ヒデちゃん18 火星童子
前坂さんと二人で『火星童子』見た帰り、奇漫亭に寄った。空は晴れていたけど、なんだか夕立が来そうだった。
「いらっしゃいませ」
「映画楽しかったですか?」
扉を開けると、青い妖精が口々に声を掛けてくる。あれっ、何でわかるの?
「手にパンフレットを持っていれば、嫌でもわかりますよ」
左の妖精、カキツバタが笑って答えた。
カウンタに二人で座る。ヒデちゃんがやって来てオーダーを聞いた。
あたしはアールグレイのアイスティ、前坂さんはコーヒーを頼んだ。
あたしたちを見ながら、ヒデちゃんは笑う。
「あいかわらず仲良しさんね」
思わず頬が紅くなってしまった。
扉がひらいた。
「きゃっ!」
妖精たちが叫んだ。何事だろう?
「動かないで」
振り向こうとしたあたしたちに向かって、ヒデちゃんが言った。手には水月が握られている。
「後ろを見ちゃ駄目、見るなら水月を見て」
ステンレス製のお盆水月は、表面が鏡のようにぴかぴかで、覗き込むと後の風景がよく見える。ヒデちゃんは正面を見ず、カウンタに隠れ、斜め四十五度で水月を見ていた。
あれは……。
一メートル程度の身長、直径四〇センチはあるカボチャ顔。間違いない、火星童子だ。丸く落ちくぼんだ目には、赤い光が灯っていた。
もし、映画の内容に間違いなければ、あの赤い瞳を見つめたものは、限りなく不幸になるはずだ。
「困ったわね」
困惑した顔でヒデちゃんが言った。
「こっちに近づいてくるわ」
「こまんたれぷー」
火星童子が叫んだ。
「ううむ」
前坂さんが唸った。
「誰か一人不幸にならない限り、帰りそうもないな、あれは」
思わずあたしとヒデちゃんは、前坂さんを見た。
「ちょっと、いやですよ、おれは……」
次の瞬間、前坂さんは手を叩く。
「そうか」
「なにかいい手がある訳?」
あたしは言った。
「こんなときこそ召喚術です」
「もっと不幸になるわよ」
あたしは呟く。しっとヒデちゃんが口に指を当てた。
「こまんたれぶー」
火星童子がさらに近づく。
いつものように、丸テーブルの回りはまわれない。前坂さんはカウンタの上にハンカチを広げた。呪文を唱える。白い煙があがり、足の短い小人が現れた。一言叫ぶ。
「小銭くれ」
「スカルボじゃないの」
ヒデちゃんがうめく。小銭洗いの妖精スカルボはあたしたち見て言った。
「小銭くれ」
「小銭あげるから、あの火星童子をなんとかして」
ヒデちゃんが言った。
「小銭がさきだ」
小銭を三枚渡すと、スカルボはにやりと笑う。ぱっと前坂さんの肩にのり、彼は叫んだ。
「お前、不幸になれ」
「こまんたれぶー」
「ぎややややー」
前坂さんが叫ぶ。火星童子と正面から向かい会った。瞳が絡み合う。
ぽん。
いい音がして、前坂さんの頭にアジサイの花が咲いた。
「ちょっと……」
泣きそうな声をだす。スカルボは火星童子の側に飛び下りた。
「行くぜ火星、次のカモを見つけるんだ」
「こまんたれぶー」
足どりも軽く、スカルボと火星童子は去ってゆく。後にはアジサイを咲かせた前坂さんがいた。
「どうしたらいいんですか、家にもかえれませんよ」
「不幸ねー」
「そうね、限りなく不幸ねー」
あたしとヒデちゃんは、おかしいのを堪えながら前坂さんに言った。雷が鳴り、夕立がふってきた。
「こういうのはどう?」
ヒデちゃんは言った。
そんな訳で、
前坂さんはいま、奇漫亭の前に立っている。とほほって顔だった。だけど、雨上がりのアジサイは目に鮮やかな美しさだった。




