第11話 子どもとの約束は、在庫切れでは済まされません 後編
スピンドラーの胸部で、幾重もの円盤が回転を始めた。
甲高い駆動音が路地を満たし、空気そのものが細かく震える。
「忠誠拡散装置、最大出力!」
怪人が両腕を広げた瞬間、目には見えない波が周囲へ放たれた。
レッドの頭の奥へ、低い声が直接流れ込んでくる。
秩序へ従え。
考える必要はない。
機皇帝ゼノギアへ忠誠を誓え。
「くっ……!」
レッドは両手で頭を押さえた。
隣ではピンクとイエローも足を止め、ブルーが片膝をついている。
ブラックだけは、怪人が装置を起動する直前に札を地面へ投げていた。
「境を結び、邪なる声を拒みなさい」
黒い光の線が五人を囲み、半透明の壁となって立ち上がる。
頭の中へ響いていた声が遠ざかった。
ブラックは右手を掲げ、結界を維持しながら告げる。
「完全には遮断できません。ですが、これなら長時間浴びても直ちに操られることはないでしょう」
「助かった!」
レッドが顔を上げる。
「ただし、私が結界を維持している間は動けません」
ブラックの周囲で札が激しく震えていた。
怪人の電波は想像以上に強い。結界の表面へ波紋が広がるたび、ブラックの足元が少しずつ後ろへ滑っていく。
ブルーは立ち上がると、怪人ではなく路地の外へ目を向けた。
白石の指示を受けたSDF職員が、周辺住民の避難を始めている。
だが、映画館で使われた映像洗脳とは違い、今回は電波が広範囲へ拡散されていた。
怪人を放置すれば、避難した先でも影響を受ける可能性がある。
「ピンク。電波を受けた人間の処置はできるか」
「やってみます」
ピンクは胸元へ手を当て、桃色の光を集めた。
その光は普段の変身装置から発せられるものより柔らかく、花びらのような粒子を帯びている。
ブルーは一瞬だけ視線を向けたが、何も尋ねなかった。
シークレットファイブには、互いの秘密へ踏み込まないという暗黙の了解がある。
今必要なのは、力の正体ではない。
何ができるのか。
それだけだった。
「私が周囲の人たちを治します。その間、怪人をこちらへ近づけないでください」
「分かった!」
ピンクが路地の外へ走る。
スピンドラーはそれを見て、肩の発射口を開いた。
「逃がすものか! 回転刃、発射!」
鋼鉄の円盤がピンクの背中へ飛ぶ。
イエローが間へ入り、剣を横薙ぎに振るった。
金属音が響き、円盤が壁へ弾き飛ばされる。
「女性の背中を狙うとは感心しませんね」
「戦いに男も女もあるものか!」
「それは同意します。ですから、正面から相手をして差し上げます!」
イエローが踏み込む。
剣と怪人の腕が激突した。
衝撃で路地の窓ガラスが震え、積まれていた空き箱が吹き飛ぶ。
スピンドラーは体を回転させ、遠心力を乗せた拳を振り下ろした。
イエローは剣で受け止めるが、地面へ靴底が沈む。
「なかなかの力ですね!」
「我が全身には超高速回転機構が備わっている! 回れば回るほど威力は増すのだ!」
「では、止めれば弱くなるということですね」
「そういうことを本人の前で確認するな!」
レッドが反対側から跳び込み、怪人の脇腹へ蹴りを入れた。
スピンドラーの回転軸がぶれ、イエローへ掛かっていた圧力が緩む。
「ブルー! 今だ!」
「分かっている」
ブルーはすでに動いていた。
怪人の全身を観察し、回転機構の中心点を探す。
胸部装置。
両肩。
腰。
各部は独立して回転しているように見えるが、すべての力は背中の主軸へ集約されている。
ブルーは腰の装備から小型銃を抜いた。
照準を定める。
「背部中央。装甲の継ぎ目を狙え」
「承知しました!」
イエローが怪人の腕を押し返す。
レッドは低い姿勢から体当たりし、スピンドラーを半回転させた。
一瞬だけ、背中の継ぎ目がブルーへ向く。
銃声が三度響いた。
三発の弾丸は同じ場所へ正確に命中し、装甲の一部を砕く。
「ぐおっ!」
スピンドラーの回転が不規則になる。
だが、停止には至らない。
「そんな玩具の銃で、この俺を止められるものか!」
「玩具かどうかは、受けた側が決めることではない」
「どういう意味だ!」
「気にするな」
ブルーは銃を戻し、店内へ視線を移した。
爆弾の残り時間は二十二分。
怪人を倒しても、爆弾が消えるわけではない。
敵対組織が作った兵器と、ギアノクスの怪人は無関係だ。
むしろ戦闘の衝撃が起爆装置へ影響を与えれば、残り時間を待たずに爆発する可能性すらある。
『ブルー』
通信機から白石の声が届く。
『爆発物処理班は交通規制の影響で到着が遅れています。最短でも十八分です』
「残り時間は二十二分。解除に必要な時間を考えれば間に合わない」
『現場で処理する方法はありませんか』
「構造を解析中だ」
ブルーは短く答え、再び爆弾の情報を端末へ表示した。
外装は市販玩具を忠実に再現している。
内部には高性能爆薬。
複数の起爆装置。
傾斜感知。
振動感知。
遠隔信号。
時限装置。
解除を妨害するため、無理に外装を開けば即座に爆発する仕組みだ。
敵対組織らしい、悪意に満ちた構造だった。
「ブルー!」
レッドの声で意識を戦場へ戻す。
スピンドラーが両腕を高速回転させながら突進してきた。
ブルーは横へ跳ぶ。
怪人の腕が背後の壁を削り、石片が飛び散る。
「考え事とは余裕だな!」
「お前だけを相手にしているわけではない」
「何だと!」
ブルーは怪人の攻撃を避けながら、店内へ続く扉の位置を確認した。
爆弾を安全に解除できない。
遠くへ運び出すこともできない。
この場で爆発させれば、商店街一帯へ被害が出る。
ならば、爆発の威力を受け止められるものへぶつけるしかない。
ブルーの視線がスピンドラーへ向く。
怪人の装甲。
回転機構。
胸部の電波増幅装置。
そして、帝国技術特有の異常な耐久性。
「……使えるかもしれない」
「何か言ったか!」
レッドが怪人の拳を受け止めながら叫ぶ。
「作戦を思いついた」
「本当か!」
「だが、危険だ」
「いつものことだろ!」
「今回は失敗すれば、この周辺が吹き飛ぶ」
レッドの動きが一瞬だけ止まる。
スピンドラーがその隙を逃さず、回転蹴りを放った。
レッドは腕を交差させて受けたが、路地の端まで吹き飛ばされる。
「レッド!」
イエローが怪人へ斬りかかり、追撃を止めた。
レッドは壁へ背中を打ちつけながらも、すぐに立ち上がった。
「それでも、やるしかないんだろ」
「他の手段を探す時間がない」
「だったらやろう」
返事は早かった。
「何をすればいい」
ブルーは一秒だけレッドを見つめる。
根拠もなく楽観しているのではない。
危険を理解したうえで、自分にできることを尋ねている。
だからこそ、ブルーは余計な説明を省いた。
「店内の爆弾を、玩具の発射装置ごと怪人へ撃ち込む」
「……爆弾を?」
「怪人の胸部装置へ突き刺し、爆発を装甲の内側へ集中させる。外へ広がる衝撃は、ピンクとブラックに抑えてもらう」
「玩具って、回して飛ばすものだったよな」
「本来は競技台の上へ放つ。だが、ランチャーを改造すれば正面へ射出できる」
「改造する時間は?」
「三分」
「爆発まで二十分くらい」
「怪人が三分待ってくれればな」
スピンドラーが聞きつけ、笑い声を上げた。
「待つわけがないだろう!」
「だそうだ」
「じゃあ俺たちが三分作る!」
レッドがイエローへ向き直る。
「イエロー! 俺と一緒にこいつを止めてくれ!」
「当然です!」
「ブラックは結界を頼む!」
「承知しました。ただし、長くは保ちません」
路地の外から、ピンクの声が届いた。
「周囲の人たちへの処置は終わりました! 私も戻ります!」
「ピンクは爆発を抑える準備をしてくれ!」
「爆発!?」
「あとで説明する!」
「最近、そればかりですね!」
ピンクは困惑しながらも両手を広げた。
桃色の光が駄菓子屋と路地を包み始める。
「ブルー! 三分で頼む!」
「十分だ」
ブルーは店内へ飛び込んだ。
店主はすでにSDF職員によって避難している。
薄暗い店の奥。
棚の上で、スピンブレイカーに偽装された爆弾が赤い数字を刻んでいた。
残り十九分四十二秒。
ブルーは床へ膝をつき、工具を取り出す。
爆弾本体には触れられない。
まず、商品へ付属していた発射装置を分解する。
本来はひも状の部品を一気に引き抜き、その力で円盤を回転させる構造だ。
強度は子ども向け玩具の範囲を超えているが、爆弾を直線的に飛ばすほどではない。
ブルーは内部の安全装置を外し、ばねを圧縮する。
店内にある金属製の商品棚から支柱を抜き、発射レールへ加工。
腰の装備から小型推進薬を取り出し、後部へ接続する。
普通の高校生が見れば、何をしているのか理解できない速度だった。
だが、外では怪人の攻撃音が絶え間なく響いている。
「忠誠大回転!」
スピンドラーが体全体を独楽のように回し始めた。
レッドとイエローが左右から攻撃するが、拳も剣も弾き返される。
「近づけない!」
「ならば、回転そのものを止めます!」
イエローは剣を地面へ突き立てた。
黄色い光が地面を走り、怪人の足元へ集中する。
石畳が盛り上がり、回転する脚へ絡みついた。
「こんなもので!」
怪人が力任せに回転し、石を砕く。
だが、速度はわずかに落ちた。
「今だ、レッド!」
「うおおおおっ!」
レッドが真正面から飛び込む。
回転する怪人の両腕へ、自分の腕を絡めた。
装甲がこすれ、火花が散る。
「離せ!」
「三分間は、絶対に離さない!」
「そんなに持つものか!」
スピンドラーの回転が再び速くなる。
レッドの両足が地面から浮き、体ごと振り回された。
イエローが背後からレッドの腰を掴む。
「一人で格好をつけないでください!」
「助かる!」
「お二人とも、結界の外へ出ないでください」
ブラックが淡々と注意する。
「今それを言うのか!?」
「出れば洗脳されます」
「絶対に出ない!」
ブラックの結界へ亀裂が走った。
彼女の額に汗が浮かぶ。
ピンクは両手の間へ桃色の球体を作りながら、店内を振り返った。
「ブルー! まだですか!」
『あと六十秒』
通信から冷静な声が返る。
「怪人は六十秒も待ってくれそうにありません!」
『待たせろ』
「簡単に言いますね!」
スピンドラーの胸部装置が光る。
「まとめて吹き飛べ! 超回転衝撃波!」
円形の衝撃波が放たれた。
レッドとイエローが弾き飛ばされ、ブラックの結界へ直撃する。
黒い壁へ大きな亀裂が広がった。
ブラックが膝をつく。
「結界の維持が……」
「ブラック!」
ピンクが片手を伸ばし、桃色の光を結界へ重ねた。
黒と桃色の光が絡み合い、崩れかけた壁を支える。
「少しだけですが、力を送ります!」
「助かります」
「その代わり、爆発を防ぐ方が弱くなります!」
「爆発する前に怪人へ近づければよいのでしょう」
「言い方が怖いです!」
レッドは地面を転がりながらも立ち上がった。
イエローも剣を杖代わりにして体勢を戻す。
怪人は勝ち誇るように両腕を広げた。
「どうした、シークレットファイブ! 回転の力に敵う者などいない!」
「まだ終わってない!」
「何度来ても同じだ!」
レッドは再び走り出す。
だが、今度は真正面からではない。
路地の壁を蹴り、看板へ飛び乗る。
さらに屋根の縁を蹴って怪人の頭上へ跳んだ。
「上からだと!」
「回ってるなら、軸の上は動かない!」
レッドの拳が怪人の頭部へ直撃した。
スピンドラーの体勢が崩れる。
そこへイエローが足元を払った。
怪人が仰向けに倒れる。
「今です!」
レッドとイエローが左右の腕を押さえ込んだ。
スピンドラーは暴れるが、背中を地面へつけた状態では回転できない。
「離せ! この卑怯者ども!」
「五対一で戦ってる時点で今さらだ!」
「戦隊とはそういうものです!」
「開き直るな!」
『完成した』
ブルーの声が通信へ届いた。
店の扉が開く。
ブルーは玩具の発射装置とは思えない、細長い器具を両手で抱えていた。
先端には、爆弾へ偽装されたスピンブレイカーが固定されている。
「レッド。怪人を立たせろ」
「立たせるのか!?」
「胸部へ正面から撃ち込む」
「分かった! イエロー!」
「はい!」
二人は怪人の腕を掴み、力任せに引き起こした。
スピンドラーが何とか逃れようと体を回す。
だが、ブラックの札が足元へ貼り付き、影のような帯が両脚を縛った。
「その場から動かないでください」
「貴様、いつの間に!」
「先ほどです」
「具体的に言え!」
ピンクはブルーの前へ桃色の壁を展開した。
「発射後、すぐに全員を守ります!」
「頼む」
ブルーは発射装置を構え、照準を怪人の胸へ合わせた。
レッドが怪人を押さえながら叫ぶ。
「技の名前は!?」
「必要ない」
「必殺技には名前がいるだろ!」
「これは必殺技ではない」
「みんな見てるんだぞ!」
避難したはずの住民たちが、遠くの安全区域からこちらを見守っている。
SDFの撮影記録も残る。
爆弾を敵へぶつけただけだと知られれば、後で白石から厳しい報告書を求められる可能性があった。
ブルーは一瞬だけ黙った。
「……シークレット・スピンバースト」
「もっと二人で撃つ感じにしよう!」
「時間がない」
「シークレット・ダブルスピン!」
「それでいい」
「軽いな!」
爆弾の表示は残り十五分以上ある。
しかし、ブルーが発射装置へ組み込んだ振動によって、傾斜感知式の起爆装置が反応を始めていた。
端末に緊急表示が出る。
起爆まで十秒。
「全員、離れろ!」
レッドとイエローが同時に怪人を突き放す。
ブラックが札を引き、怪人の足を固定したまま後退する。
ブルーは発射装置をレッドへ渡し、自分も後部を支えた。
「出力を合わせろ」
「任せろ!」
「三、二、一」
二人は同時に引き金を引いた。
「「シークレット・ダブルスピン!」」
爆弾玩具が猛烈な回転とともに射出される。
金属の発射レールを離れた瞬間、小型推進薬へ火がついた。
円盤は赤い尾を引きながら一直線に飛ぶ。
「そんな玩具で何ができる!」
スピンドラーは胸を張り、受け止めようと両腕を広げた。
「玩具ではありません」
ブルーが静かに答える。
「それは本物の爆弾だ」
「何ぃっ!?」
爆弾は怪人の胸部装置へ突き刺さった。
一秒。
スピンドラーが自分の胸を見る。
二秒。
胸部の電波増幅装置が異常回転を始める。
三秒。
「ちょっと待て! それは帝国の作戦と関係が――」
爆発した。
凄まじい光が路地を埋め尽くす。
「ピンク!」
「はい!」
ピンクが両手を前へ突き出した。
桃色の球体が爆発を包み込む。
「ブラック!」
「承知しました」
ブラックが札を一斉に放つ。
球体の外側へ黒い格子状の結界が重なり、衝撃を路地の上空へ逃がす。
それでも抑えきれない熱風を、イエローが剣の一振りで切り裂いた。
レッドとブルーは発射装置を捨て、腕で顔を守る。
轟音が空へ抜けた。
しばらくして光が収まる。
路地の中央には、全身を黒く焦がしたスピンドラーが立っていた。
「ば……馬鹿な……」
胸部装置は完全に砕け、回転機構から煙が上がっている。
「他の組織が作った爆弾を……必殺技のように使うとは……」
レッドは拳を構える。
「子どもを苦しめるために作られたものなら、誰が作った物でも止めるだけだ!」
ブルーが横へ並ぶ。
「お前の電波増幅装置も停止した。残る危険はお前だけだ」
「おのれ……!」
怪人が最後の力を振り絞り、回転しようとする。
しかし主軸は動かない。
レッドが踏み込んだ。
「これで終わりだ!」
赤い光をまとった拳が、怪人の胸を貫く。
「シークレット・ブレイブフィニッシュ!」
「ギアノクス帝国に……栄光あれぇぇぇっ!」
スピンドラーの全身へ亀裂が走る。
爆発。
今度の爆発はピンクの壁へ軽く受け止められ、煙と火花だけを残して消えた。
路地へ静けさが戻る。
ブラックの結界が解ける。
ピンクは肩で息をしながら、周辺へ意識を向けた。
「洗脳電波は消えました。影響を受けていた人たちも、しばらく休めば元に戻ると思います」
「よかった!」
レッドが拳を握る。
イエローは爆発で壊れた発射装置を眺めた。
「先ほどの技は、博士が開発した新兵器なのですか?」
「違う」
ブルーは即答した。
「では、ブルーが作ったのですか?」
「現場にある物を組み合わせただけだ」
「三分でですか?」
「三分あった」
「答えになっていません」
ピンクも首を傾げる。
「あの爆弾について、ブルーは詳しかったですね」
「事前に情報を得ていた」
「どこからですか?」
「仕事の関係者だ」
それ以上、ブルーは説明しなかった。
ピンクもイエローも追及しない。
ブラックは一度だけブルーの手元に残った特殊工具へ目を向けたが、何も言わなかった。
五人の間には、知らない方がよいことがある。
それぞれが、それを理解し始めていた。
『みんな、無事ですか』
通信から白石の声が届く。
「怪人は倒した! 爆弾も処理した!」
『処理班からも爆発物反応の消失を確認しました。周辺への被害は軽微です』
「全部、ピンクとブラックのおかげだ!」
『そうですか。では、報告書にはそのように――』
博士の声が割り込む。
『おお! 見事な新必殺技じゃったぞ!』
「博士、見てたのか?」
『当然じゃ! 夜中にあれほど派手に爆発すれば目も覚める!』
『博士。現在は午後四時です』
『何っ! 白石くん、こんな昼間から寝ぼけておるのか!』
『寝ぼけているのは博士です』
『ところで、あの回転玩具はどこで買えるのじゃ?』
「爆弾だったんだって!」
『晩ご飯は餃子じゃと?』
「何も合ってない!」
『白石くん、今日の夕食は餃子にしよう!』
『勤務時間中です』
『では、仕事が終わってからじゃ!』
『博士は先ほどまで寝ていたでしょう』
通信の向こうで、いつもの会話が続く。
レッドは安心したように笑った。
だが、すぐに路地の奥へ視線を向ける。
焦げた爆弾の破片。
壊れた玩具の外装。
そして空になった駄菓子屋の棚。
「……約束した玩具、なくなっちゃったな」
レッドの声が小さくなる。
怪人を倒した。
爆弾も処理した。
街と子どもたちは守れた。
それでも、河川敷で交わした約束は残っている。
明日の夕方までに、スピンブレイカーを持っていく。
「店を回れば、まだ正規品が残っているかもしれません」
ピンクが励ますように言う。
「でも、今日だけであれだけ探して見つからなかったんだ」
「ネット販売は?」
イエローが尋ねる。
「全部売り切れ。売ってても、すごく高い転売品ばっかりだった」
レッドは拳を握った。
「俺、絶対に持っていくって言ったのに」
ブルーは何も言わず、端末へ残っていた流通情報を確認した。
国内在庫なし。
次回入荷未定。
正規メーカーは増産準備中。
通常の手段では、明日の夕方までに手に入れることは難しい。
「レッド」
「何だ?」
「約束の時間は、明日の夕方だったな」
「ああ」
「まだ破ったわけではない」
ブルーはそれだけ言うと、路地の出口へ歩き始めた。
「どこに行くんだ?」
「後処理だ」
「手伝おうか?」
「必要ない。お前は子どものところへ行く準備をしておけ」
「でも、玩具が」
「明日の夕方までは時間がある」
ブルーは振り返らなかった。
◇
翌日。
放課後を知らせる鐘が鳴ると同時に、赤城太陽は教室を飛び出した。
「太陽! 日直の仕事!」
「ごめん、明日二倍やる!」
「明日は日直じゃないだろ!」
クラスメイトの声を背中に受けながら階段を駆け下りる。
昇降口を出る。
だが、足取りは昨日ほど軽くない。
鞄の中には、渡すはずだった玩具が入っていない。
今朝も登校前に店を回った。
昼休みにもスマートフォンで在庫を確認した。
それでも、正規品は一つも見つからなかった。
約束した時間は迫っている。
「どうしよう……」
校門を出たところで、太陽のスマートフォンが震えた。
戦隊用通信ではない。
短いメッセージだけが表示されている。
『駅前のコインロッカー。三一七番』
送り主の名前はない。
だが、続けて届いた文面で誰なのか分かった。
『暗証番号は、昨日の爆弾の残り時間』
「ブルー?」
太陽は急いで駅へ向かった。
三一七番のロッカー。
昨日、発射装置が完成した時点の爆弾表示は十五分二十七秒。
太陽は「一五二七」と入力する。
扉が開いた。
中には、小さな紙袋が置かれていた。
太陽が震える手で取り出す。
紙袋の中にあったのは、新品のスピンブレイカーだった。
国内では売り切れている限定色。
箱には外国語のシールが貼られているが、正規メーカーの認証マークもある。
「本物だ……!」
箱の上へ小さなメモが載っていた。
『海外の知人が偶然保管していた。爆発物ではないことは確認済み』
最後までブルーらしい文章だった。
太陽はすぐに戦隊用通信を開く。
「ブルー! ありがとう!」
数秒後、低い声が返ってきた。
『礼は必要ない』
「でも、これ、どうやって手に入れたんだ?」
『海外の知人が持っていた』
「本当に偶然?」
『偶然だ』
「限定品みたいだけど」
『偶然だ』
「昨日の今日で日本まで届いたのも?」
『輸送手段については聞くな』
「……分かった!」
『それから、子どもへ渡す前に取扱説明書を読め』
「玩具だぞ?」
『使い方を誤れば怪我をする』
「ちゃんと読む!」
『お前が遊ぶのではない』
「ちょっとだけならいいだろ?」
『駄目だ』
「まだ何もしてないのに!」
通信が切れる。
太陽は笑いながら紙袋を抱え、河川敷へ走った。
昨日と同じ場所。
少年は土手へ座り、何度も道の方を見ていた。
太陽の姿を見つけると、立ち上がる。
「お兄ちゃん!」
「待たせたな!」
太陽は息を整え、紙袋を差し出した。
「約束のスピンブレイカーだ!」
少年は目を見開いた。
「本当に……?」
「ああ。本物だぞ。危ない物じゃないか、ちゃんと詳しい人にも確認してもらった」
「もらっていいの?」
「そのために持ってきたんだ」
少年は箱を胸へ抱えた。
昨日まで泣いていた顔に、ゆっくりと笑顔が広がる。
「ありがとう!」
「でもな」
太陽は少年の前へしゃがんだ。
「これを持ってるから偉いわけじゃない。持ってない人を馬鹿にする奴が偉いわけでもない」
「うん」
「それと、危ない遊び方はするなよ。人に向けて飛ばしたり、道路で回したりするのは禁止だ」
「分かった!」
「説明書も読むんだぞ」
「読む!」
「俺も読んでないけど」
「読んでから渡せと言ったはずだ」
突然、背後から低い声がした。
太陽が振り返る。
少し離れた土手の上に、私服姿の蒼井迅が立っていた。
もちろん太陽は彼の名前を知らない。
戦隊では互いを色で呼び、私生活を詮索しない。
それでも、声を聞けば分かる。
「ブルー?」
「その呼び方はやめろ」
「あ、ごめん」
少年が不思議そうに二人を見る。
「お兄ちゃんの友達?」
太陽は少し考えた。
「うーん……仕事仲間みたいなものかな」
「どんな仕事?」
「それは秘密だ!」
迅はため息をついた。
「子どもへ余計なことを言うな」
「でも、本当にありがとう。俺一人じゃ約束を守れなかった」
「俺は任務の後処理をしただけだ」
「それでもだよ」
太陽は真っ直ぐに迅を見る。
「街も守れて、約束も守れた。ブルーが一緒に探してくれたからだ」
迅は一瞬だけ黙る。
「約束したのはお前だ」
「うん」
「最後まで諦めなかったのもお前だ」
「でも、手に入れたのはブルーだろ」
「なら、次に誰かが困っていたら、お前が助ければいい」
「もちろん!」
太陽は迷わず答えた。
迅は小さく頷き、背を向ける。
「もう行くのか?」
「仕事がある」
「日曜日なのに?」
「休日とは限らない」
「大変だな」
「戦隊よりは待遇がいい」
「給料出るの!?」
迅は答えずに歩き去った。
「ブルーの仕事って何なんだろうな」
太陽が呟く。
少年は箱を抱えながら首を傾げた。
「青い仕事?」
「多分、そんな感じだ!」
まったく違う。
だが、迅は振り返って訂正しなかった。
◇
ギアノクス帝国が人間社会へ流通させた、洗脳装置付きスピンブレイカー。
本来であれば、大量の玩具が子どもたちの手へ渡り、遊ぶたびに帝国への忠誠心を植え付けるはずだった。
では、その玩具はどうなったのか。
結論から言えば、一つとして子どもの手へ届かなかった。
ギアノクスが商品を流通経路へ乗せた直後。
極端な品薄と人気へ目をつけた転売業者たちが、店頭と通販へ現れた商品を一斉に買い占めたのである。
「限定品を五十個確保した!」
「定価の十倍でも売れるぞ!」
「子ども向け玩具? そんなことは知らん! 欲しい奴が金を出せばいい!」
洗脳装置付き玩具は倉庫へ積み上げられ、価格がさらに上がるのを待つことになった。
子どもは一度も触らない。
回転させなければ、洗脳電波も発生しない。
スピンドラーが街へ拡散した増幅信号も、梱包されたままの玩具までは十分に届かなかった。
帝国の大規模作戦は、怪人が倒される前からほとんど失敗していたのである。
さらに翌週。
正規メーカーが記者会見を開いた。
『多くのお客様へ商品をお届けするため、生産設備を拡大し、通常の五倍となる大幅増産を決定しました』
市場へ正規品が大量に供給される。
価格は急落。
定価の十倍で出品されていた玩具は誰にも買われなくなった。
「おかしい! 絶対に値上がりするはずだったのに!」
「在庫が百個もあるんだぞ!」
「買い取り店へ持っていけ!」
しかし、中古買い取り店も在庫過多を理由に受け付けない。
しかもギアノクス製の偽物は、正規品には存在しない部品が内部から検出され、買い取りを拒否された。
「偽物の疑いがありますので、お取り扱いできません」
「そんな!」
大量の洗脳玩具は値段すら付かず、最終的には不用品として廃棄された。
人類を帝国色へ染めるために作られた装置は、誰にも忠誠を誓わせることなく、処分場で他のごみと一緒に砕かれたのである。
転売業者たちが正義のために行動したわけではない。
メーカーがギアノクスの作戦を知っていたわけでもない。
ただ、人間社会の欲望と経済活動が複雑に絡み合った結果、帝国の洗脳作戦は完全に消滅した。
◇
「なぜじゃぁぁぁぁっ!」
ドクター・ボルツの叫びが、ギアノクス帝国の作戦会議室へ響いた。
大型モニターには、人間社会で廃棄される洗脳玩具の映像が映っている。
ギギンたちが運び、ボルツが徹夜で調整した大量の装置。
それらが一度も使用されず、ごみ収集車へ放り込まれていく。
「完璧な作戦だったはずじゃ!」
ボルツは会議卓を叩いた。
「子どもたちが夢中になって遊び! 帝国への忠誠を育むはずだったのじゃ!」
メルディアは報告書をめくる。
「原因は明白です」
「シークレットファイブか!」
「違います」
「SDFか!」
「違います」
「天才寺とかいう科学者か!」
「違います」
「では何じゃ!」
「転売業者です」
会議室が静かになった。
ヴォルガードが眉を寄せる。
「何だ、そいつらは」
「品薄の商品を大量に買い占め、価格をつり上げて販売する人間です」
「我々の玩具を、勝手に買い占めたのか?」
「はい」
「帝国への忠誠は?」
「誓っていません」
「では、なぜ買った」
「金銭目的です」
ヴォルガードは腕を組み、しばらく考えた。
「人間は帝国より悪いのではないか?」
「一部だけを見て全体を判断してはいけません」
メルディアは冷静に返す。
「しかし、人間社会の流通構造と投機行動を軽視したことは事実です。次回からは店頭へ並べるだけでなく、実際に対象者へ届いたことまで確認すべきでしょう」
「なるほど!」
ボルツが急に顔を上げた。
「では次は、ギギンが子どもへ直接配ればよい!」
「黒い機械兵が路上で玩具を配れば、誰も受け取りません」
「着ぐるみを着せる!」
「余計に怪しいです」
「では、かわいらしい動物型ギギンを開発する!」
「作戦目的が変わっています」
ヴォルガードが机を叩く。
「だから、最初から俺がシークレットファイブを殴り倒せばよかったんだ!」
「子どもを帝国色へ染める作戦と関係がありません」
「邪魔する奴を倒せば成功するだろ!」
「玩具が子どもへ届いていない以上、彼らを倒しても失敗です」
「面倒だな、人間社会は!」
補佐官ノアが淡々と記録する。
「作戦失敗要因。人間社会における買い占め行為。正規メーカーによる大幅増産。市場価格の急落。偽造品の買い取り拒否」
ボルツは肩を落とした。
だが、モニターの別映像へ目を向けた瞬間、透明な頭部の中で電流が走る。
「待て」
「どうしました、博士」
「シネマスクの映像記録を巻き戻せ!」
「今回はスピンドラーです」
「細かいことはよい!」
ノアが戦闘映像を巻き戻す。
レッドとブルーが、玩具を怪人へ発射する場面。
高速回転。
胸部へ命中。
そして大爆発。
ボルツの目が輝いた。
「これじゃ!」
「何がですか」
「玩具へ強烈な回転を与えることで、通常では考えられぬ爆発力が発生しておる!」
メルディアが映像を確認する。
「爆発したのは、我々が製造した洗脳装置とは異なる個体のようですが」
「しかし外見は同じじゃ!」
「中身も同じとは限りません」
「新たな可能性を前に、細かい違いを気にしては科学は進歩せん!」
「最も気にするべき違いだと思いますが」
ボルツはすでに聞いていなかった。
「回転速度と爆発力の関係を解析せよ! 毎分一万回転! 二万回転! 十万回転! 回せば回すほど威力は増すはずじゃ!」
ギギンたちが新しい研究設備を運び始める。
「次こそは、回転するだけで都市を吹き飛ばす究極玩具を完成させてみせる!」
ヴォルガードが豪快に笑う。
「それなら分かりやすい! 最初から洗脳なんかせず、そいつを敵へぶつければいい!」
「名案じゃ!」
「名案ではありません」
メルディアだけが額を押さえた。
その時、最奥の玉座から機皇帝ゼノギアの声が響く。
「失敗は、次なる秩序を築くための情報である」
全員が静かになる。
「流通経路の掌握が不十分であった。人間の欲望を計算へ含めていなかった。それが今回の敗因だ」
「はっ」
メルディアが頭を下げる。
「同じ失敗を繰り返さぬよう、各自が改善せよ」
「御意!」
「それから、ボルツ」
「はっ!」
「回転玩具の爆発実験は、帝国内の安全基準に従え」
「もちろんでございます!」
ボルツは胸を張った。
その返事を聞いたノアは、無言で研究区画の避難経路と防爆扉の点検予定を追加した。
ギアノクスは知らない。
あの爆発が、回転玩具の力ではなかったことを。
彼らが新たな可能性だと信じて研究を始めたものは、ブルーが追っていた別組織の本物の爆弾だったことを。
そして翌朝。
帝国研究区画で、最初の実験が行われた。
「回転数、最大!」
高速回転するスピンブレイカー型試作品。
ボルツが両腕を広げる。
「爆発せよ!」
玩具は回転した。
回転し続けた。
やがて速度を失い、横倒しになった。
何も起こらなかった。
長い沈黙のあと、ヴォルガードが尋ねる。
「爆発しねぇぞ」
「回転が足りん!」
「十万回転だったぞ」
「では二十万回転じゃ!」
「さっき安全基準に従うと言ったばかりでしょう」
メルディアの声が響く。
今日もギアノクス帝国では、反省を生かしているのかいないのか分からない研究が続けられていた。
◇
同じ頃。
SDF基地では、天才寺博士が新しい図面を広げていた。
「白石くん! 見よ!」
「何でしょうか」
「レッドとブルーが使った新必殺技を参考に、回転式戦隊兵器を設計したぞ!」
図面には、巨大な円盤を五人で発射する装置が描かれている。
白石は無言で目を細めた。
「博士」
「なんじゃ!」
「あれは新必殺技ではありません」
「何っ!」
「敵対組織が持ち込んだ爆弾を、怪人へぶつけただけです」
「そんな馬鹿な!」
「ブルー本人から報告を受けました」
「では、わしが徹夜で作ったこの設計図はどうなる!」
「徹夜?」
白石は壁の時計を見る。
午前二時。
昨日と同じ時間だった。
「博士。まさか、また全員を呼び出したのですか」
「当然じゃ! 今日は新兵器の戦闘テストじゃぞ!」
誰もいない会議室。
博士は机を叩く。
「なぜ誰も来んのじゃ!」
自動ドアが開く。
白石は昨夜と同じかわいらしいパジャマ姿で立っていた。
頭には三角形のナイトキャップ。
片手にはマグカップ。
目は半分閉じている。
「博士……現在、午前二時です」
「何っ! こんな昼間から若者が玩具で遊んでおるのか!」
「皆さん眠っています」
「回っていますじゃと!?」
「眠っています」
「値上がっています?」
「眠っています」
「転売は感心せんぞ!」
「そこだけは合っています」
白石は眠気に負けそうになりながら、今日も耳の遠い博士の話を聞く。
給料をもらっているSDF職員として。
これが、給料をもらっている者と、もらっていない者の差なのである。
もっとも。
「白石くん! 新兵器の名前は、スーパー・ウルトラ・スピニング・シークレット――」
「博士」
「なんじゃ!」
「続きは朝にしてください」
「まだ昼間じゃ!」
「おやすみなさい」
白石は会議室の照明を消した。
「待て! 白石くん! まだ説明が――」
暗闇の中で、博士の声だけが響く。
その三分後。
「ぐごーーーっ」
博士は椅子へ座ったまま眠り始めた。
白石は用意していた毛布を博士へ掛ける。
「最初から寝ていてください」
そう呟き、自分も仮眠室へ戻っていった。




