五話「喰い破り」前編
「現状を教えてくれ。」
「俺が確認した範囲では、入口に5人、人質を取って憲兵を牽制している。裏口は一つ。そこにも3人と人質だ。見回りも何人かはやり過ごした。騒ぎを起こせば人質になっている医者や他の患者の方達も無事では済まないだろう。」
「なるほど。牽制と見回りは、時間で交代しているかもな。コイツらを倒してからそこまで時間は経ってないが、タイミングによってはそろそろ異変に気付くヤツも出てくるかもしれない。まあ、情報が不確かな状況で突入して俺と中将を殺そうとしたのだろうが、中将の遺体は安置されていて俺はこの部屋に移されていて、探している間に憲兵隊が到着、包囲したのだろうが、ずさんな話しだな。」
立て籠り犯の遺体を調べるが無線らしき者は見られない。
荻にPPSh-41を手渡す。
「コイツらの連絡手段は無いのか?」
「?こんな連中が電報など使えるはずも無いだろう。直接声を掛け合うしか無いんじゃないか?」
しまった。
この世界に携帯電話はもちろん存在しない。
あるのはせいぜいモースル信号などの無線通信。
まだ、"前世"と"結城の世界"の知識と記憶が混在している様だ。
言葉は慎重に選ばねば。また不信感に繋がりかねない。
相手が荻であったとしても、手の内を晒し過ぎるのは"まだ"早い。
「…伝令係の様なものがいなければ良いが。どの道、手を出してしまった以上は時間勝負だな。」
「…ここからは別れて連中の配置や人数を調べるのか?」
「いや、それには及ばない。」
結城の影から無数の触手が太く鋭い巨大な針となって廊下の床や壁に刺さる。
驚き辺りを見渡す荻を余所に"針を物影に潜り込ませた"
やはりそうか。
この黒い物体は自分の影から発生している。
黒い物体は影であれば自分の影でなくともまた影となり、身を潜める事が出来、それらには視覚や嗅覚、聴覚が存在し、結城自身と共有されているのだ。
それらは感覚として理解出来、結城の身体の一部として馴染んでいた。
影は病院中を駆け巡り、視覚となって夕闇の間をくぐり抜けていく。
視界は廊下や通気孔を駆け抜けて、瞬時に院内の状況を掌握した。
屋内は基本的に誰一人居らず、荻の言うとおり入口裏口に敵と人質、憲兵隊が睨み合っていた。
院内をふらふらと歩く小銃を持った男が離れて二人、巡回している。
残りの歩哨は二人だ。
一室だけ影の少ない部屋があり、机の影まで伸びた視界はしかし、そこまでで室内の電球に照らされて視界が阻まれる。
黒い触手が机の物影から伸びて辺りを見渡す。
よく見えないが、ちらりと見える靴は立て籠り犯の物だと推測が出来、人の気配は多数、音として感じられた。
触手を出した方が五感はクリアに感じられるな、しかしここからでは室内を見渡せない。
机の影から棚の影へと触手を這わせると、机の上へ視界を移動させる。
触手を伸ばしキョロキョロと見渡す。
縛られた人質が多数、立て籠り犯が一人いた。
入口を背にしてあぐらをかき、小銃を人質へと構えていた。
これならなんとかなるな。
ふと硬い感触を触手に感じた。
棚の上に貯蔵されていた薬液の入ったビンが触手に触れてしまった様だ。
音もなくビンは棚から滑り落ちて床で盛大な音音を立て散らばる。
「なんだ!?」
立て籠り犯の懐中電灯が棚を照らし。
光で影が塗り潰されたところで鋭い痛みが結城を襲い、視界は白で塗り潰された。
「ッ…!」
痛みに声も無く息を飲む。
病院中に張り巡らされた感覚は自身の身体へと終息し、常人の者へと感覚が制限される。
自分自身が強い光で視界を奪われた時と同じく鈍い感覚に目頭を抑える結城。
黒い針は霧散してわずかに残った触手は結城の影へと逃げ込んだ。
「大丈夫か!」
異変に駆け寄る荻を余所に戻りつつある自分の視界を結城は薄く目を開け確認していた。
「敵の配置と人質の位置は把握した。」
「やっぱりその力は使うべきじゃない!毒になるぞ!」
「大丈夫だ。心配ない。少し使い方を間違えただけだ。」
「それが危険だと言っているんだ!」
なるほど、痛覚や触覚も共有しているのか。
それだけでは無い。
この能力には弱点がある。
基本的な物理現象に対しては先程銃撃を防いだ様に絶対的な優位性を持つものの、強い光に対しては耐性を持っておらずたちまち霧散してしまう様だ。
「はは。俺の身を案じてくれるのか。さすがは親友だ!」
「冗談を言っている様に見えるのか!」
荻の筋張った前腕が視界に入り襟首が引き上げられるのを感じる。
そのまま壁に押しやられ、小さな衝撃が結城の背中に甘く走った。
加減したな。
眼前に迫った荻の瞳から憂いが見える。
荻は友人に本気で手を上げられる様な人間ではない。
また説得しなくては、友情とは面倒な物だ。
「苦しい。」
言い放つと胸の圧力が弱まる。
「頼む。思い直せ。結城。」
「荻よ。」
ゆっくりと手を払い退け、歩を進める。ひたひたと結城の素足が廊下を叩く音がいやに二人の間に響いた。
荻は払い退けられた姿勢で固まってしまっていた。
「人質には罪の無い病人もいた。女性も子供もだ。お前は自分達の身の安全の為に彼らを見捨てられるのか。それでも軍人か。」
「しかし…。」
振り向き一歩、荻へと歩み寄ると今度は荻の方が後退し壁際へ追いやられた。
「自分達の為だけでは無い。一刻も早く彼らを助けねば身の安全の保証は無い。俺には目の前にある人命を捨て置く事など出来ない。この力なら、確かに彼らを救い出す事が出来る!」
結城は掴みかかると、気圧されあっさり荻は壁に打ち付けられた。
「信じてくれ荻!全員を無事救い出し、英雄となろう!人命を無傷で救うにはお前の力が必要だ!」
「…お前は平気なのか?」
「大丈夫だ!もし俺が怪物になったら、荻!お前が俺を撃つんだ!」
「…。分かった。約束は果す。ただ無理は許さん。」
「はは。この状況がすでに無茶苦茶だぞ!荻よ!」
諦めた様に言い捨て、しかし釘はしっかり刺す荻に対し結城は笑顔で言い返した。
まだプロローグ。
次回より戦闘シーン入ります!




