ヒデちゃん22 牡丹
前坂さんと二人、手をつないで奇漫亭へ行った。朧月の事を思うとなんだか目を合わせるのが恥ずかしかった。だけど手はしっかりと捕まえていた。
扉を開けると濃厚な花の匂いが立ち込めていた。色とりどりの花が咲き揃っている。
「牡丹だ」
前坂さんが言った。まるで木霊のように前坂さんの声が周囲から聞こえてくる。なんていうか、ちょっと不思議な感じ。
「おやおや」
声がして、白い牡丹の影からヒデちゃんが姿を現した。あたりは広い庭園で、カウンタも丸テーブルもまるで見えなかった。そういえば青の妖精たちもいないや。
「こっちへどうぞ」
彼女は言った。
牡丹に囲まれた一郭に赤い毛氈がひかれている。前坂さんの手を離して、あたしたちはその毛氈に座った。離した手がなんだか寂しかった。
「なにがあったのかなー」
にこにこしてヒデちゃんはお茶の準備を始める。もう、そんなに楽しむのはやめてよ。左手の中指で前坂さんは、自分の頬を軽く掻いた。あたしも頬が熱い。きっと真っ赤になっているはずだ。
「ごめん、今日は小甘茶しかないの」
笑ってヒデちゃんは言った。てっきり野点なのかと緊張したが、そうじゃないのでほっとする。
「そうだ」
彼女は呟くと手近にあった牡丹をつまみ、花びらを小甘茶に落として出した。口に含むと甘いような切ないような不思議な味が喉に染みた。まるで昨日の……。
いけない、思い出しちゃう。横目でちらりと前坂さんを覗く。
えっ
思わず口を開けたままになった。ぼんやりしている前坂さんが手にした茶碗から、牡丹の花びらが浮き上がると、次の瞬間小さな官女になっていた。表は白、裏は紅梅、牡丹重ねの十二単だ。
ふわふわと浮き上がる官女はゆっくりと前坂さんに近づいていく。白い顔に赤い唇が目に痛い。まて、それはまて。官女は前坂さんに顔を近づけていく。駄目、いやよ、それはもうあたしんだからね。
「えっ」
ヒデちゃんと前坂さんが、同時にあたしの顔を見つめた。
「あたしんだからね」
「あたしんだからね」
「あたしんだからね」
うわわ、木霊が返ってるよー。恥ずかしいー、思わず口に出しちゃったんだ。
でも、官女は動じもせずに前坂さんの唇に自分の顔を重ねた。なにやってるのさ、この莫迦前坂。あたしは手を伸ばして官女を捕らえた。顔を合わせた瞬間、思わずきゃと叫ぶ。
うっとりとした官女の顔は、鏡に映るあたしの顔だった。




