三話「荻克也」中編
どうだ?
ちらりと盗み見た荻の表情からはさっき程の警戒の色は無い。無いが。
弱いな。
内心で舌打ちをし、思案する。
互いに恩人であり、血縁者よりも強い絆で結ばれている人間が死んだのを目にした直後、怪物の様な力で人を殺しているのを目の当たりにした人間の心境とはどの様なものだろうか。
いや、それが仮に他人だろうと恋人だろうとこの様な状況で言葉のみで疑念を払拭する事など不可能だ。
そもそも結城正興が死亡した直前の記憶が自分の中には無いのだ。
自分の中にある結城正興の最後の記憶はーーー。
「結城少尉殿、荻少尉殿、師団長がお呼びです。」
関西方面治安維持特務第三師団へ田無中将の警護任務の指令が下されたのは1日の業務を終えようとしていた夜の出来事であった。
指令を受けた部屋を出た荻が愚痴をこぼしたのを覚えている。
「尼崎の視察なんて危険過ぎる。あそこは半分戦場だぞ。」
「大阪の治安回復が上層部のかねてからの悲願であることは今に始まった話しでも無いだろう。あそこを取り戻せば前線が厚くなることは誰の目にも明らかだ。」
第二次世界大戦を日本は停戦で終えた。
米ソは和平条約を結び、ドイツは敗戦。
東日本は米ソ共同で統治される事となり、東の混迷と侵略を嫌う形で旧日本政府の一部の上役達は西に移動したのだ。
"内戦"という形で独立国日本を建国。
ドイツをはじめとした枢軸国の後ろ楯の下、中部地方を前線に日本東西は小競り合いを繰り返していた。
その影響によって西は大阪から和歌山、東は名古屋から静岡が戦略的、政治的空白地帯となり、戦争犯罪者や政治犯をはじめとした犯罪者達の巣窟となっていた。
空白地帯を手中に納める事が出来れば、兵站は強固になり後は戦略で押しきれるというのが両市民、両陣営上層部の見解であることはもはや通説だ。
空白地帯を納める事が上役連中の毎度の公約であることは、もはや恒例行事の様なもので、それを耳にした者達の感想も今度もそうか。くらいのものであった。
大阪は強大な犯罪組織が拠点にしている地域で彼らの保有している武力は底がしれない。
制圧しようとすれば長期戦は避けられない。
その足掛かりとなる前哨拠点として尼崎近辺の確保が必要なのだ。
「田無中将、焦ってるのかも知れんな。和平を結んだとしても東側優勢でこの内戦が終わればこれだしな。」
そう言って荻は両の手首をくっ付けて見せ苦く笑った。
田無中将は宗教上の理由により戦後、戦争犯罪人として身柄の引渡しを東側に求められている。
とはいえ、それ以外に何かをしたのかと言えば何もしていない。
後ろ指を刺される事もしていなければ、他の幹部に比べて目立った功績も無い人物であった。
人柄は良く内向的な方だとも言えるあの様な人物が戦争犯罪人とは、戦争とは世知辛いものである。
「大上官に向かって…悪い冗談を…」
呆れて返すと荻は罰が悪そうに構えを解いて見せる。
「ま、護れと言われれば守るまでだが、命に変えてもな。」
「そうだな。」
天井を見つめ歩く荻を横目に結城は小さく返した。
「待て。田無中将はどうなった。俺は指令を受けたところまでしか覚えていない。」
荻は視線を虚空に逃がし苦虫を噛み潰す。
「中将は反政府連中の凶弾に倒れ戦死された…。この病院で息を引き取られたよ…。」
荻の言葉が氷の刃となって結城の胸を貫く。
自分達は任務を失敗したのだ。




