ヒデちゃん17 妖精王
梅雨があけたので奇漫亭へ行った。
空には半夜月が浮かび、いい感じだった。
扉を開くと、背の高いプラチナの人がカウンタの向こうに立っている。
「であるか」
突然、その男の人は言った。であるかって、なに?
どうしよう、近づくのをためらっていると、厨房の扉からヒデちゃんが姿を現した。
「アルベリッヒ、うちのお客様を脅かすのはやめて」
「であるか」
アルベリッヒは再び言った。ヒデちゃんが来たので、あたしは安心してカウンタに座る。ミルクティをオーダーして、しばらくアルベリッヒとにらめっこをした。
「で、であるか」
照れくさい表情をして、彼はみたび『デアルカ』を放つ。どもっちゃうところが何だか可愛い。
ミルクティはアルベリッヒが入れてくれる。そう言えば、ヒデちゃん以外の人からお茶をいただくのは初めてかも……。
「茶である」
おー、あなた『デアルカ』以外も話せるのね。思わず感心してしまう。
「客人ならば歓待せねばなるまい」
彼はそう言うと、右手を空にさしあげた。指を鳴らす。中指に大きな指輪が光っていた。あれって、もしかしたら金?
カウンタの脇にあるドアが開いた。
えっと思っているうちに、三月ウサギがぞろぞろと姿を現した。全員が白いエプロンと黒い蝶ネクタイを着けていた。
「であるか」
アルベリッヒの一声にウサギたちは配置につく、右手をエプロンのポケットに入れてなにやら取りだした。
バイオリンだ。親指の先ほどの小さなバイオリンケースを持っている。それを開くと中から楽器を取り出した。背中に手を回すと弓が現れる。軽く音合わせをすると、アルベリッヒは満足そうに肯いた。
「客人の前である、とちる事は許さぬ」
じろりとアルベリッヒはウサギ達を睨む。
三月ウサギたちは小刻みに肯いた。
「竜猫殿」
彼はヒデちゃんに向かって言う。今度はヒデちゃんが肯いた。竜猫って……、ああ、そうか。彼女は昔、『竜猫のヒデ』と呼ばれていた頃があったんだっけ。
「水月」
ヒデちゃんの声にお盆が姿を現した。ごく普通のお盆に見えるけど、水月は彼女の特別アイテム。空を飛んで彼女の側にやって来る。
水月を掴むと、ヒデちゃんはそれを空に放り投げた。天井近くまで上がった水月は、花火の様に光を広げた。
その瞬間、奇漫亭全体が暗くなる。白く光るアルベリッヒの姿があった。いつの間にか彼の左手にはタクトがある。
「であるか」
そう言ってアルベリッヒはタクトを振った。
音楽が流れ出る。バイオリンしか無かった筈なのに、その旋律はまるでフルオーケストラのよう。
「はい」
ヒデちゃんは釣り鐘草をあたしの前にさしだした。釣り鐘のひとつひとつがオレンジ色に光っていた。気がつけば、三月ウサギたち
の周囲にも小さな釣り鐘草が光っている。
「アルベリッヒはね……」
ヒデちゃんは言った。
「妖精王って意味なの」
あっ、
誰も聞いたことがない不思議な旋律を感じながら、あたしは思った。
妖精の音楽は、人がまねをすることが出来ない不思議な調だと、本で読んだことがある。
ましてや、それが妖精王の音楽だったら……。
拍手も忘れて、あたしはアルベリッヒの横顔を見つめていると……
「であるか」
あたしの視線を受け止めて、妖精王はにやりと笑った。




