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ヒデちゃん  作者: 一条美紀あらため建水
12/25

ヒデちゃん 13  キャプテン・マアリイ

12番は欠番です。

新月の晩だった。

夕立の後、涼しくなった夜、お茶を飲みに奇漫亭へ行った。後から、誰かがつけて来るような気配がした。

慌てて、奇漫亭の扉を開いて内に飛び込んだ。

「いらっしゃいませ」

いつものように、青い服を着た妖精がふたり、三ツ指をついて挨拶してくれた。

「ぐぁはははっ」

間髪を入れずに、あたしの耳もとで壊れた笑い声がする。そ、その声は……、

逃げるようにカウンタへ走ると、後を振り返った。

やっぱりだ。黒いゴム長靴をはいた前坂さんが、扉のところに立っていた。

「二人連れで、ここへ来るとは、娘よ、そなたもなかなか大胆よのう」

違うわよ、二人連れで来た訳じゃないわ。でも、それ以上にあたしはびっくりする。繰り返しのフレーズで悪いけど、そ、その声は……。

あたしは、再び振り返った。

カウンタの向こう側に、キヨミ娘娘が立っていた。前坂さんの笑い声が凍りつく。

「キヨミ娘娘……」

「ひさしいのう前坂」

切れ長の目に笑顔を乗せて、キヨミ娘娘は言った。

「なんで、あなたがここにいるんだ!」

前坂さんが叫ぶ。そうよ、なんで? ヒデちゃんは?

「遊びに来たのじゃ」

けろりとした顔で、キヨミ娘娘は答えた。「どうじゃ、少しは成長したかえ、いまだ修行が足らぬかえ」

「何を言いますか」

前坂さんは叫んだ。

「もう、昔の俺ではないのです。今日こそシバの女王』を召喚して見せます」

前坂さんは、そう宣言すると、いつもの丸テーブルに向かった。懐からハンカチを取り出す。怪しげな文様の施したハンカチは、魔方陣だ。前坂さんは人から召喚おたくと呼ばれていて、新月の夜には必ず奇漫亭にやってくる。そして『シバの女王』召喚するのだ、今だ成功はしていないが。

ハンカチを丸テーブルの上に置いて、前坂さんは深々と深呼吸をした。おお、なんだか気合が入っている。そして、いつものように怪しげな呪文を唱えながら、丸テーブルのまわりをぐるぐると回り始めた。

白い煙が辺りに漂い始めた。うー、目が痛いよー。目を凝らすと、ハンカチの中央が少し盛り上がってきたような……。ぽんと音がして、白い煙が濃くなった。

煙が引くと、丸テーブルの上には、若い女の子が……。つぶらで大きな瞳、腰あたりまである黒くて長い髪、顔の半分をありそうな丸眼鏡を、耳だと思える小さな突起に可愛く引っかけていた。でもでも、どうしてハンプティダンプティなのよ!

全長三十センチ程のタマゴ美人は、周囲をみまわした。そして大声で叫ぶ。

「銀河辺境八百八星にその名も高い、宇宙探偵キャプテン・マアリィとは私の事よ。さあ、お前達の悪事もこれまでだわ」

あたしはため息をついた。誰が悪事ですって? 冷たい目線で前坂さんを見る。結局今日も失敗って事ね。

「やはり、修行が足らぬぞよ」

ぼそりとキヨミ娘娘が言った。彼女の顔をキャプテン・マアリィと名乗った卵娘が見る、そして再び叫んだ。

「お前は……、銀河辺境宇宙海賊ブラックリストナンベルワン(NO1)キヨミ娘娘!」

ちょっとなまっているぞ、キャプテン・マアリィ。

「ここで会ったが百光年、御用だキヨミ娘娘!」

ハンプティダンプティは、いつの間にか両手に奇妙な二本のロッドを手にしていた。縁日で見かける子供のおもちゃに似ている。ほら、5~6センチぐらいの紙を、ぐるぐると棒に巻き付けてとめておく。そうして棒を上から下へ軽く振ると、巻き付けた紙が2~3メートル程のびるおもちゃ。キャプテン・マアリィは、それをキヨミ娘娘めがけて振った。やっぱりだ。ロッドの先端がのびる。それをステンレス製の丸いお盆がはじき返した。カウンタの後ろ、キヨミ娘娘のすぐ手前に、お盆がまるでバリアーの様に出現していた。お盆の後ろから、見知った顔がにこにこと笑っている。

「お客さん、危ないからやめてくださいね」

「ヒデちゃん!」

あたしは思わず叫んでいた。

キャプテン・マアリィは、その大きな目をさらに大きく見開いて叫んだ。

「お前は、宇宙海賊ブラックリストナンバーツ『竜猫のおヒデ』!」

「おやおや、懐かしい呼び名」

軽く小首を傾けて、ヒデちゃんは言った。

「あの頃は、ヒデもわらわも若かったのう」

遠い目をして、キヨミ娘娘が呟いた。

「悔しい、ふたりして私を無視してくれちゃって、絶対お縄にしてやるわ」

怒りに燃えてキャプテン・マアリィが吠えた。ロッドを何度も振り降ろす。先端がのびる。キヨミ娘娘の右手に、あの紅い羽根扇が現れた。羽根扇とステンレスお盆が自在に動いて、マアリィのロッドを跳ね返す。

でも、何かへん。

キヨミ娘娘もヒデちゃんもカウンタから動こうとはしないのだ、二人のうち、どちらでもマアリィを簡単にぶっ飛ばす力を持っているのに。もしかして……。

「キヨミ娘娘、竜猫のおヒデ、お前達の弱点を見つけたわよ!」

あたしの予想を、マアリィは気づいたようだった。

「お前達、その後ろにある茶器が壊されるのを恐れているな」

ヒデちゃんたちのいるカウンタの後には、食器棚があって、紅茶やコーヒーを飲む茶器が並べられている。その茶器を壊される事を恐れて、ふたりとも前に出られないのだ。にやりとキャプテン・マアリィは笑った。

「ならばこれを受けられるか」

両手に一本づつだったロッドが、次の瞬間には二本になっていた。合わせて四本のロッドを見せて、マアリィは叫ぶ。

「勝負!」

四本のロッドがのびる。あたしのところまでロッドが飛んで来そう。あたしはカウンタから退避する。そのとき、ヒデちゃんの左手がお盆からするっと離れたかと思うと、カウンタの下にのびる。きらきら光る細長いものが、思わずのばしたあたしの両手のなかに落ちて来た。えっ。一瞬、ヒデちゃんとあたしの視線が交差する、ヒデちゃんはあたしにウィンクして見せた。

手にあるのはアイスコーヒーやジュースをかき回す細いステンの棒だった。

これをどうしろっていうの、ヒデちゃん? あたしは、ステンの棒を手にしながらぼんやりする。マアリィのロッドの動きはますます早くなっていく。綺麗なティカップが壊されるのも、時間の問題に思えた。

おやっ?

あたしはちょっと気になった。マアリィはあんな不安定な体型なのに、微動たりともしないでロッドを振り降ろせるのは何故なのだろう。ヒデちゃんやキヨミ娘娘のように摩訶不思議な力を使っているのだろうか、それとも……。

 あたしは手招きであやめちゃんを呼んだ。

あやめちゃんは青の妖精(右)の方だ。急いでやってきたあやめちゃんにあたしは耳打ちする。あやめちゃんは肯くと、マアリィの側へと飛んで言った。もし、あたしの考えが当たっているとすれば。

「ええい、らちがあかないわ!」

マアリィが叫ぶ。

マアリィの手にしたロッドが、また一本づつ増えた。

あやめちゃんが戻って来た。あたしに囁く。

「間違いありません」

あたしは彼女にステンの棒を手渡す。そしてカキツバタを手招きした。

「キャプテン・マアリィの必殺技『飛び出す十手六連破』見事受けきれるか!」

マアリィが叫ぶ。あたしは言った。

「いって」

「突貫ぁん!!」

あやめとカキツバタが叫ぶ。ふたりの妖精が、右側方から高速でマアリィに突進する。目標はマアリィの後だ。マアリィはロッドを振り上げようとするところだった。低空で接近する妖精たちは手にあのステンの棒を持っていた。ふたりの力をひとつにして、ステンの棒はマアリィの後方にある、何かにぶちあたる。金属と金属とが撃ち合う鋭い音が響いた。玉突きの球のように、何かがマアリィの後から飛び出した。マアリィの頭が後ろにのけぞった。飛び出したのは砂糖壺だ。奇漫亭の砂糖壺は、南部鉄で出来た重い湯飲み茶碗の形をしている。マアリィはそれを後に置いて、つっかえ棒替わりにしていた。

「きやぁぁぁぁー」

いきなり、つっかえ棒を失ったマアリィは思いっきりひっくり返る。こうなったら六連破もへったくれもありゃしない。

「起きれない、ああ、悔しい。だれか誰か起こしてよぉ」

じたばたじたばた、手足を振り回すが、ハンプティダンプティだものねぇ。ちょっと起き上がるのは無理みたい。

あたしは丸テーブルの側で、呆けたように腰を抜かしている前坂さんに近づいた。

「前坂さん……」

腰に両手をあてて、前坂さんの前に立つとあたしはもがいているキャプテン・マアリィにあごをしゃくった。

「責任とりなさいよ」

前坂さんが、どう責任取ったのかは、誰も知らない。



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