二話「荻克也」前編
「今のはなんだ…?」
「ああ、邪魔だったからコイツ等は始末した。」と即答したいところではあったが、それははばかられた。
目の前にいる細身ながらも屈強なこの男は、結城正興の親友にして幼馴染、名を荻克也という。
見られてしまった。
殺すか?
指を動かそうとすると、ピクリとその動きは止まった。
得体の知れない力が結城を抑えつけた。訳ではない。
それは親愛によるものだろうか。
明らかに躊躇する感情と、冷静に"殺した方が話しが早い。"と判断する理性とがせめぎあっていた。
迂闊。期待外れという方がニュアンスとしては近い。
結城正興として上手く好青年の仮面を被り、自らの欲求を満たすつもりでいたが…。
まさかこんな誤算があるとは…。
先程の男達は確かに自分自身の意思で殺した。
自衛と戯れの為に殺したのだ。生かそうと思えばそれも造作もなくやってのけたであろう。
自分の持つこの力はそれ程に絶対的なはずだ。
だが今自分は確かに、否応なしに結城正興の人生の中にいる。これは囚われていると言っても良いのだ。
認識が甘かった。
目の前の相対するこの男は結城と共に生き、育ち、苦楽を共にしてきた。
命と心を何度も救い。そして救われてきたのだ。
荻克也は、殺せない。
この男を裏切る事は出来ない。自分の意思と同時に結城の意思も自身の行動に介在している今、それは無下に出来ない絶対の基準なのだ。
友情、親愛。
兄弟、戦友、家族。
結城正興の荻克也に対する感情。
結城としてこのまま上手くやっていく為には彼を懐柔し引き込まなければならない。
結城になりきりこの場を切り抜ける。
これしかない。
「荻か。」
安堵の表情。緊張から解放され流れ出る汗。
伏し目の視線は荻から離れて地面を無感情に見下ろす。
仮に今、攻撃されたとすれば影で防ぐ事は出来てもかわしたり防ぐ事は出来ない。
死に体。相手が親友であるからこそのポーズ。
さらに地面に腰を降ろし、力なく項垂れて見せた。
目の前にいるこの男は本当に自分の結城正興か?
見知った様にも見えるが、何よりもこの状況はあまりに奇怪に過ぎた。
結城が黒い怪物の様な何かを操り、銃器を持った活動家二人を圧倒し絞め殺した様に見えた。
今しがた殺した男達の尻目に地面に腰を下ろし安堵している。
結城はそんな事が出来る人間であったか。
結城は戦闘によって出た死者が、例え敵方であったとしても悲しみと敬意を持ち共感出来る人間であるはずだ。
敵の死体を目の前に安堵する様な人物ではない。
それに何よりも、
結城は戦場で敵に胸を撃ち抜かれ病院に搬送された上で息を引き取ったはずだ…。
戦場で守ってやれなかったのも、看取ったのも、自分だ。
そもそも生きていること自体がおかしいのだ。
「お前、本当に結城。なのか。」
「何を言ってるんだ。幼い頃からの友人の顔を忘れたのか?」
笑いながら言うその姿は確かに見知った戦友のそれであった…。
「だが、お前は。確かに胸を撃たれて死んだはずだ…。俺はそれを見ていたんだぞ!?」
思わず声色が荒くなってしまう。
仮に生きているとしても、質の悪い悪戯を受けた様な不快感が重石となって荻の腹の中に落ちる。
結城は自分にとってはもはや友人という一言では片付けられない存在なのだ。
「俺は死んでいたのか?それは本当か?」
理性的だが、鋭い言葉が荻に向けられる。
険のある物言いに思わずたじろいだ。
たしかに本人の立場からしてみれば、一連の様子は致し方ないとも言える。これが悪ふざけでなければ結城からすれば徹頭徹尾の物事が理解の追い付かない物であることは想像出来た。
「いや、すまない。俺には自分自身に何が起こったのか全く理解出来ていない…。あいつ等はなんだ。急に襲い掛かってきた…。追い詰められて、自分にこんな力が宿っている事を知ったんだ。」
指を組み力なく語る結城が荻には嘘をついている様には見えなかった。




