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ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
17/25

ヒデちゃん18  火星童子

 前坂さんと二人で『火星童子』見た帰り、奇漫亭に寄った。空は晴れていたけど、なんだか夕立が来そうだった。

「いらっしゃいませ」

「映画楽しかったですか?」

 扉を開けると、青い妖精が口々に声を掛けてくる。あれっ、何でわかるの?

「手にパンフレットを持っていれば、嫌でもわかりますよ」

 左の妖精、カキツバタが笑って答えた。

 カウンタに二人で座る。ヒデちゃんがやって来てオーダーを聞いた。

 あたしはアールグレイのアイスティ、前坂さんはコーヒーを頼んだ。

 あたしたちを見ながら、ヒデちゃんは笑う。

「あいかわらず仲良しさんね」

 思わず頬が紅くなってしまった。

 扉がひらいた。

「きゃっ!」

 妖精たちが叫んだ。何事だろう?

「動かないで」

 振り向こうとしたあたしたちに向かって、ヒデちゃんが言った。手には水月が握られている。

「後ろを見ちゃ駄目、見るなら水月を見て」

 ステンレス製のお盆水月は、表面が鏡のようにぴかぴかで、覗き込むと後の風景がよく見える。ヒデちゃんは正面を見ず、カウンタに隠れ、斜め四十五度で水月を見ていた。

 あれは……。

 一メートル程度の身長、直径四〇センチはあるカボチャ顔。間違いない、火星童子だ。丸く落ちくぼんだ目には、赤い光が灯っていた。

 もし、映画の内容に間違いなければ、あの赤い瞳を見つめたものは、限りなく不幸になるはずだ。

「困ったわね」

 困惑した顔でヒデちゃんが言った。

「こっちに近づいてくるわ」 

「こまんたれぷー」

 火星童子が叫んだ。

「ううむ」

 前坂さんが唸った。

「誰か一人不幸にならない限り、帰りそうもないな、あれは」

 思わずあたしとヒデちゃんは、前坂さんを見た。

「ちょっと、いやですよ、おれは……」

 次の瞬間、前坂さんは手を叩く。

「そうか」

「なにかいい手がある訳?」

 あたしは言った。

「こんなときこそ召喚術です」

「もっと不幸になるわよ」

 あたしは呟く。しっとヒデちゃんが口に指を当てた。

「こまんたれぶー」

 火星童子がさらに近づく。

 いつものように、丸テーブルの回りはまわれない。前坂さんはカウンタの上にハンカチを広げた。呪文を唱える。白い煙があがり、足の短い小人が現れた。一言叫ぶ。

「小銭くれ」

「スカルボじゃないの」

 ヒデちゃんがうめく。小銭洗いの妖精スカルボはあたしたち見て言った。

「小銭くれ」

「小銭あげるから、あの火星童子をなんとかして」

 ヒデちゃんが言った。

「小銭がさきだ」

 小銭を三枚渡すと、スカルボはにやりと笑う。ぱっと前坂さんの肩にのり、彼は叫んだ。

「お前、不幸になれ」

「こまんたれぶー」

「ぎややややー」

 前坂さんが叫ぶ。火星童子と正面から向かい会った。瞳が絡み合う。

 ぽん。

 いい音がして、前坂さんの頭にアジサイの花が咲いた。

「ちょっと……」

 泣きそうな声をだす。スカルボは火星童子の側に飛び下りた。

「行くぜ火星、次のカモを見つけるんだ」

「こまんたれぶー」

 足どりも軽く、スカルボと火星童子は去ってゆく。後にはアジサイを咲かせた前坂さんがいた。

「どうしたらいいんですか、家にもかえれませんよ」

「不幸ねー」

「そうね、限りなく不幸ねー」

 あたしとヒデちゃんは、おかしいのを堪えながら前坂さんに言った。雷が鳴り、夕立がふってきた。

「こういうのはどう?」

 ヒデちゃんは言った。


 そんな訳で、

 前坂さんはいま、奇漫亭の前に立っている。とほほって顔だった。だけど、雨上がりのアジサイは目に鮮やかな美しさだった。

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