第11話 子どもとの約束は、在庫切れでは済まされません(全編)
午前二時。
日本中のほとんどの人間が眠りについている時間だった。
だが、秘密防衛機構SDFの地下基地では、けたたましい怒声が響いていた。
「誰も来んではないかーっ!」
天才寺源一郎博士が、誰も座っていない会議卓を両手で叩いた。
大型モニターには、白い文字で『シークレットスーツ調整後戦闘テスト会議』と表示されている。
その下には開始予定時刻として、午前二時と明記されていた。
「今日はスーツの調整を終えた後の戦闘テストを行うと言っただろう! レッド! ブルー! ピンク! イエロー! ブラック! 返事をせんか!」
返事はなかった。
当然である。
高校生も、会社員も、大学院生も、普通は寝ている時間だった。
「まったく、最近の若者は時間にだらしがない!」
博士が憤慨していると、管制室の自動扉がゆっくりと開いた。
「……失礼します」
白石しおりが入ってきた。
ただし、いつもの制服姿ではなかった。
淡い水色のパジャマ。
胸元には白い羊の刺繍。
化粧をしていない素顔は普段より幼く見え、寝癖の残る髪の上には、先端へ小さな房の付いた三角形のナイトキャップまで載っている。
片手には職員証。
もう片方の手には、眠気覚ましに淹れたらしいコーヒーのマグカップ。
目は半分しか開いていなかった。
「博士……」
白石は欠伸を噛み殺した。
「現在、午前二時です。皆さんは寝ています」
「何っ!」
博士が目を見開く。
「こんな昼間から若者がパチンコとは感心せんぞ!」
「寝ています」
「競馬に行っておるのか!」
「寝ています」
「麻雀とは不健全じゃ!」
「寝ています」
「何じゃ、全員で映画か」
「どうすればそこまで聞き間違えられるのですか」
白石はマグカップへ口をつけた。
ぬるい。
眠気覚ましとしては、ほとんど役に立たなかった。
(もしかすると、ブラックさんやブルーさんは本業で起きている時間かもしれません)
白石の脳裏へ、黒と青の戦士が浮かぶ。
ブラックは夜間に強い。
ブルーも、なぜか深夜の呼び出しへ即座に応じることがある。
あの二人が戦隊以外に何をしているのか、白石は知らない。
(……いや、考えるのはやめましょう)
他人の秘密へ首を突っ込めば、その分だけ仕事が増える。
それで給料が増えるならまだしも、SDFにそのような制度はなかった。
白石しおりはSDF戦闘管制部の職員である。
博士から緊急招集があれば、たとえ夜中でも職員として仕事をしなければならない。
これが給料をもらっている者と、もらっていない者の差なのである。
一方のシークレットファイブは、無給だった。
怪人が現れれば授業を抜け、講義を抜け、勤務先から頭を下げて抜け出し、街のために戦っている。
それなのに博士は、午前二時へ全員を呼びつけて誰も来ないと怒っている。
白石は眠気に負けそうになりながら、今日も耳の遠い博士の話を聞くことになった。
「白石くん!」
「はい」
「戦闘テストを始めるぞ!」
「参加者がいません」
「何っ! 朝食がないじゃと!」
「参加者です」
「朝は白米に焼き魚と味噌汁じゃろうが!」
「今は夜中です」
「こんな夜中に朝食を食べる気か! 不健康じゃぞ!」
「博士にだけは言われたくありません」
白石が小さくため息をつくと、博士は腕を組んだまま首を傾げた。
「ところで、なぜ白石くんは寝巻き姿なのじゃ?」
「博士が緊急招集をかけたからです」
「何っ! パジャマパーティーを始める気か!」
「帰っていいですか」
「職務放棄はいかんぞ!」
そこだけは、はっきり聞こえていた。
◇
同刻。
機界侵略帝国ギアノクスの巨大格納庫では、数百体のギギンが慌ただしく働いていた。
ある者は木箱を運び、ある者は輸送台車を押し、ある者は段ボールへ人間社会の配送業者を模した伝票を貼り付けている。
「急げ!」
「第三搬入口へ運べ!」
「外箱の文字が逆さまだぞ!」
「人間の文字は難しいギギン!」
普段は戦場で雑に突撃するだけの量産機兵たちが、今日は珍しく組織的に動いていた。
格納庫の中央には、同じ形の箱が山のように積み上げられている。
箱の表面には、派手な炎と稲妻を背景に、一つの円盤型玩具が描かれていた。
『超速回転バトルホビー スピンブレイカー』
専用の発射装置へ円盤状のコマを装着し、紐を引いて競技台へ撃ち出す。
高速回転する二つのコマを激突させ、最後まで回り続けた方が勝者となる。
単純だが奥深く、部品の組み合わせによって攻撃力、持久力、防御力を変えられることから、現在、子どもたちの間で爆発的な人気を博している玩具だった。
「今回の作戦は大掛かりだな」
武闘将軍ヴォルガードが、片手で木箱を持ち上げた。
中身を確認しようと蓋へ指を掛ける。
「乱暴に扱わないでください」
謀略将軍メルディアの冷たい声が飛んだ。
「中には精密装置が入っています」
「精密装置だぁ?」
ヴォルガードが蓋を開け、一つのスピンブレイカーを摘まみ上げる。
彼の巨大な手の中では、子ども用の玩具が豆粒のように見えた。
「こんなちっせぇ玩具で、どうするってんだ。まわりくどいぜ」
「ほっほっほ。だから貴様は筋肉だけなのじゃ」
ドクター・ボルツが得意げに前へ出た。
透明な頭部の内部で、青白い電流が走る。
「前回は映像などという、手で触れられぬものへ頼ったのが間違いだった!」
「お前が作った怪人だろうが」
「過去の失敗を責めても進歩はないぞ、ヴォルガード将軍」
「反省してねぇだけじゃねぇか」
ボルツは聞こえなかったふりをして、スピンブレイカーを専用台へ置いた。
「人間は小さい頃から、少しずつ帝国色へ染めるべきなのじゃ。遊び、学び、成長し、気がついた時にはギアノクス帝国への忠誠を当然のものとして受け入れている」
スイッチが入る。
円盤が甲高い音を立てて回転し始めた。
肉眼では見えない淡い電波が、格納庫へ広がる。
「この玩具には、子どもの感受性へ合わせて調整した特別製の洗脳装置が内蔵されておる。回転するたび、帝国へ忠誠を誓うよう脳へ働きかける電波を放つのじゃ!」
「なるほど」
メルディアが頷いた。
「これを市中へ流通させ、十分な数が子どもたちへ渡った段階で増幅電波を送れば、洗脳効果は一斉に完成する」
「そのための怪人も完成しておる!」
ボルツが腕を掲げる。
格納庫奥の扉が開き、巨大な円盤を両肩へ装着した怪人が現れた。
頭部は尖った回転ゴマ。
両腕には、玩具の発射装置を思わせる刃付きのランチャー。
胸部には渦巻き状の増幅器が埋め込まれている。
「回転怪人スピンドラー!」
「スピン、スピン、スピンドラー!」
怪人はその場で高速回転し、格納庫の床へ円形の傷を刻んだ。
「こやつが街へ出れば、すべての洗脳玩具を同時に起動できる!」
ヴォルガードは腕を組んだ。
「本当に子どもへ届けばな」
「何を言っておる。人間どもはいま、この玩具を奪い合うほど欲しがっておるのじゃぞ」
「それなら問題ありません」
メルディアが端末へ視線を落とす。
「偽装流通網への投入はすでに開始されています。通常の商品へ混ぜれば、人間側が勝手に運び、勝手に売り、勝手に子どもへ渡すでしょう」
「ほっほっほ! 労力まで人間に負担させるとは、実に効率的じゃ!」
ヴォルガードが豪快に笑う。
「これで皇帝陛下も満足されるってわけか!」
その時、格納庫の空気が一変した。
奥の高台に設置された玉座で、機皇帝ゼノギアが黄金の目を開く。
「計画を開始せよ」
低い声が響いた。
「幼少期より秩序を学ばせれば、人類はやがて自由という欠陥を捨てる」
ギギンたちが一斉に胸へ拳を当てる。
「「「ギアノクス帝国に栄光あれ!」」」
大量の洗脳玩具が、人間社会へ向けて運び出されていった。
◇
翌日の放課後。
赤城太陽は、いつもの通学路から少し外れた河川敷を歩いていた。
空はよく晴れ、川面には夕日が反射している。
本来なら友人たちと真っすぐ帰るところだったが、今日は教師から頼まれたプリントを近所の生徒宅へ届けた帰りだった。
「これなら部活にも間に合うかな」
もっとも、太陽の言う部活とは、学校公認のものではない。
怪人が現れれば出動し、現れなければ何もない。
活動予定も、活動場所も、その日の敵次第である。
太陽が堤防の坂を下りかけた時、草むらの向こうから子どもの声が聞こえた。
「だから、お前は入ってくるなよ」
「持ってない奴とは遊べないって言っただろ」
「でも、見てるだけなら……」
「駄目だって!」
太陽は足を止めた。
河川敷のコンクリート広場で、四人の小学生が円形の競技台を囲んでいる。
少し離れたところに、ランドセルを背負った少年が一人立っていた。
少年の目には涙が浮かんでいる。
「何してるんだ?」
太陽が声を掛けると、四人の子どもたちが振り返った。
「やべっ」
「高校生だ」
「逃げようぜ!」
子どもたちは競技台と玩具を抱え、蜘蛛の子を散らすように走り去っていった。
「おい! ちょっと待て!」
呼び止めても戻ってこない。
太陽は残された少年へ歩み寄った。
「大丈夫か?」
少年は袖で涙を拭った。
「うん……」
「何があったんだ?」
少年は少し迷った後、ぽつりぽつりと話し始めた。
クラスでは、スピンブレイカーが大流行している。
休み時間も放課後も、皆で対戦している。
けれど少年だけは持っていない。
親が買ってくれないわけではない。
発売日に店へ行っても売り切れで、その後もどこへ行っても見つからないのだという。
「だから、持ってない奴は仲間に入れないって……」
「そんなことで仲間外れにする方がおかしいだろ」
「でも、みんな持ってるから」
少年は俯いた。
太陽は、先ほど子どもたちが使っていた玩具を思い出す。
紐を引くと円盤型のコマが勢いよく飛び出し、競技台の中でぶつかり合う。
テレビCMでも何度も見たことがある。
「スピンブレイカーって、そんなに売ってないのか?」
「どこにもない。お父さんもお母さんも探してくれたけど、なかった」
「ネットは?」
「すごく高いのしかないって」
少年の声が震える。
太陽は拳を握った。
「分かった」
「え?」
「俺が見つけてくる」
少年が顔を上げる。
「本当に?」
「ああ。明日の夕方、ここで待っててくれ」
「でも、どこにも売ってないよ」
「探してみなきゃ分からないだろ」
太陽は笑って親指を立てた。
「約束する。絶対に持ってくる」
少年の表情が、少しだけ明るくなった。
「ありがとう、お兄ちゃん」
少年と別れたあと、太陽はすぐにスマートフォンを取り出した。
検索欄へ『スピンブレイカー 在庫』と入力する。
結果は、全滅だった。
大型玩具店、家電量販店、百貨店、通販サイト。
どこも『在庫なし』『入荷未定』『販売終了』の文字が並んでいる。
個人出品のページには商品があった。
ただし価格は定価の五倍。
「高っ!」
思わず声が出た。
高校生の小遣いで買える額ではない。
「いや、でも約束したんだ」
太陽は画面を閉じた。
一度した約束を、売っていなかったからという理由で諦めたくはない。
誰か、こういうことに詳しい人はいないだろうか。
そこで太陽は、一人の仲間を思い出した。
海外の商品に詳しい。
物流にも詳しい。
入手困難な装備を、なぜかどこからともなく用意してくる。
「ブルーなら、何とかできるかもしれない」
太陽は変身装置の通信機能を起動した。
◇
同じ頃。
蒼井迅は、人通りの少ない立体駐車場の最上階に立っていた。
スーツ姿。
片耳には小型通信機。
眼下には夕方の街が広がっている。
『国外情報部より緊急通達』
機械的な声が通信機から流れる。
『我々と敵対関係にある国際破壊工作組織が、日本国内へ複数の小型爆弾を持ち込んだ可能性が高い』
迅の表情が引き締まる。
「目的は」
『都市部で同時爆発を発生させ、政府と治安組織への不信を拡大すること。社会的混乱の誘発が狙いと推定される』
端末へ画像が送られてくる。
派手な箱。
炎と稲妻。
円盤型の子ども向け玩具。
『爆弾は市販の人気玩具、スピンブレイカーへ偽装されている』
迅は画像を拡大した。
外見だけでは正規品と区別できない。
『通常の玩具として国内流通網へ混入した可能性がある。起爆条件は不明。該当品を発見した場合、一般人へ触れさせるな』
「了解」
『なお、本件は国家間の緊張を招く恐れがある。任務の存在は秘匿せよ』
通信が切れる。
迅は腕時計型端末へ検索条件を入力した。
国内入荷記録。
不自然な輸送経路。
正規代理店を通っていない商品。
分析を始めた直後、別回線から着信音が鳴った。
表示されたのは、SDFの変身装置を通じた通信だった。
「レッド?」
迅が応答すると、明るい声が飛び込んできた。
『ブルー! ちょっと聞きたいことがあるんだけど!』
「今は任務中だ。急用か」
『どこにも売ってない玩具を手に入れる方法って知らないか?』
迅は眉を寄せた。
「玩具?」
『スピンブレイカーっていう、回るやつなんだけどさ』
迅の指が止まった。
「もう一度、名前を言え」
『スピンブレイカー』
送られてきた爆弾の画像を見つめる。
完全に一致していた。
「レッド。その玩具には絶対に触るな」
『え?』
「今どこにいる」
『河川敷だけど』
「そこから動くな。十分で行く」
『いや、何でそんな大ごとに――』
迅は通信を切った。
数分後、河川敷へ到着したブルーは、事情を何も知らないレッドと向かい合っていた。
「その玩具を、なぜ探している」
「子どもと約束したんだ」
レッドは、先ほどの少年について説明した。
ブルーは黙って聞き終える。
「事情は分かった」
「それで、手に入りそうか?」
「正規品なら可能性はある。ただし、街へ流れ込んでいる偽物がある」
「偽物?」
「見た目は同じだが、中身は爆弾だ」
「爆弾!?」
レッドの声が河川敷へ響いた。
「声を落とせ」
「だって、子どもの玩具だぞ!」
「だから問題なんだ」
ブルーは端末へ地図を表示した。
「我々と敵対する組織が、この国を混乱させるために持ち込んだ。正規品に紛れて販売されている可能性がある」
「じゃあ、子どもが買う前に見つけないと」
「その通りだ」
レッドは迷わず言った。
「俺も手伝う」
「危険だ」
「俺は戦隊だぞ」
「今は変身していない」
「だったら必要になったら変身する」
ブルーはレッドを見つめた。
子どもとの約束を守るために玩具を探していた高校生が、その玩具に爆弾が紛れていると知った瞬間、街を守るための行動へ切り替えた。
そこに迷いはない。
「分かった」
ブルーは地図を拡大した。
「正規の入荷記録にない商品を扱った可能性のある店舗を回る。俺は流通経路を調べる。レッドは店員や近所から話を聞け」
「任せろ!」
「ただし、怪しい商品を見つけても触るな」
「分かってる」
「本当に分かっているか?」
「多分!」
「不安しかない返事をするな」
二人は並んで河川敷を離れた。
子どもとの約束を守るため。
そして、街へ持ち込まれた爆弾を見つけるため。
まったく異なる理由から始まった二人の玩具探しが、同じ目的へ重なり始めていた。




