ヒデちゃん16 雪片(ゆきひら)
小春日和になったので、ちょっと奇漫亭に行った。扉を開けると冷気が飛び込んできた。
さ、さぶいぜ。
いつもは目に入るテーブルもカウンタも全然見えなくて、一面の銀世界が広がっている。
小春日和はどこにいったのよ!
そう叫びたかったけど、寒くてカチカチと歯の根が合わなくなってしまう。空にチェシャ猫の笑顔に見える細い三日月が光っていた。
これがまた、地表と同じ銀の色をしていた。
あたしは辺りを見渡した。小さな雪山があった。なにやら見慣れた黒いものが見えた。あたしは近づいた。あれは……。
やっぱりだった。前坂さんのゴム長靴だ。
「前坂さん!」
思わずそう叫ぶと、夢中で雪山を掘り起こす。目を閉じていた前坂さんの頬をぺたぺたと叩いた。
「起きて、起きてよ、寝たら死んじゃうよ
涙がでそう。
自分でも、こんなに動揺するなんて凄く意外だった。
「あっ」
ぼけぼけした声を前坂さんがたてる。
お莫迦、死んじゃったらどうするのよ。
「おおい、おおい、こっちだよ」
声がしたので後ろを振り返った。
ちょっと小ぶりのカマクラが見えた。中からヒデちゃんが顔を出していた。助かったよー。
急いでカマクラにたどり着くと中に潜り込む。こたつがあった。こたつの上に小さな携帯コンロがあって、その上に鍋が掛かっていた。
「はい、寒かったでしょ。甘酒をどうぞ」
ヒデちゃんはそう言ってあたしたちに甘酒を振る舞ってくれた。
こたつに入って甘酒を飲んで、ちょっと人間らしい気分に戻る。
「ヒデちゃん、ここはどこなの」
あたしは彼女に尋ねた。ひとさし指を唇に当てて彼女は静かにと言っていた。
やがて……。
ふわふわと白くて小さなものが銀世界から舞い上がって行く。あれって、雪虫?
違う。
陽炎の羽を持った、銀色の髪を持つ乙女たちが、静かに空に昇って行くのだ。
「雪片達よ。冬の始まりを伝えに旅立っているの」
甘酒を飲みながらヒデちゃんは言った。
銀の三日月の彼方へ、羽をもった乙女達が飛んで行く。不思議で美しい飛翔だった。そんな中で、一人の雪片があたしたちのカマクラに飛び込んできた。
「たいへん」
ヒデちゃんが叫んだ。
「早く追い出して、雪片の手足はツララで出来てるのよ、溶けてしまうわ!」
急に暖かい所に飛び込んだ雪片は、パニックになっていた。カマクラの壁に何度も体をぶつけて外を出る事が出来ない。このままだと溶けてしまうわ。
どうしたらいいか、おろおろしてしまう。その時、一番入り口に近い席にいた前坂さんが、くるりと振り向いて両手一杯に雪をすくい取った。そのまま雪片を包み込む様に捕らえると、そっと外に追い出した。
雪片はあたしたちのカマクラの前で、挨拶がわりの宙返りを二三度する。その後、銀色の三日月へ飛び去って行った。
「うー、寒い」
前坂さんはそう叫ぶとこたつの中に両手を入れた。
あたしは、こたつの中でそっと前坂さんの冷たい手を握った。
なんとなく手を離したくない気分だった。




