第二幕 帰還の物語 第十章 内浦湾上空のキセキ……
------ 第二幕、第十章 ------ 内浦湾上空のキセキ…… ------
…… “ 臨時、第60航空隊、第26飛行隊 ” の “ Shinnnenn隊 ” 四機が “ 目標 ” を目視で捉えたのは、日も傾いて来た十七時五十分頃であった。隊長機から無線が飛ぶ……。
「“ エネミー(Enemy:敵) ” 、 “ タリホー(Tally ho:目標視認) ” !
“ ナチュラル(“ 志村 純之助 ” 三等空尉のタックネーム) ” 、予定どおりの行動に移れ……。
……改めて言って於く。此方の命令が在るまでは、 “ 90(AAM‐3のこと) ” を使うなよ!」
隊長の “ 森 義朗 ” 二等空佐の指示に、二番機に乗る “ 志村 純之助 ” 三等空尉が答えた。
『“ Shinnnenn 02 ” , “ Wilco(Will complyの略) ” . ( “ Shinnnenn 02 ” 、〔命令を〕了解し、服命する) ” 』
森 二佐は、二番機が前へ出ると、三番機と四番機の横へ少し下がり、予め二番機を除くように設定しておいた秘匿回線で呼び掛ける。
「“ フロスト(“ 霜島 ” 三等空尉のタックネーム) ” 、 “ ゼアー(“ 有田 ” 三等空尉のタックネーム) ” 、聞こえるか?」
『“ Shinnnenn 03 ” , Merit5(ファイフ). (“ Shinnnenn 03 ” 、無線音質は最良)』
『“ 04 ” , Copy. (“ Shinnnenn 04 ” 、 “ Shinnnenn 03 ” に同じ)』
三番機の “ 霜島三尉 ” と四番機の “ 有田三尉 ” の返答に……。 “ Shinnnenn隊 ” 隊長は、感傷を押さえて言った。
「改めて言うまでも無いが……。御前達は、所定の行動を執れば良い。
……困難が有っても、必ず “ 23飛(第23飛行隊のこと) ” へ戻れよ。御苦労だった……」
若い男の声が、間髪入れず、隊長機の無線から聞こえて来る。それは、震えていた。
『“ ウッド(“ 森 義朗 ” 二等空佐のタックネーム) ” ! 貴方が “ ナチュラル ” の尻拭いをする必要など……』
そこで、霜島三尉の言葉が停まる……。 “ 森 二佐 ” と “ 志村空将補 ” の関係を考えれば、その言葉が “ 選無きこと ” であることは明白だ……。 “ ウッド ” も、 “ フロスト ” が言葉に詰まった理由は、良く分かっている。隊長が、三番機へ返答した。
「“ フロスト ” もう良い。有難う……。 “ ゼアー ” もだ……。
“ キャリア(Career:〔自衛隊での〕経歴) ” の最後で、良い部下に恵まれた。十分だ……」
随伴機のパイロット二人が、隊長へ敬礼をしている。森 二佐は、自身も三番機と四番機へ敬礼すると、先行する二番機を追った……。
…… “ Shinnnenn 02 ” が、 “ Sa○b340B、JA0○2○ ” の真後ろ、約1000ft(約305m)の位置に付けた。
[麻薬もやった俺だけど……。これで、俺も、少しは、世の役に立ったな……]
「“ Shinnnenn 02 ” , “ Fox3(“ 機関砲、発射 ” の符丁。空戦中に “ Fire ” と言う言葉を使用することは、 “ 被弾 ” 等の誤解を招くため適切ではない。そこで「発射」の意味として、 “ Phonetic Code ” の “ F ” を表す “ Foxtrot ” の省略した形である “ Fox ” を使用する。また “ 3 ” は、航空自衛隊に於いては “ 機関砲(この場合は、 “ JM61A1、20mmバルカン砲 ” ) ” の使用を表す) ” ! (“ Shinnnenn 02 ” 、 “ バルカン砲、発射 ” !)」
[……くそっ! 合わねぇな……]
志村三尉は、何故かフラフラと安定しない “ レティクル(Reticle:照準表示) ” が “ 目標 ” に合った瞬間、 “ JM61A1、20mmバルカン砲 ” の “ 引き金 ” を引いた……。
[何ぃ?!]
志村三尉は、一瞬、状況を呑み込めなかった! バルカン砲の弾が、目標の左下へ逸れて行く! 気が付けば……。目標は、同じ姿勢を保ったまま、自機へ接近しつつ、どんどん右上へとズレて行って……。
[まさか?! そんな……]
慌てて “ スピードブレーキ ” を立てて姿勢を立て直し、第二射を加えようとするも……。相手と同じ姿勢を取っているにもかかわらず、 “ HUD ” 内の表示から “ レティクル ” が外れている!
[どうして……。あっ!!]
“ HUD ” 中央の水平器表示を凝視すれば……。自身の機体も、水平から右へ5°へと、傾いていた。
[しまった! 無意識に、相手の真後ろを取って、同じ姿勢を取る癖が出た! 目標は、横滑りさせているのか! しかも、俺も旅客機と侮って、 “ FCS(Fire Control System:射撃管制装置) ” の表示に無頓着だった!]
誰かの声が、聞こえる……。
〔今更、自分の悪弊に気が付いても、もう遅い。しかも、『麻薬の影響で “ FCS ” の表示に無頓着と成っていた』事実を直視出来ない弱い心を露呈してしまっている……。結果は、当たり前だ……〕
「誰だ?!」
志村純之助が、そう叫んでみても、だれも返答をしてこなかった。代わりに、聞こえて来たのは……。
『……聞こえるか?! “ Shinnnenn隊 ” 各機へ!
此方は、 “ 防衛大臣の直命 ” を受けた “ Wizard隊 ” である! 民間機を攻撃したF‐15Jは、直ちに攻撃を止め、自衛隊に帰順せよ! これは、 “ 榊 征太郎 ” 防衛大臣と “ 柴 重雄 ” 航空幕僚長による “ 直接命令 ” である!
繰り返す! 此方は……』
志村三尉は、同じ新田原基地で憧れていた “ 飛行教導群のエース ” の声による通信と “ J/APR-4、Radar警戒装置 ” の悲鳴に一瞬驚く! だが、それは直ぐに止んだ。
[ビビるな俺! こっちには “ 錦の御旗(志村空将補の命令) ” が有るんだ! 後は、 “ 撃墜する ” だけだ……。]
“ Shinnnenn 02 ” の機動は、明らかに “ Sa○b340B、JA0○2○ ” の動きに後れを取っている。しかし “ ナチュラル ” は、そのまま “ H○C‐243便 ” の後を、猟犬のように追った。それは本来、 “ 利口 ” な機動では無いのだが……。
…… “ Wizard隊 ” 隊長は、交戦開始直後、 “ Shinnnenn隊 ” へ呼び掛けつつ “ 手信号 ” で二番機を “ キッド ” の支援の為に先行させた。隊長の指示に、二番機の前席も手信号で “ 承服 ” を返答して、先行する二機のF‐15Jへの追撃に入る。 “ Wizard 01 ” 後席の九条隊長は、 “ Wizard 02 ” がオーグメンター(アフターバーナー)を全開にして追撃を開始したのを確認すると、前席へ指示を出した。
「“ ボーン ” 、手前の二機へ寄せろ。あの二人は、知った顔だ……」
「Wilco. (了解、実行します)」
水澤一尉は、機を “ Shinnnenn隊 ” の二機に寄せた。九条三佐は、敢えて日本語で呼び掛け続ける。
「……繰り返す! “ Shinnnenn隊 ” 各機は、反逆行為を止め、空自へ帰順せよ! これは、 “ 榊 ” 防衛大臣と “ 柴 ” 航幕長による “ 直命 ” である!
“ Shinnnenn隊 ” 、応答しろ!」
ようやく、日本語での返信が、有った。
『此方は、 “ Shinnnenn 03 ” 、 “ 霜島 健介 ” 三等空尉です』
『“ 04 ” 、 “ 有田 義久 ” 三等空尉です』
“ Wizard隊 ” 隊長は、その通信を受けて、返信する。
「“ フロスト ” と “ ゼアー ” か? 久しいな。 “ マロ ” だ」
有田三尉が、それに言葉を返して来た。
『九条三佐ですか?! その節は、御世話に成りました……。
しかし、 “ 反乱 ” とは、どう言うことですか?!』
“ Wizard隊 ” 隊長は、その返答に唖然として聞き返す。
「御前達は、自分達の置かれた状況が、分かっていないのか?!
全く瑕疵の無い民間機を、攻撃したんだぞ!!」
その話には、霜島三尉が答えた。
『それには、私と “ ゼアー ” も驚いています。我々は、森 二佐から随伴を命じられて、付いて来ただけです……』
「話は分かった。一寸待て……」
……九条三佐は、 “ 百里の本部 ” との交渉の上で、 “ Shinnnenn 03 ” と “ Shinnnenn 04 ” へ指示を出す。
「……だとしたら、それを証明する必要がある。二人共、自機の “ 機位 ” は、掌握しているな?」
『はい』
『ええ、勿論……』
「“ 千歳 ” に “ RTB(Return To Base:基地へ帰還) ” しろ! 此方からも連絡して於く」
一拍以上の間が有った。前席の水澤一尉の操縦桿を握る手に、力が入る……。だが、それは杞憂に終わった。
『…… “ Wizard 01 ” . “ Shinnnenn 03 ” , RTB. (“ Wizard 01 ” へ。 “ Shinnnenn 03 ” 基地へ帰投する)』
『“ 04 ” , copy. (“ Shinnnenn 04 ” 、 “ Shinnnenn 03 ” に同じ)』
[……済みません、 “ ウッド ” 。我々の力では、これ以上の “ 時間稼ぎ ” は、無理です……]
[……森 二佐……。御世話に成りました……]
霜島三尉と有田三尉は、今迄世話に成った森 二佐へ、心の中で詫びていた……。
……九条三佐は、自機の左へ回頭し離れて行く “ Shinnnenn 03 ” と “ Shinnnenn 04 ” を見送りながら、前席の水澤一尉へ指示を出した。
「“ ボーン ” 。俺達も、 “ キッド ” の支援に回る。行くぞ」
「Wilco! Go gate! (了解、実行します! オーグメンター(アフターバーナー)点火!)」
その時、二人の “ IAUCE ” ヘッドセットから、 “ 太田 宏和 ” 空将補の声が聞こえた!
『“ オール・ステーション(All station:全受信局。この話を聞ける全員の意味) ” ! 此方、 “ Shinsengumi 01 ” ! 此れより、民間機を攻撃している “ 敵性F‐15J ” の排除を行う! “ キッド ” は、その機動を維持しろ! “ Wizard隊 ” は、一旦、回避せよ!』
河村家の一人息子である亮圭が、返答して来る。
『了解!』
続いて “ 水澤 健太郎 ” 一等空尉が、推力を “ ミリタリー ” へ戻し、機体を “ 捻らせ ” ながら返答する。
「“ Wizard 01 ” , wilco. (“ Wizard 01 ” 、了解し、服命する)」
そして、 “ Wizard隊 ” 二番機の “ 神田川 鉄哉 ” 一等空尉もコールして来る。
『“ Wizard 02 ” , wilco. (“ Wizard 02 ” 、了解し、服命する)』
通信機の先の “ 神田川 鉄朗 ” 空将補が、僚機の返答を受けて宣言した!
『“ Shinsengumi 01 ” , “ Fox1(“ 中距離空対空ミサイル発射 ” の符丁。 “ 1 ” は、航空自衛隊に於いては “ 中距離空対空ミサイル(この場合は、 “ 99式空対空誘導弾〔B〕 ” ) ” の使用を表す) ” ! (“ Shinsengumi 01 ” 、 “ AAM‐4B、発射 ” !)』
……やがて、 “ Wizard 01 ” の “ AN/APG-63〔V〕1、火器管制レーダー ” と “ J/APR-4B、レーダー警戒装置 ” が、 “ 巴戦 ” を続ける二機へ接近する二つの “ 飛翔体 ” を捉えた。九条三佐は、複雑な思いを込めて、 “ レーダー画面 ” の表示を認識する……。
[とうとう……]
…… “ Shinnnenn 01 ” としては、 “ Shinnnenn 02 ” を追撃して来た “ 濃い緑、迷彩 ” F‐15DJの “ コース妨害 ” を実施したまでは良かったが……。
[あのバカ! そこは、 “ ダイブ・アンド・ズーム(Dive and zoom:急降下攻撃、離脱、急上昇、再急降下攻撃戦法) ” に持ち込むんだろうが!
……くそっ! こっちは、無線を直して、 “ ナチュラル ” へ指示を出す余裕が無い!]
……勿論、 “ 国際ルール ” に照らしても、 “ FCS(射撃管制装置)のレーダー波 ” を相手に照射すれば、『敵対行為を取った』と取られても仕方が無い。だが、 “ 相手 ” は、バルカン砲を使用してまで、此方を追い払いに掛かって来る!
[DJ “ 82‐8○91 ” と言えば……。畜生! “ 神田川一等空尉 ” か!]
老練で強健な “ 教官 ” は、技量の目一杯で回避運動をする。 しかし、相手が悪かった! “ ただの秀才 ” が “ 天賦の才に恵まれた野生 ” を凌げるはずも無い……。 “ Shinnnenn 01 ” は、野獣の如き “ Wizard 02 ” から逃げ廻るのが精一杯で、他に何をする余裕も無い! しかも、 “ Shinnnenn隊 ” 隊長機の翼には、バルカン砲による手傷が、嫌味のように少しづつ付けられて行った……。
通信が、 “ 追撃者 ” から発せられる。
『“ ウッド ” ! 一時、攻撃を見合わせます。逃走を止め、帰順して下さい!
此方は、 “ Wizard 02 ” 、太田一尉と神田川一尉です!
“ 森 教官 ” ! 応答を!』
すっかり疲労しきった “ ウッド ” は、そのまま “ カンガルー ” の呼び掛けに答えた。
「“ カンガルー ” と “ ゴリラ ” か? 久しいな。 “ ウッド ” だ……」
『何をやっているんですか! これは、明確な “ 国民への反逆行為 ” ですよ! 直ちに千歳へ “ RTB ” を! 今なら、まだ犯罪者に成らずに済みます!』
太田一尉の呼び掛けに、 “ 元、教官 ” は、静かに答える。
「そうも行く訳が無いだろう……。それに、大恩有る “ あの人 ” には、逆らえんよ……。
……御前達も “ 教官 ” をやってみれば分かる。『馬鹿な弟子ほど可愛い』ものさ……」
その言葉に、怒鳴り声が帰って来た!
『アンタ! そんな人情で操縦桿を握っていたのか! 『国民の安寧の為になら、たとえ親や子であろうとも、国民の敵対者には引き金を引く!』この言葉を最初に聞いたのは、貴方からだったんだがな! その覚悟が消えているんなら、サッサとイーグルから降りちまえ!』
すかさず “ カンガルー ” が、 “ ゴリラ ” の言葉に割り込んで来る!
『“ ゴリラ ” 、一寸待て! 俺が喋る!
……森 教官。私も神田川一尉と同じ思いです。
我々は、国民の生命や財産等を守る為に存在して居ます。その矜持を捨てれば、搾取と保身に明け暮れた一部の旧帝国軍の高級将校と同じく、自らの利益の為に国民を食い物にするようになります。……『今の貴方が、正に “ それ ” 』と言われても、貴方は否定出来ますか?』
森 二佐は、嘗ての教え子達の言葉に、苦笑いして答えた。
「相変わらず……。御前達は、手厳しいな。
……その批判は、甘んじて受け入れる。もし御前達に “ その覚悟 ” が有るならば、私の屍を越えて行くが良い。……『“ その覚悟 ” が有れば』だがな……」
“ ウッド ” は、通信機のノブに手を伸ばす。
『森 二佐! もう一度、考え……』
太田一尉の声が途切れた……。
[俺は、もう “ ルビコン(“ 引き返せない一線 ” のこと) ” を越えいてるんだよ。御前達と違ってな……]
森 二佐が、機体を旋回させた途端、 “ J/APR-4A、レーダー警戒装置 ” が悲鳴を上げた! “ ウッド ” は、慌てて逆に機体を捻ったが……。着弾の衝撃が体に伝わり、 “ 左ノズル ” 付近の機器の警告灯が一斉に点灯して警報音が悲鳴を上げ、爆発の衝撃がコックピットにまで伝わって来る! 機体は、左エンジンから黒煙と炎を吐きながら、 “ 錐揉み ” へ入った!
[まさか、真面に撃って来た……]
森 二等空佐は、自動消火装置を作動させつつ、素早く機体を立て直し回避行動に移る……。
……相手が、一方的に通信を切った。この状況では、『森 二佐との交渉は、決裂した』と考えるのが妥当だ……。前席の神田川一尉が、何時に無く太い声で咆哮を吐いた!
「しょうがねえ! そんな人間とは思わなかったがな! やるぞ!」
前席の言葉に、後席が言葉を絞り出すように答える。
「ああ! 構わん! ……存分にやれ!」
“ Shinnnenn隊 ” 隊長機が、旋回しようとする。 “ Shinnnenn隊 ” 二番機へ向かうことは、明らかだ! 神田川一尉が、宣言した。
「撃墜する!
“ Wizard 02 ” , “ Fox3 ” ! (“ Wizard 02 ” 、 “ バルカン砲、発射 ” !)」
“ ゴリラ ” は、バルカン砲で、冷静に “ Shinnnenn 01 ” を狙う……。回避しきれなかった “ Shinnnenn隊 ” 隊長機が、左エンジンから “ 出火 ” して、錐揉みへ入った……。
……その時、二人の耳に、精霊から貸し出されている “ IAUCE ” ヘッドセットから “ キュウビ ” の声が聞こえた!
『オール・ステーション! 此方、 “ Shinsengumi 01 ” ! 此れより、民間機を攻撃している “ 敵性F‐15J ” の排除を行う! “ キッド ” は、その機動を維持しろ! “ Wizard隊 ” は、一旦、回避せよ!』
精霊の主でもある “ キッド ” が、返答して来る。
『了解!』
続いて、一番機の “ ボーン ” が、返答して来る。
「“ Wizard 01 ” , wilco. (“ Wizard 01 ” 、了解し、服命する)」
それに続いて、 “ ゴリラ ” もコールする。
『“ Wizard 02 ” , wilco. (“ Wizard 02 ” 、了解し、服命する)』
通信機の先の “ ヤマザル ” が、宣言をした!
『“ Shinsengumi 01 ” , “ Fox1 ” ! (“ Shinsengumi 01 ” 、 “ AAM‐4B、発射 ” !)』
……やがて、 “ Wizard 02 ” の “ AN/APG-63〔V〕1、火器管制レーダー ” と “ J/APR-4B、レーダー警戒装置 ” も、 “ 巴戦 ” を続ける二機へ接近する二つの “ 飛翔体 ” を捉える。神田川一尉は、レーダー画面の表示に、呟いた……。
「とうとう、やっちまったな……。親父……」
……亮圭が、初撃を回避した直後。 “ Sa○b340B、JA0○2○ ” のコックピットでは、旧帝国海軍の撃墜王が矢継ぎ早に指示を出していた。
『……今度は、右に50°まで傾けろ。次に、 “ ラダー(Rudder:方向舵) ” を逆に強く踏んだら、機首が下がった所で少し戻すぞ! ……良し。踏み込み、戻せ!
修平君、右の “ プロペラピッチ ” を、左と同じの位置まで押せ!』
亮圭と修平が、遅滞無く南 少尉の言ったとおりにすると、機体が右旋回へ入り、軽い “ 内滑り ” を起こしながら、螺旋を切るように “ 3G ” の降下旋回を始めた。F‐15は、同じように付いて来て、上から見ると、ほぼ完全な “ 巴戦 ” の形と成る……。
『このまま雲の中に入る。良いな?』
「了解」
その直後、赤と白の “ Sa○b340B ” は、雲の中へと入って行った。再び、機体が乱気流による振動を始める……。
「……次に如何するの?」
修平の質問に、南 少尉が答える。
『光る矢印の指示に従い、こまめに機動を調整しながら、相手に合わせて旋回降下を続ける。雲の中で、相手のレーダーから此方が消えているから、こっちのものだ! このまま、出来るだけ時間を稼ぐ。二人共、操縦の手だけは御留守にしないでくれよ
……心配しなくても、このまま行けば大丈夫だ!』
「了解」
「はい」
旧帝国海軍の撃墜王は、少年二人の返答に満足しつつ、言葉を続けた。
『……何せ、相手は正常な判断力が欠けている。それが証拠に、直ぐに巴戦へ入って来た。本来ならば、レーダーで捉えられなくなった段階で、 “ 一撃離脱戦法 ” へ入るべきなのだがな……。今の彼奴に、そんな “ 頭 ” は無い。
しかも、 “ レーダー有効角 ” の外側に出ている我々には、対空誘導弾の照準を固定することも出来ない。 “ レーダー警戒装置 ” が反応しているから、視界の無い今の段階では、『もう少しで、捉えられるかもしれない』と考えて、容易に機動を変える気には成りにくい……。
……と、此処までは、とても上手く行った。二人共、此方が期待した以上の出来だ。
後の展開は、 “ 後輩達 ” の頑張り次第だな……。 “ Wizard隊 ” の連中は、先刻っから、大声で “ がなりっぱなし ” だろう?』
二人の “ IAUCE ” ヘッドセットからは、この状況の開始当初より、自身の無線に怒鳴る “ 九条 邦博 ” 三等空佐と “ 太田 翔 ” 一等空尉の声が、遠くに響いている。
「はい!」
「あっちの声のボリュームを絞っていなかったら、耳が痛くなっていたね……」
その時……。亮圭は、後ろに人の気配を感じて、チラッと一瞥した。
「……あっ、 “ スペクター ” 。もう大丈夫?」
精霊の主が、不意にコックピットへ入って来た志村一佐に、声を掛けた。築城基地副司令は、二人の後ろの “ ジャンプ・シート(Jump seat:乗務員用、補助席) ” へ座ると、機に備え付けの “ ヘッドセット ” を付けつつ、ポツリポツリと “ キッド ” へ返答する。
「……現在、空戦中か……。『まるで “ G ” を感じない』この状況自体、大丈夫じゃないが……。幹部自衛官として、 “ やるべきこと ” をしないとな……」
志村一佐は、無線機の周波数を “ Shinnnenn 02 ” が使用していると思しき周波数に合わせ、口を開いた。
「私は、築城基地副司令を拝命している “ 志村 亘 ” 一等空佐である! 現在、 “ H○C‐243便 ” に搭乗している。
民間機に攻撃して来たF‐15Jのパイロットは、 “ 官、姓名 ” を名乗れ! 繰り返す……」
志村一佐が、無線の周波数を変えつつ、同じ言葉を繰り返す……。やがて、返信が、帰って来た。
『まさか “ 高尚なる兄上様 ” が御搭乗とはな……。俺の “ 運 ” も捨てた物じゃない……。今、テロリストと一緒に、落としてやるよ』
「やはり “ 純之助 ” か!!
貴様! 民間機に手を出すとは、何の心算だ!! それが『国民の生命と財産を守る』自衛官のすることか!! 恥を知れ!!」
築城基地副司令の弟が、余裕たっぷりに返答して来る。
『……こっちには “ テロリスト撃墜命令 ” が有るんだよ。千歳基地司令のなぁぁぁぁぁ!』
歳の離れた兄が、勝ち誇る弟へ、決定的な一言を投げ掛けた。
「……いくらテロリストが乗っているとは言え、 “ ハイジャック ” さえされていない航空機に、 “ 撃墜命令 ” を出す馬鹿が居るか?! 常識で考えろよ……」
志村一佐の言葉は、最後の部分が、呆れた口調と成った……。だが、それが “ 不詳の弟 ” を刺激する!
『……相変わらず、人を見下しやがって! “ てめぇ ” は、何時だってそうだ!
『御袋に親父を取られたから』って拗ねやがって……』
無線を聴き続ける “ 志村家の長男 ” の口から、思わず声が漏れた。
「何だ? そりゃ……」
“ 不詳の弟 ” は、無線の先で捲し立てる。
『親父は、御前の母親より、俺の御袋を取ったんだよ! 『もう、 “ てめぇ ” の母親は、愛していない』とさ! キャハハハハハ……』
“ スペクター ” も、弟の言うことに覚えが無い訳では無い。志村 亘の母親は、見合い結婚で、地域の名家の “ 西嶋家 ” から “ 輿入れ ” したが……。自身の母と父親の関係は、冷めたものであった。父親は、自身の妻の葬式の時でも、全く涙を流してはいなかったし……。その直後に知り合った今の妻とは、大恋愛の上で再婚している。それでも西嶋家にとって初孫の亘は、最低限の付き合いがある。だが、亘以外の志村家と西嶋家とは、当然ながら没交渉であった。
通信が途切れた所で、志村一佐が呆れた口調のまま反論した。
「だから、何だって言うんだ? 其れと此れとは、何の関係も無いだろう?
話を横に逸らすに及んで、自分の家の恥を曝すとは……。馬鹿も休み休みにしろよ……」
『何ぃ! てめえ……』
その後は、不詳の弟による一方的な、聞くに堪えない通信と成ってしまった……。志村一佐は、機長役と副操縦士役の少年二人に謝った。
「済まない……。身内の恥を曝して……」
「ううん “ スペクター ” ……。……こっちは、それ処じゃないし……」
「小父さん……。通信、切ってくれる?」
「……二人には、敵わないな……」
志村一佐が通信機を操作すると、ようやく聞くに堪えない声が消えた……。
……その時、三人の耳に、 “ IAUCE ” ヘッドセットから太田空将補の声が聞こえた!
『“ オール・ステーション ” ! 此方、 “ Shinsengumi 01 ” ! 此れより、民間機を攻撃している “ 敵性F‐15J ” の排除を行う! “ キッド ” は、その機動を維持しろ! “ Wizard隊 ” は、一旦、回避せよ!』
亮圭は、即時、返答する。
「了解!」
続いて、一番機の水澤一尉が、返答して来る。
『“ Wizard 01 ” ,wilco. (“ Wizard 01 ” 、了解し、服命する)』
それに続いて、二番機の神田川一尉も、返答して来た。
『“ Wizard 02 ” ,wilco. (“ Wizard 02 ” 、了解し、服命する)』
それを受けて……。RF‐4EJ改の前席に搭乗している神田川空将補が、宣言をする!
『“ Shinsengumi 01 ” , “ Fox1 ” ! (“ Shinsengumi 01 ” 、 “ AAM‐4B、発射 ” !)』
直後に、 “ IAUCE ” センサー群の三次元表示が、RF‐4EJ改から分離する二つの “ 飛翔体 ” を捉えた。旧帝国海軍の撃墜王が、秒読みをする。
『弾着まで後、六十秒。……五十秒。……四十秒。……三十秒……。……二十秒……』
亮圭と修平には、時間の流れが、とても遅く感じられた……。
『……十、九、八、七、六、五、四、三、二、一、今!』
……その瞬間、 “ Sa○b340B ” の右後方から閃光が走り、間を置かずに大爆音が轟いた!
『……両弾共、有効弾であることを確認。最大の脅威は、消えた……。
亮圭君、急旋回を緩くして良いぞ。そうしたら、旋回上昇して、高度24000ft(約7315m)まで上がろう。自動操縦は、その後だ。そうすれば、ほほ元の空路どおりに飛べる。
修平君。指示位置まで、二対のレバーを押してくれ』
「了解」
「了解。
そうだ! マリー、 “ スペクター ” に “ あのこと ” の説明を……」
志村一佐が、精霊の主の言葉を待たずに、即答する。
「心配無用。先刻、 “ キュウビ ” から話は聞いている。弟が助かるとは、俄かには信じられない。だが、この調子なら間違い無いんだろう?」
亮圭は、その言葉に、笑顔と肯きを持って答えた……。
「…… “ ナチュラル ” ! ミサイルが狙っている! 直ぐに脱出しろ!」
森 二佐は、そう “ Shinnnenn隊 ” 二番機へ呼び掛け続ける。しかし、志村三尉からの応答が無い……。
……やがて、レーダー画面の “ Shinnnenn 02 ” の表示に “ 二つの飛翔体 ” の表示が重なり……。雲の中に閃光が走ったのが分かり……。そして、レーダー画面から、 “ Shinnnenn隊 ” 二番機の表示が消えて……。やがて、遠くからの爆音が遅れて届く……。
[“ ナチュラル ” が撃墜された……。まさか……。そんな……。馬鹿な……。 “ 身内 ” だぞ……]
“ Shinnnenn隊 ” 隊長の頭の中で、グルグル廻り続けた思考は、速やかに “ 不詳の弟子 ” の “ 弔い合戦 “ へと結実した!
[“ ナチュラル ” ! 貴様の願いは、果たしてやる!
あの世へ行く前に、こっちへ来い! 一緒に引き金を引くぞ!]
森 二佐は、消火の終わった左エンジンを “ 停止 ” すると、右エンジンのオーグメンター(アフターバーナー)を全開にして急上昇へ入る。但し、この機動は、後方から見ると “ 機関砲 ” にしろ “ |赤外線(IR)誘導ミサイル ” にしろ極めて照準を付け易い! つまり、追撃する “ Wizard 02 ” に、『撃墜してくれ』と言っているのと同じだ!
もし “ Sa○b340B、JA0○2○ ” を単純に攻撃する心算ならば、『現在位置から40°位の降下角を持って直線的に突入する』のが、もっとも最良の選択となるのだが……。勘の良い “ Wizard 02 ” の後席要員が、その機動の意味に気が付くまでに、時間は掛からなかった。
『“ ウッド ” ! 今更、死んだ者に稽古を付けて、何に成るんですか!』
無線を切っている森 二佐に、 “ 教え子 ” であった太田一尉の “ その声 ” は、届かない……。
…… “ F‐15DJ、82‐8○91号機 ” の機内に、太田一尉の絶叫が響く。
「“ ウッド ” ! 今更、死んだ者に稽古を付けて、何に成るんですか!」
神田川一尉の脳裏に、これまでの森 二佐とのことが、走馬灯のように流れる……。
「最後まで “ 教官 ” とは、貴方らしいかもしれませんね。では、私も “ 最善 ” を以って答えます……。御世話に成りました!」
“ ゴリラ ” は、そう呟くと、必殺の宣言をした!
「“ Wizard 02 ” , “ Fox2(“ 短距離空対空ミサイル発射 ” の符丁。 “ 2 ” は、航空自衛隊に於いては “ 短距離空対空ミサイル(この場合は、 “ 04式空対空誘導弾 ” ) ” の使用を表す) ” ! (“ Wizard 02 ” 、 “ AAM‐5、発射 ” !)」
“ Wizard 02 ” より放たれた “ 最新の終末航程 “ IIR(Imaging InfraRed:赤外線画像) ” 誘導式、空対空ミサイル ” が、 “ Shinnnenn 01 ” の後を追う! この状況では、 “ Shinnnenn隊 ” 隊長機の撃墜は、ほぼ間違い無い……。
上昇していた “ Shinnnenn 01 ” が、急反転して降下に入った……。AAM‐5には、AAM‐3には無い “ CCV(Control Configured Vehicle:運動能力向上機)の技術 ” である “ RST(Relaxed Stability Technology:安定性緩和技術) ” と “ TVC(Thrust Vecror Control:推力偏向制御) ” が導入されている。04式空対空誘導弾は、素早く横っ飛びで対応して、 “ Shinnnenn隊 ” 隊長機の正面を、ほぼ正面で捉えた。F‐15Jが、閃光を放ちながら、黒煙の塊と成る……。しかし、そこから下へ延びる一筋の “ 飛行機雲 ” が……。
「! 何か……。いいや、90(AAM‐3)だ!
“ カンガルー ” ! “ LOAL(Lock-On After Launch:発射後、照準固定) ” で撃つ!」
太田一尉の前に在る “ AN/APG-63〔V〕1 ” のモニターには、 “ Shinnnenn 01 ” の消滅点から、ほぼ真下へ向かう一つの表示が映っていた。これは、間違い無く “ キッド ” 達を狙っている!
「発数、二! やれ!! 後は、任せろ!!」
「あいよ!
“ Wizard 02 ” ,Fox……」
神田川一尉が、宣言しつつAAM‐5発射の “ 引き金 ” を引こうとした、正に、その時……。RF‐4EJ改の後席に座る太田空将補から、通信が入る!
『“ Wizard 02 ” 待て! 御前達の位置からでは、迎撃が間わん! 下に居る “ Wizard 01 ” が対処する!』
二人は、 “ 航空戦術教導団司令 ” の的確な判断に、感情を押し殺して従うしかなかった……。
太田空将補の声に重なって、神田川空将補が指示を出す声が聞こえる!
『“ マロ ” ! 叩き落とせ!』
九条三佐が、敬愛する “ 第7航空団司令 ” の指示に、答えた!
『wilco! Target lock! (了解し、服命する! 目標へ照準固定終了!)
“ ボーン ” !』
水澤一尉も、隊長の声に答えるように、宣言する!
『“ Wizard 01 ” , “ Fox2 ” ! (“ Wizard 01 ” 、 “ AAM‐5、発射 ” !)』
……間を置かず、 “ Wizard隊 ” 二番機へ、 “ 高G ” に耐えている九条隊長からの指示が飛ぶ。
『“ Wizard 02 ” は、そのまま “ キッド ” の後ろに付けろ。こっちは、敵ミサイルの下側至近距離から対応したから、大きく回避行動をしている。合流が、ワンテンポ遅れる。スティンガーの “ 初撃 ” は、頼んだぞ!』
神田川一尉は、自分の感慨の為に遅れた、ほんの数秒の “ ロス(Loss:損失) ” に臍を噛みながらも、返答した。
「“ Wizard 02 ” , wilco. (“ Wizard 02 ” 、了解し、服命する)……」
「……え?!!」
亮圭が驚くのも、無理は無い。何の前触れも無く、 “ IAUCE ” が、警報を出した! ポップアップ表示された “ IAUCE ” センサー群の三次元表示に拠れば、 “ 赤いシンボル ” が一つ、ほぼ真上から急速に自機へ接近して来る!
間を置かずに、 “ Sa○b340B ” のコックピットの三人の “ IAUCE ” ヘッドセットから、 “ Shinsengumi 01 ” と “ Wizard隊 ” の緊迫した会話が聞こえ、 “ ボーン ” の叫び声が響いた!
『…… “ Wizard 01 ” , “ Fox2 ” ! (“ Wizard 01 ” 、 “ AAM‐5、発射 ” !)』
“ IAUCE ” が、『横方向から急速に自機との間合いを詰めて来た “ F‐15DJ、92‐8○68 ” から、AAM‐5の “ シンボル ” 二つが分離して、 “ 赤いシンボル ” へと向かって行った』ことを示した。続けて、複数の撃墜点からの “ 爆風破片 ” 影響範囲が表示され……。
「えー!! このままじゃ、こっちが穴ボコだらけに成る?!」
精霊の主の悲鳴に、旧帝国海軍の撃墜王が指示を出す!
『仕方無い! 緊急降下! どっちへ飛んでも良い! 直ぐに旋回を止めて、真っ直ぐに “ 急降下 ” しろ! 但し、Gメーターが4Gを越えないよう、降下角に注意しろ!
修平君は、表示に従って、レバーを小まめに操作! 後のことも考えて、この高度の “ 最大飛行速度(Vne) ” の “ IAS(指示対気速度) ” 230knot(約436km/h)以下に、スピードを押さえる。良いな?』
「了解!」
「了解!」
亮圭と修平が、撃墜王の指示どおりに遅滞無く操縦する。南 少尉が、思わず愚痴った……。
『……まったく……。無理やり右エンジンを全開にしている満身創痍の相手が見せた、 “ 乾坤一擲 ” の攻撃か……。私も、まだまだ甘いな……』
……AAM‐3は、二発のAAM‐5によって、撃墜された。 “ IAUCE ” の予測からすれば、ギリギリ爆風破片からは回避出来そうではあるが……。
「南 少尉! 高度11500ft(約3505m)に下がったよ! 潜水艇の攻撃範囲に入ったら、どうするの?!」
スティンガーの射程に入ることは、撃墜王も認識している……。
『まあな……。だが、今更 “ 背に腹は代えられん ” よ。第二戦、用意!』
亮圭は、覚悟を決めて、返事した。
「了解!」
横を見れば、修平も肯き返して来る。南 少尉の指示が続いた……。
『亮圭君、 “ 爆風破片効果 ” 範囲を超えたから、引き起こしを初めよう。但し、くれぐれもGメーターが4Gを越えないようにな……』
「了解……」
僅かな操縦桿の引きでも、Gメーターの目盛りは、簡単に4Gを振り切ろうとする。精霊の主は、恐る恐る機体を引き起こしつつ、旧帝国海軍の撃墜王へ問うた。
「そうだ! 潜水艇の位置は?!」
南 少尉が、即答する。
『そうか……。相手が、撃墜の必要を認識していない。だから、 “ 脅威度 ” が下がって、表示されていないのか……。
……敵は、右前、一時半の方向! 距離、約9500ft(約2895m)! 二隻、縦に並んでいる!
今の位置から回避するならば……。機体を立て直しつつ、左へ急速旋回! 相手が真後ろに成ったら、旋回を止めて、真っ直ぐに逃げろ! それが、一番早く逃げきれる!
相手は、まだ此方に気が付いていない。しかし、発見されないようにするのは無理だ! 直ぐに、此方が雲から出る!』
その言葉の直後、 “ Sa○b340B、JA0○2○ ” は、雲の切れ間へ出た。海面が見える! そして、 “ IAUCE ” から警報が発せられ……。
「……右から二発、来る!」
“ キッド ” の悲鳴に、 “ ゴリラ ” が答えて来た!
『心配するな!
“ Wizard 02 ” , “ Fox2 ” ! (“ Wizard 02 ” 、 “ AAM‐5、発射 ” !)』
そこへ “ ヤマザル ” からの声が割り込んで来た!
『“ Shinsengumi 01 ” ! 敵、潜水艇二隻に対し、攻撃始め!
ASM-1. Shoot ready, now! (80式空対艦誘導弾。発射準備、今!)』
亮圭達の “ IAUCE ” ヘッドセットからは、対空ミサイルよりも大きな “ ロケットモーター ” の音が二回、聞こえた。それに重なって、神田川空将補の声も届く。
『…… “ キッド ” ! 今、対艦ミサイルを発射した! もう少し頑張れ!
……良いか、 “ ゴリラ ” ! 絶対にスティンガーを当てさせるなよ!!』
猛将の息子が、怒鳴り返して来る。
『分かってる! 任せろ!』
初期型スティンガーなど、AAM‐5の敵ではない。二発共、余りにも呆気無く、撃墜されたが……。
「また二発……。ううん、四発、撃って来た!」
再び、精霊の主の悲鳴が、 “ 真高度(True Altitude: “ 海抜 ” からの高度) ” 約1000ft(約305m)で引き起こしを終えた “ Sa○b340B ” のコックピットへ、響いた……。
……スティンガーの第二波攻撃が行われた時、 “ Wizard 02 ” は、既に “ Sa○b340B ” と潜水艇との間に割り込もうとしていた。高機動を発揮するAAM‐5は、もう一発しか残っていない。二発以上撃たれたならば、被撃墜を覚悟で、フレアによる対処をするしかない。それを理解した上での “ 確信的、機動 ” であった……。
「二発……。いいや、四発だ!
フレアは、こっちで撃つ!
“ ゴリラ ” ! Go gate! Zone max! (オーグメンター(アフターバーナー)点火! 出力最大!)」
神田川一尉は、太田一尉の指示の意味を、全て非言語的に理解していた……。
(先に飛んで来ている二発は、フレアをケチらなければ、恐らく対処出来る。しかし、距離の離れている後の二発は、無理かもしれない。その場合、オーグメンターの強力な赤外線照射でスティンガーを引き付け、被撃墜を以って処理しなければ成らない。その後の分は、タイミング的に “ Wizard 01 ” で対処出来るだろう……)
……F‐15DJから発射された大量のフレアが、周囲を明るく照らす。先を飛ぶスティンガー二発は、フレアによって目標から逸れて行った。だが後の二発は、欺瞞されずに “ Sa○b340B ” へと追い縋って来る!
「もし、地獄へ行ったら、酒を奢れよ」
神田川一尉の言葉に、太田一尉も答える。
「ああ、済まんな」
神田川空将補も、 “ IAUCE ” ヘッドセット越しに、声を掛けて来た。
『二人共、済まん……。母さん達には、俺達から謝って於く。頼んだぞ!』
息子が、父親に答える。
「良いってことよ……。なあ “ カンガルー ” 」
「んだ。んだ……」
“ ゴリラ ” は、スロットルを引き上げつつ、一気に一番前まで押した!
……単純な赤外線誘導の初期型スティンガー二発は、目標を “ Sa○b340B、JA0○2○ ” から “ F‐15DJ、82‐8○91 ” へ変えた。神田川一尉は、右へ旋回し、スティンガーを少しでも “ Sa○b340B ” から引き離そうとする。
その時、二人は、二発のASM‐1が作り出した巨大な二本の火柱と、 “ Sa○b340B ” が行った “ 恐ろしい機動 ” を見た……。
……亮圭は、 “ Wizard 02 ” と “ Shinsengumi 01 ” の一連の通信を聞いていた。今、スティンガーに有効な攻撃を出来る位置に居るのは、亮圭達だけだ。しかし、コックピット左側に付いている “ 書類受渡し用の穴 ” からマルチプル・ハンドガンを出しているので……。射界は、そのままでは正面から左下側に限定される!
[……このままじゃ、二人とも死んじゃう!
でも、右側にいるF‐15の後ろは、狙えない……。]
その刹那、精霊の主の脳裏に、あるアイデアが浮かぶ! それは、以前 “ 神田川 真奈美 ” 教官に付き合って何回か行った、ある “ 空戦機動 ” ……。
[もうこれしか……。考えてる時間は、無い!]
……もう少し、落ち着いて考えることが出来れば、もっと単純に “ 対処可能(“ in quarter有翼式高速射滑腔砲ユニット ” の展開ステーションを出しているマルチプル・ハンドガンは、如何ようにも形を変えられる “ EAUS‐Type-STWM ” で表へ出してある。だから、そのまま “ Type-STWM ” を下へ延ばせば、右側への射界が開ける) ” なのだが、今の精霊の主に、そんなことを考える精神的余裕は無い……。 “ キッド ” は、撃墜王へ呼び掛けた!
「南 少尉! どんな武器を使っても良いから、敵のミサイルを全部、落として!」
『……と、言ってもだな……』
亮圭は、その言葉を待たずに、修平へ指示を出す。
「修ちゃん! “ スロットル ” と “ プロペラピッチ ” を一番前に押して!」
副操縦士席の少年が、間髪入れずに必要な操作をする。機長席の少年は、自分に気合を入れるように、大声で言葉を発した!
「よーし、皆、行くよ! そーぉれっ!」
上昇中だった “ Sa○b340B ” は、一度左へ傾いて飛行軸が左へずれる。次に、それを反動にして機体を右斜め上方向へ反転させて、螺旋を切るように背面飛行の形へと入って行く!
『こっ、こら! 何てことを……』
志村一佐は、そう言って止めようとしたが、何故か体が動かない! 南 少尉も口を開いたが、その声に怒気は無かった……。
『この “ 悪ガキ ” め……。
期待に答えてやろう! 射撃始め!!』
旧帝国海軍の撃墜王は、機体が背面を超えた所で、 “ HEAA‐FS(翼安定付加、対空榴弾) ” が装填してある “ in quarter有翼式高速射滑腔砲ユニット ” で射撃を開始する……。F‐15に迫っていたスティンガー二発が、膨大な数の “ 弾の爆風破片 ” を浴び、撃墜された……。
機体は、射撃の反動を感じること無く回転を続け、緩い降下姿勢で機動を終了した。機動の最初と最後では、進路が左へ約35°ずれている……。亮圭は、Gメーターに注意しつつ、直ちに引き起こしを始めた。だが高度は、最終的に、 “ 絶対高度(Absolute Altitude:海上飛行中なので、この場合は、海面からの高度) ” 約700ft(約213m)まで降下した。 “ IAUCE ” の “ 空間透過視認モード ” 越しに見る進路上には内浦湾が広がっている……。南 少尉の声が、亮圭の耳に届いた。
『この悪天候の土壇場で、冷静に良くやった! 褒めてやる!
……但し、この後の “ 罵詈雑言 ” は、覚悟しろよ……』
[? 罵詈雑言って……]
亮圭が、南 少尉の言葉に訝りながら、そのままの進路で上昇を続けていると……。 “ IAUCE ” ヘッドセットから、 “ ゴリラ ” と “ カンガルー ” の “ 咆哮 ” が飛んで来た!
『こらーぁ!!! 旅客機で、 “ ハイ・ヨーヨー ” の真似ごとをやる奴が有るか!! しかも、こんな悪天候の低高度で!!』
『俺と “ ゴリラ ” は、脱出すれば良かったんだ! 危ない真似、しやがって!』
“ キッド ” が抗弁する。
「え?! これって “ バレルロール ” じゃ無かったの? 最初に入る時、反動をつけたから、左へ行ったけど……」
“ Wizard隊 ” 隊長の九条三佐が、話に割り込んで来た。
『そっか……。バレルロールだったのか……。その割には、 “ 入り ” と “ 出 ” が……。
いいや、そんなことは問題じゃ無い! 何G、掛かったんだ?!』
亮圭は、 “ マロ ” 達の大声に気圧されつつ、マリーの先読みによって表示された “ 機動中のGグラフ ” の+-最大値を答える。
「えーっと……。+2.8G、-0.3Gだよ。限界、超えてないしょ?
……それに、僕には『二人は、死ぬ気だ』としか思えなかったんだ。 “ ゴリラ ” の御父さんの話で、そう思った……」
『つまり……。最大の悪人は、 “ 家の亭主 ” ってことで良いわよね……。亮圭君』
亮圭は、不意に聞こえて来た “ 神田川 久美子 ” 一等空佐の声に答えようとしたが……。それは、そのまま神田川家の家庭内会話に成ってしまったので……。しばらく放って於くことにした。
気が付けば、 “ Wizard 01 ” と “ Shinsengumi 01 ” も合流していた。四機は、 “ Sa○b340B ” を要に “ ダイヤモンド編隊 ” を組み、上昇を続けながら内浦湾内部を目指す……。
…… “ Shinsengumi 01 ” は、 “ Sa○b340B ” の後方から接近し、亮圭の後方斜め下側の “ ダイヤモンド編隊で四番機の位置 ” に付ける。その時、ファントムⅡ乗員の生者二名と死者一名は、聞き慣れた女性の声を聞いた……。
『つまり……。最大の悪人は、 “ 家の亭主 ” ってことで良いわよね……。亮圭君』
不意に聞こえて来た “ 神田川家の山の神 ” の声に、 “ Wizard 02 ” と “ Shinsengumi 01 ” の前席二人は、冷や汗を流す……。神田川一等空佐の息子でもある “ ゴリラ ” が、 “ IAUCE ” ヘッドセットの先で、口を滑らした。
『聞いていたんだ。御袋……』
夫の “ ヤマザル ” も、口を滑らす。
「百里から地獄耳か……。クワバラ、クワバラ……」
『御父さん!』
娘の真奈美の介入は、少し遅すぎた。神田川空将補の妻が、夫の言葉にキレて、一喝する。
『“ ヤマザル ” ! 作戦中でしょ!
それに……。今は、 “ ライム ” と呼んで下さらないと……』
“ ヤマザル ” は、その発言に息を呑んだ! 『タックネームを使う』と言うことは……。
「“ ライム ” って……。作戦飛行中なのかよ?!」
夫である “ 神田川 鉄朗 ” 空将補の発言に、妻である “ 神田川 久美子 ” 一等空佐が、答える。
『ええ! 現在機位は、潜水艇撃沈地点の上空50000ft(約15240m)。亮圭君の乗機に成る “ YF‐23 ” のデザインを使用した機体の “ プロトタイプ ” を借りてね……』
「何でまた?!」
『精霊達の “ 損失補填 ” の視察をしているのよ。もっとも、この機体の存在自体が、『誰も殺さない』って言う亮圭君の精霊に対する指示を具現化するのに、一役買っているけど……』
そこまで言った神田川一佐の声が、突然、大声に替わった!
『一寸待って……。アラート(Alert:警報)!
対艦ミサイルで “ 子亀(潜水艇) ” を潰したら、 “ 親亀(潜水艇母艦の潜水艦) ” が怒ったわ! 目標、、室蘭から140°、約35nm(約64.82km)! 現在、潜望鏡深度へ浮上中! 敵の攻撃内容は、精霊達が調査中……』
「やれやれ、相手も必死か……」
神田川一佐の大声が、太田空将補の呟きが終わるのを待たずに、再び “ IAUCE ” ヘッドセットから聞こえて来る。
『……いま、精霊側から報告が有った!
“ キッド ” 達への攻撃だけでは無いわ。八雲分屯基地への “ 巡航ミサイル ” 攻撃を並行して行うことで、此方の対処能力を飽和させるつもりのようよ!
“ ローランド ” ! そっちにデータを送るわ。……それを “ キュウビ ” に引き継いだら、後は放って於いて良いから、こっちに来て精霊達を手伝って! どうせ、 “ ヤマザル ” 達は、撃沈する心算だろうけど……。それならば、原子炉二基と乗員142名の手当てをしなきゃならないから!』
『“ Roland ” , wilco. (“ ローランド ” 、了解し、服命する)
“ キュウビ ” ! 御免なさい! これ、目標のデータです。それと後、父親の “ 御守り ” は、御願いします……』
二人のモニターから、真奈美の姿が消えた……。
「こらー!! “ ローランド ” !! いや、真奈美!!!
御前は、親を何だと……」
父親の怒号は、もう娘に届いていない……。太田空将補は、神田川空将補を宥めつつ言った。
「まあまあ、 “ ヤマザル ” ……。そう怒らんと……。
真奈美ちゃんも居ない今、男二人で “ 野生時代 ” 復活と行こうじゃない?」
「おおよ! そう来なくっちゃ!
“ 親亀 ” を撃沈する! “ アプローチ(Approach:〔攻撃〕進入) ” に入るぞ!」
「はいよ!
“ キッド ” 、聞こえるか?」
亮圭が、 “ IAUCE ” ヘッドセットを通して、太田空将補へ答えて来る。
『先刻っから、全部、聞こえてるよ!』
“ キュウビ ” が、指示を出した。
「では “ キッド ” は、そのまま“最大上昇率”を維持して、30000ft(9144m)を目途に上昇! 他のレーダーサイトへの “ 欺瞞対策 ” が効いている “ 湾 ” から、出ないように注意。
敵は、巡航ミサイルと “ SAM(Ship-to-Air Missile:艦対空ミサイル) ” を撃って来ると思われる! “ Wizard隊 ” は、 “ Sa○b機 ” を護衛しつつ八雲分屯基地と連携して、敵の各種ミサイル攻撃に対処せよ!」
『了解』
“ キッド ” が、 “ キュウビ ” の指示に返答して来た。 “ Wizard隊 ” の二機も続く。
『“ Wizard 01 ” , wilco. (“ Wizard 01 ” 、了解し、服命する)』
『“ 02 ” , copy. (“ Wizard 02 ” 、 “ Wizard 01 ” に同じ)』
ダイヤモンド編隊の四番機の位置に付けていたRF‐4EJ改は、少年達へ存在を示すかのように “ Sa○b340B ” の真下を駆け抜けると、右へ約75°ロールをして垂直旋回へ入った……。
------- 更新履歴 -------
2017.06.30 初版公開 (Ver 1-01.00)
2017.08.26 一部を外伝へコンバート、誤字・脱字・加筆修正版公開 (Ver 1-02.00)
2018.08.16 一部の解り難い部分、文章表現、誤字、ルビ修正版公開 (Ver 1-02.02)
------- 参考資料 -------
・フォネティックコード
0 ゼロ
1 ワン
2 トゥー
3 トゥリー
4 フォウア
5 ファイフ
6 シックス
7 セブン
8 エイト
9 ナイナー
A アルファー
B ブラボー
C チャーリー
D デルタ
E エコー
F フォックストロット
G ゴルフ
H ホテル
I インディアナ
J ジュリエット
K キロ
L リマ
M マイク
N ノベンバー
O オスカー
P パパ
Q ケバック
R ロメオ
S シエラ
T タンゴ
U ユニフォーム
V ビクター
W ウイスキー
X エックスレイ
Y ヤンキー
Z ズール




