第10話 映画は最後まで座って観てください
「白石くん! どうなっておるのだ!」
天才寺源一郎博士の声が、秘密防衛機構SDFの地下基地にこだました。
大型モニターが並ぶ戦闘管制室。その中央に設置された管制卓で、白石しおりは静かに目を閉じた。
驚いたわけではない。怒ったわけでもない。ただ、これから始まるであろう会話へ備えて、心を無にしただけである。
「白石くん!」
「聞こえています、博士」
「ならば返事をせんか!」
「しました」
「何をぶつぶつ言っておる!」
聞こえていないではないか。
白石はそう思ったが、口には出さなかった。この職場で長く働くために必要なのは、高度な戦闘管制能力や緊急時の判断力だけではない。聞こえていない相手に何度でも同じ説明をする忍耐力と、どう考えても成立していない会話を受け入れる柔軟性。そして、天才と名の付く人間は大抵どこかがおかしいという諦めである。
天才寺博士は白衣を翻し、誰も座っていない会議卓を指差した。
「今日は新兵器の動作試験を行うと、昨日から言っておったではないか!」
「そうですね」
「それなのに、なぜ誰もおらんのじゃ!」
白石は壁の時計を見る。午前十時二分。学生は学校へ行き、会社員は職場で働いている時間だった。
「博士。シークレットレッドは高校、イエローとブラックは大学、ピンクとブルーは勤務中です」
「なんじゃと! そんなことで世界が守れると思っておるのか!」
「戦隊活動は本業ではありませんので」
「正義に本業も副業もあるものか!」
「でしたら給与と社会保険を用意してください」
「細かいことを気にするでない!」
何ひとつ細かくない。
五人はSDF職員ではない。怪人を倒しても給料は出ず、交通費すら出ない。出るものといえば博士が気まぐれに買った菓子と、戦闘後の筋肉痛くらいだ。
「会議は夕食後に変更じゃ!」
「博士、まだ午前十時です」
「だからどうした!」
「昼食もまだです」
「む?」
「本日の昼食はピザです」
「ピザ!」
博士の目が輝いた。
「マルゲリータはあるのか!」
「あります」
「照り焼きチキンは!」
「頼んでいます」
「耳までチーズか!」
「博士の分だけは」
「うむ! 白石くんは実に優秀じゃ!」
どうして重要ではない情報だけは、これほど鮮明に聞き取れるのだろう。
◇
同刻。機界侵略帝国ギアノクスの作戦会議室では、SDFとは比較にならないほど真剣な会議が開かれていた。
「だからよぉ!」
武闘将軍ヴォルガードの拳が鋼鉄製の卓を叩き、轟音とともに亀裂が走る。
「俺が地上へ出て、シークレットファイブをまとめてぶっ飛ばせば済む話だろ!」
「その主張は先ほども伺いました」
謀略将軍メルディアは壊れた机に一瞥もくれなかった。
「現時点で三将自らが地上へ出るのは得策ではありません。問題は、彼らが用いる五種類の未知エネルギーです」
空中へ赤、青、桃、黄、黒の波形が投影される。
「レッドはSDF由来と見てよいでしょう。しかし、ピンクの治癒、ブルーの兵装、イエローの高密度エネルギー、ブラックの空間遮断現象は、同一技術体系では説明できません」
「全部あの博士が作ったんじゃねぇのか」
「その可能性は否定できません。ただし、別勢力の存在を裏付ける証拠もありません。ゆえに、まずは人類の反応と彼らの対処能力を測ります」
会議室の扉が開き、細身の怪人が現れた。肩には映写機、胸にはフィルム状の帯、顔の位置には巨大なカメラレンズ。
「紹介しよう!」
ドクター・ボルツが透明な頭部を光らせた。
「映写怪人シネマスクじゃ!」
「シネマスクは映像へ特殊な信号を組み込める。人間が映画を楽しんでいる間に、帝国への忠誠心を脳へ植え付けるのじゃ!」
ヴォルガードが鼻を鳴らす。
「映画館ごと壊した方が早いだろ」
「それでは管理すべき人類が減るでしょう」
「何人か減っても問題ねぇだろ」
「そういう発想だから、あなたに謀略を任せられないのです」
「あぁ?」
「何ですか?」
「静まれ」
最奥の玉座から、機皇帝ゼノギアの声が響いた。
「映像による意識統制は、人類完全管理計画の理念に適合する。シネマスクを地上へ投入せよ」
「はっ!」
「ノア。作戦記録を開始せよ」
銀色の補佐官ノアが端末を開く。
「人類完全管理計画、映像洗脳実験。作戦名、シネマ・オーダー」
ゼノギアの黄金の目が静かに光った。
「秩序に、選択は不要だ」
◇
土曜日の午後。赤城太陽は映画館のロビーで、公開初日の大型ポスターを見上げていた。
「ようやく観られるな! 『放課後勇者は異世界で魔王を倒す』!」
「声でかいって」
隣のクラスメイト、佐藤健太が苦笑する。ポスターには、制服姿の女子高生が聖剣を掲げ、その背後で巨大な魔王が炎をまとっていた。
「普通の女子高生だった主人公が異世界へ召喚されて、勇者になって、仲間を集めて魔王を倒すんだぞ。絶対熱いだろ!」
「まだ観てないのに、何でそこまで知ってるんだよ」
「予告を二十回観た! 聖剣を抜く場面だけで五回は泣ける!」
「もう重要なところ全部観てるだろ」
ポップコーンを受け取り、上映室へ向かう途中、太陽は通路の向こうから来た女性と同時に声を上げた。
「あっ」
「あっ」
大学生くらいの女性。戦場では何度も隣に立っているシークレットイエローだった。
「太陽、知り合い?」
「ひかり、知ってる人?」
二人は一瞬だけ視線を交わした。ひかりの手には、同じ映画のパンフレットがある。しかし、その表情は映画を楽しみにしている者のものではなかった。
「し、知らない人だ」
「以前どこかですれ違った気がしただけです」
「何で知らない人と同時に「あっ」って言ったんだよ」
「映画が始まりそうだと思って!」
「まだ十五分あるけど」
太陽たちが先へ進むと、ひかりの友人がポスターを指差した。
「楽しみだね。女子高生が異世界で勇者になるんだって!」
「……そうですね」
「ひかり、さっきから全然乗り気じゃないよね。こういう映画、嫌いだった?」
「嫌いというわけではありません。ただ……異世界へ行って、すぐに聖剣へ選ばれて、都合よく仲間が集まり、数日で魔王を倒せるとは思えなくて」
「映画に現実味を求めすぎじゃない?」
「それに、魔王を倒したあと元の世界へ簡単に帰れるとは限りません」
「ずいぶん具体的だね」
「創作上の一般論です」
ひかりはきっぱり言い切ったが、友人は不思議そうに首を傾げていた。
照明が落ち、予告編が始まる。一瞬だけ映像が乱れ、銀色の歯車と帝国の紋章が映った。
「今、何か映らなかったか?」
「見てないけど」
やがて本編が始まった。ごく普通の女子高生だった主人公は、放課後の教室から異世界へ召喚され、王国の人々から勇者として魔王討伐を頼まれる。
太陽は聖剣を抜く場面で目を輝かせていた。一方、離れた席のひかりは、主人公が一日で剣術を身につけたところで何とも言えない顔をしていた。
「修行を省略しすぎでは……」
「ひかり、映画だから」
映画が始まって三十分。健太が不意に呟いた。
「やっぱり、秩序って大事だよな」
「何だよ、急に」
「一人の優れた支配者が全部決めれば、世界は平和になるんじゃないか?」
「魔王が人間を管理しようとしてる場面を見て、その感想になるか?」
「でもギアノクス帝国なら上手くやれると思う」
太陽の手が止まった。
周囲からも同じ言葉が聞こえ始める。
「自由なんて必要ない」
「皇帝に管理されたい」
「ギアノクス帝国は素晴らしい」
離れた席では、ひかりも立ち上がっていた。映画の内容には乗り気でなかった彼女も、友人が魔王ではなくギアノクスを称え始めたことで異常を確信した。二人は別々の扉から出て、人気のない通路で合流する。
「観客の精神が誘導されています」
「こっちの友達もだ。博士へ連絡しよう」
二人は変身し、基地へ通信をつないだ。
「博士! 映画館で観客が洗脳されてる!」
『何じゃと? 追加注文か?』
「違う! 洗脳だ!」
『ピザを四枚?』
「誰がピザの話をしてるんだよ!」
『四枚では足りんぞ! 白石くんの分も必要じゃ!』
「白石さんに代わってくれ!」
やがて白石へ代わり、映像データを送信する。数十秒後、博士の大声が割り込んだ。
『分かったぞ! ギアノクスによるサブリミナル洗脳じゃ!』
「博士、急にしっかりしたな」
『わしはいつでもしっかりしておる!』
『映像への信号挿入を確認しました』と白石が続ける。『送信源は映写室周辺です。停止させてください』
通路の奥。スタッフ専用扉の前に、黒い制服を着た二体のギギンが立っていた。
「行くぞ、イエロー!」
「待ってください。正面からでは騒ぎになります」
ひかりは館内図を示した。
「非常階段から映写室の裏へ回れます」
「詳しいな」
「大学生の嗜みです」
「大学生ってすごいな」
◇
二人は非常階段を駆け上がり、最上階の機械室へ入った。薄暗い室内には配線が這い、複数の映写機へ黒い装置が取り付けられている。
「ギギッ!」
作業中のギギンたちが振り返った。
「やっぱりお前らの仕業か!」
レッドが一体を殴り飛ばし、イエローが蹴りで二体目を壁へ叩きつける。だが、奥の制御卓から新たなギギンが次々と現れた。
「多いですね」
「まとめて片付ける!」
レッドが正面から突っ込み、イエローが背中を守る。息の合った連携で機兵を倒していくが、制御卓の表示は消えない。
「装置を壊せば止まるか?」
「待ってください。無理に破壊すれば映写機ごと発火する可能性があります」
「じゃあ、どうする?」
「白石さんへ回線をつなぎます」
『制御装置の接続を確認しました。遠隔停止を試みます』
白石が解析を始めた瞬間、天井のスピーカーから低い笑い声が響いた。
『フハハハハ! ようこそ、映画の裏側へ!』
壁のシャッターが開き、巨大なレンズの顔を持つシネマスクが姿を現す。
「俺は映写怪人シネマスク! 人類すべてを最高傑作、ギアノクス賛歌へ出演させる監督だ!」
「勝手に出演させるな!」
「観客は作品を選ぶ権利を持っています」
「選択など混乱を生むだけだ! 座っていれば帝国が正しい人生を上映してくれる!」
シネマスクのレンズから白い光が放たれた。壁一面に映像が投影され、ゼノギアの紋章が高速で点滅する。
「見るな!」
二人は腕で目を覆う。だが音声にも干渉波が混じり、頭の奥へ命令が染み込んでくる。
『抵抗をやめろ。秩序に従え。帝国は正しい』
「こんな……もの!」
レッドは歯を食いしばり、一歩踏み出す。
「俺が戦うのは、誰かに決められたからじゃない!」
拳を振るうが、シネマスクはフィルム状の腕で受け止めた。
「ならば選択の重さに潰れろ!」
レッドが投げ飛ばされ、機材の箱へ激突する。
「レッド!」
イエローが剣を抜こうとした、その時。通信機が鳴った。
『二人とも、援軍が到着しました』
「援軍?」
非常口の扉が勢いよく開く。
「遅くなってごめんなさい!」
桃園美咲が息を切らして飛び込んできた。まだ変身前のスーツ姿で、片手には花飾りの付いた杖を持っている。
続いて蒼井迅。普段着のジャケット姿だが、右手にはどう見ても玩具ではない拳銃。
最後に黒守夜子。大学院の資料が入った鞄と、白い紙垂の付いた祓い棒を抱えていた。
シネマスクがレンズを絞る。
「何者だ!」
三人は固まった。
一般人の姿で、一般人が持っているはずのない装備を持っている。さらにレッドとイエローも、彼らの私生活を知らない。
「これは……」
美咲が杖を見下ろす。
「演劇部の小道具です!」
「勤務中の会社員が、なぜ演劇部の小道具を持っている?」
「地域の劇団です!」
迅は拳銃を少し背中へ隠した。
「これは玩具だ」
「ずいぶん本格的だな」
「海外製でね」
「どこの国だ?」
「……ノルディア共和国」
「聞いたことがないぞ」
「非常に小さな国だからな」
完全に架空である。
夜子は祓い棒を胸元へ寄せた。
「これは私が研究している民族儀礼の道具です」
「どこの民族だ?」
「北東山岳部に住む、クルミナ族です」
「それも聞いたことがないぞ!」
「秘境ですので」
こちらも完全に架空だった。
通信越しに白石は額へ手を当てた。
『皆さん、その言い訳はかなり無理があります』
「白石さん、聞こえてるから!」と美咲が小声で返す。
『ですが、私の担当業務外ですので追及しません』
「助かります!」
『変身してください。怪人が待っています』
シネマスクは律儀に待っていた。
「話は終わったか?」
「待っていてくれたの?」
「悪役にも撮影進行というものがある!」
三人は一斉に変身装置を掲げる。
「シークレットチェンジ!」
桃、青、黒の光が機械室を満たした。
「秘密の力で平和を守る! シークレットピンク!」
「作戦遂行。シークレットブルー」
「闇を鎮め、境を守る。シークレットブラック」
レッドとイエローも並び、五人が初めて同じ映画館へ勢ぞろいする。
「五つの秘密で未来を守る!」
「秘密戦隊、シークレットファイブ!」
名乗りの背後で、壊れた映写機が小さく火花を散らした。
「映画館では火気厳禁だ!」とシネマスクが怒鳴る。
「お前が言うな!」
戦闘が始まった。
ブルーが素早く射線を取り、シネマスクの肩部映写機を狙う。銃声とともにレンズカバーが弾けた。
「玩具ではないではないか!」
「ヒーローの力だ」
「今、銃を撃っただろ!」
「ヒーローの力だ」
レッドが続けて殴りかかり、イエローが低い姿勢から足を払う。シネマスクはフィルムを鞭のように振り回し、二人を遠ざけた。
「強制上映!」
胸のフィルムが高速回転し、四方の壁へ洗脳映像が投影される。
「映像を見ないでください!」
ブラックが祓い棒を床へ突き立てた。
「境界展開――夜帳!」
黒い膜が五人を包み、外からの光を遮断する。
「何だ、その術は!」
「ヒーローの力です」
「さっき民族儀礼と言っただろ!」
「ヒーローの民族儀礼です」
「そんな民族があるか!」
白石は通信席で静かに呟いた。
「本当に苦しいですね」
ブラックの結界で映像は防げたが、上映室の観客への洗脳は続いている。
『遠隔停止に失敗しました。シネマスク本体が信号を上書きしています』
「だったら本体を止めればいいんですね!」
ピンクが花飾りの杖を構える。
「希望の光よ、迷う心を照らして!」
桃色の光が機械室から上映室へ広がり、観客たちを包んだ。
「これは……魔法か!」
「ヒーローの治癒能力です!」
「杖を使っているだろ!」
「演劇部の小道具を通してヒーローの力を出しています!」
「設定が増えたぞ!」
美咲自身も、言いながら無理があると思っていた。
しかし浄化の光は確実に効果を示す。上映室では観客たちの目から不自然な光が消え始めた。
「ギアノクス……最高……あれ? 俺、何言ってたんだ?」
「映画の敵を応援してた気がする」
「健太!」
レッドは友人が正気へ戻った気配を感じ、拳へ力を込めた。
「人の心を勝手に書き換えるなんて、絶対に許さない!」
「自由など不完全な脚本だ!」
シネマスクが巨大なレンズ砲を展開する。
「完全管理上映――ファイナル・コントロール!」
赤黒い光線が放たれた。
「ブラック!」
「防ぎます!」
結界が光線を受け止めるが、黒い膜に亀裂が走る。
「長くは持ちません!」
「ブルー、弱点は!」
レッドの問いに、ブルーは怪人の動きを観察する。
「映像信号の発生源は顔の主レンズだ。だが装甲が厚い」
「俺が開きます!」
イエローが前へ出た。手にした剣へ、戦隊装備とは異なる黄金の力が流れ込む。
「また未知のエネルギーだと?」
「ヒーローの力です!」
「全員それで押し通す気か!」
「説明すると長くなりますので!」
イエローが地面を蹴り、光の斬撃でレンズの外装を切り裂いた。
「今だ、ブルー!」
「了解」
ブルーの弾丸が露出した内部機構へ命中する。
「ぐおおっ!」
シネマスクの投影が止まり、ブラックの結界が光線を押し返した。
「ピンク、観客を!」
「任せて!」
ピンクは浄化へ集中する。
残るレッドとイエローが左右から駆けた。
「レッド!」
「ああ! 二人で決める!」
赤い情熱と黄色い力が重なり、二人の武器へ集まる。
「シークレット・クロスフィニッシュ!」
拳と剣が同時にシネマスクの主レンズを打ち抜いた。
「映画は……最後まで……静かに座って観ろぉぉぉ!」
怪人の体が爆発し、紙吹雪のようなフィルム片が機械室へ舞った。
「映画館では爆発も禁止です!」とピンクが叫ぶ。
「怪人に言っても遅いだろ!」
◇
戦闘後、五人は手分けして機材の安全を確認した。白石の遠隔操作で洗脳装置は停止し、上映室には『設備点検による一時中断』の案内が流れる。
「みんな、元に戻ってる」
レッドが扉の隙間から上映室を覗く。健太は首を傾げながらポップコーンを食べていた。
「俺、映画の途中で何か変な夢を見てた気がする」
ひかりの友人も同じように戸惑いながら、スクリーンを見上げていた。
「変な感じだったけど、続きは楽しみ。勇者、次は空飛ぶドラゴンの仲間を見つけるんだよね」
「……まだ仲間が増えるのですか」
イエローは人々が元へ戻ったことには安堵しつつ、映画の続きを観る覚悟を決めた。
「問題は、どうやって席へ戻るかです」
「俺たち、同時にトイレへ行ったことになってるんだよな」
「長すぎますね」
「腹痛で押し通す」
「私は?」
「大学生の嗜みで」
「それは使い方が違います」
そこへピンクたちが近づいてきた。
「二人とも、今日は友達と来てたんですね」
「ピンクも仕事だったんじゃないのか?」
「仕事は……早退しました」
「大丈夫なのか?」
「事故対応の途中で『映画館で別の事故が起きました』と言って出てきました」
「それ、戻ったら怒られない?」
「考えないようにしています」
ブルーは拳銃をしまいながら言う。
「俺は海外とのオンライン会議中だった」
「どうしたんですか?」
「通信障害を装った」
「それ、後で再開するんじゃ」
「考えないようにしている」
ブラックは静かに鞄を持ち直した。
「私は指導教員との面談中でした」
「何て言って出てきたの?」
「家の神社で緊急の祈祷が入りました、と」
「本当?」
「映画館で怪人を祓ったので、広い意味では本当です」
五人は揃って沈黙した。
世界は守った。
だが、それぞれの私生活には確実に被害が出ている。
『皆さん』
通信機から白石の声が聞こえた。
『博士が基地で反省会を開くと言っています』
「今日?」
『はい』
「何時ですか?」
『夕食後です』
「今から映画の続きを観たいんだけど」
『博士へ伝えたところ、映画は録画して後で観ればよいとのことです』
「映画館の映画は録画できないよ!」
『私もそう説明しました』
続いて博士の声が割り込む。
『よいか諸君! 今回の勝利は、日頃から会議を重ねていた成果じゃ!』
「今日、会議してないだろ!」
『何じゃと? ピザが足りない?』
「また戻った!」
『安心せい! まだ二切れ残っておる!』
「それ博士の食べ残しじゃないですか」とピンクが言う。
『ピザは最高じゃ!』
博士は満足そうに宣言したあと、急に声を低くした。
『しかし白石くん!』
『はい』
『朝食はやはり和食がよいぞ!』
『博士、もう夕方です』
通信が切れた。
「……帰ろうか」
レッドの提案に、全員が頷いた。
変身を解き、それぞれ別の通路から友人のもとへ戻っていく。
太陽が席へ戻ると、健太が呆れた顔を向けた。
「遅すぎだろ。大丈夫か?」
「危なかった」
「そんなに腹痛かったのか」
「世界の平和が危なかった」
「腹の中で何が起きてたんだよ」
再開した映画では、女子高生勇者が出会って三日目の仲間たちを率い、魔王城へ乗り込もうとしていた。
太陽は目を輝かせ、少し離れた席のひかりは「早すぎます」と誰にも聞こえない声で呟いた。
それでも、スクリーンの中の勇者は誰かに命令されたから立ち上がったのではない。
正しい道を最初から知っていたわけでもない。
自分で選び、自分の意志で仲間を守ろうとしていた。
多少、異世界の描写に現実味がなくても、その一点だけは悪くないと、ひかりはほんの少しだけ思った。
◇
ギアノクス帝国では、作戦失敗の報告会が開かれていた。
「だから俺に任せりゃよかったんだ!」
ヴォルガードが机を叩く。
「あなたが映画館へ行けば、洗脳以前に建物が消えていたでしょう」
メルディアが冷たく返す。
「装置が脆すぎたのじゃ!」
ボルツが反論する。
「わしの設計では主レンズへ攻撃など届かぬはずだった!」
「届いていました」
ノアが記録を読み上げる。
「イエローが外装を破壊し、ブルーが内部機構を狙撃しています」
「ならばイエローが悪い!」
「敵を責めてどうするのです」
「メルディアの情報が足りなかったんじゃ!」
「怪人の設計不良を私の責任にしないでください」
「シネマスクが弱かっただけだろ!」
「ヴォルガード将軍は何もしていません」
「あぁ?」
「事実です」
責任の押し付け合いが始まり、会議室の声量は上がり続ける。
「静まれ」
ゼノギアの一言で、全員が口を閉じた。
「作戦は失敗した」
皇帝は淡々と認めた。
「だが、未知エネルギーの運用記録と、五人の連携データは得た。失敗は誰にでもある」
メルディアがわずかに目を上げる。
「責任を押し付け合っても、秩序は生まれぬ。各自、問題点を整理し、次の作戦へ改善を反映せよ」
「はっ」
「ノア。今回の教訓を記録せよ」
「承知しました」
ノアは端末へ入力する。
「失敗時は原因を共有し、全員で改善する」
ヴォルガードたちは少し気まずそうに視線を逸らした。
その場にいた誰も気付いていない。
今日、最もヒーローらしいことを言ったのが、人類を完全管理しようとしている悪の皇帝だったことに。
機皇帝ゼノギアは黄金の目を閉じた。
「次は、より良い作戦にしよう」




