」


「赤城君って、何でもできるんだね」


「英語以外ならな!」


 胸を張る。


 女子生徒は笑った。


「じゃあ追試、頑張って」


「知ってたのか!?」


「教室まで聞こえてたよ」


「声、大きかったかな」


「かなり」


 女子生徒は笑いながら校門を出ていった。


 手についた油をハンカチで拭く。


 今度こそ。


 本当に今度こそ帰ろう。


 俺は自転車の鍵へ手を伸ばした。


 その瞬間。


 空が割れた。


「……え?」


 最初は雷だと思った。


 雲一つなかった青空の中央に、黒い線が走った。


 細い亀裂は、音もなく左右へ広がる。


 まるで透明な巨大ガラスへ、外側から何かがぶつかったようだった。


 亀裂の隙間から紫色の光が漏れる。


 夕方の空が、そこだけ不自然な色に染まった。


 校庭に残っていた生徒たちが、一斉に空を見上げる。


「何だ、あれ」


「撮影?」


「ドローンじゃない?」


「でかすぎるだろ」


 誰かがスマートフォンを向けた。


 次の瞬間。


 黒い裂け目の中から、巨大な物体が飛び出した。


 卵に似た形の黒い金属カプセル。


 表面には紫色の光る線。


 それが回転しながら、青葉高校の校庭へ向かって落下する。


「逃げろ!」


 誰かが叫んだ。


 俺も反射的に頭をかばった。


 カプセルが地面へ衝突する。


 ズドォォォォンッ!


 校庭が大きく揺れた。


 地面が跳ね上がり、土煙が一気に広がる。


 校舎の窓ガラスが激しく震えた。


 一部の窓にひびが入る。


 部活動中だった生徒たちから悲鳴が上がった。


「全員、校舎から離れろ!」


「体育館側へ避難!」


「押すな! 走るな!」


 先生たちが校舎から飛び出してくる。


 指示が飛び交う。


 だが、生徒たちは混乱していた。


 何が起きたのか分からない。


 俺にも分からない。


 ただ一つ分かるのは、あれが普通の落下物ではないということだけだった。


 土煙の中で、金属音が響く。


 巨大カプセルの中央へ縦に線が走り、扉が左右へ開いた。


「ギギッ!」


「ギギギッ!」


 中から黒い人影が次々に現れる。


 人間に似ている。


 だが人間ではない。


 全身を黒い金属装甲で覆い、顔の中央には赤く光る歯車状の器官。


 手には短い棒を持っている。


 十体。


 二十体。


 次々と降りてくる。


「ギギィッ!」


 黒い兵士の一体が棒を振る。


 青白い電撃が飛び、校庭の地面を破壊した。


 悲鳴が上がる。


「みんな逃げろ!」


 俺は思わず叫んでいた。


 声が届いたかどうかは分からない。


 それでも、叫ばずにはいられなかった。


 黒い兵士たちが、生徒の集団へ向かって走り出す。


「危ない!」


 俺は近くに落ちていた野球部の金属バットを拾った。


 黒い兵士が一年生の女子生徒へ電撃棒を振り上げる。


 その間へ飛び込む。


 ガキンッ!


 金属バットと電撃棒がぶつかる。


 青白い電流がバットを伝い、腕へ流れ込んだ。


「ぐっ!」


 手が痺れる。


 バットが弾き飛ばされた。


「ギギッ!」


 黒い兵士の蹴りが腹へ入る。


「うわっ!」


 体が浮いた。


 地面を何度か転がる。


 息ができない。


 痛い。


 普通に痛い。


「赤城先輩!」


 女子生徒の声。


「逃げろ!」


 俺は何とか起き上がった。


 黒い兵士がこちらを向く。


 俺が立ったことで、そいつの注意が女子生徒から外れた。


 それでいい。


 女子生徒が先生たちの方へ走っていく。


「ギギッ!」


 黒い兵士がまた電撃棒を構える。


「何だよ、それ」


 俺は拳を握った。


「人の学校へ勝手に落ちてきて、いきなり暴れるな!」


「ギギッ!」


「言葉通じてないのか!」


 通じなくても関係ない。


 止めなければならない。


 俺が一歩前へ出た、そのとき。


 巨大カプセルの奥から、さらに大きな影が姿を現した。


「ギィィィィィ!」


 低い金属音。


 身長は三メートルを超えている。


 銀色の甲殻に覆われた巨体。


 両腕には巨大なドリル。


 頭部にはカブトムシの角に似た突起。


 背中にはいくつもの排気管。


 地面へ降りるたび、足元がへこむ。


「地球人ども、聞け!」


 怪物は校庭中央へ立ち、両腕を大きく広げた。


「我が名は、機界侵略帝国ギアノクスが誇る穴掘り怪人――ドリルモール!」


「カブトムシじゃないのか!?」


 思わず叫んだ。


 怪物の頭がこちらへ向く。


「我はモグラだ!」


「モグラにそんな角はないだろ!」


「これは地中探査用高性能センサーだ!」


「見た目が完全にカブトムシだぞ!」


「怪人に現実の生物学を求めるな!」


 怒られた。


 確かに、怪人へ生物学を求めるのは間違っているかもしれない。


 両腕がドリルのモグラだって、世の中にはいる可能性が――いや、たぶんいない。


「何をのんきに会話している!」


 先生の一人が怒鳴る。


「赤城、お前も早く逃げろ!」


「分かりました!」


 返事をした。


 だが、その場からは動かなかった。


「何を分かっているんだ!」


「みんなが逃げてから行きます!」


「お前が残ってどうする!」


「少しでも時間を稼ぎます!」


「無茶だ!」


 無茶なのは分かっている。


 でも。


 黒い兵士たちは、まだ校庭にいる。


 逃げ遅れた生徒もいる。


 先生たちだけでは守りきれない。


 俺が立っていれば、少なくとも敵の一体か二体はこちらを見る。


 それだけでいい。


「ドリルモール!」


 俺は怪人を指さした。


「何だ!」


「学校の地下に何があるか知らないけど、勝手に掘るな!」


「知る必要はない!」


「じゃあ最初から説明するな!」


「作戦開始時には目的を宣言する規則なのだ!」


「きっちりしてるな!」


「帝国軍だからな!」


 意外と規則正しい。


 だが、学校を沈めようとしている以上、止めなければならない。


 ドリルモールが両腕を掲げた。


「この学び舎の地下には、複数の高密度エネルギー反応が存在する!」


「複数?」


「我らはそれらを回収し、帝国の新たな動力源とする!」


「学校の地下にそんなものがあるのか!」


「貴様らも知らぬのか!」


「知らない!」


「ではなぜ建てた!」


「俺に聞くな!」


 青葉高校は古い学校だ。


 地下に何かあっても――いや、やっぱり普通はない。


「掘削開始!」


 ドリルモールが右腕を地面へ突き立てた。


 ドリルが高速で回転する。


 地面が大きく揺れた。


 校庭の中央から、校舎へ向かって亀裂が走る。


「危ない!」


「全員、校舎から離れろ!」


 先生たちが叫ぶ。


 生徒が走る。


 その中で、一年生らしい男子生徒が転んだ。


 倒れてきたサッカーゴールが、足へ乗っている。


「助けて!」


 声が聞こえた。


 ドリルモールが腕を上げる。


「まずは目障りな校舎を地中へ沈めてくれる!」


「待て!」


 俺は走った。


 考えるより早く、体が動いていた。


「赤城!」


 先生の声。


 黒い兵士が前へ出る。


 電撃棒が振り下ろされる。


 腕で顔を守る。


 痛みが走る。


 それでも止まらない。


 肩から体当たりし、黒い兵士を押しのける。


 もう一体。


 拳を振る。


 効いているかは分からない。


 それでも、一年生との間へ割り込む。


「大丈夫か!」


「足が……」


 サッカーゴールを持ち上げる。


 重い。


 腕が震える。


 だが、一人ではない。


 近くにいた先生が反対側を持ってくれた。


「今だ! 足を抜け!」


 一年生が足を引き抜く。


 先生が肩を貸す。


「赤城、お前も来い!」


「先に行ってください!」


「馬鹿を言うな!」


「怪人が来ます!」


 地面を削る音が近づく。


 振り返る。


 ドリルモールの右腕がこちらへ向いている。


「邪魔をするな、人間!」


「邪魔するに決まってるだろ!」


「貴様に何ができる!」


「今考えてる!」


「何も考えていないではないか!」


 怪人にまで言われた。


 だが、本当に何もない。


 武器はない。


 特別な力もない。


 喧嘩だって強い方ではない。


 運動部でもない。


 テストは十九点。


 それでも。


 ここで逃げたら、後ろの一年生が巻き込まれる。


 それだけは駄目だ。


「掘削衝撃波!」


 ドリルが高速回転する。


 地面を走る衝撃が迫る。


「先輩!」


「頭を伏せろ!」


 俺は一年生をかばうように体を投げ出した。


 直後。


 衝撃が背中へ直撃した。


「ぐあっ!」


 息が止まる。


 体が浮く。


 地面を転がる。


 視界が上下へ揺れた。


 背中が痛い。


 肘が切れている。


 制服も破れた。


 それでも、腕の中の一年生は無事だった。


「大丈夫か?」


「は、はい……先輩は?」


「俺も大丈夫!」


 本当はかなり痛い。


 だが動ける。


「先生たちのところまで走れるか?」


「足が痛いけど……」


「ゆっくりでいい。行ける」


「でも先輩が」


「俺はあとから行く!」


「本当に?」


「本当だ!」


 一年生は不安そうな顔をした。


 それでも、何とか立ち上がる。


「名前は?」


「え?」


「名前。今度会ったときに聞けなかったら困るから」


「小林……小林悠斗です」


「小林。走れ!」


「はい!」


 小林が足を引きずりながら先生たちへ向かう。


 先生が迎えに来て、肩を貸した。


 それを見届けてから、俺は立ち上がる。


 膝が笑っている。


 手も震えている。


 怖い。


 当たり前だ。


 目の前にいるのは怪人だ。


 俺を簡単に吹き飛ばせる。


 逃げたい。


 でも。


 逃げれば、あいつは生徒たちを追う。


 なら、もう少しだけここにいる。


「理解できんな」


 ドリルモールが俺を見下ろした。


「何がだ」


「貴様に我を倒す力はない」


「見れば分かる」


「ならば、なぜ立つ」


「後ろに人がいるからだ」


「他人だぞ」


「同じ学校の後輩だ」


「名前すら先ほど知ったばかりだろう」


「だから今覚えた」


「それで命を懸けるのか」


「命を懸けるつもりはない」


「何?」


「俺も生きて帰る」


 言い切る。


 自信はない。


 それでも口にする。


「みんなを逃がして、俺も帰る」


「不可能だ」


「やってみないと分からない」


「分かる!」


「じゃあ可能にする!」


「理屈になっていない!」


「英語十九点だからな!」


「それは関係ない!」


 怪人が本気で怒った。


 ドリルが回転する。


「ならば、その無謀ごと粉砕してくれる!」


 巨大な腕が振り上げられた。


 避けられない。


 体が動かない。


 それでも目を閉じなかった。


 そのとき。


 制服の胸元が赤く光った。


「何だ?」


 内ポケットから、小さな機械が飛び出す。


 腕時計に似ていた。


 黒いバンド。


 中央に透明な円形レンズ。


 周囲には赤、青、黄、黒、桃色の細い線。


 機械が空中で回転し、俺の左腕へ自動的に巻きついた。


『適合者を確認』


「しゃべった!?」


『危険認識、正常』


「危ないのは分かってる!」


『勝利可能性、極小』


「そこは言わなくていい!」


『生存本能より保護本能が優先されています』


「難しい!」


『医学的には推奨できません』


「褒められてないのか!」


『勇気指数、基準値突破』


「今度こそ褒められた!」


『知力――』


「そこは測らなくていい!」


 ドリルが迫る。


『シークレットギアを起動してください』


「どうやって!?」


『指定音声を入力』


「指定音声は何だ!」


 機械から、突然老人の大声が響いた。


『若者よ! 聞こえるか!』


「聞こえます!」


『何じゃと!?』


「聞こえてます!」


『そうか、勇気があるか!』


「会話がつながってません!」


 今度は、若い女性の声が割り込んだ。


『博士。聞こえるかどうかを確認しています』


『分かっておる!』


『分かっていません』


「誰なんですか!?」


『戦闘管制官、白石しおりです。詳しい説明は後ほど行います』


「これを使えば、あいつと戦えますか?」


 一瞬の沈黙。


『戦闘能力と生存率は上昇します。ただし、安全を保証するものではありません』


「みんなを守れますか?」


 また少し間があった。


『少なくとも、今より可能性は上がります』


「じゃあ使います!」


『即答ですか』


「危険なのは今も同じです!」


『……分かりました。中央のレンズへ指を置いてください』


 俺は右手の指をレンズへ当てた。


「そのあと何て言えば?」


『心を燃やして叫ぶのじゃ!』


 老人――博士が叫ぶ。


「何を!?」


『気合いじゃ!』


『シークレットチェンジです』


 白石さんが即座に訂正する。


「分かりました!」


 息を吸う。


 ドリルが目前まで迫る。


「シークレットチェンジ!」


『コード・レッド。承認』


 赤い光が全身を包んだ。


 時間が止まったように感じた。


 制服の上から、黒いインナースーツが形成される。


 胸、肩、腕、脚へ赤い装甲が装着されていく。


 腰へベルト。


 手にグローブ。


 足にブーツ。


 最後に、ヘルメットが顔を覆った。


 視界が一度暗くなる。


 すぐに、透明な表示が浮かび上がった。


 敵との距離。


 周囲の人間の位置。


 自分の心拍。


 残りエネルギー。


 全部が見える。


 そして。


 背後で爆発が起きた。


 ドォン!


「校庭が爆発した!?」


『変身演出です』


「演出で爆発させるんですか!?」


『安全な火薬を使用しています』


「安全な火薬って何ですか!?」


『格好よいじゃろう!』


 博士は楽しそうだった。


 だが、こちらはそれどころではない。


 迫っていたドリルが、俺の両手の中で止まっていた。


「何っ!?」


 ドリルモールが目を見開く。


 俺自身も驚いていた。


 両腕にかかる力は重い。


 だが耐えられる。


 さっきまでは触れることすらできなかった攻撃。


 今は止めている。


「これなら……!」


『身体能力を強化しています。ただし、戦闘経験までは増えていません。慎重に――』


「うおおおおおっ!」


『説明を最後まで聞いてください』


 腕へ力を込める。


 ドリルを押し返す。


 怪人の体勢が崩れた。


 その腹へ拳を叩き込む。


「シークレットパーンチ!」


「技名がそのまま過ぎるぅぅぅ!」


 拳が怪人の腹へめり込む。


 ドリルモールの巨体が浮いた。


 校庭を何度も転がり、野球部のマウンド付近で止まる。


「すごい……!」


 自分の拳を見る。


 力がある。


 これなら守れる。


 少なくとも、さっきよりは。


「立て、ドリルモール!」


「言われずとも!」


 怪人が起き上がる。


「おのれ、地球人!」


「赤城太陽だ!」


「聞いていない!」


「さっき名前を聞いたから、俺も名乗った方がいいかと思って!」


「礼儀の話ではない!」


 両腕のドリルが回転を始める。


『レッド。学校から怪人を離してください』


 白石さんの指示。


「どうやって?」


『挑発して誘導します』


「分かりました!」


『成功率は四十パーセント程度ですが』


「先に言ってください!」


『言ったらやめますか?』


「やめません!」


『でしょうね』


 俺は怪人を指さした。


「ドリルモール!」


「何だ!」


「学校を壊したいなら、まず俺を倒してからにしろ!」


「言われずともそうする!」


「じゃあ、ついてこい!」


 俺は校門へ向かって走った。


「待てぇぇぇ!」


 ドリルモールが追ってくる。


「本当に来た!」


『成功しましたね』


「白石さんがやれって言ったんですよね!?」


『来なかった場合の第二案もありました』


「何ですか?」


『博士が校庭へミサイルを撃ち込む』


「第一案でよかった!」


『何じゃと?』


「何でもありません!」


 学校を飛び出す。


 住宅地を抜ける。


 変身後の体は信じられないほど軽い。


 自転車より速い。


 車を追い越し、低い塀を飛び越える。


 途中、犬の散歩をしていたおばあさんの横を通り過ぎた。


「こんにちは!」


「はい、こんにちは。元気ねえ」


 俺の後ろを巨大な怪人が走っているのに、普通に挨拶を返してくれた。


 最近のおばあさんは強い。


 近くの河川敷へ到着する。


 夕方の河川敷には、人影がほとんどない。


 ランニングをしていた人たちも、怪人を見て遠くへ逃げていく。


「ここなら周りに人はいない」


 俺は立ち止まり、振り返った。


 少し遅れて、ドリルモールが追いついてくる。


 怪人は肩で息をしていた。


「待てと言っただろうが!」


「敵に待てと言われて待つヒーローはいない!」


「ならば、なぜ追いかけさせた!」


「学校から離したかったからだ!」


「正直に作戦を明かすな!」


「もう成功したからいいだろ!」


「それもそうだが腹が立つ!」


 ドリルモールが両腕を構える。


「ここなら邪魔は入らん!」


「一対一だ!」


「思い切り戦えるな!」


「望むところだ!」


 俺も拳を構えた。


 さっきより少しだけ怖くない。


 スーツがある。


 博士と白石さんの声も聞こえる。


 でも、どう戦えばいいかは分からない。


『レッド。正面から突っ込まないでください』


「分かりました!」


 俺は正面から突っ込んだ。


『分かっていません』


「勢いが大事かと思って!」


『人生では。戦闘では違います』


 ドリルモールが腕を振る。


 避けようとしたが、逆方向へ動いてしまう。


「そっちじゃない!」


「うわっ!」


 ドリルが胸へ当たる。


 吹き飛ばされ、河川敷を転がった。


「痛っ!」


『損傷は軽微です』


「心は結構傷つきました!」


『それは計測できません』


「何を遊んでいる!」


 ドリルモールが突進する。


「掘削突撃!」


 両腕のドリルを前へ向け、一直線に迫る。


「避けろ!」


 博士の声。


「どっちへ!?」


『右です!』


 白石さん。


「分かりました!」


 俺は左へ飛んだ。


『そちらは左です』


「怪人から見れば右です!」


『あなたを基準に指示しています』


「次から気をつけます!」


「次はない!」


 ドリルモールの蹴りが腹へ入る。


「ぐっ!」


 再び吹き飛ばされる。


 今度は途中で体をひねり、何とか両足から着地した。


「少し慣れた!」


『褒めたいところですが、まず攻撃を避けてください』


「はい!」


「返事ばかりしおって!」


 ドリルモールが両腕を回転させる。


「穴掘り怪人の真の力を見せてやる!」


「来い!」


「掘削螺旋撃!」


「シークレットパンチ!」


「技名を先に叫ぶな!」


「ヒーローは技名を叫ぶものだろ!」


「敵としては助かる!」


 確かに。


 ドリルが拳へ当たる。


 火花が散る。


 力負けして押される。


「ぐっ……!」


「どうした、赤い戦士!」


「まだ……!」


 足が地面を削る。


 少しずつ後ろへ押される。


 このままでは負ける。


 何かしなければ。


 でも何をすればいいか分からない。


 俺が力を込めた、その瞬間。


 横から青い光が飛んできた。


 ドリルモールの右腕へ命中する。


 回転していたドリルが、ぴたりと止まった。


「何っ!?」


「え?」


 低く落ち着いた男の声がした。


「右腕の駆動部を破壊した。左腕も三秒後に停止する」


 河川敷の土手の上。


 夕日を背にして、一人の青い戦士が立っていた。


 俺と似た形の強化スーツ。


 けれど、印象はまるで違う。


 俺の赤いスーツが燃える炎なら、あの青い装甲は研ぎ澄まされた刃だった。


 胸元には鋭い銀色の線。


 右手には黒く細長い拳銃。


 左腕には見たことのない小型端末。


 腰にはナイフと、いくつもの小型器具。


 立っているだけなのに。


 強い。


 そう思った。


「すげえ……」


 思わず声が漏れた。


「ブルーだ!」


 青い戦士が、ほんの少しだけこちらを向いた。


「……まだ名乗っていない」


「あ」


 確かに。


「でも、青いですよね!」


「色だけで判断したのか」


「はい!」


「雑だな」


 低い声だった。


 冷たそうに聞こえる。


 けれど、怒っているわけではない。


 先生に「問題文くらい読め」と言われたときくらいの温度だった。


「何者だ、貴様!」


 ドリルモールが叫ぶ。


 停止した右腕を押さえながら、土手の上を睨んでいる。


「どこから現れた!」


 青い戦士は答えなかった。


 土手の端まで歩く。


 そして、そのまま飛び降りた。


「えっ」


 五メートル以上ある。


 だが、青い戦士は空中でわずかに体勢を変え、両足から静かに着地した。


 音がしない。


 砂が薄く舞っただけだった。


「今の、どうやったんですか!?」


「着地した」


「それは見れば分かります!」


「なら聞く必要はない」


『レッド。戦闘中です』


 白石さんの声が通信へ入る。


「そうでした!」


 俺は慌ててドリルモールへ構え直す。


 その様子を見た青い戦士が、わずかに首を傾げた。


「レッド」


「はい!」


「怪人から離れろ」


「どうしてですか?」


「死ぬ」


「なるほど!」


 俺はすぐに後ろへ下がった。


 三歩。


「あと二歩」


「はい!」


 さらに二歩。


「そこだ」


「ありがとうございます!」


「礼は要らない」


「でも教えてもらったので!」


「……素直なのは助かる」


 小さな声だった。


「何か言いました?」


「何も」


「そうですか!」


 ドリルモールが、左腕のドリルを回転させる。


「我を無視するな!」


「無視していない」


 青い戦士が怪人を見る。


 頭から足元まで。


 たった一度、視線を動かしただけだった。


「右腕駆動部、損傷率七十一パーセント」


「何?」


「左肩装甲に亀裂」


「なぜ分かる!」


「胸部中央に主動力炉。背面上部に遠隔通信機。右脇腹内部に異規格の電子部品」


 ドリルモールの動きが止まった。


「な……」


「脚部の掘削爪は未使用。頭部の突起は地中探査用。直接戦闘への使用は不向き」


「貴様!」


「武装残存率、四十三パーセント」


 青い戦士は拳銃を構えた。


「十分だ」


「何が十分だ!」


「倒すのに必要な情報がだ」


 格好いい。


 ものすごく格好いい。


 俺は自分の拳を見た。


 さっきまで俺は「うおおおお!」と叫んで殴っていただけだ。


 何も分析していない。


 動力炉がどこにあるかも知らない。


 怪人に動力炉があることすら、今知った。


「すごい目ですね!」


「目ではない」


「じゃあ、頭がいいんですね!」


「その理解でいい」


「俺も訓練したら分かりますか?」


「可能性はある」


「本当ですか!」


「お前が説明を最後まで聞けるようになれば」


『まずそこからですね』


 白石さんまで同意した。


「頑張ります!」


「今から頑張れ」


 ドリルモールが左腕を地面へ叩きつける。


「ごちゃごちゃと話している場合か!」


 ドリルが地面へ食い込み、高速で回転する。


「掘削衝撃波!」


 地面が割れた。


 一直線に土砂が盛り上がり、俺たちへ迫ってくる。


「避けろ!」


 俺は横へ飛ぼうとした。


 その前に青い戦士が言う。


「動くな」


「えっ」


 俺は動きを止めた。


 衝撃波が目前まで迫る。


「ブルー!?」


「まだブルーではない」


「そこですか!?」


 青い戦士は一歩だけ横へ動き、拳銃を下へ向けた。


 パンッ。


 青い光弾が、盛り上がった地面の一点へ当たった。


 その瞬間。


 衝撃波が左右へ割れた。


 俺たちの立っていた場所だけを避けるように、土砂が両側を通り過ぎていく。


「うわっ!」


 風圧が頬を叩いた。


 でも無傷だ。


「今のも分かってたんですか!?」


「地中を通る振動は一定ではない。弱い部分へ衝撃を加えれば分散する」


「なるほど!」


「分かっていない顔だな」


「でもすごいことは分かりました!」


「そうか」


 青い戦士は銃口を怪人へ戻す。


「次は外さない」


「最初から外していないだろう!」


 ドリルモールが叫んだ。


「ならば接近戦だ!」


 ドリルモールが走る。


 三メートルの巨体。


 一歩ごとに河川敷の地面が揺れる。


 左腕のドリルが、青い戦士の胸へ迫る。


「危ない!」


 俺が叫ぶ。


 だが青い戦士は避けなかった。


 いや。


 ぎりぎりまで動かなかった。


 ドリルの先端が装甲へ触れそうになった瞬間。


 半歩だけ前へ出る。


「え?」


 普通なら、攻撃から離れるはずだ。


 でも近づいた。


 ドリルの先端ではなく、回転軸の内側へ体を滑り込ませる。


 怪人の腕が、青い戦士の肩の外側を通過した。


「距離が近いほど、ドリルの先端速度は使えない」


「何っ」


 青い戦士の左手にナイフが現れた。


 いつ抜いたのか分からない。


 銀色の刃が一度だけ閃く。


 怪人の左肩から、小さな金属片が落ちた。


「左腕補助回路、切断」


 回転していたドリルが止まる。


「なぜ我の構造を!」


「見れば分かると言った」


「それで何でも済ませるな!」


 ドリルモールが右腕を振る。


 故障しているはずなのに、強引に動かした。


「ブルー、右!」


 俺が叫ぶ。


 青い戦士は、もう動いていた。


 右腕を避け、怪人の背後へ回り込む。


 背中へナイフを差し込む。


 ただし深く刺したわけではない。


 小さな線だけを切った。


 バチッ、と火花が散る。


「背部通信機、切断」


「しまった!」


 ドリルモールが背中を押さえる。


「増援は呼べない」


「卑怯だぞ!」


「学校を奇襲した怪人が言う言葉ではない」


「それとこれは別だ!」


「何が違う」


「作戦と戦闘だ!」


「細かいな」


「規則は大事だ!」


「そこは同意する」


「同意するな!」


 二人の会話は、何だか少し似ていた。


 どちらも真面目だ。


 青い戦士は、落ちた通信機の破片を拾い上げた。


 裏返す。


 表面へ小さな刻印が入っている。


 俺には読めない。


 アルファベットのようだった。


 けれど、それを見た瞬間。


 青い戦士の雰囲気が変わった。


「……オルフェウス」


 小さく呟く。


「オルフェウス?」


 俺が聞く。


 青い戦士はすぐに部品を腰の収納へ入れた。


「聞き間違いだ」


「そうですか?」


「ああ」


「分かりました!」


「……追及しないのか」


「聞き間違いなら、聞いても仕方ないですから!」


「そうか」


「でも困ってるなら手伝います!」


「今はいい」


「分かりました!」


「聞き分けがいいのか悪いのか分からないな」


『レッドは基本的に返事だけは優秀です』


「白石さん、褒めてます?」


『半分ほど』


「半分も!」


『前向きですね』


「ありがとうございます!」


 ドリルモールが、部品をしまった青い戦士を睨む。


「なぜ、その名を知っている」


「質問するのはこちらだ」


 青い戦士の声が低くなる。


「この部品を誰から受け取った」


「答える義務はない!」


「そうか」


 拳銃が上がる。


 銃口は胸部中央。


 さっき言っていた主動力炉だ。


 ドリルモールが一歩下がった。


「待て」


「何だ」


「質問するなら、相手にも答えるべきではないか」


「俺の所属を聞きたいのか」


「そうだ!」


「物流関係だ」


「絶対に違う!」


「怪人にも分かるんですね!」


「分かるわ!」


 俺も同じ説明を聞いたけど、すごい物流会社だと思った。


 海外の荷物は危険なこともあるのだろう。


 そのとき。


 青い戦士の左腕にある端末が振動した。


『Blue Zero』


 女性の声が響く。


『第二目標が国境付近へ移動。現地班は追跡を継続中。指示を』


 青い戦士は、怪人から目を離さないまま答える。


「交戦するな。位置情報だけ更新しろ」


『了解。現在地の任務優先度は』


「暫定最優先」


『承知』


 通信が切れる。


「海外出張中だったんですか?」


「そうなる」


「すみません、呼び戻しちゃって!」


「お前が呼んだわけではない」


「でも戦隊のせいで!」


「ここへ来ると決めたのは俺だ」


 青い戦士は淡々と答えた。


「気にするな」


「はい!」


 ものすごく頼もしい人だ。


「ところで」


 俺は聞いた。


「やっぱりブルーですよね?」


「まだそこを確認するのか」


「呼び方がないと困るので!」


「コードネームの通知は受けた」


「じゃあ?」


「ブルーでいい」


「よし!」


 俺は拳を握った。


「よろしくお願いします、ブルー!」


「今は怪人を見ろ」


「はい!」


 ドリルモールが肩を震わせている。


「ようやく我に戻ってきたか」


「ごめん!」


「謝るな!」


「でも待たせたので!」


「敵に礼儀を求めるな!」


「お前がさっき規則は大事って!」


「そういう規則ではない!」


 ドリルモールが足元の地面へドリルを突き刺した。


 左右両方が停止している。


 だが、脚部の爪が展開された。


「腕がなくとも、穴掘り怪人は穴を掘れる!」


 両足の爪が回転する。


 地面が大きくえぐれた。


「地中潜行!」


 ドリルモールの巨体が、そのまま地面へ沈んでいく。


「逃げる気だ!」


「違う! 戦術的潜行だ!」


「似たようなものじゃないですか!」


「全然違う!」


 怪人の姿が完全に地中へ消えた。


 河川敷へ静寂が戻る。


「どこへ行った?」


 俺は地面を見回す。


 スーツの表示にも何も出ない。


『地下反応を追跡中です』


 白石さんの声。


『深度十二メートル。高速で移動しています』


「どっちへ?」


『あなたの真下です』


「えっ」


 地面が揺れた。


「レッド、動け!」


 ブルーの声。


 俺は反射的に跳んだ。


 直後。


 さっきまで立っていた場所から、ドリルモールが飛び出した。


「地中奇襲!」


「うわっ!」


 怪人の頭部の角が、俺の足をかすめる。


 空中で体勢を崩した。


「危ない!」


 落ちる。


 地面へ背中から叩きつけられる。


 そう思った。


 だが。


 ブルーの腕から細いワイヤーが飛び出した。


 俺の腰へ巻きつく。


 強く引かれた。


「おおっ!?」


 空中で軌道が変わる。


 俺はブルーの横へ着地した。


「ありがとうございます!」


「自分で着地しろ」


「今度教えてください!」


「生き残ったらな」


「約束ですね!」


「そう受け取るのか」


 ドリルモールが再び地面へ潜ろうとする。


 ブルーが銃を構えた。


「逃がすか」


 三発。


 青い光弾が怪人の脚部へ命中する。


「ぐおっ!」


 爪の回転が止まった。


 怪人は地面へ半分埋まったまま動けなくなる。


「今だ、レッド」


「はい!」


 俺は拳を握って走り出した。


 だが、ブルーがすぐに言う。


「待て」


「えっ」


 俺は急停止した。


「どうしました?」


「地面がおかしい」


 ブルーが視線を下げる。


 ドリルモールの掘った穴。


 周囲の土が、わずかに黒く変色している。


「油ですか?」


「違う」


「地下水?」


「違う」


「泥?」


「分からない」


「ブルーにも分からないことがあるんですね!」


「当然だ」


「何でも分かる人かと思いました!」


「そんな人間はいない」


「俺の先生は、何でも分かってるような顔をしてます!」


「教師も分からないことはある」


「そうなんですか!?」


「そこから説明が必要なのか」


 ブルーが小さく息を吐いた。


 ドリルモールの穴の中から、冷たい風が吹いてきた。


 夏の夕方だ。


 河川敷は暑い。


 でも、その穴の周囲だけ、冬みたいに空気が冷たかった。


「寒っ」


 俺は腕をさする。


 スーツを着ているのに分かる。


 冷気が装甲の内側へ入ってくる。


 ドリルモールも、穴へ半分埋まったまま首を傾げた。


「何だ、この反応は」


「お前が掘ったんだろ」


「目的のエネルギーとは違う!」


「地下に変なものがあったんですか?」


「変なものと言うな! 我らが求める資源だ!」


「でも違うんだろ?」


「混ざっていたのだ!」


「何と?」


「それが分からんから困っている!」


 穴の奥から、何かが聞こえた。


 かすかな音。


 声のようでもある。


 風が鳴っているようでもある。


「ブルー、何か聞こえます?」


「音響センサーには異常なし」


「じゃあ気のせいかな」


「いいえ」


 俺たちのすぐ後ろから、女性の声がした。


「聞こえています」


「うわあっ!」


 俺はその場で飛び上がった。


 振り返る。


 黒い戦士が立っていた。


 いつ現れたのか、本当に分からない。


 黒を基調とした装甲。


 腰近くまで伸びる黒髪。


 右手には細身の杖。


 左手には白い紙が何枚か挟まれている。


「いつからいたんですか!?」


「二分十五秒前です」


「絶対いませんでした!」


「いました」


「いや、でも!」


「いました」


「……そうですか」


 言い切られた。


 俺が気づかなかっただけかもしれない。


 ブルーは驚いていなかった。


「いつ気づいたんですか?」


「十三秒前」


「ブルーでも十三秒前なんですか!?」


「近づく直前まで気配がなかった」


「それってすごいですよね!」


「ああ」


「すごいですね、ブラック!」


 俺が言うと、黒い戦士が少し首を傾げた。


「まだコードネームを名乗っていません」


「でも黒いですよね!」


「はい」


「じゃあブラックです!」


「色で判断しているだけです」


「ブルーのときもそうでした!」


「そうですか」


 ブラックは一度だけブルーを見た。


 ブルーが小さく頷く。


「諦めた方がいい」


「何をですか」


「訂正することを」


「なるほど」


 ブラックは納得した。


 早い。


「何者だ!」


 ドリルモールが穴の中から叫ぶ。


「貴様も戦隊か!」


「今は、そうです」


「今は?」


「説明すると長くなります」


「全員そればかりだな!」


 ドリルモールが怒っている。


 俺はちょっと分かる気がした。


 俺もよく分かっていない。


 ブラックは怪人ではなく、その下の穴を見つめていた。


「止めてください」


「何をですか?」


「穴を広げることを」


「俺は広げてません!」


「怪人へ言っています」


「あ、すみません!」


「なぜレッドが謝る」


 ブルーに言われた。


「間違えたので!」


「そうか」


 ブラックは穴の周囲へ歩く。


 しゃがむ。


 白い紙を一枚、地面へ置いた。


 紙には赤い文字が書かれている。


 次にもう一枚。


 一定の間隔を空けて、何枚も並べていく。


「何してるんですか?」


「境界を作っています」


「立入禁止の線みたいなものですか?」


「似ています」


「地盤が崩れないように?」


 ブラックが一瞬止まった。


「……そういうことにします」


「やっぱり!」


「レッド」


 ブルーが口を挟む。


「今の返事は肯定ではない」


「そうなんですか?」


「説明を諦めただけだ」


「どうして分かるんです?」


「俺も諦めかけている」


「何をですか?」


「説明をすることを」


 そんなに俺は分かりにくいだろうか。


 英語は苦手だけど、日本語は分かるつもりだ。


 ブラックは小さな袋を取り出した。


 中から白い粒を地面へ撒く。


「塩ですか?」


「はい」


「やっぱり地盤補強じゃないですよね!?」


「気づきましたか」


「塩で地面は固まらないと思います!」


「正解です」


「やった!」


「喜ぶところか?」


 ブルーが頭を押さえた。


 ブラックは杖の先端へ白い紙を貼りつける。


 穴から冷たい風が強く吹いた。


 黒い霧のようなものが、ゆっくりと這い上がってくる。


 俺には、最初は何も見えなかった。


 ただ、空気が歪んでいる。


「何かいます?」


「います」


 ブラックが答えた。


「何が?」


「まだ形を持っていません」


「生き物ですか?」


「生き物ではありません」


「機械?」


「違います」


「じゃあ何です?」


 ブラックは少し考えた。


「怪異です」


「怪異」


「はい」


「怪人とは違うんですか?」


「かなり違います」


 ドリルモールが穴の中から叫ぶ。


「我もそう言った!」


「言ってませんよ!」


「我は怪人だと何度も言った!」


「怪異じゃないとは言ってなかっただろ!」


「普通は分かる!」


 ブラックがドリルモールの影を見る。


「この怪人には、怪異反応はありません」


「怪人でよかったですね!」


「はい。怪人で安心しました」


「安心するな!」


 ドリルモールが怒鳴った。


「ブラックは何の仕事をしてるんですか?」


「神社を手伝っています」


「神主さんですか?」


「近いです」


「巫女さん?」


「それも近いです」


「大学生ですか?」


「大学院生です」


「すごい!」


「何がですか」


「大学の先です!」


「そうですね」


 俺は高校生だ。


 大学院が具体的に何をするところかは知らない。


 でも大学の先だから、きっとすごい。


「怪異を研究してるんですか?」


「研究もします」


「じゃあ今のも実習ですね!」


「……そういうことにします」


 また説明を諦められた気がする。


 ブラックは穴へ杖を向けた。


「三体です」


「何が?」


「出ようとしています」


「三体も!?」


「今のところ」


「増えるんですか?」


「可能性があります」


「どうすればいいですか!」


「そこから動かないでください」


「分かりました!」


 俺はその場で固まった。


「呼吸はしてもいいですか?」


「はい」


「よかった!」


 ブルーが言う。


「ブラック。封じられるか」


「可能です」


「時間は」


「二十秒」


「怪人は俺たちが止める」


「お願いします」


 二人の会話が短い。


 でも意味は分かった。


 ブラックが穴を何とかする。


 その間、俺とブルーで怪人を止める。


「行くぞ、レッド」


「はい!」


「指示を聞け」


「はい!」


「返事をしたあと動くな。内容を理解してから動け」


「はい!」


「今のは理解したか」


「たぶん!」


「不安だな」


 ドリルモールが地面から体を引き抜いた。


 脚部の爪が再起動している。


「我を忘れるな!」


「忘れてません!」


「さっき忘れていただろ!」


「今は覚えてます!」


「当然だ!」


 怪人がブルーへ向かう。


「まずは青い方からだ!」


「合理的だ」


 ブルーが銃を構える。


「なぜ褒める!」


「戦力の高い方を先に狙う。判断として正しい」


「じゃあ俺は?」


 俺が聞く。


「後回しだ」


「そうですか……」


「落ち込むな」


「はい!」


「その返事も早い」


 ドリルモールが突進する。


 ブルーが三発撃つ。


 左膝。


 右肩。


 胸部の亀裂。


 怪人が体勢を崩す。


「レッド、前へ!」


「はい!」


 俺は走る。


「右から回れ!」


「はい!」


 右へ回る。


「そこで止まれ!」


「はい!」


 止まる。


 怪人のドリルが目の前を通過した。


「今だ。腹部へ一撃」


「うおおおおっ!」


 拳を振る。


「シークレットパンチ!」


「だから名前がそのまま――ぐおっ!」


 拳が腹へ入る。


 怪人の巨体が後ろへ下がった。


「追撃するな!」


 ブルーが叫ぶ。


 俺は踏み込もうとした足を止める。


 直後。


 怪人の脚部から隠し刃が飛び出した。


 追っていたら直撃していた。


「危なっ!」


「敵の後退には理由がある場合が多い」


「勉強になります!」


「覚えておけ」


「はい!」


 怪人が歯ぎしりする。


「戦闘中に教育するな!」


「必要だ」


「学校でやれ!」


「学校を襲ったお前が言うな」


「それもそうだが!」


 ブラックの札が一枚ずつ光り始めた。


 白い紙の間を、淡い光がつなぐ。


 穴の周囲へ円ができる。


「十秒」


 ブラックが言う。


「レッド、怪人を円へ近づけるな」


「分かりました!」


 ドリルモールが穴へ戻ろうとする。


「そこは我が掘った穴だ!」


「今はブラックの担当です!」


「所有権を奪うな!」


「学校の地下を勝手に掘ったお前が言うな!」


 俺も言い返した。


 一度言ってみたかった。


 ドリルモールが左腕を振る。


 停止しているはずのドリルが、火花を散らしながら無理やり回る。


「根性で動かした!」


「機械に根性があるんですか!?」


「怪人にはある!」


「格好いい!」


「褒めるな!」


 ドリルが俺へ迫る。


 両腕で受け止める。


「ぐっ!」


 重い。


 足が土へ沈む。


「レッド、左へ流せ!」


「どうやって!?」


「腕の力だけで止めるな。体を回せ!」


「はい!」


 言われたとおり、腰をひねる。


 ドリルの勢いを横へ逃がす。


 怪人の腕が地面へ突き刺さった。


「できた!」


「喜ぶのはあとだ」


「はい!」


「膝!」


 ブルーの光弾が怪人の膝へ当たる。


 ドリルモールが片膝をついた。


「今だ!」


 俺は拳を握る。


 赤い光が腕へ集まった。


『新技の名称を送ります』


 博士の声が割り込む。


「今ですか!?」


『レッドインパクトじゃ!』


「分かりました!」


「説明なしで使うな!」


 ブルーが止める。


「でも博士が!」


『拳へエネルギーを集中し、殴るだけじゃ!』


「今までと何が違うんですか!?」


『名前が格好よい!』


「大事ですね!」


「大事ではない!」


 ブルーと白石さんが同時に叫んだ。


 でも、もう光は拳へ集まっている。


「行きます!」


 俺は踏み込んだ。


「レッドインパクト!」


「名前を変えただけでは――」


 拳が怪人の胸部へ直撃する。


 赤い光が爆発した。


「ぐおおおおおっ!」


 ドリルモールの巨体が吹き飛ぶ。


 怪人が地面を転がる。


 穴から離れた。


「すごい!」


「位置は俺が誘導した」


「ブルーのおかげです!」


「お前が殴った」


「じゃあ二人のおかげですね!」


「……そうなるな」


 ほんの少し。


 ブルーの声が柔らかくなった気がした。


「封印完了」


 ブラックが杖を地面へ突く。


 白い円が強く輝いた。


 穴から吹き出していた冷気が止まる。


 黒い霧が円の内側へ引き戻されていく。


 俺には、最後まで何だったのか分からなかった。


 でも、ブラックが少しだけ肩の力を抜いた。


 だから、成功したのだと思う。


「ブラック!」


「はい」


「よく分からなかったけど、助かりました!」


 ブラックが俺を見る。


「何が起きていたか、分からないのですよね」


「はい!」


「それでもですか」


「ブラックが安心してるので!」


「……」


「違いました?」


「いいえ」


 ブラックは小さく首を横へ振った。


「合っています」


「よかった!」


「ありがとうございます」


 小さな声だった。


 でも、今度は聞こえた。


 その瞬間。


 空が黄色く輝いた。


「え?」


 俺たちは一斉に見上げた。


 河川敷の上空へ、巨大な光の円が現れている。


 一つではない。


 いくつもの円が重なり、ゆっくり回転している。


 見たことのない文字。


 複雑な模様。


 中心には、大きな紋章。


 夕暮れの空が、そこだけ昼間みたいに明るい。


「うわあ……」


 きれいだった。


「花火ですか?」


「違う」


 ブルーが即答する。


「プロジェクションマッピング?」


「もっと違う」


「大学祭?」


「なぜ大学が出てきた」


「派手なことをするので!」


 ブラックは空を見つめた。


「境界が開きます」


「さっき閉じたばかりなのに!?」


「種類が違います」


「境界にも種類があるんですか!」


「あります」


「奥が深い!」


 ブルーが端末を操作する。


「未知の空間反応。座標固定が不安定だ」


「危ないんですか?」


「ああ」


「じゃあ避けましょう!」


「もう遅い」


 魔法陣の中央が開いた。


 光の向こうから、人影が見える。


 その直後。


「すみませぇぇぇぇぇぇん!」


 女の子の叫び声が響いた。


「え?」


「転移座標を間違えましたぁぁぁぁ!」


 人影が落ちてくる。


 真っ逆さま。


 かなり高い。


「危ない!」


 俺は走り出した。


「レッド、待て!」


 ブルーが叫ぶ。


「受け止めます!」


「無理だ!」


「やってみないと!」


「質量と速度を考えろ!」


「計算できません!」


「だから止まれ!」


 でも止まれない。


 落ちてくるのは人だ。


 助けなければ。


 俺は両腕を広げる。


 空から落ちてきた少女は、黄色い鎧を着ていた。


 金色の長い髪。


 背中には、自分の身長より大きな剣。


 両手をばたつかせながら叫んでいる。


「下に人がいます!」


「います!」


「避けてください!」


「受け止めます!」


「避けてください!」


「受け止めます!」


「話が通じません!」


 少女が空中で体をひねった。


 俺の真上から少しだけ位置がずれる。


 そして。


 ドォォォォンッ!


 河川敷へ着地した。


 地面が大きく揺れる。


 土砂が噴き上がる。


「うわっ!」


 俺は風圧で転がった。


 ブルーが腕をつかみ、引き戻してくれる。


「だから言った」


「すみません!」


「俺ではなく自分の体へ謝れ」


「はい!」


 土煙がゆっくり晴れる。


 地面には巨大なクレーター。


 その中心へ、黄色い戦士が正座していた。


 両手を膝へ置いている。


 深く頭を下げた。


「大変申し訳ございませんでした」


「大丈夫ですか!?」


 俺は駆け寄る。


 少女が顔を上げた。


「はい。今回は比較的低い位置でしたので」


「これで低いんですか!?」


「前回は王城の尖塔より高い位置へ出ました」


「王城?」


 少女の動きが止まる。


「……大学です」


「大学に王城があるんですか!?」


「古い校舎です」


「立派な大学ですね!」


「そういうことにしておきます」


 少女は立ち上がった。


 黄色と白を基調とした鎧。


 戦隊スーツに似ているけど、材質が違う。


 金属に見える。


 胸元には、光る宝石。


 背中の巨大な剣は、どう見ても本物だった。


「その剣、重くないんですか?」


「慣れています」


「何キロくらいです?」


「通常状態で八十二キログラムほどです」


「重っ!」


「魔力を通せば軽くなります」


「魔力?」


 少女の顔が固まる。


「……握力です」


「握力で軽くなるんですか!?」


「気持ちの問題です」


「なるほど!」


「なるほどではない」


 ブルーが言った。


 ブラックは少女の周囲を見ている。


「異界の魔力」


 少女がブラックを見る。


「分かるのですか?」


「少し」


「あなたは神官ですか」


「神社です」


「やはり神官ですね」


「日本では少し違います」


「こちらの世界の宗教制度は複雑なのですね」


 二人は普通に会話している。


「知り合いですか?」


「初対面です」


「言葉が通じてますね!」


「会話をしているので」


「俺のときより通じてる気がします!」


「レッドは思い込みが先に来る」


 ブルーが冷静に言った。


 少女は巨大な剣を地面から引き抜く。


 軽々と肩へ担いだ。


「申し遅れました」


 胸へ手を当てる。


「黄瀬ひかりと申します」


「赤城太陽です!」


 俺も胸を張る。


「高校二年生です!」


「私は大学一年です」


「やっぱり大学生!」


「はい。こちらでは」


「こちらでは?」


「……専攻が複数ありますので」


「大学って大変ですね!」


「本当に大変です」


 ひかりさんの返事には、妙な重さがあった。


 そのとき。


 ひかりさんの腰についた水晶が光った。


『勇者様!』


 女の子の声。


『どこへ行かれたのですか! ザイード将軍が城門前で待っています!』


「えっ」


 ひかりさんが慌てて水晶を手で覆う。


「あとで連絡します!」


『ですが魔王軍第三師団が――』


「あとで!」


『勇者様!』


 光を消す。


 河川敷へ沈黙が流れた。


 俺はひかりさんを見る。


「大学のサークルですか?」


「……」


「将軍ってあだ名の先輩?」


「……はい」


「魔王軍は大学祭のチームですか?」


「……そういうことにします」


「大学祭って本格的なんですね!」


 ブルーが額へ手を当てた。


 ブラックは少しだけ顔をそらしている。


 肩が震えている。


「ブラック、笑ってます?」


「いいえ」


「笑ってますよね?」


「少し」


「ブラックも笑うんですね!」


「笑います」


「よかった!」


「何がですか」


「ずっと静かだったので!」


 ブラックは返事をしなかった。


 でも、さっきより少しだけ雰囲気が柔らかかった。


 ドリルモールが立ち上がる。


「我を忘れるなぁぁぁ!」


「あっ」


 俺は振り返る。


「そうだった!」


「我は敵だ!」


「忘れてました!」


「正直に言うな!」


 ドリルモールが肩を落とした。


「誰か」


 一度、深く息を吐く。


「もう少し我に興味を持て」


 ひかりさんが怪人を見る。


「これは、この世界の魔族ですか?」


「違う!」


「魔物?」


「違う!」


「魔導人形?」


「怪人だ!」


「怪人」


 ひかりさんが真剣に頷く。


「聞いたことがありません」


「大学で習わなかったんですか?」


「こちらの大学は、まだ入学したばかりですので」


「これからですね!」


「はい」


 ドリルモールが叫ぶ。


「教育相談をするな!」


 そのとき。


 河川敷の入口から。


「ごめんなさーい!」


 女性の声が聞こえた。


「会議が長引いたー!」


 全員が振り返る。


 桃色の戦士が走ってきた。


 片手には、黒いパンプス。


 もう片方には、会社員が持つような鞄。


 戦隊スーツを着ている。


 でも、その上半身にはなぜかジャケットが半分だけ残っていた。


 変身が完全に終わっていないように見える。


「待って、ちょっと待って!」


 桃色の戦士は走りながら鞄を開け、パンプスを無理やり押し込む。


「何で今日に限って部長が話を広げるのよ!」


 肩で息をしながら、俺たちのところへ到着する。


 膝へ両手を置いた。


「はぁ……はぁ……」


「大丈夫ですか!?」


「大丈夫」


「本当に?」


「大丈夫じゃないけど、いつものことだから大丈夫」


「どっちですか!?」


「社会人には両方成立するのよ」


「社会人って難しい!」


「本当にね」


 桃色の戦士が顔を上げる。


 肩には金色の粉。


 髪の毛の先が少し焦げている。


 スーツの一部には、花びらのような光が残っていた。


「髪、焦げてますよ!」


「今朝の事故対応でね」


「会社で爆発が?」


「まあ、似たようなもの」


「危険な会社ですね!」


「危険なのは会社だけじゃないけど」


 桃色の戦士が俺を見る。


 少し目を細めた。


「若い」


「はい!」


「眩しい」


「夕日ですか?」


「あなたの青臭さ」


「ありがとうございます!」


「褒めてないわよ」


「また言われた!」


「桃園美咲。二十八歳。会社員」


 桃色の戦士が名乗る。


「赤城太陽、十七歳、高校二年生です!」


「十七」


 美咲さんが小さく呟く。


「十一歳差」


「そうですね!」


「私が魔――」


 言葉を止める。


「新入社員だった頃、あなたは小学生」


「美咲さん、入社が早いんですね!」


「そういうことにして」


 疲れた顔で言われた。


「じゃあピンクですね!」


「色で決めた?」


「はい!」


「まあ分かりやすくていいわ」


 美咲さんは、俺の肩や胸元を見る。


 装甲についた傷。


 手の震え。


 息の乱れ。


 一瞬で確認したようだった。


「怪我は?」


「大丈夫です!」


「その返事をする人は大抵大丈夫じゃないのよ」


 右手を俺の腕へ近づける。


 桃色の光が、指先に集まった。


 でも。


 美咲さんは途中で止めた。


 何かを思い出したように手を握る。


「どうしました?」


「何でもない。スーツの自動回復に任せる」


『そのような機能は搭載しておらんぞ』


 博士の声。


 美咲さんの肩が跳ねた。


「今の誰?」


『わしは天才寺博士じゃ!』


「博士、通信は全員へ通じています」


 白石さんが言う。


『そうじゃったか!』


「聞いてなかったんですか?」


『聞こえなかった!』


「博士は耳が遠いんです」


 俺が説明する。


「それで戦闘指揮を?」


 美咲さんの顔が引きつった。


『心配するな! 大事なことは白石君が聞く!』


「それは博士が聞いてないってことですよね?」


『何じゃと?』


「もういいです」


 美咲さんが諦めた。


 そのとき。


 美咲さんの鞄の中から、声がした。


『美咲ちゃん!』


 高くて可愛らしい声。


『駅前の絶望反応がまた上がってるよ! こっちが終わったらすぐ来て!』


 美咲さんがものすごい速さで鞄を閉じた。


 声が途切れる。


「今、美咲ちゃんって呼ばれてましたよね?」


「会社の後輩」


「鞄の中に?」


「リモート会議」


「最近の会社はすごいですね!」


「いつでもどこでも連絡が来るのよ」


「大変ですね!」


「ええ。本当に」


 心から疲れている声だった。


 俺は少し心配になった。


「美咲さん」


「何?」


「無理してませんか?」


 美咲さんが一瞬、動きを止めた。


「何で?」


「すごく疲れてるように見えるので」


「……」


「休めるなら、少し休んだ方が」


 美咲さんは、俺の顔をじっと見た。


 怒られるかと思った。


 初対面で余計なことを言ったかもしれない。


 でも。


 美咲さんは、ほんの少しだけ笑った。


「休めるならね」


「休めないんですか?」


「今は怪人がいるから」


 ドリルモールを指さす。


「我を理由にするな!」


「いるでしょうが!」


「我はずっといた!」


「ごめん、今来たばかりだから!」


「全員が我を後回しにする!」


 ドリルモールが頭を抱えた。


 両腕がドリルなので、うまく頭を抱えられていない。


 腕同士がぶつかっている。


「大丈夫ですか?」


「心配するな!」


「でも腕が届いてないですよ」


「分かっている!」


 美咲さんが怪人を観察する。


「絶望核はなし。負の感情の寄生も薄い。純粋な物理系……」


 小声で呟く。


「でも、何か混ざってる」


「健康診断ですか?」


「そういうことにして」


「会社で怪人の健康管理も?」


「会社の範囲を広げないで」


 美咲さんの視線が、ブルーの腰にある部品へ向かう。


 次に、ひかりさんの剣。


 ブラックの札。


 最後に俺。


 全員を見ている。


 何か考えているようだった。


 ブルーも美咲さんを見ている。


 ひかりさんは美咲さんの周囲に残る桃色の光を見ている。


 ブラックは美咲さんの鞄を見ている。


 全員。


 互いに何か気づいているような顔をしていた。


 俺だけ分からない。


「皆さん、知り合いですか?」


「初対面だ」


 ブルー。


「初めてお会いします」


 ひかりさん。


「存じません」


 ブラック。


「知らないわ」


 美咲さん。


 全員同時だった。


「息ぴったりですね!」


「違う」


「違います」


「違います」


「違うわよ」


 また同時。


「やっぱり仲良くなれそうですね!」


 四人が黙った。


『全適合者の到着を確認しました』


 白石さんの声が通信へ響く。


『これより正式登録を開始します』


「正式登録?」


『赤城太陽。コード・レッド』


「はい!」


『蒼井迅。コード・ブルー』


「了解」


『黄瀬ひかり。コード・イエロー』


「はい」


『黒守夜子。コード・ブラック』


「聞こえています」


『桃園美咲。コード・ピンク』


「はいはい」


『以上五名を、対機界侵略帝国特務戦闘部隊――秘密戦隊シークレットファイブとして登録します』


 胸が熱くなった。


 秘密戦隊。


 シークレットファイブ。


 俺たちは今日初めて会った。


 何をしている人なのかも、ほとんど知らない。


 年齢も違う。


 仕事も違う。


 大学生も、会社員もいる。


 でも。


 全員が同じ場所へ集まった。


 同じ怪人と戦うために。


「つまり」


 俺は四人を見る。


「今日から仲間ですね!」


 ブルー――蒼井さんは、少しだけ目を細めた。


「任務上はそうなる」


 ひかりさんは、丁寧に頭を下げる。


「こちらこそ、よろしくお願いいたします」


 ブラック――黒守さんは静かに頷く。


「異論ありません」


 美咲さんは深くため息をついた。


「はいはい。よろしく」


「皆さん照れてますね!」


「どこを見てそう判断した」


「雰囲気です!」


「当てにならないな」


「でも悪い人ではないと思います!」


「それも雰囲気か」


「はい!」


 蒼井さんが、何とも言えない顔をした。


『五人揃ったのう!』


 博士の声が突然大きくなる。


『では、名乗りじゃ!』


「名乗り?」


『戦隊が五人揃ったなら、格好よく名乗るのが決まりじゃ!』


「やりましょう!」


 俺は即答した。


「必要性がない」


 蒼井さんも即答した。


「戦闘中に名乗るのですか?」


 ひかりさん。


「背後に残留反応があります」


 黒守さん。


「私、早く帰りたいんだけど」


 美咲さん。


『駄目じゃ! 名乗りはヒーローの魂じゃ!』


「敵は待ってくれない」


 蒼井さんが指摘する。


 全員でドリルモールを見る。


 怪人は腕を組んで待っていた。


「待ってる!」


「変身と名乗りの途中に攻撃するのは無粋だからな!」


「礼儀正しい!」


「敵に感心するな!」


『ほれ、怪人も待っておる!』


「待ってるならやる意味があるのか?」


『ある!』


「根拠は」


『格好よいからじゃ!』


「会話が成立しない」


 蒼井さんが諦めた。


『まずはレッド! 右腕を前へ出し、左足を引いて――』


 博士が説明する。


 俺は言われたとおりに構えた。


 たぶん。


「真紅の勇気!」


 右腕を前へ。


「シークレットレッド!」


 決まった。


 たぶん。


『次、ブルー!』


「拒否する」


『駄目じゃ!』


「時間の無駄だ」


『格好よいぞ!』


「それしかないのか」


 蒼井さんはため息をつき、拳銃を斜めに構えた。


「蒼き知略。シークレットブルー」


 ものすごく格好いい。


「すげえ!」


「声を出すな」


『イエロー!』


 ひかりさんが巨大な剣を地面へ立てる。


「黄金の剣。シークレットイエロー」


 剣の宝石が光った。


 背後に黄色い魔法陣まで出ている。


『そんな演出は入れておらんぞ!』


「装備の機能ではないのですか?」


「博士も知らない新機能です!」


「その解釈でお願いします」


『ブラック!』


 黒守さんが杖を横へ構え、札を指の間へ挟む。


「黒き境界。シークレットブラック」


 風もないのに、黒髪が揺れた。


 背後の地面から、何か黒いものが一瞬だけ伸びた気がした。


「今、何かいませんでした?」


「気にしないでください」


「はい!」


『ピンク!』


「私もやるの?」


『当然じゃ!』


「もう二十八なのに……」


「何か言いました?」


「何でもない!」


 美咲さんが片手を腰へ当てる。


 もう片方の手を前へ。


「桃色の……」


 止まる。


「何?」


『慈愛じゃ!』


「桃色の慈愛。シークレットピンク」


 桃色の花びらが周囲へ舞った。


『それも装備の機能ではないぞ!』


「そういう仕様にしておいて!」


「新機能ですね!」


「レッドは黙って!」


「はい!」


 最後に全員で前を向く。


 博士が指示する。


『五つの秘密が世界を守る!』


「五つの秘密が世界を守る!」


『秘密戦隊!』


「秘密戦隊!」


「シークレットファイブ!」


 背後で五色の爆発が起きた。


 ドドドドドンッ!


「うわっ!」


 爆風が背中へ当たる。


 美咲さんが振り返る。


「これ、毎回やるの?」


『格好よいじゃろう!』


「敵から位置が丸見えだ」


 蒼井さん。


「威嚇としては効果的です」


 ひかりさん。


「一体増えました」


 黒守さん。


「何がですか?」


「残留霊です」


「爆発で増えるんですか!?」


「驚いたのだと思います」


「ごめんなさい!」


「レッドが謝る相手ではありません」


 ドリルモールが震えていた。


 怒りで。


「終わったか」


「はい!」


「ならば」


 怪人が両腕を広げる。


「我の番だぁぁぁぁ!」


「待っててくれてありがとうございます!」


「礼を言うな!」


 ドリルモールが突進する。


「みんな、行くぞ!」


 俺は地面を蹴った。


「待て。作戦を」


 蒼井さんが言う。


「ブルー、左!」


「左の何を」


「怪人の左です!」


「情報が足りない」


「でも分かりましたよね!」


「分かったのが腹立たしい」


 蒼井さんが左側へ回り込む。


 三発。


 左膝、肩、脇腹。


 怪人の体勢が崩れる。


「イエロー、大きい攻撃を止められますか!」


「可能です」


「お願いします!」


「承知しました!」


 ドリルモールが両腕を振り上げる。


「掘削大破砕!」


 巨大なドリルが振り下ろされる。


 ひかりさんが前へ出た。


 背中の大剣を抜く。


「聖剣ルミ――」


 途中で止まる。


「家宝の剣!」


「技名みたいになってません!」


「気にしないでください!」


 剣とドリルがぶつかる。


 激しい衝撃。


 地面へ亀裂が走る。


 ひかりさんは両手で剣を支えた。


 押されない。


「すごい!」


「強化魔法――」


 また止まる。


「筋力です!」


「筋力でドリルを止めてるんですか!?」


「日々鍛えております!」


 剣へ炎がまとわりつく。


「燃えた!」


『そんな機能はないぞ!』


「大学の実習です!」


「もう何でも大学で押し通すつもりですか!?」


 ひかりさんが剣を振り抜く。


 怪人のドリルが弾かれた。


「ブラック!」


「はい」


「足元が危ない気がします!」


「気ではありません」


「何があります?」


「三秒後に崩れます」


「みんな跳べ!」


 俺が叫ぶ。


 全員が地面を蹴った。


 直後。


 河川敷が陥没する。


 ドリルモールだけが片足を取られた。


「なぜ貴様らだけ!」


「ブラックが教えてくれたからです!」


「我にも教えろ!」


「敵には教えません!」


「さっきまで普通に話していただろう!」


 黒守さんが杖を地面へ向ける。


 札が飛ぶ。


 陥没した地面の周囲へ貼りつき、崩落が止まった。


「ブラック、何をしたんですか?」


「下から出ようとしたものを押し戻しました」


「土砂ですか?」


「今はそういうことにします」


「ピンク!」


「何?」


「後ろをお願いします!」


「後ろの何を?」


 俺は振り返る。


 黒い戦闘員たちが、逃げ遅れた一般人へ迫っている。


「全部です!」


「雑!」


 文句を言いながら、美咲さんはすぐに動いた。


 一般人と戦闘員の間へ飛び込む。


「ホープ・バリ――」


 言葉を止める。


「ピンクガード!」


 両手を広げる。


 桃色の光の壁が現れた。


 戦闘員の電撃が弾かれる。


「すごい!」


「スーツの機能!」


『そんな機能は――』


「博士、黙って!」


『何じゃと?』


『何でもありません』


 白石さんが処理した。


 美咲さんは光の壁を維持しながら、一般人へ声をかける。


「今のうちに離れて! 走れない人を支えて!」


 声が慣れていた。


 戦うだけじゃない。


 避難する人の動きを見ている。


 誰が怪我をしているか。


 誰が怖がって動けないか。


 全部見ている。


 戦闘員が壁を回り込む。


 美咲さんは左手で壁を維持したまま、右手で戦闘員の腕をつかむ。


 体を回す。


 投げ飛ばした。


「きれいな投げ技!」


「護身術よ!」


「会社員の護身術じゃない」


 蒼井さんが言う。


「強い痴漢がいたの!」


「十五年分の動きだな」


「何の十五年?」


「独り言だ」


 美咲さんが蒼井さんを見る。


 蒼井さんも美咲さんを見る。


 互いに何か言いたそうだった。


 でも言わない。


 ドリルモールが穴から脚を引き抜く。


「全員まとめて粉砕する!」


 両腕のドリルが再び回り始める。


「直った!?」


「ボルツ博士の自動修復機能だ!」


「便利ですね!」


「敵の装備を褒めるな!」


 怪人が俺へ突進する。


「レッド!」


 美咲さんの声。


「前!」


「はい!」


 俺は両腕でドリルを受け止める。


 重い。


 地面を後ろへ滑る。


「一人で止められると思うか!」


「一人じゃない!」


 蒼井さんの光弾が怪人の肩へ当たる。


 ひかりさんの剣がドリルを横から叩く。


 黒守さんの札が怪人の足へ貼りつき、動きを止める。


 桃色の光が俺の腕を包む。


 痛みが少しだけ消えた。


 美咲さんが手をかざしている。


「今です!」


「はい!」


 俺は右拳へ力を込める。


「レッドインパクト!」


「またそれか!」


「名前が変わっただろ!」


「攻撃は同じだ!」


 拳が怪人の胸へ直撃する。


 さっき蒼井さんが撃ち、美咲さんが光で弱らせ、ひかりさんの剣が歪ませ、黒守さんの札が動きを止めた場所。


 全員が作った隙へ、俺の拳が入る。


 赤い光が爆発する。


「ぐおおおおおっ!」


 ドリルモールが吹き飛んだ。


 河川敷を何度も転がる。


 胸部装甲へ大きな亀裂が走る。


「やった!」


 俺は拳を上げた。


「まだです」


 黒守さんが言う。


「敵の生命反応は残っている」


 蒼井さん。


「魔力反応はありませんが、機械生命として活動を継続しています」


 ひかりさん。


「絶望反応もなし。普通に元気」


 美咲さん。


「皆さん、詳しいですね!」


 四人が同時に俺を見る。


「仕事柄だ」


「大学で」


「神社で」


「会社で」


「いろんな仕事があるんですね!」


「納得するのか」


 蒼井さんが呟く。


 そのとき。


 空中へ巨大な映像が現れた。


 透明な丸い頭部。


 内部を青白い電気が走っている。


 複数の機械腕。


 白衣のような外装。


『よくも私のドリルモールを!』


「誰だ!」


『私は機界侵略帝国ギアノクスの天才技術主任! ドクター・ボルツ!』


『天才を名乗るとは気に入らん!』


 博士の声が通信へ割り込む。


『何だ、その声は!』


『わしは天才寺源一郎! 名字からして本物の天才じゃ!』


『名字へ頼るな!』


『羨ましいか!』


『羨ましくなどない!』


「博士同士で喧嘩が始まった」


 美咲さんが額を押さえる。


「技術者にはよくある」


 蒼井さん。


「本当ですか?」


「今、適当に言った」


「ブルーも冗談言うんですね!」


「言っていない」


『博士! 怪人の再起動反応です!』


 白石さんが叫ぶ。


『そうじゃった!』


 ドクター・ボルツが機械腕を掲げた。


『敗北は実験の終わりではない!』


「待て、ボルツ博士!」


 倒れていたドリルモールが起き上がる。


「まだ作戦報告と損害申請が終わっていない!」


『ギガリブーター、起動!』


「話を聞け!」


 空から紫色の雷が落ちる。


 ドリルモールへ直撃。


「ぐわああああっ!」


 怪人の体が膨れ上がる。


 十メートル。


 二十メートル。


 三十メートル。


 河川敷を埋めるほど巨大になる。


「大きくなった!」


「見れば分かる!」


 美咲さんに怒られた。


 巨大なドリルモールが頭を抱える。


「まだ巨大化へ同意していない!」


『結果を出せば問題ない!』


「労務管理はどうなっている!」


『悪の組織に労務管理などない!』


「あるべきだ!」


 美咲さんが小さく頷いた。


「その点は怪人に同意する」


「会社員としてですか?」


「社会人として」


『本来なら巨大ロボ、シークレットキングを投入するところじゃ!』


 博士が言う。


「ロボがあるんですか!?」


『あるぞ!』


「乗りたいです!」


『ただし初回起動には、五人分の生体認証と操作説明が必要じゃ!』


「どれくらいかかります?」


『三十分!』


「街がなくなります!」


『そこで試作合体兵器の出番じゃ!』


 俺たちの武器が一斉に光った。


『五つの武器を合体させよ! ユナイトブラスターじゃ!』


「どうやって?」


『説明書を読め!』


 俺たちの前へ、本の束が転送された。


 美咲さんが表紙を見る。


「全十八巻?」


「戦闘中に読む量ではない」


 蒼井さんが一冊を取る。


 高速でページをめくる。


「構造は理解した」


「もう!?」


「レッドの剣を中心。俺の銃を上部。イエローの武器を下部。ブラックとピンクは左右」


「分かりました!」


 俺は腰から剣を抜いた。


 いつ装備されていたのか知らなかった。


「剣あったんだ!」


『最初からある!』


「教えてくださいよ!」


『説明を聞かなかったのはお前じゃ!』


「そうでした!」


 蒼井さんが俺の剣へ自分の銃を接続する。


 ひかりさんの大剣型装備が変形し、下部へ組み込まれる。


 美咲さんの弓型武器。


 黒守さんの杖。


 五つが一つの巨大な砲台へ変形した。


 黒守さんが接合部へ札を貼る。


『札を貼るな!』


「安定します」


『何じゃと?』


『安定すると言っています』


 白石さんが通訳する。


『そうか! なら貼れ!』


「判断が早い」


 蒼井さん。


「聞こえてないだけよ」


 美咲さん。


 砲台が完成する。


 五人で支える。


『よいか!』


 博士の声が熱くなる。


『五人の心を一つにし、己の内なるヒーローエナジーを注ぐのじゃ!』


「分かりました!」


 俺はすぐ返事をした。


 ほかの四人は黙った。


「どうしました?」


「定義が不明確だ」


 蒼井さん。


「ヒーローエナジーとは、魔力の一種でしょうか」


 ひかりさん。


「霊力とは異なるようです」


 黒守さん。


「希望力で動くかしら」


 美咲さん。


 全員、何か違うことを言っている。


「自分の中にある力を流せばいいんじゃないですか?」


 俺が言う。


 四人が互いを見る。


「……そういうことにしましょう」


 美咲さんが答えた。


「皆さん、いけますか!」


「問題ない」


「はい」


「可能です」


「たぶんね」


 俺は胸の奥へ意識を向ける。


 学校を守りたい。


 街を守りたい。


 小林を助けたい。


 今日出会った四人と一緒に勝ちたい。


 その気持ちが赤い光へ変わる。


 砲台へ流れ込む。


『レッド、ヒーローエナジー正常!』


 美咲さんの手元から、桃色の光が流れる。


 花びら。


 小さなハート。


「希望力二十パーセント。花属性は最低限にして……」


「ピンク、何か言いました?」


「気合い入れてるの!」


「さすがです!」


 蒼井さんがゆっくり呼吸する。


 心拍数の表示が急激に変化した。


「心拍制御。ヴァイタル・ドライブ第二段階」


「具合悪いんですか!?」


「集中している」


「無理しないでください!」


「お前に言われたくない」


 青い生体波が流れる。


 ひかりさんは目を閉じる。


「聖光よ、異界の器へ満ちよ。光属性、第五階位」


 黄色い魔法陣が足元へ広がる。


「すごい模様です!」


「こちらでは普通なのですよね?」


「たぶん!」


『普通ではないぞ!』


「博士も驚く新機能ですね!」


「その解釈でお願いします」


 黒守さんが札を指先へ挟む。


「天清浄。地清浄。内外清浄。急急如律令」


 周囲の温度が下がる。


 黒い光が砲台へ吸い込まれる。


「寒くないですか?」


「慣れています」


「慣れるものなんですか?」


「慣れない方がよいと思います」


「気をつけます!」


 何に気をつければいいか分からない。


『出力百二十パーセント!』


 博士の声。


『博士。異なるエネルギー反応が混ざっています』


 白石さん。


『百八十パーセント!』


『停止してください』


『二百五十パーセント! 素晴らしい!』


『素晴らしくありません!』


 巨大ドリルモールが両腕を向ける。


「何をしているか知らんが!」


「撃たせるものか!」


「みんな!」


 俺は叫んだ。


「俺たちの力を一つにするぞ!」


 四人が一瞬黙った。


 確かに。


 見た目は全然違う。


 赤い光。


 桃色の花。


 青い脈動。


 黄色い魔法陣。


 黒い札。


 でも。


 全員が同じ怪人を見ている。


 同じ人たちを守ろうとしている。


 なら。


 一つだ。


「了解」


「はい」


「参ります」


「仕方ないわね」


 四人が、強く砲台を支える。


『出力四百八十パーセント! 理論上あり得ません!』


 白石さんが叫ぶ。


「あり得ないなら、俺たちが初めてですね!」


『前向きに捉えないでください!』


「発射します!」


『待ってください!』


 五人で叫ぶ。


「ユナイトブラスター!」


 五色の光が放たれた。


 赤。


 青。


 黄。


 黒。


 桃色。


 別々の光が絡み合う。


 反発するように揺れた。


 でも。


 中心の赤い光へ、四つの力が巻きついた。


 一つの巨大な光線になる。


「何だ、この出力はぁぁぁぁ!」


 ドリルモールへ直撃。


 怪人の巨体を包む。


 背後に隠れていたギアノクスの観測艇まで貫く。


 地面の下から漏れていた黒い影。


 怪人の中にあった異規格の部品。


 周囲へ残っていた暗い桃色の粒子。


 何もかも光の中へ消えていく。


「初戦で撃っていい威力ではないぃぃぃぃ!」


 ドリルモールが盛大に爆発した。


 ドドドドドォンッ!


 夕暮れの空へ、巨大な煙が上がる。


 しばらく。


 誰も動かなかった。


 俺は煙が晴れるのを待つ。


 怪人はいない。


 観測艇もない。


 河川敷は少しえぐれている。


 でも街は無事だ。


「すげえええええ!」


 俺は思わず叫んだ。


「威力、明らかにおかしくなかった?」


 美咲さんが砲台を見る。


「誰かが規格外の出力を流した」


 蒼井さんが全員を見る。


「皆様ではないでしょうか」


 ひかりさん。


「追及しない方がよいと思います」


 黒守さん。


 四人が互いを見る。


 全員、少し心当たりがあるような顔をしている。


 初めてだから加減を間違えたのだろう。


「これが五人の絆なんですね!」


 俺が言う。


 四人がこちらを見る。


 美咲さんが深いため息をついた。


「……そういうことにしておきましょう」


『大成功じゃ! 友情とはすごいのう!』


 博士が大喜びする。


『博士。計測装置がすべてエラーです』


『初回にはよくあることじゃ!』


『ありません』


 白石さんの声が、今日一番疲れていた。


     ◇


 戦闘が終わったあと。


 俺たちは光に包まれ、市役所地下にある秘密基地へ転送された。


 目の前には、巨大な司令室が広がっていた。


 壁一面のモニター。


 何列も並んだ操作席。


 奥には武器や巨大ロボットの設計図。


 床には、五色に光る円形の転送装置。


「本当に秘密基地だ!」


「市役所の地下なのね」


 美咲さんが周囲を見回す。


「災害時の避難施設としては合理的だ」


 蒼井さんは出入口や監視カメラを確認している。


「地下神殿のようです」


 ひかりさんが目を輝かせる。


 黒守さんだけは床を見つめていた。


「地下三階より下があります」


 司令席にいた白石さんが顔を上げる。


 黒髪の若い女性。


 制服をきっちり着こなし、ヘッドセットをつけている。


「図面上は地下二階までです」


「その下にあります」


「何がですか?」


「今は気にしない方がよいものです」


 全員が少し黙った。


 奥の作業台から、白衣を着た老人が立ち上がる。


 丸眼鏡。


 白髪。


 白衣の裾が焦げている。


「よくやった、シークレットファイブ!」


「博士ですか!」


「声が大きい!」


「すみません!」


「もっと大きく!」


「どっちですか!?」


 白石さんが博士の耳を指さす。


「博士。補聴器の電源が入っていません」


「雑音が増える!」


「人の話です」


 四人が順番に自己紹介する。


「桃園美咲。会社員です」


「桃が好きか!」


「違います」


「蒼井迅。物流関係だ」


「物理学か!」


「違う」


「黄瀬ひかり。大学生です」


「大魔術師?」


「少し近いですが、違います」


「黒守夜子。神社を手伝っています」


「新車を買った?」


「もうそれでいいです」


 最後に俺が胸を張る。


「赤城太陽! 高校二年生です!」


「声が大きい!」


「すみません!」


 俺の声だけは聞こえたらしい。


 博士は満足そうに頷いた。


「細かいことは明日説明する! 今日からお前たちは、地球を守る秘密戦隊シークレットファイブじゃ!」


「はい!」


「返事がよい!」


 博士が俺を指さした。


「そしてレッド。お前を隊長に任命する!」


「俺が?」


「適合値が最も高かった。それに、最初に前へ出たのはお前じゃ」


「でも、俺が一番経験がありません」


 四人を見る。


 蒼井さんは敵の弱点を一瞬で見抜いた。


 ひかりさんは巨大な攻撃を受け止めた。


 黒守さんは俺たちに見えない危険を止めた。


 美咲さんは戦闘と救助を同時にやっていた。


 俺だけが、今日初めて戦った。


「経験は後から増える」


 博士が補聴器を入れた。


 さっきまでとは違う、静かな声。


「隊長の仕事は、一番強いことではない。一番多く敵を倒すことでもない」


 博士は五人全員を見る。


「全員を生きて帰すことじゃ」


 俺はもう一度、四人を見る。


 今日初めて会った。


 何をしている人なのかも、まだよく知らない。


 それでも、戦っている間は俺の背中を守ってくれた。


「分かりました」


 俺はまっすぐ博士を見る。


「俺、みんなが帰ってこられる隊長になります!」


 四人が少しだけこちらを見た。


 美咲さんはまた眩しそうに目を細めた。


 蒼井さんは何も言わない。


 ひかりさんはわずかに笑った。


 黒守さんは俺の頭の上を見ている。


 まだクロという何かがいるのかもしれない。


「正式な規則と装備説明は明日行います」


 白石さんが資料をまとめる。


「本日は解散してください」


「分かりました!」


 俺は四人へ向き直る。


「じゃあ、また明日!」


 美咲さんが腕時計を見る。


「明日も仕事なのよね……」


「予定は未定だ」


 蒼井さんが答える。


「帰還できれば参ります」


 ひかりさんが頭を下げる。


「夜が明ければ」


 黒守さんが言う。


「みんな忙しいんですね!」


 四人が同時に、何とも言えない顔をした。


「まあね」


 美咲さんが代表して答えた。


     ◇


 基地を出ると、四人はそれぞれ別の方向へ歩いていった。


 美咲さんは細い路地へ入る。


 鞄から桃色の小さな何かが顔を出した。


『美咲ちゃん! 駅前に絶望獣だよ!』


「今行く。五分だけ座らせて」


 疲れているのに、また会社の後輩に呼び出されたらしい。


 社会人は大変だ。


 蒼井さんは黒い車へ乗り込む。


『残りの核弾頭を確認した』


「位置を送れ」


 核弾頭という商品があるのだろうか。


 海外物流は大変だ。


 ひかりさんの足元には黄色い光の円が現れた。


『勇者様! ザイード将軍がお待ちです!』


「まだ待っていたのですか」


 大学の先生か先輩に呼ばれているらしい。


 大学生も大変だ。


 黒守さんの電話から、低い男性の声が聞こえた。


『夜子。封印が一つ開いた』


「分かりました。今から戻ります」


 神社の戸締まりに問題があったのだろう。


 家業も大変だ。


 俺は自転車で学校へ戻ることにした。


 怪人と戦っている間に、追試の範囲が書かれた紙を校庭へ落としてしまった。


 途中で健太から電話がかかってくる。


『太陽、無事か!?』


「無事だ!」


『今までどこにいたんだよ!』


「地球を守ってた!」


『真面目に答えろ!』


「真面目だ!」


『まあいい! 明日の追試のプリント、持って帰ったか?』


 自転車を止める。


 鞄の中を見る。


 教科書。


 弁当箱。


 英語の答案用紙。


 給食の献立表。


 追試のプリントはない。


「……校庭に落とした」


『何やってるんだよ!』


「世界は守れたけど、追試は守れなかった!」


『何の話だよ!』


 俺は自転車を全力でこぎ始めた。


 こうして俺たち、秘密戦隊シークレットファイブは結成された。


 少し変わった人たちだけど、きっと全員、普通の人だ。


 少なくとも、その日の俺は本気でそう思っていた。

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