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ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
16/25

ヒデちゃん17 妖精王

 梅雨があけたので奇漫亭へ行った。

 空には半夜月が浮かび、いい感じだった。

 扉を開くと、背の高いプラチナの人がカウンタの向こうに立っている。

「であるか」

 突然、その男の人は言った。であるかって、なに?

 どうしよう、近づくのをためらっていると、厨房の扉からヒデちゃんが姿を現した。

「アルベリッヒ、うちのお客様を脅かすのはやめて」

「であるか」

 アルベリッヒは再び言った。ヒデちゃんが来たので、あたしは安心してカウンタに座る。ミルクティをオーダーして、しばらくアルベリッヒとにらめっこをした。

「で、であるか」

 照れくさい表情をして、彼はみたび『デアルカ』を放つ。どもっちゃうところが何だか可愛い。

 ミルクティはアルベリッヒが入れてくれる。そう言えば、ヒデちゃん以外の人からお茶をいただくのは初めてかも……。

「茶である」

 おー、あなた『デアルカ』以外も話せるのね。思わず感心してしまう。

「客人ならば歓待せねばなるまい」

 彼はそう言うと、右手を空にさしあげた。指を鳴らす。中指に大きな指輪が光っていた。あれって、もしかしたら金?

 カウンタの脇にあるドアが開いた。

 えっと思っているうちに、三月ウサギがぞろぞろと姿を現した。全員が白いエプロンと黒い蝶ネクタイを着けていた。

「であるか」

 アルベリッヒの一声にウサギたちは配置につく、右手をエプロンのポケットに入れてなにやら取りだした。

 バイオリンだ。親指の先ほどの小さなバイオリンケースを持っている。それを開くと中から楽器を取り出した。背中に手を回すと弓が現れる。軽く音合わせをすると、アルベリッヒは満足そうに肯いた。

「客人の前である、とちる事は許さぬ」

 じろりとアルベリッヒはウサギ達を睨む。

 三月ウサギたちは小刻みに肯いた。

「竜猫殿」

 彼はヒデちゃんに向かって言う。今度はヒデちゃんが肯いた。竜猫って……、ああ、そうか。彼女は昔、『竜猫のヒデ』と呼ばれていた頃があったんだっけ。

「水月」

 ヒデちゃんの声にお盆が姿を現した。ごく普通のお盆に見えるけど、水月は彼女の特別アイテム。空を飛んで彼女の側にやって来る。

 水月を掴むと、ヒデちゃんはそれを空に放り投げた。天井近くまで上がった水月は、花火の様に光を広げた。

 その瞬間、奇漫亭全体が暗くなる。白く光るアルベリッヒの姿があった。いつの間にか彼の左手にはタクトがある。

「であるか」

 そう言ってアルベリッヒはタクトを振った。

 音楽が流れ出る。バイオリンしか無かった筈なのに、その旋律はまるでフルオーケストラのよう。

「はい」

 ヒデちゃんは釣り鐘草をあたしの前にさしだした。釣り鐘のひとつひとつがオレンジ色に光っていた。気がつけば、三月ウサギたち

の周囲にも小さな釣り鐘草が光っている。

「アルベリッヒはね……」

 ヒデちゃんは言った。

「妖精王って意味なの」

 あっ、

 誰も聞いたことがない不思議な旋律を感じながら、あたしは思った。

 妖精の音楽は、人がまねをすることが出来ない不思議な調だと、本で読んだことがある。

 ましてや、それが妖精王の音楽だったら……。

 拍手も忘れて、あたしはアルベリッヒの横顔を見つめていると……

「であるか」

 あたしの視線を受け止めて、妖精王はにやりと笑った。

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