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秘密戦隊シークレットファイブ ~戦隊やってて副業はありなんですか?~  作者: 芦名 雅


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第13話 魔法少女は華やかでもなんでもない

「しらいしくううううううん!」


 秘密防衛機構SDF本部の廊下に、天才寺源一郎博士の大声が響き渡った。


 その声を聞いた職員たちは、一瞬だけ顔を上げ、すぐに何事もなかったように自分の仕事へ戻った。


 博士が白石しおりを呼ぶ声は、今や基地内の時報に近い。


 朝に一度。


 昼に二度。


 調子のよい日は夕方にも響く。


「はいはい。今日は何事ですか」


 戦闘管制室から研究室へやって来た白石しおりは、扉を開ける前から疲れた声を出していた。


「見ろ! これを!」


 博士は満面の笑みを浮かべ、二枚の紙を白石の目の前へ突き出した。


「これは?」


「最近できたギアノスランドのチケットじゃ!」


 白石は黙ってチケットを見た。


 派手な色の紙面には、巨大な城と観覧車、そして両手を広げた黒い機械兵らしきマスコットが描かれている。


 上部には大きく、


『家族と恋人と帝国の夢を! ギアノスランド!』


 と書かれていた。


「博士」


「何じゃ、白石君」


「そのギアノスランドって、どう考えてもギアノス帝国関連じゃないんですか」


「ほっほっほっほ!」


 博士は腹を抱えて笑った。


「白石君ともあろう者が、何を言っておるんじゃ!」


「笑うところですか」


「いくらギアノス帝国が、わしより劣る頭脳しか持っておらんとしてもじゃ。そのままの名前で遊園地を経営するわけがなかろう!」


「そうでしょうか……」


 白石はチケットに描かれたマスコットを見つめた。


 どう見てもギギンだった。


 正確には、ギギンに帽子をかぶせただけだった。


(ドリアとドリアンを間違えて、洗脳線香を作るような連中だし……)


 あり得ないとは言い切れなかった。


 むしろ非常にあり得る。


「それで、そのギアノスランドのチケットがどうしたんですか?」


「白石君!」


 博士は突然、白石の両肩をつかんだ。


「このチケットを持って、至急駅前へ行くのじゃ!」


「意味が分かりません」


「ラブラブパワーじゃ!」


 博士は机の上から、何本ものコードが伸びた小型測定器を持ち上げた。


「このチケットで駅前におる誰かを誘い、その際に発生するラブラブパワーを測定するのじゃ!」


「まだその研究を続けていたんですか……」


「もちろんじゃ! 愛は世界を救う! ならば愛を測定し、武器へ転用すれば世界平和は一歩前進する!」


「嫌です」


「なぜじゃ!」


「私にも、誰を誘うか選ぶ権利があります」


「うむ」


「それに、上司が部下へ異性を誘えと命じるのは、普通にセクハラです」


「む!」


 博士の顔から笑みが消えた。


「それはいかん!」


 次の瞬間。


 博士は二枚のチケットを重ね、その場で勢いよく破り始めた。


 ビリッ。


 ビリビリッ。


「あっ!」


「これでセクハラなどなかったのじゃ! 万事解決じゃ!」


 細かく裂かれたチケットが、紙吹雪のように研究室へ舞った。


 白石は床へ落ちる紙片を呆然と見つめる。


「そんな、破らなくても……」


「何じゃ。行きたかったのか?」


「……一人でも」


 白石は小声で答えた。


「ならば最初からそう言えばよいではないか!」


「博士が勝手に破ったんでしょう!」


      ◇


 同じ頃。


 ギアノス帝国では、月例事業報告会が開かれていた。


 広い会議場の最奥。


 巨大な玉座に座る機皇帝ゼノギアが、左右へ並ぶ参謀や将軍たちを見渡す。


「度重なる作戦の失敗により、我が帝国の開発費は一時的に乏しくなった」


 重々しい声が会場へ響く。


「ゆえに、この皇帝自らが一時的に指揮を執った経営戦略。それが順調に成果を上げているようだな」


「さすが皇帝陛下!」


「恐るべき経営手腕!」


「戦場だけでなく市場すら制圧なさるとは!」


「我らには到底及ばぬ深謀遠慮!」


 参謀や将軍たちが一斉に皇帝をたたえる。


 ヴォルガードは力強く拳を握り、メルディアは静かに頭を下げ、ノアは端末へ拍手の回数を記録していた。


「では、今日の事業報告を始めよ」


「はっ!」


 運営部門を担当する参謀が立ち上がる。


「ギアノスランドは、開園から三か月。順調に来場者数を伸ばしております」


 背後の大型画面へ、右肩上がりのグラフが表示された。


「当初はファミリー層を主な対象としておりました。しかし開園一か月後から、町中へ配したギギンたちを使い、ある噂を広めました」


「噂?」


「はい。ギアノスランド中央公園の大樹の下で告白したカップルは、必ず幸せになるというものです」


「ほう」


「この噂が若年層に広まり、十代から二十代の来場者が急増しました」


 画面に、手をつないだ若い男女の写真が映る。


 その背後では、ギギンが木の陰から無表情に親指を立てていた。


「また、今月からはシニア割引を開始。これに合わせ、朝五時から時代劇パレードを実施しております」


「朝五時?」


「はい。朝早く目覚め、時間と金を持て余しているシニア層へ非常に強く刺さりました」


 次の写真には、侍姿のギギンを追いかける高齢者たちが写っていた。


「結果、全年齢層の来場者数は、開園当初と比較して三百パーセント増となっております」


「うむうむ。よくやっているぞ、皆の者」


「ははっ!」


 会場へ安堵が広がる。


 その中で、参謀の一人が恐る恐る手を挙げた。


「皇帝陛下。よろしいでしょうか」


「何だ」


「このギアノスランドへ来場する人間たちへ洗脳を施せば、さらに効率よく帝国臣民を増やせるのではないでしょうか」


「おお!」


「確かに!」


「入場者全員を洗脳すれば、売上と兵力を同時に確保できる!」


 会場のあちこちから感嘆の声が上がった。


 次の瞬間。


 ゼノギアの拳が机へ叩きつけられた。


 轟音。


 頑丈な金属製の机が、跡形もなく消し飛んだ。


「愚か者どもが!」


 全員が凍りつく。


「ここまで来るために、ギギンたちがどれほど苦労したと思っている!」


「へ、陛下……?」


「もし来場者へ洗脳など行い、SDFに嗅ぎつけられてみろ! ギアノスランドは行政処分を受けて営業停止だ!」


 皇帝の声が会議場を震わせる。


「夏休みに来園することを楽しみにしている子どもたちはどうなる!」


「はっ!」


「夏に青春をしようとする若者たちはどうなる!」


「ははっ!」


「畑仕事以外に楽しみを見いだせぬシニア層はどうなると思っている!」


「も、申し訳ありません!」


「貴様らはそれでも帝国の端くれか!」


「ははあっ!」


 参謀たちは一斉に床へひれ伏した。


 ゼノギアはゆっくりと立ち上がる。


「よいか。帝国とは人なのだ!」


「帝国とは人……!」


「安易な力に頼ってはならん! 信頼を積み重ね、雇用を守り、顧客満足度を高めてこそ、真の帝国経営である!」


 歓声と拍手が会場を包んだ。


「皇帝陛下万歳!」


「従業員第一!」


「顧客満足度第一!」


「ギアノス帝国に栄光あれ!」


 もしこの場に白石しおりがいたなら、おそらくこう尋ねただろう。


 転職を考えているのですが、こちらの福利厚生はどうなっていますか、と。


      ◇


 ピンクこと桃園美咲は、この三か月、多忙を極めていた。


 理由は、最近開園したギアノスランドである。


 遠方から大勢の客が押し寄せ、周辺ではレンタカーの利用者が急増した。


 慣れない道での接触事故。


 駐車場へ入ろうとして起きる追突事故。


 土産を積みすぎた車の荷崩れ。


 時代劇パレードへ間に合おうと急いだ高齢者による物損事故。


 損害保険会社の事故対応担当である美咲の机には、毎日新しい案件が積み上がった。


 だが、美咲を苦しめているのは、表の仕事だけではない。


 遊園地という場所には、人々の感情が集まる。


 子どもの喜び。


 家族で過ごす幸福。


 絶叫マシンへ乗る恐怖と興奮。


 告白を控えた若者たちの期待と緊張。


 朝五時から時代劇パレードを待つ老人たちの高揚。


 そうした人間の強い感情エネルギーへ、希望魔法少女ミラクルブロッサムが戦う敵は引き寄せられる。


 必然的に、美咲の魔法少女としての出撃回数も異常な数へ達していた。


 昼は事故対応。


 夜は魔法少女。


 休日には遊園地周辺で敵が出現し、平日には会社へ事故報告が届く。


 ギアノスランドが繁盛すればするほど、美咲の仕事は増えていった。


 しかも。


 ギアノスランドの従業員たちは、どう見てもギギンだった。


 案内係も。


 清掃員も。


 売店の店員も。


 黒い身体に赤く光る目。


 話す言葉は、


「ギギン!」


 だけ。


 制服と帽子を身につけてはいるが、どう見てもギギンである。


 それでもSDFは、ギアノスランドへ一度も正式な調査を行っていない。


 天才寺博士が、


「自分たちの名前をそのまま付け、部下を堂々と従業員にするほど馬鹿な連中ではあるまい!」


 と断言したからだ。


 絶対に怪しいのに、である。


 しかし悲しいかな。


 企業に属する桃園美咲は、上からの命令には絶対服従なのである。


      ◇


「……もう私、死ぬかもしれないわ」


 十二連勤を終えた夜。


 桃園美咲は自宅のソファへ沈み込み、天井を見つめながら呟いた。


 テーブルには飲みかけの栄養ドリンク。


 床には脱いだジャケット。


 鞄からは事故報告書と魔法少女用の通信具が同時にはみ出している。


「大丈夫だよ、モモちゃん!」


 手のひらほどの大きさの妖精が、美咲の顔の前を飛び回った。


「先週もスーパー銭湯とマッサージに行ったじゃないか!」


「そうだね……ビール、おいしかったね……」


 美咲の声には生気がなかった。


「私、もう十五年も魔法少女やってるけど、ここまで忙しかったことないんだけど……」


「ギアノスランドが大人気だからね!」


「嬉しそうに言わないで」


 美咲はクッションへ顔を埋める。


「そろそろ若い世代へ交代するとか、応援が来るとか、そういう話はないの……?」


「駄目だよ、モモちゃん!」


 妖精は慌てて否定した。


「モモちゃんほどの実力者がいなくなったら、大変なことになるよ!」


「だったら早く後任を育ててよ!」


「東のネズミーランドと、西のウニバーサルにいる魔法少女くらいじゃないと、モモちゃんの穴は埋められないんだ!」


「そこにもいるの?」


「いるよ!」


「じゃあ、どっちか呼んでよ!」


「向こうも忙しいから無理だよ!」


「だったら後任を育てて!」


「目下、鋭意対応中だよ!」


 美咲はゆっくり顔を上げた。


「その台詞、十年は聞いてるんだけど……」


「人材育成には時間がかかるんだ!」


「十年あれば、小学生が成人するわよ」


 美咲は妖精をじっと見つめた。


「そもそも、どうして博士は魔法少女の研究をしないのよ……」


「え?」


「この妖精を解剖して、力だけ取り出して、私の代わりに戦える機械でも作ってほしいわ……」


 妖精の身体が突然震えた。


「どうしたの?」


「……何やら、強い闇の波動を感じるよ」


「私だけど」


「新手の敵かと思った……」


「冗談よ」


「目が本気だったよ、モモちゃん!」


 その時。


 鞄の中の通信具が激しく明滅した。


「モモちゃん! 大変だ!」


「今度は何……」


「ギアノスランドの中で反応があるよ!」


 美咲の顔から表情が消えた。


「嘘でしょ……」


「今日は新しいパレードの初日なんだ! いつも以上に人の感情エネルギーが集中してるから、奴らが来たんだよ!」


「私、十二連勤明けなんだけど……」


「知ってるよ!」


「限界なんだけど……」


「その台詞は十年聞いてるけど、毎回切り抜けてきたから大丈夫だよ!」


「何の励ましにもなってないわよ」


 美咲は大きなため息をついた。


「最近はギアノス帝国が現れないから、何とか持っていたのに……」


 戦隊の敵が出ない日は、魔法少女として出撃する。


 魔法少女の敵が出ない日は、保険会社で事故対応をする。


 どちらも出なかった日だけが、本当の休日だった。


 そしてギアノスランドが開園して以来、そんな日はほとんどない。


「行くしかないのよね」


「さすがモモちゃん!」


「褒めても何も出ないから」


 美咲は立ち上がり、魔法少女用の変身具を握る。


 一瞬、戦隊用の端末へ目を向けた。


 だが今回は、ギアノス帝国の怪人ではない。


「シークレットチェンジじゃなくて、こっちか……」


 鏡の中には、二十八歳の会社員が映っている。


 目の下には薄い隈。


 髪は少し乱れ、疲れた顔をしている。


 その自分が、これからフリルとリボンだらけの衣装へ変わる。


「……もうこの歳で、この格好は本当にきついのよ」


「モモちゃんはまだまだ現役だよ!」


「そういう意味じゃない!」


 美咲は変身具を掲げた。


「咲き誇れ、希望の花! ミラクルチェンジ!」


 眩い光と花びらが部屋を包む。


 仕事着が、ピンクと白を基調にしたドレスへ変わる。


 胸元には大きなリボン。


 短いスカート。


 膝まであるブーツ。


 髪には花を模した飾り。


 希望魔法少女ミラクルブロッサムが、鏡の前へ現れた。


 ブロッサムは自分の姿を見つめ、両手で顔を覆った。


「本当にきつい……」


「今日もかわいいよ、モモちゃん!」


「だいたい、どうしてシークレットファイブは世間にほとんど認知されていないのに、魔法少女は普通に知られているのよ!」


「長年の活動実績だね!」


「十五年もやってるからでしょうが!」


 ブロッサムは窓を開ける。


「本当に、あの博士にこの精霊を解剖してもらおうかしら……」


「また闇の波動が強くなったよ!」


「冗談だって言ってるでしょう!」


 そう叫びながら、ミラクルブロッサムはギアノスランドへ向かった。


      ◇


 同じ頃。


 赤城太陽は、クラスメイトたちと一緒にギアノスランドを訪れていた。


 実は太陽は、頭はあまり良くないが、かなりモテる。


 ただし本人には、その自覚がまったくなかった。


「赤城君、次はどこへ行く?」


「太陽、こっちのアトラクション空いてるよ!」


「一緒に写真撮ろうよ!」


 女子たちから次々と声を掛けられても、太陽はただの友人同士の会話だと思っている。


「待ってくれ! みんなで行こうぜ!」


 誰か一人が太陽を誘えば、別の女子が割り込む。


 そのため、園内で有名な告白スポットである中央公園の大樹へ、誰も太陽を二人きりで連れていけない。


「今日から新しいパレードが始まるんだろ?」


 男子生徒の一人が、人混みを見渡した。


「今日は一段と人が多いな」


「そうだな!」


 太陽は楽しそうに答える。


「それにしても、ありがとうな、太陽」


「何が?」


「この人数分のチケットだよ。どうやって手に入れたんだ?」


「博士がくれたんだ」


 クラスメイトたちは顔を見合わせた。


「博士って何の隠語だよ」


「相変わらず太陽は面白いな」


「隠語じゃないぞ。本当に博士だ」


「はいはい」


 誰も信じなかった。


 実際は、博士が白石の目の前で破り捨てたチケットとは別に、宣伝用としてSDFへ送られてきた招待券を、白石が太陽へ譲ったのである。


「パレード、そろそろ始まるぞ!」


「見に行こうぜ!」


 一行は中央広場へ向かった。


 広場は、すでに多くの観客で埋め尽くされていた。


 家族連れ。


 若いカップル。


 学生。


 朝五時から時代劇パレードを見た後も園内へ残っている高齢者たち。


 期待と興奮が、目に見えない巨大な渦となっている。


 そして、そのエネルギーを狙って。


 広場の中央へ、黒い影が落ちた。


『集まれ……喜べ……もっと心を震わせろ……!』


 歪んだ声とともに、地面から巨大な怪物が姿を現した。


 黒い身体。


 無数の口。


 胸には、吸い込んだ感情エネルギーを蓄える赤い結晶。


 しかし、観客から上がったのは悲鳴ではなかった。


「おお!」


「新しいショーだ!」


「すごい着ぐるみ!」


「パレードの敵役じゃない?」


 誰も逃げない。


 むしろ、よく見ようと前へ集まってくる。


『もっとだ……もっと楽しめ……その心を我に捧げろ!』


「悪役の演技、迫力あるな」


「声もすごい!」


 怪物は両腕を広げ、観客の感情エネルギーを吸収し始めた。


 子どもたちの頬から笑みが消える。


 若者たちは急に気力を失い、その場へ座り込む。


 高齢者たちは、


「朝五時から起きていたから眠くなった」


 と、自分たちの疲労だと思い込んでいた。


 その時。


 広場の上空から、無数の花びらが舞い降りた。


「そこまでよ!」


 桃色の光とともに、ミラクルブロッサムが着地する。


 観客から、さらに大きな歓声が上がった。


「魔法少女だ!」


「新しいパレード、魔法少女ものなんだ!」


「写真撮っていいのかな?」


 ブロッサムは怪物へ杖を向ける。


「人々の希望を奪う者! 希望魔法少女ミラクルブロッサムが――」


 そこまで言って。


 観客の中に、見覚えのある顔を見つけた。


 赤城太陽。


 美咲の思考が止まる。


(まずい)


(まずい、まずい、まずい!)


(この姿が私だとバレたら死ぬ!)


 物理的ではない。


 社会的に死ぬ。


 シークレットファイブの仲間には、自分が魔法少女であることを明かしていない。


 それ以前に、二十八歳の会社員が、フリルとリボンだらけの衣装で戦っているところを、高校生の同僚に見られる。


 美咲にとっては、怪人に敗北する以上の恐怖だった。


(アラサーが魔法少女の格好とか、マジで死ぬ!)


 ブロッサムは反射的に顔を背けた。


『隙あり!』


 怪物の腕が振り下ろされる。


「きゃっ!」


 ブロッサムは辛うじて避けた。


 だが太陽に顔を見られないよう、常に背中か横顔を向けながら動くため、普段のような華麗な戦い方ができない。


「おお、すげぇ!」


「本当に当たってるみたい!」


「最近のショーって迫力あるな!」


 観客は演出だと思っている。


 太陽のクラスメイトたちも同じだった。


 怪物の爪がブロッサムの肩をかすめる。


「くっ……!」


「どうしたの、モモちゃん!」


 精霊が耳元へ飛んでくる。


「いつものモモちゃんなら、ラブリーハートでもっとキュートに動けるよ!」


「黙れ!」


「え?」


「今それを言うな! 名前がバレたらどうするのよ!」


「でも、モモちゃんの魔法少女パワーが黒く濁ってるよ!」


「誰のせいだと思ってるの!」


「疲労と怒りと羞恥心が混ざって、すごくイカした色になってる!」


「解説しなくていい!」


 ブロッサムは杖で怪物の攻撃を受け止める。


 十二連勤明け。


 睡眠不足。


 そして正体がバレる恐怖。


 本来の半分も力を出せていない。


「このままじゃ危ない!」


 妖精が周囲を見渡した。


「あっ!」


 妖精が太陽の方を向く。


「あそこから、ものすごく大きな力を感じる!」


「ちょっと、待ちなさい!」


 ブロッサムが止める間もなく、妖精は太陽のもとへ飛んでいった。


「助けて、男の人!」


「何だ、これ?」


 太陽は目の前に現れた小さな妖精を見つめる。


 クラスメイトの一人が太陽の肩を叩いた。


「あれじゃないか?」


「何が?」


「よくある、観客を巻き込むタイプの劇だよ」


「なるほど!」


「さすがだな、お前。目立つから選ばれたんだろ」


「そうか!」


 太陽は妖精へ向き直る。


「俺の助けが必要なのか!」


「必要だよ!」


「任せてくれ!」


 ブロッサムの顔から血の気が引いた。


「待って!」


 だが遅かった。


 太陽は何も考えず、戦隊用端末を掲げた。


「シークレットチェンジ!」


 赤い光が広場を包む。


 装甲が展開され、ヘルメットが形成される。


 シークレットレッドが、観客の前へ堂々と姿を現した。


 一瞬の静寂。


 そして。


「おおおおおっ!」


 観客から大歓声が上がった。


「戦隊まで出てきた!」


「魔法少女と戦隊のコラボショーだ!」


「変身すごい!」


「最近のバーチャルリアルは本物みたいだな!」


 誰一人、本物の変身だとは思っていない。


「人々を楽しませるショーを邪魔する奴は許さない!」


 レッドは怪物を指さした。


『貴様も、その心の力を我へ差し出せ!』


「断る!」


 レッドが怪物へ突進する。


 怪物の拳とレッドの拳が正面からぶつかり、衝撃波が広場を走った。


 観客はさらに盛り上がる。


「すげぇ!」


「火薬まで使ってる!」


「安全距離、大丈夫なのか?」


 ブロッサムは顔を手で覆った。


「どうして何も考えず変身できるのよ……!」


「でも助かったね、モモちゃん!」


「私の精神は全然助かってない!」


 怪物がレッドを押し返し、続けて黒い光弾を放つ。


 レッドは両腕を交差させて受け止めた。


 その隙に、ブロッサムが杖を振る。


「ブロッサム・フラワーシュート!」


 桃色の花びらが刃となり、怪物の背中へ降り注いだ。


『ぐおおっ!』


「今だ!」


 レッドが再び間合いへ飛び込む。


 だが怪物は胸の結晶から衝撃波を放った。


 レッドとブロッサムが同時に吹き飛ばされる。


 レッドは受け身を取り、すぐに立ち上がった。


 ブロッサムは地面を何度も転がり、売店の前で止まる。


「痛たた……」


 顔を上げると、すぐ目の前に何かが落ちていた。


 ギアノスランド公式商品。


『ギギンなりきりお面 千二百円』


 どう見てもギギンの顔だった。


 ブロッサムの目が光る。


「これだ!」


 お面を拾い、すぐに顔へ装着する。


 視界は非常に悪い。


 だが、正体がバレるよりはよい。


「俺も戦うぞ!」


 レッドが駆け寄ってきた。


「魔法少女の……」


 一瞬、言葉に詰まる。


「……お姉さん!」


「違います」


「え?」


「少女です」


「でも、何か雰囲気が……」


「違います!」


「声も少し大人っぽいような……」


「魔法少女です! なので、あなたより年下です!」


「え? でも……」


「来ますよ!」


 怪物が突進してくる。


「分かった!」


 レッドは考えることをやめた。


 ブロッサムとレッドが左右へ分かれる。


 怪物は両腕を伸ばし、二人を同時に捕らえようとした。


 レッドが正面から腕を受け止める。


「今だ! 魔法少女の……少女!」


「その呼び方もやめて!」


 ブロッサムが杖を掲げる。


「希望の花よ、悪しき心を包みなさい!」


 地面から桃色の蔓が伸び、怪物の両脚へ絡みつく。


『この程度で!』


 怪物が力任せに引きちぎろうとする。


 しかしレッドが怪物の腕をつかみ、その場へ押し込んだ。


「逃がさないぞ!」


『貴様の力……何だ、この熱は!』


「俺はみんなが楽しんでるのを邪魔されるのが、一番嫌いなんだ!」


 レッドの身体から、赤い光があふれ出す。


 それは太陽のように真っ直ぐな、強い陽の力だった。


 ブロッサムの杖が、その光へ反応する。


「モモちゃん!」


 妖精が叫ぶ。


「レッドの力と、モモちゃんの希望の力が共鳴してる!」


「それなら――」


 ブロッサムは杖の先をレッドへ向けた。


「私の力を合わせます!」


「分かった!」


「本当に分かってる?」


「分からないけど、やってみる!」


「でしょうね!」


 ブロッサムは深く息を吸う。


 疲労も。


 怒りも。


 羞恥心も。


 今だけはすべて押し込めた。


「咲き誇れ、希望の花!」


 杖の先へ巨大な桃色の花が開く。


「ミラクル・ブロッサム・シャイニング!」


 眩い光がレッドの右腕へ流れ込む。


 赤い装甲が桃色の花びらに包まれた。


「シークレット――」


 レッドが拳を引く。


「ブロッサム・バーニングフィニッシュ!」


「勝手に名前を混ぜないで!」


「行くぞおおおおっ!」


 レッドが走る。


 ブロッサムの魔法が、その背中を押す。


 赤と桃色の光をまとった拳が、怪物の胸の結晶へ突き刺さった。


『感情エネルギーが……希望へ変わっていく……!』


 怪物の身体へ、無数の亀裂が走る。


「これで終わりだ!」


『ぐおおおおおおっ!』


 大爆発。


 桃色の花びらと赤い光が、空一面へ舞い上がった。


 一瞬の静寂。


 やがて。


「うおおおおおおっ!」


 広場全体が揺れるほどの歓声が上がった。


「すごい!」


「最高のショーだ!」


「魔法少女と戦隊の合体技!」


「もう一回見たい!」


 レッドは観客へ手を振った。


「ありがとう!」


 そして隣を振り向く。


「魔法少女の……」


 誰もいない。


「あれ?」


 地面には、ギギンのお面だけが転がっていた。


「どこへ行ったんだ?」


「最後に消えるところまで演出なんだ!」


「すげぇ!」


「お面だけ残すなんて意味深だな!」


 クラスメイトたちが興奮しながらレッドを囲む。


「太陽、すごかったぞ!」


「お前、本当に劇団員だったのか!」


「いや、違うぞ」


「またまた!」


 誰も信じない。


 レッドは首を傾げながらも、結局一緒に笑った。


      ◇


 ギアノスランドの建物裏。


 桃園美咲は変身を解除し、壁へ背中を預けていた。


「はぁ……はぁ……」


 十二連勤明けの身体で全力戦闘を行ったため、呼吸が整わない。


「何とか……誤魔化せた……」


「よかったね、モモちゃん!」


 妖精が笑顔で飛び回る。


 美咲はゆっくり顔を上げた。


「お前」


「何?」


「年々、私の正体を隠す気がなくなってるだろ!」


「何のことか分からないよ、モモちゃん!」


「戦闘中に何度モモちゃんって呼んだと思ってるのよ!」


「でも本名じゃないよ!」


「十五年も活動してる魔法少女の愛称としては十分特定材料になるの!」


「あっ、そういえば!」


 妖精は急に手を打った。


「何よ」


「モモちゃんの師匠がいたよね!」


「話をそらさないで」


「その人が、さっきこの場所のエネルギーの流れを変えてくれたみたい!」


 美咲の目が少しだけ開いた。


「どういうこと?」


「ここへ集まっていた人々の感情エネルギーが、敵を呼び寄せる形じゃなくて、人々の希望へ戻るように調整されたんだ!」


「ということは……」


「これからは敵の出現が減るよ!」


 美咲の顔に、久しぶりの安堵が浮かんだ。


「本当に?」


「うん!」


「もう、休みの日に呼び出されなくていいの?」


「たぶん!」


「たぶん?」


「ほぼ!」


「ほぼ?」


「かなり!」


「どんどん信頼度が下がってるんだけど」


 それでも、今までよりはましになる。


 美咲は壁へ頭を預け、静かに目を閉じた。


「これで、少しは休める……」


 その時。


 携帯電話が鳴った。


 画面には、


『会社』


 と表示されている。


 美咲は目を開けた。


「嫌な予感しかしない……」


 だが社会人として、出ないという選択肢はない。


「はい、桃園です」


『あ、桃園君? 休みのところ悪いね』


「はい……」


『ギアノスランド周辺の事故案件が、大量に上がってきて困っていてね』


「私、十二連勤明けなんですけど……」


『あ、大丈夫』


「何がですか」


『労働基準法的には、あと一日いけるから!』


「その理論、初めて聞きました」


『会社のことを心配してくれるなんて、さすが桃園さんだね。じゃあ午後一からよろしく』


「ちょっと待っ――」


 電話が切れた。


 美咲はしばらく携帯電話を見つめた。


 そのまま、ゆっくりと前へ倒れる。


「モモちゃん?」


 返事はない。


「モモちゃん!」


 精霊が慌てて美咲の周りを飛び回る。


「モモちゃーん!」


 その声が建物裏へ響く。


「モモチャーーーーーン!」


 そして、誰にも届かないまま、遠くへこだましていった。


      ◇


 翌日。


 SDF本部。


「ギアノスランドが人気だそうじゃな、白石君!」


 博士は新聞を広げながら言った。


「はい。何でも昨日から始まった新しいショーが、すごかったらしいです」


「魔法少女と戦隊ヒーローの共演と書いてあるぞ!」


「うちの戦隊ではありませんよね?」


「シークレットファイブは秘密の戦隊じゃ。人前で堂々と変身するような者がおるわけなかろう!」


「そうですよね」


 白石は深く考えないことにした。


「我々もシークレットランドを作るかのう!」


「それではシークレットの意味がないのでは……」


「冗談じゃ」


 博士は新聞を畳んだ。


「世界を守るのに忙しいのに、遊園地を経営しておる暇などないわ」


 白石は驚いたように博士を見る。


(珍しく、まともなことを言ってる……)


「何じゃ、その顔は」


「何でもありません」


「では、ラブラブパワー測定器の改良を始めるぞ!」


(前言撤回)


      ◇


 ギアノス帝国。


 再び開かれた事業報告会で、運営担当の参謀が困惑した顔をしていた。


「というわけで、本日の新パレードは無事成功しました」


「うむ」


「ですが、一点だけ確認したいことがございます」


「何だ」


「昨日行われた、魔法少女と赤い戦士のショーが大変好評だったとのアンケート結果が届いております」


 会場が静かになる。


「どこの部署が担当したのでしょうか。私は把握していないのですが……」


「俺も知らんぞ」


 ヴォルガードが腕を組む。


「私の企画ではありません」


 メルディアも首を振る。


「記録にありません」


 ノアも端末を確認する。


 ギギンたちへ視線が集まる。


「ギギン?」


 全員が一斉に首を振った。


 会場へ沈黙が落ちる。


 やがて、誰かがゆっくりと不在の皇帝席を見た。


 その日は、ゼノギアが外部企業との会食で席を外していた。


 一人の参謀が立ち上がる。


「……さすが皇帝陛下」


「なるほど!」


「我らの知らぬところで、あれほどの催しを!」


「不甲斐ない我らに代わり、自ら観客を楽しませてくださったのだ!」


「皇帝陛下万歳!」


「ギアノスランドに繁栄を!」


「ギアノス帝国に栄光あれ!」


 歓声が会議場へこだまする。


 その頃。


 外部企業との会食から帰る車内で、ゼノギアはくしゃみを一つした。


「風邪か?」


 運転を担当するギギンが、心配そうに振り返る。


「案ずるな。皇帝は健康管理も完璧だ」


「ギギン!」


 ゼノギアは満足そうに頷いた。


 自分の知らないところで、自分への評価がさらに上がっていることなど、もちろん知る由もなかった。

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